今月号に我が校誠凛バスケ部の試合写真が載っていると聞いて、放課後本屋に立ち寄った私は普段全く縁がないスポーツ誌のコーナーに足を運び、月刊バスケットボールマガジンに手を伸ばした。

バスケのルールは正直よく知らない。私が知っているのは、うちのバスケ部に物凄く高く跳ぶ男の子がいるということだけだ。

背番号10番、火神大我。

初めて試合を見た日から、彼は私のヒーローだ。一応、クラスメイト。そして私の片想いの相手でもある。

パラパラとその場で雑誌を捲り、お目当てのページを見つける。見開きに複数の写真が載っているにも関わらず、私の目は目敏く真っ先に火神君を見つけ、購入を即決した。ダンクシュートを決めている瞬間の写真。誰が撮ったか知らないけれど、この写真を撮ってくれた人に心から感謝したい。

「氏原、バスケ好きなのか?」

「ひゃあっ!」

一人悦に浸っていると突然後ろから声が掛かり、びっくりして飛び上がった。勢いよく雑誌を閉じて振り向くと、私の反応にびっくりしている火神君が立っている。

「かっ、かかかがみくん!」

「わり、んなびっくりするとは思わなかったぜ。つーか俺がびびった。」

そう言うと彼は書棚から私の腕の中にあるのと同じ雑誌を手に取った。てっきり会話はそれで終わりかと思ったが、その予想は火神君によって裏切られる。

「氏原はあんまりスポーツとか興味ねーのかと思ってた。」

彼は意外そうに私の持つ月バスに視線を落とした。それは、そうだろう。その通りだ。所属している部活は文科系、体育も得意ではないし、ワールドカップやWBCは世間の盛り上がりを横目で眺めるだけで終わる。けれどバスケットボールは、そんな私がたった一つ興味を持ったスポーツだ。火神君のお陰で。

「今月号にバスケ部の写真載ってるって聞いて、その、」

「あー、そういや試合写真載るってカントク言ってたっけか。知り合いでもいんの?」

たぶん火神君にとってはたわいない会話で、素朴な疑問なのだろう。けれど私にとっては火神君と言葉を交わす、ただそれだけのことにさえとてつもない緊張を伴うせいで、投げられた質問の答えを上手く纏めることが出来ない。

「あのっ、知り合いがいるとかじゃなくて、ルールもそんなに知らないし、特別好きって訳じゃなくて、あっ、でもだからって嫌いじゃなくて!」

必死に言葉を繋げる私は酷く滑稽に見えているだろう。あれ、結局何を聞かれてたんだっけ。もう頭の中が真っ白で、自分でも何を言っているのかさっぱりわからない。

「えと、その、バスケじゃなくてバスケしてる火神君が好きで…!」

しどろもどろになった私の口から飛び出したのは、とんでもなく取り返しのつかない言葉だった。

「…は?」

「…」

「…俺?」

「…」

言った私は呆然。聞いた火神君も茫然。時間が無慈悲なほどゆっくりと流れていく。沈黙が痛い。真っ白だった頭の中に自分の言った言葉が反芻され、同時にさっと血の気が引いていく。

私、今何を言った?

まるで完全に告白ではないか。どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。出来ることなら時間を巻き戻して私の口を塞ぎたい。

「い、今のなし…!」

「って、おい氏原!」

雑誌を掴んだまま踵を返し、火神君が何か言う前に走り去ろうとする。一刻も早くここから逃げ出したかった。けれど流石とも言うべき反射速度で腕を掴んで引き止められ、それは叶わない。

「ごめ、お願い忘れて…」

「いや忘れるとか無理だし。」

消えそうな声で何とか告げた一言は呆気なく却下される。ばくばくと心臓が変な音を立てている。恥ずかしさと後悔と気まずさが入り乱れて今にも泣きそうだ。怖くて顔が上げられない。

「なんつーかその、あれだ、すげー嬉しいっつか、あー、とりあえず、」

言葉を探しあぐねている火神君を前に死刑宣告を待つような心境だった私は、思いがけずに聞こえた“嬉しい”の一言に俯いていた顔をバッと上げた。目が合った彼の頬にはほんのりと朱が差していて、握られたままの腕からじわじわと熱が広がっていく。

気恥ずかしくて仕方がないのに、真っ直ぐに向けられた視線から目が離せない。

「…買うんだろ、それ。」

「…買い、ます。」





ここから始まる僕らの青春

20131218



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