そいつと初めて会ったのは、部活帰りによく足を運ぶマジバのカウンター越しだった。

珍しく部活の面子で立ち寄ったその日、腹を満たして暇を持て余した誰かの提案で始まった、罰ゲームを賭けたじゃんけん。ものの見事に敗北を喫した俺は、グーを出した先ほどの自分を全力で恨んだ。

「心配すんな火神、レジ並んでスマイル1つって言うだけだから。」

「いや主将、スマイルってそもそも売り物じゃねえだろ!ですよ!」

「何言ってるんだ火神、メニューにスマイル(0円)って書いてあるだろ。大丈夫、ちゃんと売ってるぞ。」

「大丈夫じゃねえよ、アンタが何言ってんだ!…っす。」

「スマイル頼んですっかり参る。」

「うぜえ。」

負けたのは俺が悪いけど、先輩ら完全に楽しんでるだろ。いや、木吉先輩はいつも通り本気だったな。

「見苦しいですよ、火神君。」

「黒子てめっ!」

「火神ー、ちゃんと俺らにも聞こえるように言えよ。大きな声でな!」

「グッドラック、火神。」

方々から言いたい放題言われた挙げ句、ぐっと親指を立てて見送られる。チクショー、アイツら他人事だと思いやがって。つか、既に笑ってんじゃねーか。…覚えてろよ。



背後から居心地の悪い視線を感じながら渋々レジに向かう。足取りは頗る重い。マジ帰りてー。途中チラリと振り向けば、笑いを堪えた顔が植木の柵の向こうに並んで此方を窺っていた。

「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ。」

俺らとそう年の変わらないだろう店員の接客を受ける。レジに他の客がいないのがせめてもの救いだった。ここまで来たらもう腹括ってやるしかねー。極力店員と目を合わせないようにしながら、半ばヤケクソ気味に息を吸い込んで注文を叫ぶ。

「スマイル1つ!」

ぶは、と誰かが吹き出す声が聞こえた。

店員はきょとんと目を丸くして、俺と客席で笑い転げているアイツらを見比べていた。沈黙が落ちる。早くこの居たたまれない空気を何とかしてくれ。無責任に念じると、やがて状況を把握したのか口許を緩める。

「ふ、ふふふ」

控え目な笑い声が漏れた。俯いて小さく肩を震わせながら一頻り笑い、そいつが顔を上げる。氏原、と書かれたネームプレートが目に入る。いつまでも笑ってんじゃねーよ氏原。

「ごめんなさい、スマイルお1つですね。」

その言葉に今度は此方が面食らう。大方相手にされないか、されても適当に流されるだけだと思っていたのに。

「は?お、おう。」

「ありがとうございます!」

戸惑いながら頷くと、渡されたのは非の打ち所のない完璧なスマイル(0円)だった。



少し早い鼓動と共に、席に戻って取り敢えず腹を抱えて笑っている降旗の頭をはたく。その間も、先ほど向けられた笑顔が頭の中にチラついていた。

氏原って言ったか。
何つーか、花が咲いたみたいな。
そんな笑い方をする女だと思った。





笑顔、プライスレス。
(見惚れてましたね、火神君。)
(なっ、ばっ、ねえよ!)
(わかりやす過ぎです。)

20131204
火神にスマイル頼ませたかった。



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