眠り姫にキス
俺は生まれた時から医者になることが決まっていた。

元々我が家は代々医者一家で、父さんもじいちゃんも叔父さんもみんな医者。
もうじいちゃんはとっくに現役を引退して今は楽しく老後生活を送っているが
よくじいちゃんが院長だった頃の武勇伝をじいちゃんの口から聞いていた。
どれも本当かよ?と疑うぐらい俺の知ってるじいちゃんとは違い、真意を父さんに聞くと
『じいちゃんはお前には激甘だからな…その姿しか見てないから信じられないんだろうけど、あの人は凄かったよ』と
俺はいつまで経ってもじいちゃんには敵わないと嘆く今の院長で、周りにも尊敬されてる父さんが言うんだから相当だったんだろう。
だけどあんなお気楽で、俺と会えば『慎太郎。新しいコレは出来たか?』と楽しそうに、笑いながら小指を立てるじいちゃんが父さんより凄いなんて、やっぱり今も信じられない。



着々と俺は年齢を重ねて行き、同級生達が将来の仕事をどうするかと悩んでいる中、俺は一直線に医者への道を目指した。

努力の甲斐もあり、24歳の若さで医師免許を取り、春からは父さんの所で研修医として働き始めた。
まだ慣れないこともたくさんあるが、先輩先生の仕事を手伝いつつ
まずは入院している患者さんと仲良くなってこいと父さんに言われ、
その日から暇な時間があれば入院している患者さんの元へ行き、世間話や悩み話を聞くようになった。
元々人の話を聞くのは好きで、覚えることがたくさんある中でも休憩時間は患者さんとの仲を深めるために使った。
そんな時に個室に入院している池屋さんと出会った。

出会ったといっても俺はいつもタイミングが悪いのか、眠っている池屋さんの姿しか見たことが無い。
いつ行っても池屋さんはすやすや眠っていて、その眠っている姿に俺は少しずつ興味がわいた。
だからか俺は初めて父さんに『601号室の池屋悠人さんって何の病気で入院してんの?』と患者さんについて聞いた。
最初は誰だそれと首を傾げていた父さんだったが、ちかくして『あぁ…』といい喋り出した。

父さんから聞いた話では池屋さんの病気は原因不明らしく、
17歳の時に信号無視した車に巻き込まれて事故に合い、特に外傷はないはずなのに5年も意識が戻らないそうだ。
一緒に車に乗っていた池屋さんの両親は即死で、姉も頭の打ち所が悪く、親の死から数日遅れて姉も先立ってしまったんだと…

池屋さんが目覚めた時には既に家族が居ない上に、
父さんが言うには、祖父母も母方の両親だけで、その祖父母ももう年でお見舞いには来れないらしい。

そんな目覚めても辛い状況なら、ずっとこのままなにも知らずに眠っていた方が幸せなのかもしれない。
だけどどうしてか、俺は池屋さんに目覚めて欲しいと
そして俺だけでも、池屋さんが目覚めることをいつまでも待ち続けたいと、そう思った。


今まで特定の患者さんの元へ向かうことはなかったが、池屋さんの元には毎日必ず1回以上は訪れ、眠っている池屋さんに喋りかけた。
お日様が真上にあり、乾いた地面をじりじり焦がす時期には
『今日はこの夏一番の真夏日なんですって』と言い
少し涼しく、虫の音が聞こえてきた時期には
『十五夜なんでお団子持ってきました』と言い
色の付いた葉がすべて落ちきり、白い息が出始める時期には
『今年初めての雪です』と言い
気付けば、また最初の季節が巡ってきていた。

「中庭にある桜、来週ぐらいに満開になるらしいです」
もちろんこの1年、池屋さんから返事が返ってくることも、瞼が開かれることもなかった。
だけどそれでも毎日飽きもせず俺は通い続けた。





「じいちゃーん」
家から徒歩20秒の距離にあるじいちゃんの家の扉を開けながら叫ぶと
顔を少しだし、俺の顔を見た途端ニッコリ笑うじいちゃんと目が合う。

「おー、慎太郎か。久しぶりじゃなぁ」
「久しぶりー。元気してた?あっ、これ。母さんに頼まれて持ってきた」
「この通り、ピンピンしとるわい。おお!!今日は肉じゃがか!佳苗さんの肉じゃがは絶品じゃからな…。佳苗さんにはいつもありがとなと伝えといてくれ」
肉じゃがの入っている鍋を持ち、嬉しそうにキッチンへと置きに向かうじいちゃんの後ろを俺もついて行く。

仕事をするようになってからは忙しくなり、なかなかじいちゃんに会いに来れてなかったが、じいちゃんのピンピンしている姿を見てホッと胸を撫で下ろした。

「そういえば慎太郎!お前、好きな人が出来たんじゃろ?しかも父さんから聞いた話じゃ、毎日会いに行ってるんだってな」
鍋をキッチンに置いてきたじいちゃんは、ニヤニヤ笑いながらソファーに座っている俺の前にお茶を置く。

「はぁ?なにそれ?仕事でいっぱいいっぱいで、好きな人なんて出来てないって」
「毎日会いに行く程本気なんじゃろ?相手は、えーっとなんだったっけなぁ……あぁそう!池村さん!!」
「池屋さんな。…確かに毎日会いに行ってるけど池屋さんは男だし、別にそんなんじゃないよ。ただの患者さん」
何故かじいちゃんは少し驚いた顔をしたあとすぐに
「好きなら男だっていいと思うぞ。じいちゃんは応援する」と的外れな事を言われ、思わず俺は口をあんぐりとさせた。

「何言ってんだよ…それじゃあ俺がホモってことになんじゃん…」
「でもその池屋さんとやらが好きなんじゃろ?」
「…じいちゃん?」
「慎太郎、お前は気付いてないだろうが、お前は片想いしてるといつもじいちゃんに会いに来なくなるんじゃよ」
ほら、小2の時に好きだった真紀ちゃんも、小6の時の綾ちゃん、あと高1の時の桃子ちゃんの時も
じいちゃんの元に来なくなったじゃろ?だけど諦めたり、付き合いだしたらまたじいちゃんの元に来るんじゃよと笑う。
確かにじいちゃんの言うとおり俺から好きになったのは今言っていた3人だけで、他は自分から好きになったことはない。

「…いやでも、今までは確かにそうだったかもしれないけど、今回のはただ単に仕事が忙しかったからで…」
「徒歩20秒の距離でも会えないほどにか?」
「……」
否定する返事が思い付かず、思わず俺は黙り込んでしまう。
そして思い返せば池屋さんと出会う前までは仕事が忙しくても何かとじいちゃん家に行き、仕事についてや家族の近況を伝えていた。
それが池屋さんと会ってからはじいちゃんに会いに行くことが極端に減り、会っても父さんや母さんと一緒の時だけ

「多分ワシ以外はお前の癖も気持ちも気付いておらんよ」
人をよく見て、その上気持ちに敏感なじいちゃんは、医者としてきっとすごかったんだろうなと
初めて父さんの言う、じいちゃんがすごいという意味を知った。

「……なぁじいちゃん、俺ってホモだったのかな?」
「どうかのぉ。家に帰って一人でジックリ考えてみぃ。どういう結果にしろ、じいちゃんは慎太郎の味方じゃぞ」
二カッと笑うじいちゃんに俺は何故か気持ちがスッキリし
素直にありがとうとじいちゃんに伝え、目の前に置かれていたお茶を一気飲みしてからじいちゃんの家を出た。



昨日あれからじいちゃんが言うように一人で考えてみたが、どうやら俺は池屋さんのことが好きだったらしい。
どこが好き、何故好きなのかと聞かれても答えられないが、
ただ池屋さんが目覚めた時に俺が一番ソバに居て、一番に『おはようございます。』と声をかけたい。
そして眠っていた間の事や、池屋さんの家族の事など
色んなことを伝えたあと
池屋さんをギュッと抱きしめ『大丈夫です俺がいます』と安心させてあげたいと、そう思った。
この気持ちは男に対して思う感情じゃないから気付いていなかったが、じいちゃんに言われて初めてこの感情の意味を知った。


春の暖かい風が吹かれ、桜が舞うのを見ながら
「今日はぽかぽか陽気ですね」といつものように池屋さんに話しかける。
十分に景色を堪能してから窓を離れ、池屋さんの寝ている隣に座る。
そしてそっと池屋さんの頬へと手を伸ばし、軽く頬を触るとそこにはしっかり温もりがあり、生きていることを感じさせる。

この目を開いて俺を見てほしいという気持ちが溢れる中、ふとある童話を思い出す。
キスして目覚めるお姫様の話。

幼稚な自分の思考に笑いつつ、もし本当にキスして起きてくれたら嬉しいなと目をつぶり『目を覚まして』と願いながら眠っている池屋さんに勝手ながらもキスをする。
数秒口と口がくっついたあとゆっくり目を開け唇を離し、手の甲で自分の唇を押さえる。
好きだと自覚した途端こんな思考が浮かび、その上実行までしてしまうなんてと思わず顔が赤くなる。
その熱を冷ますため視線を窓へと向け、立ち上がろうとしたが
ふと目の端で何かが動いてるのに気が付いた。
なんだと思い動いてるものを見るとそれは池屋さんの指で、微かに動かれていた。

もしかしてと顔も見ると少しだが目も開かれ、その目はボーッと天井を見ていた。
突然のことに驚いて声が出せないでいたが、すぐに我に帰り
池屋さんの目元を指で撫で、今まで天井を見ていた視線をこちらに向けたのを確認してからニッコリ笑いかける。



「おはようございます。たくさん眠りましたね」






解説
じいちゃんは手術の腕も勿論すごかった。
最初から決められていた道だが、じいちゃんにとって医者は天職。

一目見た瞬間から惚れていた訳ではないけど、寝ている池屋さんに興味持ったのは確か。
そしてどんどん会うたびに興味が膨らみ、父さんの話を聞いた時には既に惚れていた。
だから無意識に池屋さんの事を聞いたり、目が覚めてほしいやら、待ち続けたいと思っていた。

池屋さんの記憶は17歳で止まっているから色んなギャップに着いていけず戸惑い、その上家族を一気に亡くしていたことに落ち込むが
そこは慎太郎の宣言通り慰め安心させてくれます。
そして力になり、一緒に新しい一歩を踏み出して行きます。


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