“特別”な者は作らない。

失うことの辛さを、喪うことの意味を、身を以て知ったあの日。全てを目の前で奪い去られた過去の記憶が、その頑ななルールを生み出した。

目的を共にする仲間達は皆一様に“大切”な者だし、守りたいと思う。けれどそれは全員に等しく抱く仲間意識や慈みといった類いの物で、“特別”な感情ではなかった。

ただ、一つを除いては。

「答えを聞かせて、ロックオン。」

微かに揺らぐ瞳で、しかし真っ直ぐこちらを見つめるその視線に堪えかねて、ロックオンは逃れるようにオニキスから目を逸らした。室内には、二人しかいない。自分に宛がわれた部屋であるのに、今はただ居心地の悪さしか感じなかった。

「…嫌いなら、はっきり言ってくれて構わないから。」

ロックオンが好き。そう告げた唇を固く引き結んでオニキスはそこに佇む。

「オニキス、俺は…」

「お願い、逃げないで。」

悲しみの色を帯びた切望の声に、ロックオンは続けようとしていた言葉を飲み込む。

オニキスに抱く感情が、他の仲間達に抱くそれと同じだったならば、少しの罪悪感を伴いながら、ごめんな、お前の気持ちには応えてやれない、そう告げれば済むことだった。

「……………悪い、」

それをするには、自分の中でオニキスの存在が大きくなり過ぎていたのだ。そしてそれに気付かないほど、自分は子供でも、鈍感でもなかった。

「それは、嫌いってこと?」

「……悪い。」

更に言えば、嫌いだと突き放すことが出来るほど、大人になりきれてすらいなかった。だから言明を避ける、こんな曖昧な答えしか返せない。狡い自分にヘドが出そうだった。

「理由、教えて。でないと帰らない。」

オニキスは引き下がらない。適当な理由をつけて彼女を突き放すことが出来たらどんなに楽だっただろうと、当事者である自分を酷く客観的に捉えながら、ロックオンはオニキスの瞳を見返した。そして諦めたように一つ溜め息をついて、口を開く。

「…………だよ、」

「…え?」

「怖いんだよ。もう…失いたくねぇんだ。」

呟くようにロックオンが言った。それは本当に小さな声で、静かな部屋の空気を少しだけ震わせて、直ぐに大気に紛れて消える。

「…嫌なんだよ……」

要するに、自分は臆病なのだ。もう傷付きたくない。傷付けたくない。いずれ失わなければならないモノなら必要ない。

誰かに触れてほしくて、甘えたくて、愛されたくて、誰よりもそれを欲しているくせに、強がって自分から距離を置いて、弱い自分をを認めてしまわないよう必死で目を背けているうちに、気付けば身動きが取れなくなっていた。

「言ったよな…?俺の家族はテロに巻き込まれて死んだんだ。たまたまあの日、あの場所に居合わせただけで、たったそれだけの理由で、父さんも、母さんも、エイミーも、目の前で殺された。」

オニキスの存在が自分にとってかけがえのない物だと気付いた途端、後ろめたくなった。オニキスが自分と同じ気持ちでいてくれたことを知った瞬間、急に怖くなった。また、失うのではないか…と。

一度口に出してしまえば、押し留めていた感情は堰を切ったように溢れ出してくる。

「そんな理不尽な、不条理な世界を叩き壊してやろうと、変えてやろうとこの組織に加入した。だけど、どうだ?今俺がやってることも、そいつらと大して変わらない。世界を変えるって大義名分に託つけて、人だって大勢殺してる。結局俺も奴らと同じ、人殺しでしかねぇんだ。こんな血にまみれた手で、誰かを好きだとか守るとか言えるかよ…!」

圧し殺した低い声なのに、最後の方はまるで悲鳴のようだとオニキスは思った。

抱えていた矛盾を一気に吐き尽くせば、耐え難い静寂が重々しく二人を包む。

「……ロック、オン…。」

オニキスは俯いてしまった彼を見つめた。きっとこの人は、周りが思っているより強くないし、器用でもない。優しくて、繊細で、臆病で、色んな感情に板挟みになって、なのに微塵もそれを表に出そうとしないでいる。

今この人を此所まで追い詰めているのは間違いなく自分で、同時に何処かでそれを嬉しく思う自分がいた。

「形あるモノはいずれ失うわ。永遠なんてない。早いか遅いか、違うのはそれだけ。」

そっと手を伸ばし、オニキスはロックオンの頬に触れた。怯えたように、広い肩が小さく跳ねる。

「私の手だって、どれだけの命を奪ったかわからない。でも、今そんなこと関係ないの。私が聞きたいのはもっと単純なことなのよ。私はロックオンの傍にいたい。ロックオンに傍にいてほしい。……あなたは…?」

頬に触れた手を首の後ろに滑らせて、引き寄せる。驚くほど簡単に、開いていた距離は縮まった。

「あなたが私と同じ気持ちで、私のことを失いたくないと思ってくれてるなら、失うのが怖いと思ってるなら、私はあなたに私を失わせない。」

そんなに強い語調ではない筈だった。女性特有の柔らかな響きを孕んだ高めの声で、しかし告げられたその言葉は、聞く者の異論を赦さない絶対的な強い意思を携えていた。

或いは、そう思いたかったのかもしれない。何も失わない。失わせない。夢のようなその言葉に、縋りたかっただけかもしれない。

「…オニキス……」

頬に触れた彼女の手に、恐る恐る、自分の手を重ねる。名を呼べば、オニキスはいつものように瞳を細めて穏やかに微笑んだ。

「ねぇ。好きだよ、ロックオン。私は、あなたの傍にいてもいい?」





答えをかせて

……好きだ、オニキス。

やがて鼓膜を震わせた言葉は、痛いくらいの抱擁と共に。











20110718
一昨年の12月から放置してたのを引っ張り出してみた。



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