こっち向いて、先輩
「あ、あの!常磐誠司さんですよね?」
「え?うん…そーだけど?」
「俺、姫嶋慎吾って言います。常磐さんってK高出身ですよね?俺も一緒なんです」
「マジで?!あそこの高校からこの大学行くやつって珍しいから、同じ出身校の奴に会えて嬉しいわ。えっと姫嶋くんだっけ?これもなんかの縁だしよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。…あっ、俺次授業なんでもう行きますね。」
「おう、そっか。じゃあバイバーイ、またねぇ」
笑顔を作り、軽く会釈をしてから歩き出す。
だが角を曲がった瞬間ピタリと歩みを止め、周囲を確認してから今度は全力で俺は走りだした。


人気のない校舎裏に着き、一応人が居ないかを確認した後、抑えきれない感情を吐き出すように俺は叫んだ。
「やったぁあああああああ。常磐さんと、話せたぁぁぁぁああ!!!!」
はぁはぁと息を切らしながらも、それでもまだ高揚が抑えきれず俺は再び目一杯叫んだ。




高校に入学してから数日の放課後
『1人じゃ心細いから、部活の体験入部だけでいいから付き合ってくれ』と友達に頼まれ
『まぁ体験入部だけなら…』と了承し、友達に引っ張られ連れて来られた場所は体育館だった。
バレー部やバドミントン部など様々な部活が練習している中、友達は一直線にバスケ部へと向かっていった。
あまり運動神経が良いとは言えない俺は内心『マジかよ…』とため息をつきながらも友達について行くと、
他にも入部希望者がいたらしく、早速友達はその人達に話し掛け仲良くなっていた。
その姿に『友達出来たなら俺、いなくてもいいんじゃね?』と思い、友達に一言言ってから帰ろうとしたが
その前に「体験入部に来た1年生はフリースローやってみようか」とバスケ部の先輩に招集をかけられ、帰るタイミングを逃してしまった。


「よーし、じゃあまずはお手本として2年の先輩がフリースローするから、後輩達はちゃんと見とけよー」という他の先輩の声に
『お手本も何も、ただ投げてゴールにボールを入れるだけだろ』と思いながらもボーッとコート上にいる2年生の先輩を見つめた。
キュッキュッダムダムと、相手を想定しているらしく、止まったりフェイクをかけながらドリブルで進み、最後にフリースローラインから流れる様な動作でボールを投げた。
投げたボールはそのまま吸い込まれるようにして、ストンとゴールへと入った。

『スゲー…』『カッコイイ…』と1年生の歓声があがる中、さっきまで真剣な顔をしてボールを操っていた先輩はこちらに振り向き「俺がカッコイイからって惚れるなよ?」と言い、ニッコリと無邪気に笑った。
『そんなんで惚れねーよ』『一丁前に言いやがって、生意気だぞー』と周りの野次を受けながらも笑い、先輩は自分の投げたボールを取りに行った。

『あいつは余計な事してたけど、別にあんなんしなくていいからな。気軽にゴールめがけてボールを投げるだけでいいから。…はい、じゃあコートに入ってー』という先輩の声を聞きながらも、俺の視線は2年の先輩から離せなくなった。

後からお手本に投げていた先輩の名前は『常磐誠司』だと知り、バスケ部のエースだという事をバスケ部に入った友達から教えてもらった。
何が俺の心を掴んだのか自分でもわからないが、それでもあの時の常磐さんの姿は今でも俺の目にしっかりと焼き付いて残っている。

最初は自分は常磐さんに憧れているだけだと思っていた。
だけどその気持ちが憧れとは少し違うと気付いたのは、常磐さんが高校を卒業した後だった。
結局高校生活の間で俺は一度も常磐さんに話かけることができず、その事が心残りで俺は常磐さんがいる大学へと入学した。
高校時代みたいに何もせず、ただ影から見守るのはもうやめた。






連絡先を交換したのは常磐さんに話し掛けた日から1ヶ月後。
『慎吾くん』『先輩』と呼び合うようになったのはそれから4ヶ月後。
気軽にスキンシップしてくれるようになったのはそのまた3ヶ月後。
初めて二人で遊びに行ったのは大学1年の終わり頃だった。
1年間で俺と常磐さんの関係は高校時代では考えられない程近付き、毎日俺は幸せでいっぱいだった。
だけど学年が上がってすぐ、先輩の近くに新しい奴が増えた。
「せんぱーい。僕メールしたのに見てないでしょ?」
「え?うわっ…わりぃ。見てなかったわ…ごめんな奏多」
「もうこれで何回目ですか。はぁ…、悪いと思ってるなら今度遊びに行った時、何かしら奢ってくださいね」
先輩は『ごめんなー』と言いながら奏多君の頭を撫でるのを、俺は無言で見つめた。

前期授業が始まって何週間か経った頃、先輩は『こいつ奏多っていうの。よく授業で見掛けるから話し掛けたら、学年違うのにほぼ授業被ってたんだぜ』と言い俺に紹介してきた。
俺と同い年の奏多君は、俺が1年間かけて積み上げてきたことを僅か3週間で全て達成し、その上先輩から『くん』無しで名前を呼んでもらっている。
あの位置は本来は自分の場所なのに…という自意識過剰な事は言わないが、ただモヤモヤするし面白くない。
それに奏多君と仲良くなってから、先輩は前より俺に構ってくれなくなった。

先輩と奏多君が一緒に居る所を見るたびに、胸がジクジクと痛み、呼吸が上手にできなくなる。
だけどそれでも俺は先輩の近くに居たかったし、それにあの約束があるから2人の仲良い姿を見ても笑顔で過ごせていた。



奏多君を紹介される数ヶ月前
『慎吾くんの誕生日っていつ?』と先輩に聞かれた。
なんでだ?と疑問に思いながらも正直に誕生日を伝えると『じゃあその日は1日空けといてね。俺と慎吾くんの二人で美味しいもの食べたり、慎吾くんの好きな事したりしてデートするから。』と言って、ニッコリと無邪気に笑った。
予想のしていなかった言葉に思わず驚いて目を見開いた俺は『ははっ。嬉しいです。じゃあ楽しみにしてますね』と言い平静を装い、返事を返した。
『俺が先約だからな。絶対に他に予定入れるなよ』と言い去って行く先輩の背中が見えなくなるまで見送り、見えなくなった途端俺は地面にしゃがみこんだ。

ドキドキと大きく胸が高鳴って苦しい。
だけどその苦しさは何処か心地よく、甘く麻痺れる感覚が身体中に広がる。
『嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい』と喜びの言葉が頭に浮かび、自分でも顔がニヤけてしまっているのがわかる。
頑張って引き締めようにも『誕生日に先輩と2人きりでデート』というのが頭から離れてくれず、ちかくニヤつく顔はおさまってくれなかった。


あの日の事を思い出し、俺は再び顔をニヤつかせる。
最近先輩はいつも奏多君といるから俺に構ってくれなかった。
だけど今日は先輩と2人きりで、しかも俺の好きな所へ連れて行ってくれるらしい。
昨日は楽しみでなかなか寝付けず、今日の朝も無駄に早く起きてしまい、結局待ち合わせ時間より30分も早く着いてしまった。
だけど先輩を待ってる時間は苦痛ではなく、むしろ楽しみで時間が流れるのが早く感じた。

いつも待ち合わせ時間より少し早めに来る先輩が10分過ぎても来ないのを俺は不審に思い、メールを送った。
それから5分後、俺の携帯が震え電話がかかってきたのを知らせた。
相手を見ると先輩で、焦る気持ちを抑えながらも電話に出た。
「もしもし、なんかあったんですか?」
『ごめん。昨日奏多と俺家で飲んでてさ、奏多が調子のって飲んだせいで体調悪くなった上に二日酔いでダウンしちゃったんだよ…』
『嘘言わないでください。誠司さんのせいじゃないですか』
『わりぃって謝ってんじゃん。それにちゃんと責任もって看病するから』
『誠司さんに看病されても治るもんも治らないですよ』
『減らず口たたきやがって…。はぁ、奏多体調悪いんだろ?いいから俺のベッドで大人しく寝とけって』
『はーい』
『あっ、慎吾くんごめんな。だから今日は奏多の看病で遊びに行けないわ。埋め合わせはちゃんとするから』
ツーツーと音が鳴っているのを俺は無言で聞き続け、何か顔を伝う感触があり触ってみると、無意識にボロボロと涙が流れていた。

ああどーしよう…嫉妬で気が変になりそうだ。







解説
あるツイートの影響と『気が変になりそうだ』というセリフを使いたいが為に書きました。

先輩も奏多君もノンケでこの2人はただの先輩後輩という関係です。
それを慎吾くんはちゃんとわかってはいるけど、嫉妬や薄暗い感情がおさまらない。
どんなに『ただの先輩後輩で仲良いだけ。』と考えても『俺の方が先に先輩の良さを知ったのに…俺の方が先に先輩と仲良くなったのに…俺の方が先輩の事を好きなのに…』とブラックへと…。
このまま進めばメンヘラ化しそうな勢いです。


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