生い茂る木々は青さを増し、高く上った陽射しがじっとりと照り付ける。庭先に植わった酸漿が、赤々と色づき実を成していた。
水無月の終わり。
盥に水を張り、玄関先に打ち水を撒く。ぱしゃりと頬に跳ねる飛沫の冷たさが心地好い。熟れた酸漿にも水を与えようと、再び柄杓に水を汲む。
「へぇ。綺麗に色づいたなぁ、酸漿。」
「!」
突然頭上から降ってきた声に、思わず柄杓を取り落としそうになった。驚いて視線を上げると、青空には似つかわしくない、夜陰を溶かしたような長髪を靡かせた男が、屋根の上から此方を見下ろしている。
「不知火さん!」
「よォ、めのう。」
火消しが纏う黒腹掛姿に、小洒落た柄の羽織を引っ掛けて、彼はひらりと片手を上げた。
「来るならちゃんと通りから…」
「まぁ、そんなカタいこと言うなよ。オレが上から来ようが下から来ようが、あんまり変わんねェだろ。」
ひょいと屋根の上から身を踊らせると、不知火は軽やかにめのうの目の前に着地する。
「そういう問題ではなくて…」
言い掛けて、止めた。
出会ったばかりの頃に、彼は人ではないのだと聞かされている。
人ではなく、鬼なのだと。
だから屋根に飛び乗ったり、飛び降りたり、常人では鑪を踏んでまごつくような動作も、彼にとってはどうということもないらしい。
「今日はどうされたんです?この辺りに用事がおありだったんですか?」
本来人目を忍んで生きる鬼が、何故人里に降りてきているのか。何故この家に足しげく通って来るのかは、めのうの知るところではない。だがそれが嫌だとは思わなかったし、むしろ一緒に過ごすこの僅かな時間を、どこか楽しみにもしていた。
「理由が必要か?なら、めのうの顔が見たくなったから来ただけだ。」
「!」
瞬く間に、めのうの頬は紅を刺したみたいに色づいた。初な反応に気を良くしたのか、不知火が声を上げて笑う。
「ははッ、いい反応するな、お前は。見てて飽きねぇぜ。」
細められる双眸の紅。切れ長の瞳が与える攻撃的な印象が、それで幾分か和らいだ。
「か、からかわないでください。」
俯いためのうの頭にぽんと手を置けば、益々赤みを増して項垂れる。その姿は、まるで庭先で綻ぶ熟れた酸漿の、別の当て字を表すかのように、不知火の目を惹いて止まない。
鬼灯―…、鬼を導く赤い灯。
20120122
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