■ 金と銀の悪戯

 キリセル国王都の外れの屋敷。イルは屋敷内を探検気分で歩いていた。神の悪戯か、この家に住む者と市場で出会い、紆余曲折で貴族グレイシス家に宿泊することになった。孤児のイルにとっては貴族の家に入ったことさえないのにその上泊まれるという事態は天地が引っ繰り返ってもあり得ないことなのだが、良いと言われたからその言葉に甘えている。昨晩からお世話になっているのだが、珍しいものばかりなため探検したいと中を出歩いている。妹は大丈夫かと不安がっていたが、この屋敷事態に結界が施されているらしいので何を心配しているのだと思う。

「心配性なんだからなー。楽しいのにさ」

 むしろこういう機会は滅多に訪れないのだから存分に楽しめばいいのではないか。せっかく招いてくれたのだからご厚意に甘えるべきだ。

「ま、気持ちも分からなくないけど。……っと」

 突き当りの角で階段が現れた。屋敷は上から見ると逆L字型だという。部屋数も多く三階建てに加えて屋根裏部屋までついている。イルは二階まで探検し終わった。一階はロビー、接客室と来客専用の寝室が数部屋に調理場。調理場は屋敷御抱えの料理人だけでなく料理好きの御当主専用まである。二階は使用人たちの部屋だった。

「無駄に広いんだよね。流石は貴族と言うべきか」

 貴族の大きさは建物、庭を含め屋敷全体の大きさを表している。現当主は伯爵という立場だ。位同等の物を持っていなければ他家に舐められてしまうのだ。王宮に雇われる場合もあるため、下手に勘に障るような言動はいけないのだ。
 階段を登りきると廊下に出た。三階は当主含める家人の部屋があるらしい。寝室の数だけ人は住んではおらず、現在は三人だけだという。イルは妹と共に来客扱いなため、一階の部屋を借りている。
 空室には特に興味はないので、とりあえず奥の部屋を目指す。なぜ奥なのか。他も気になるが、そこには何やら楽しみがあるのではないかという直感。好奇心が足を運ばせる。

「確かここは……アイツの部屋だっけ」

 一応開ける前に確認。そして静かに扉を開ける。入る前に足元や上に危険はないか目で確かめる。そうしないとならないのだ。
 安全だと分かり、初めて室内に足を踏み入れる。部屋の中央には長椅子。窓側には人二人分が入れそうな寝台が置かれていた。部屋の主は長椅子に座っていた。

「ん、イルか。探検のほうは終わったのか」
「ついさっき殆ど見た」

 作業を止めて振り返ったのは金髪碧眼の少年イルファーナ。ノックもせずに入室したのに怒らないのは訪れることを事前にイルから聞いていたからである。

「何してるの?」

 隣に座って手元を覗き込む。イルファーナの手には羽筆、卓上には一枚の紙片が置かれ、何やら模様が描かれていた。よく見ると上下の色が異なり、緑から紅と微妙に変化があった。

「何これ?」
「さあ、なんだと思う?」
「いきなり問題!?」
「教えたらつまんねーだろ」
「ヒントぐらい出してほしいなー」
「言ったら言ったで答えを教えたことになるから駄目」
「えー」

 ぶー垂れたものの相手は簡単には正解を教えてくれそうにはなさそうなので、イルは卓上の紙を見て考える。触っても良さそうなので手に持ってみると羊皮紙よりは柔らかい。厚さは普通の紙と同じだが軽い。緑色のインクなんて見かけることはない。街の市場でも多いのは青や茶色のものだ。

「んー……魔法?」

 思ったことを口にすると正解だと頷いた。
 
「よっしゃ! ねえ、どんな魔法なんだ?」
「気になるか?」
「もちろん! 悪戯に使うんでしょ」
「よくわかったな」

 感心の声を受けて照れくさそうに鼻を擦る。褒められたことより魔法だと分かった自分が嬉しい。
 イルファーナが書いたものは魔術師の間でも使用される魔法陣。円の中に六芒星と屋敷近くに咲いてある白い星形の花を咲かす木の蔓を紋様化したもの。罠(トラップ)魔法だ。

「発動すると地面から伸びた蔓が敵を捕らえるんだ。まだ試してないけどな」
「へー、兄ちゃんってそういうの得意なの? 炎とか雷とかバーンってやるのが見てみたいよ」
「攻撃魔法はセナの方が得意なんだよ。俺はトラップ系」
「ふーん」

 つまらなそうな反応をする。が、一つ気にかかったことがあった。

「……試してない?」
「おう」
「ってことは!」

 少年の考えていることを察知したのかイルの表情は途端明るくなる。弓術者の口元が三日月を描くように両端が上がる。

「言わなくても分かるみたいだな」
「ね、ね、早くやろうよ!」
「待て待て、そう焦るなよ。まずはアイツらを此処に呼び出すんだ」

 二人の仕掛け人は悪い笑みを浮かべながら作戦を練る。


    ◆    ◆    ◆


 数十分後。

「ちょっ!? 何よこれー!」
「イルまたこんなもの作ってー! いい加減にしなよ!!」

 何も知らずに招かれたトアとセナはごく当たり前のように罠魔法にかかり、蔓に絡まれた片足を上に吊り下げられる状態になる。その光景を必死に笑いを堪えながら大成功と歓声を上げる悪友二人組。ようやく助けたのはお茶と焼きあがったばかりのケーキを持って入ってきた御当主に解放命令を出された頃だった。















【金と銀の悪戯】...fin

◆正月SS企画
猫凪さまより「ハジマリ」のお子様をお借りしました。



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