■ とある休日の城下街

 雨季が終わりお迎えるころには、僅かずつ夏の暑さが訪れる。北に位置するキリセル国は冬は雪で覆われるが夏場はそれほど暑くはならない。快適、と言えば嘘になるが、国の南方よりは幾分かマシだ。
 王都噴水広場にやってきたイルファーナは、待ち合わせている相手のいる噴水近くまで歩く。目的の銀色の髪の少女を見つけては「よう」と声をかけた。イルファーナの声に反応するように振り返ったトアは、どこだろうと一瞬辺りを見渡すも、直ぐに気づいたのかお辞儀をした。

「わりーな、遅くなった」
「いえ。私も此処で合ってるのか心配だったので」
「人通り多いからな。迷子にならないように気を付けないとな」
「そうですね」

 待ち合わせに指定した時刻はなるべく早めにしたつもりなのだが、二人があった時には既に人が頻繁に出歩いていた。休肝日は国民全員が教会へミサを受けに行き、日頃の反省を吐露し救いを求めるため、静かに過ごさなければならない。今日は休肝日でもないのでこうして城下の街には店が並んでいる。

「しかし、アイツら……絶対に仕掛けただろ……」

   ◇

 七日前。仕事の書類を片付けるため部屋に籠っていたイルファーナは、何度目かの遊びに来たイルの話を相槌を打ちながら聞いていた。彼女の話は珍しいものではなかったのでほどほどに相手をしていたのだが、突如こんなことを言い出した。

「なあ、イルの兄貴。聞きたいことがあるんだけど」
「魔法のことならセナかアナギさんに聞いた方がいいぞ」
「いや、魔法についてじゃなくて」
「じゃあ、なんだよ」
「……イルの兄貴って、トアとデートしないのか?」

 突拍子のないことを急に聞かれたのでイルファーナは危うく羽ペンのインクを間違って済ませた書類に溢すところだった。

「き、聞くことが突拍子過ぎるぞ!?」
「だって、せっかく付き合ってるのに、二人はデートしないのかなーって気になってたんだよ。トアも『イルさんとお出掛けしてみたい!』って言ってたぞ」

 合わせた両手を頬に当てながら相手を想う仕草を行う少女に、イルファーナはハァ、と羽ペンを置いた。

「……ウソだろ」
「いやいやいや本当だよ!! 現にさっきだってセナの兄貴にそれを相談していたんだよ!! あの時のトアは、見てるだけで寂しそうだったなー」

 腕を組み、うんうん頷きながら妹のことを言うイル。彼女の妹とは紆余曲折を経て無自覚にも恋人という形になったのだが、正直何をしてやれば喜んでもらえるのか解らない。付き合い始めてからまだ間もないころに相棒の魔術師に言ってみたのだが、見事に驚かれてしまった。悪戯で相手を困らせるのは楽しいので思いつくのだが、実際喜ばせたことは無い。家族以外の誰か、ということも踏まえてどういうことを喜ぶのか考えてはいるのだが、どれも当てはまる気がしないのは気のせいではない。
 グレイシス家にはセナローズの見合い話が持ち込まれることもあるにはある。しかし、本人にその意思がないので物の数分で決着がついてしまう。大半の原因はイルファーナの悪戯によるものもある。
 そもそもデートと言うのは貴族は行うものではないと思っていた。グレイシス家は家同士はあっても、個人ではあまり引き合わせなかった。そのため、デートが如何なるものなのか実際に解っていないのである。

「誘った方が、いいのか?」
「いいに決まってるだろ! ああもう、イルの兄貴はそういうところに鈍感なんだから。見てるこっちがイライラするからさっさとデートをしろ!!」
「命令かよ! わかったよ、するよ! デートでもなんでも!!」

 間近で騒がれてはいつインクが書類に流れるか解らない。暴れてほしくないのでイルファーナは彼女を鎮めるために了承した。
 その後イルは小悪魔のごとくに笑い、「よっしゃあ!」と叫びながら部屋を飛び出していった。事を聞いたトアは顔を真っ赤に染めながら姉に何かを言っていたのが、結局収集が付かないので日付と時間を取り付けてその日は解散となった。
 今思えば完全に嵌められてしまったのは一目瞭然だが、こうなった以上仕方がない。イルファーナは頭を掻いてはトアの方を向いた。

「じゃあ、何処か見たい場所はあるか?」
「私が決めていいんですか?」
「見回りやアナギさんの用事でいたことはあるんだが、ゆっくり見て回ったことは無いんだ。だから、お前が行きたいところでいい」

 こういう機会でなければ来ない場所だ。トアは考える素振りを見せる。確か今日は広場近くで見世物があったはず。イルファーナに言うと、簡単に承諾してくれた。見世物がある場所へ行くと、聞いた通り人盛りができていた。端に二人分入れる隙間があったので人の間を掻きわけながら向かった。たどり着くと目の前に炎が湧き上がっていた。今は炎の少女と猛獣使いという演目らしく、二人の少女が互いに炎と猛獣たちを自在に操っては披露していた。最後には魔術を使ってなのか炎が小さな明かりとなって静かに舞い落ちるところで終わった。

 見世物の後も二人は城下の街を歩き回った。明らかに怪しい骨とう品や呪具の店。生き物と触れ合うことのできる店。昼には喫茶店で食事をしたが、トアの視線が、イルファーナの手元で止まっていた。

「イルさんって、食べるの上手ですよね」
「そうか?」
「はい、普通男の方はもっと豪快に食べているものだと思っていました。やっぱり、貴族の方なのですね」

 頼んだものを口に含んだイルファーナは思いもしなかったことを言われ目を見開いた。普段はアナギやセナローズと共に食事をしているためか、食べ方を気にしたことは無い。他から見たら可笑しいのだろうか。

「変か?」
「そんなことはないです。ただ、意外だなと思って」

 トアはそういうと、自分の分を再び食べ始めた。
 午後になっても色んなところを見て回り、気づけば夕暮れになっていた。人も少なくなっていたのか、最後に展望台へ訪れると誰もいなかった。展望台からは王都周辺が見ることが出来る。夕日を背に教会が徐々に影を濃くしていった。

「トア、疲れてないか」

 たくさん歩いたので、疲労はあるのではないかとイルファーナはトアを近くのベンチに座らせる。足を止めるまで気づいていなかったが自分も疲れていると知り、隣に座る。そして、途中の店で買ったばかりの袋を取り出し、中から掌ほどの大きさの小包を取り出す。
 何を取り出したのか気になったトアは首を傾げた。

「出かける前にアナギさんから言われたんだ。女の子にはプレゼント一つでも与えてやるものだって。さっき小物が売ってるところに行っただろ。そこでお前に似合えばと思って買ったんだ」

 トアは受け取って中身を開けてみると、髪飾りが一つ入っていた。風の精霊を模した飾りは淡い色を基本に彩られていた。

「気に入らなかったか」
 あまり反応のないトアに自分が贈ったものは駄目なのかと心配しているのか、イルファーナは不安げだ。トアはそんなことないと首を横に振る。

「ありがとうございます」

 トアは貰えるとは考えていなかったので、イルファーナから贈り物があるのは嬉しかった。自分は皆にとお土産を買っていたのだが、個人としては忘れていた。というのも、今日一日彼と共に城下の街を歩くことが出来て満足しているのだ。
 嬉しそうにトアは笑っては、髪飾りを手にしながら夕日が沈んでいく景色をイルファーナと共に静かに見つめていた。









【とある休日の城下街】

お借りしました!!
≫猫凪さん…トアちゃん、イルちゃん


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