【Side,02若き日の馴れ初め】







「ひもを通して、あとはアイロンして完成だな」



嬉しそうに声を弾ませ板に紐を通す少年。と、そこで俺は当初の目的を思い出した。

確かここに来たのは彼を昼食に呼ぶ為だった。気を取り直して少年に声をかけようとするが、すぐ目の前をあっさり通り過ぎて行く。

そして次に帰って来た時は腕にアイロンとアイロン台を抱きしめ、完成の期待に顔を綻ばせていた。

笑えばとても可愛いのに、なぜいつも笑っていないんだろう。本当にもったいない。よく見るとすまし顔でもこんなに可愛いのに。


そう思って俺は慌てて彼から目を反らした。

か、可愛いってなんだ。男相手に可愛いって…、いや、こいつが可愛いのは…事実だけど。男なのに可愛いからってなんでも許されると思うなよ。俺はこんな生意気に従うほど…落ちぶれてなんかない。

そう、俺は仕方なくここにいるんだ。執事としての修行を……仕方なく、してるんだ。



「乃暁。コンセントを探してくれ」

「うん。わかった」



ててて、と壁沿いに駆け出す王崎家次男。長男はというとその様子をわくわくしながら見つめている。

というかこの弟、俺と彼とじゃどうしてこうも態度が違うんだろう。贔屓が過ぎる。人が変わったみたいに素直だ。



「あったよ、あきと」



任務を終え、短い腕を振り兄を呼ぶ。アイロン台をその場に置くと、コンセントにそれに差した。

そして沈黙。固まったままの少年に、俺は近寄ってみる。



「…これがスイッチ」



使い方がわかっていないようなのでそうレクチャーする。火傷をするとよくないから俺は代わりにアイロンをかけてやることにした。

低温に設定し、板を持って来いと命令する。最年長の座は譲れず、なんとなしにお兄さん気取りだ。



「慎重にだぞっ」

「わかったわかった」

「しっぱいしたらクビね」

「お前は昼寝でもしてろ」



煩い兄弟に挟まれながら慎重にアイロンを当てて行く。ジュウ、と僅かな音が聞こえ、そっとアイロンを浮かせれば両サイドから歓声が上がった。



「出来上がりだなっ!」

「みかけよりやるね」



一言余計なチビは無視し、少年にまだ温かいそれを渡す。両手でそれを受け取り、彼は初めて心からの笑顔を浮かべた。





「…!」





可愛い。



やはりその一言に尽きる。その笑顔に俺が無意識に目を奪われていると、視線に気付いたのか恥じらい混じりに笑顔が取り消された。

まるで笑ったらいけないと思っているかのようだ。いったい彼になにがあったんだろうか。


不意に部屋の扉がノックされる。絶妙のタイミングで現れたのはあの老執事で。兄弟に昼食だと促すと、部屋から彼らを追いやって行く。



「…げんこつは取り消しじゃ」



任務を思い出し焦る俺に、じいさんがそう呟いた。



「司貴。お前は良い執事になれる」



シワの深い笑顔。執事になんて出来ればなりたくなかったのに、なぜか俺はその瞬間…嬉しかった。



それから数時間。真面目に執事の修行を受け、俺がちょっぴり成長した頃。王崎家長男と次男は就寝の時間になっていた。



「乃暁様!ここで眠ってはいけませぬー!」



リビングの床で力尽きたように眠る次男。子どもは自分の体力を考えずに遊ぶから、寝室まで移動する体力を取っておかないのが定番だ。

じいさん、もとい理壱が慌てて体を揺さぶるが、すでに熟睡しているらしく一向に目を覚ます様子はない。



「司貴!私は乃暁様を寝室まで送り届ける!お前は暁斗様を寝室まで送り届けるのじゃぞ!」



年なんて関係ないとばかりに風のように去って行く理壱。その姿を見送り、俺は修行して以降初めての2人きりに柄にもなく緊張していた。

彼は年の割に背伸びした本をソファーに座り読みふけっている。側にはあの押し花で作ったしおりが置かれ、大切に使うだろう心意気が見えていた。

そわそわしながらも彼に視線を送ってみる。肝心の彼は本からいっこうに視線を外さない。手持ち無沙汰にその周囲を練り歩いてみるも、しばらく経っても俺に声は掛からなかった。





「…暁斗様」



慣れない呼び名で初めて声を掛ける。驚いたように本から顔が上がった。目をぱちくりとさせ、本当に驚いた様子。



「寝室はこっち…じゃなくて、こちラデス」



慣れない敬語にイントネーションがおかしくなる。ラデスってなんだ、と吹き出すように笑われた。笑顔を見れて嬉しいが、馬鹿にされているようで複雑な気分だ。



「う、煩いな!俺だって大変なんだ!…じゃなくて、大変なんです!」

「無理をするからだろう?第一、似合わないぞ。敬語」



カチンと頭に来る。しかしそこは最年長の心で押さえ込み、冷静を取り戻す。



「これが俺…ワタクシの、仕事なので」

「…ワタクシ」

「笑うな!俺だって恥ずかしい!」



顔が赤くなってしまう。男なのに"わたくし"だなんて屈辱的過ぎる。それもこれも執事としての心得らしいが、これは流石にキツい。精神的に。



「ほら、部屋行くぞ!…じゃなくて、行きますよ!」



腕を取り、強引にソファーから立ち上がらせる。ツボにはまっているのかまだ笑いは収まっていない。笑顔が見れるのは嬉しい。嬉しいが、本当に複雑だ。

廊下を歩いていると徐々に笑いは収まり、そしていつの間にか静かになっていた。気になって振り向いてみれば、歩きながら本を読む暁斗"様"の姿。



「…危ないですよ」



タイトルは"世界の誕生"。理科に興味があるのか、朝から真剣になってそれを読んでいる。理壱が言うに昔は簡単な小説や絵本が主流だったが最近になってそういった本を読み始めたらしい。

最近…と言えば、俺が彼と出会った頃だろうか。



「…もしかして、あの化け物のこと調べてる?」



当たりだったらしく本を読んだまま縦に首を振られる。



「おま…あなたの魂が、始まりなんですよね。信じられないけど、それを狙ってあいつらが来て…」

「…あんな生き物、図鑑にはのっていなかった。この世界には存在しない生き物。そんなやつに、私は命を狙われている」



急に今までの生意気からか弱い少年へと成り変わる。気丈に振る舞っていても本心は不安で不安で仕方ないはずだ。俺だって巻き込まれてパニックになったというのに、年下の彼が渦中にいて不安にならない訳がない。



「記憶が…段々はっきりして来たんだ」



ぽつりぽつりと呟く少年。俯きがちで、見ているだけで可哀想になる。



「私の魂は、この世界の他に2つの世界を作っている」



学者が聞いたら喜んで飛びつく話だが、11の俺にはまさに遠い話で。少ない知識をフル稼働し必死に理解しようと努力する。



「じゃあ、あの化け物がこの世界の生き物じゃないってことは…」



こくんと頷かれた。普通なら冗談で済む話だが実際襲われた身としては冗談で済む話じゃない。

化け物は、別の世界から彼を狙っている。どんな世界なのか、どれくらいの規模なのかさえわからない未知なる恐怖。

やがて涙を滲ませた彼は、本を胸に立ち止まった。不安に揺れる瞳で俺を見上げて来る。





…そして。





「司貴…、私と一緒に寝てくれ」





男とは思えないか弱さで、そんな言葉を吐いた。





「ね、寝るって…」



ゴクリと生唾を飲み込む。無駄に少ない知識が余計なパニックを生み出した。同性とはいえこんな可愛い男にそんなこと言われたら…つい、意識してしまう。こんなところ理壱に見られたら、



「暁斗様ー!?」



見られていた。ばっちりと、しかもはっきりと。

遥か後方から理壱が駆けて来る。どれだけ地獄耳なんだろう。年を感じさせないその能力に乾杯だ。



「いいいいけませぬー!まだそのようなお年頃で、さらにはこんなどこの馬の骨とも分からぬ男と!お、おおお男なんぞとー!」



意味は良くわからないが何か良くないことを言われているのはよーく分かった。

唯一張本人は状況を理解していないらしく理壱の錯乱にそのくりくりお目々をさらに丸くしている。いちいち表情が可愛すぎる。もう反則だ。



「一緒に寝ちゃいけないのか?」

「いけませぬ!」

「1人で寝るのは嫌なんだっ」

「我慢してくだされ!大人になる為には乗り越えるべき試練なのです!」

「なら私は大人にならない!」

「あぁ!暁斗様が反抗的に!司貴!お前のせいですぞ!」

「俺!?」



もう何がなんだかわからない。

その後、就寝前に一騒ぎ起こしたことでこの家の主、暁様が直々に俺達を叱りに来て。理由を話せば最善の策を俺達に与えてくれた。


夜もふける頃。

俺は広過ぎるベッドのふちギリギリで横になり、なるべく真ん中を向かないようにして寝転んでいた。

ベッドの真ん中には規律正しく仰向けになって寝息を立てる理壱の姿が。それを挟んで向こう側には暁斗様がいて、これが暁様の言う最善の策だということだ。

暁斗様の部屋で、川の字になり3人で寝る。確かに最善かもしれないが、なんだかやるせない気持ちでいっぱいだ。

あの日、彼から力をもらって以来、俺は夜うまく眠れなくなっていた。昨日ようやく睡眠を取れたくらいで、そのせいか今日は気持ち悪いぐらい眠気がやって来ない。

このまま朝まで過ごすのか、とため息を付く。するとそれに反応したのか彼の方で僅かに布団が動いた。

もしかしなくとも起きているようで、そのままスプリングが軋み、ベッドが僅かに揺れる。暗闇に慣れた目は彼がベッドから這い出たことを知らせ、俺もなんとなしにベッドから這い出た。


何をするんだ?


暗闇で動く彼に近付き、様子を伺う。しばらくして急に腕を掴まれた。必死に声を押し殺し、驚きを隠し通す。



「庭に出るぞ。…嫌な予感がする」



小さく囁かれ、俺はその言葉で全てを悟った。



なるべく音を立てずに部屋を出る。暗い廊下を歩き、階段を慎重に降りて。そうして到着した庭は月夜に照らされどこか静まり返っていた。

2人してサンダルに履き替え、庭に足を踏み入れる。しばらく無言で歩いていると、その沈黙を破るように上空から奇声が上がった。




「キィキェー!」

「っ、暁斗!」



思わず"様"を忘れて彼の名を叫ぶ。腕を引き、本能的に自分の方へ引き寄せた。化け物が目の前で地面を切り裂く。さっきまで暁斗がいた場所だ。



「司、貴…っ」



ぎゅう、と体にしがみつかれる。気丈に振る舞う余裕さえなく、その体は恐怖に震えていた。

庭に出たのは、理壱や家族を巻き込まない為。健気だが無謀な決断だ。1人で寝たくないと言ったのも、俺の協力が欲しかったからで、それ以上の深い意味はない。



「あの日から来てたのか!?」

「違う…!今日が、2回目だっ!」



再び襲いかかって来るそれから必死に逃げ惑う。対抗する術はあるはずなのになかなか力が形にならない。

手に浮かぶのはぼんやりとした影のようなもの。この前は一瞬でそれが剣になったというのに、どうして今日はならないんだ。

本当は授けられた力が少ないことを知らず、俺は気持ちをやきもきさせていた。あの時の暁斗はまだ魂を1つ分しか所有していなかった。その体積から力を譲り受けた為、一度限りの力でその効果を全て使いきってしまったのだ。

今の俺はその余韻で力を使っているようなもの。ゆえにいくらやっても力は具現化出来ず、ただ逃げ惑うしかない。



「司貴!」

「くそ…!剣が…っ、出ない…!」



何度やっても、いくら心に思い浮かべてもその光は形にならない。焦りを見せ始めた俺を見て暁斗は何かに気付いたらしい。一度化け物に振り返ると、距離を確認し俺の腕を掴む。

一瞬躊躇いがちに目を伏せたが、覚悟を決めたように唇を結ぶ彼。…そして次の瞬間。



──ガツン。



歯と歯が当たる音がして、唇に鋭い痛みが走る。色気のないキスをされ、文句を言おうとした俺の体が不意に硬直した。



得体のしれない何かが、体の中に溶け込んで行く感覚。



前にも一度体験した。それが暁斗の魂から成るものだと理解した時には唇が離れ、俺の瞳には仄かに黄金が灯っていた。








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