君のいない世界
ポクポクと木魚を鳴らす音とお坊さんの声、そして一角からはすすり泣く声が聞こえてくる。
俺の頭はボーッとし、今だに何が何だか理解できない。
ただ唯一わかるのは、あの棺桶の中にいるやつは、もう二度と目を覚まさないということだけ…




3日前、俺の恋人は
帰路の途中で、通り魔に刺されて死んだ。

死ぬ数時間前まで俺と一緒に遊び、コロコロと色んな表情を見せてくれていた。
なのに次の日の朝、鳴り止まない携帯の着信と数え切れない程のメール、そして恋人の…一樹のお母さんから泣きながら伝えられた一樹の死に、俺の頭の中は真っ白になった。
浮かぶのは『昨日まであんなに元気だったのに』『ありえない…』『なんであいつが…』というものばかりで、これは夢なんじゃないかとも思えてきた。
さっきまでうるさいと思っていた着信の音も耳に入らなくなり、俺は呆然としながらも
泣いている一樹のお母さんを落ち着かせるために、ゆっくりと背中を撫でた。

あの日、別れる直前に『また明日』と一樹が言っていた言葉は、もう二度と叶うことはないんだなと
真っ白い顔をして目を瞑っている一樹を見て初めて実感した。
だけどそれでも一樹が死んだということを俺は信じたくなくて
『ほら…ふざけないでいいから、早く起きろよ』と語りかけるが、一樹からは一向に返事は返ってこなかった。


お通夜も葬儀も終え、一樹だったものは煙として空へと登ってしまった。
残ったものはほんのわずかな骨だけで、それすらも壺に入れて土の下へと埋めてしまい、一樹はもう俺の手の届かない、どこまでも遠い場所へと行ってしまった。
それでも俺はやはり涙一つ流せなかった。
どんなにみんなが泣いていても、何故か俺からは涙一つ出てこず、悲しいとも何も思えない。
ただ虚無感しか俺には湧いてこなかった。

一樹が居なくなってすぐは、俺は周りからとても心配された。
そして一樹の居ない生活に周りも違和感を感じ、何処か落ち着かない雰囲気が漂った。




一樹と初めて出会ったのは高校の入学式の時だった。
お互い初対面でぎこちないながらも自己紹介をし、そのぎこちなさも時が経つにつれてなくなった。
もちろん一樹以外にも高校に入ってからはたくさんの友達が出来たが、一樹と一緒に過ごしているうちに、俺は誰よりも一番一樹の事を好きだと思うようになった。
だけどこの気持ちは同性に対して思うような類の気持ちじゃないと気付き、自分が怖くなって、俺は一樹から距離をとるようにした。
一樹から話し掛けられても無視し、視線も気付かない振りをした。
そんなことを何ヶ月も続けていた時、俺はとうとう一樹に捕まった。
そして一樹に泣きながら『俺、なんかお前に嫌われるようなことしたか?それなら謝るから…だからもう無視するなよ』と言われ、思わず自分の気持ちを吐露してしまった。
言い終わったあと、これでもう一樹とは友達でいれないなと思ったが
さっきまであんなに泣いていた一樹は俺の気持ちを知ると、目を丸くし
『なぁんだ…そんなことかよ。もっとお前に対して酷いことしたのかと思ってた』と言った。
そんなことかよと言われ、多少イラっとはしたが
その後に『俺もお前の事大好きだよ。まだお前とは同じ好きじゃないかもしれないけど、すぐに同じ意味の好きなるから』と一樹は笑い、今まであんなに悩んで距離までとっていたのがバカらしく思え、一樹には敵わないなと一樹の頭をクシャっと撫で、俺も笑った。

自分の気持ちを吐露してしまった日からまた一樹とはいつも一緒にいるようになると、一樹は目に見えて嬉しそうにした。
『またこうやって一緒にいれて、俺はすごく嬉しいよ』
そう言う一樹は前とは違い、何処か照れ臭そうに言い、俺達の関係が少しずつ変わって行ってることを実感した。

同じ気持ちになり、本当の恋人になってからは色んなことがあった。
喧嘩もしたし、相手の気持ちがわからず不安にもなった。
それに初めて身体を繋げた時は、お互い泣いたりもした。
進路も二人で相談し、一緒の場所へ行くために必死で勉強をした。
だから二人とも志望していた大学に合格した時は『やったな!これでまた、二人一緒に居られる』と抱き締め、喜びあった。
大学に入学してからはもっと二人きりで入れるように、親からの援助と自分のバイト代で一人暮らしを始め、毎日俺の家で一樹と一緒にすごした。

俺達が恋人同士だということは友達を含め、家族にも言わなかった。
お互いやはり家族に言うのは怖かったし、なかなか受け入れてくれないだろうと思っていたから。
だけどいつかはちゃんと二人の関係を家族に話そうとは決めていた。

なのに結局俺達の関係を言えないまま、一樹はこの世を去ってしまった。




数ヶ月もすれば、周りは最初からそこには一樹がいなかったかのように普段通りになった。
一樹の家族も息子が亡くなった悲しみを乗り越え、最近ではたまに笑顔も浮かべるようになった。
それに比べて俺はあの日から時間が止まり、何一つ前に進めていなかった。
もしかしたら何処かに一樹が隠れてるんじゃないかと、今も目で一樹を探してしまう。
だけど何処を探しても、やはり一樹の姿は見つからなかった。





一樹の月命日に一樹の家を訪ねると、一樹のお母さんに「いつもありがとうね」と言われた。
だけど俺はそんなことを言ってもらえるようなことは何もしていない。
返事がすることができず、俯いていると
「…ねぇ、そーいえば一樹の恋人って知ってるかしら?一樹ってばいつも嬉しそうに恋人のことを喋るのに、ずっと誰だかは教えてくれなかったのよね」と聞かれた。
そうか…俺達の関係は俺達以外誰も知らないのか…
今更隠してもしょうがないかと、俺は正直に自分だと言うと
一樹のお母さんは驚いた顔をした後「そうだったのね…」と微笑んだ。
「それなら一樹はすごい幸せ者だったのね。こんなにも恋人に愛されて…」
安心したように笑う一樹のお母さんが一樹の面影と重なる。

「……だけどもういいのよ…一樹は居ないし、また新しく恋人を作って、その人を幸せにしてあげて。…でもたまには、一樹のことを思い出してあげてね」
一樹と似ているその顔でその言葉を言われ、俺の目から一粒涙が流れた。
俺の時間がようやく動き出した音がした。




全力で自分の家まで走り、急いで鍵を開けて扉を閉める。
はぁはぁと息を切らし、ゆっくりと顔を上げる。
今までが嘘のように涙が次から次へと溢れ出し、ポロポロと止まらない。
「一樹。俺、一樹の母さんに俺達が付き合ってるって言っちゃった。そしたら『一樹は幸せ者だったのね』って言われた。それから俺な、一樹が居なくなってからずっと涙が出てなかったのに、…ほら見て、いっぱい涙が出てる。」
ハハハハと笑いながら俺は喋り続けた。
「友達の田中いるだろ?あいつ彼女出来たんだぜ?生意気だよな。…あーあと、高校時代の奴等と久しぶりに会ったらさぁ、あいつら全然変わってねーの。変わってなさすぎて逆にビックリしたわ」
それからも一樹が居なくなってからの期間にあったことを思い出しながら喋るが、徐々に嗚咽が酷くなり、喋るのも精一杯になってきた。

「っ…、色んな、事が、あったよ…だけど、隣には一樹が居なくて、全然楽し、く、なかっ…た」
「…これから、俺は、どうすればいい?…一樹の、母さんには『新しい恋人を作りなさい』…言われた。だけど、…俺の恋人は、一樹だけで…いい。他は、いら、ない」
一樹…一樹…と泣き叫んでいると、カランカランと何かが落ちる音がした。
音のした方を見るとそこにはハサミが落ちていた。

それを見て俺は久しぶりに満面の笑みを浮かべた。
「あぁ、そっか…ごめんね、一樹。俺の思考ずっと止まってて、バカになってたみたい」
さっきまでの涙がピタリと止まり、俺は鼻歌を歌いながら落ちたハサミに手を伸ばし、拾いあげた。

「今行くな。…一樹、愛してる」










『…俺も愛してるよ……』






解説
私の中ではハッピーエンドです。
最後、もっと狂った感じに書きたかったんですが私にはハードルが高かったです…

主人公は見えてないだけで、実は一樹くんはずっと主人公のそばにいました。
一樹くんが故意的にハサミを落としたかどうかは私にもわかりません。
一緒に居たくてハサミを故意的に落としたのかもしれないし、たまたま落ちただけなのかもしれない。
むしろ一樹くんは主人公にずっと生き続けて幸せになってほしいとも思ってたのかもしれない。
この先は皆さんの自由にご想像ください。


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bkm
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