俺が高校に入ったその年、アイツは俺より一足先に二十歳、法律上の大人になった。五つ離れた彼女、氏原紅子とはアメリカに住んでいた頃から彼此四年の付き合いになる。
お互いの予定が空いた休日、ケーキを買って紅子が食べたいと言ったオムライスを作り、二人でささやかに誕生日を祝う。
「おめでとう、紅子。」
「ありがとう。何だか照れ臭いね。」
口角を上げてはにかむ彼女の目蓋はクラスにいる女達とは違って淡く色付き、唇は艶々とした口紅に彩られている。
ただ一つ年を取ったこと以外に何が変わった訳でもないのに、何処か遠くに行ってしまったかのような言い様のない不安に襲われる。それは俺がまだ法律的に子供で、ただの高校生で、どれだけ望んでも本当の意味で彼女を自分の物にすることが出来ないからだろう。
「これで私も大人の仲間入りかあ。」
「やっぱ嬉しいモンなのか?」
「うーん、あんまり実感ないけど、堂々とお酒が飲めるのはちょっと嬉しいかな。」
「酒とか、苦えだけじゃねーか。」
「大我もそのうちわかるようになるよ。」
言われ慣れた筈の言葉に、今は少しむっとする。こいつを他の奴に渡すつもりは毛頭ないし、早く一緒になりたいと考えている。けれどその為には、日本の法律では自分の年齢があと二歳足りないのだ。届かない二年が、どうしようもなく俺を焦らせる。
「…いつまでもガキ扱いすんな。」
手を伸ばして体を乗り出し、ローテーブルの向かいに座る紅子の口を自分のそれで塞いだ。
「んう、」
頬に触れた手に彼女の左手が重なる。ひとしきり柔らかな感触を堪能したあと、紅子の手を取り、薬指を掴む。
「あと二年、待ってろ。」
紅子はパチパチと目を瞬かせ、込められた意図を悟ったのかすぐ嬉しそうに破顔した。その笑顔に焦燥感が解される。
「待つよ。いつまででも待ってるよ、大我。私気は長い方なの。」
「バーカ。そんなに待たせやしねえよ。」
「うん。」
見た目も言動もクラスの奴らと大して変わらないのに、確かにある年の差はどう足掻いても埋まることはない。けれど今はただ、この関係が名前を変える、そう遠くない未来を思う。
薬指の約束20131209
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