【Side,01若き日の馴れ初め】








「暁斗様。彼が本日より新しく入った執事、九影司貴でございます」



豪華過ぎるリビング。

至れり尽くせりな空間。

その中でも最も寵愛されている彼はというと、素知らぬ顔でテーブルの上のコップを支えオレンジジュースを飲んでいた。小さな子供にへりくだった言葉を掛けたのは彼より何倍も年の離れた老執事で。それとは対照的に俺はそっぽを向き不機嫌なフリをする。

俺専用にオーダーメイドされた燕尾服。子供ながらにこんな格好をしているのはまずは俺が執事であることを彼に覚えてもらう必要があるから。

俺は自分の望みでここ、王崎家に来た。そして俺はそれが嫌で嫌で仕方ない。

本能には…逆らえるはずがなかった。それでもこの数日間必死で自分をごまかして。結局ここに来ているということは、本能に負けたということ。

不機嫌なフリをしているのはどうしてか。それは、そうでもしていないと嬉しさのあまり彼を抱きしめてしまいそうだったから。

求めていたものとの数日ぶりの再開。今までに感じたことのない感情が渦巻き、自分らしくない行動をしてしまいそうで、怖い。


本能が欲する。


我慢出来ないほど、"何か"を欲してしまう。


側にいたいなんて…、願ってしまう。



「司貴、お前も頭を下げなさい」



無理やり頭を押さえつけられお辞儀を強いられた。その手を反抗的に払いのけると俺はその場から駆け出す。

11にもなってあんなこと、なんて嫌な仕事なんだろう。しかもその相手はよりにもよって自分の4つ下、7才が相手とは、屈辱以外の何ものでもない。

家にしては長すぎる廊下を駆け抜け、家にしては広すぎる庭を突き抜け、それでも減らない体力に俺は恐怖を覚え、立ち止まった。

体育は好きだ。昼休みも毎日校庭でサッカーをするぐらい、体を動かすのが好きで。

それでもこの体力はあり得ないと自分でも悟っていた。あの日以来、俺はまったく違う自分になっている。



「クソ…!俺はこんなんじゃない!」



家の外壁に拳を叩き付ける。パラパラと上から塵が降って来た。それでも拳はなんともなくて。

"普通"の人間だったら、今のできっと大怪我してたはず。それを認めたくなくて俺はその場にうずくまった。

庭から少し外れた林の側。ここは荒れた俺の心とは裏腹に平和で色彩豊かだった。きっと熟練の庭師が管理しているのだろう。うずくまる俺の耳には鳥のさえずりが聞こえ、そよ風が時々草花を揺らす。

しばらくそこで心を落ち着かせていると不意に足音が聞こえ、俺は振り返った。



「っ…」



小さく肩を揺らし、そこにいた少年が足を止める。なにも言わずに彼を見上げていれば、彼も彼でなにも言わずに俺を見つめて来る。

いったい何を伝えたいのか。思わず気になってしまい、問いかけようとしたその時。



「花…、踏むな」



ようやく紡がれた言葉はそれだけで。短くても要約されたそれに、俺は慌ててその場から退いた。

さっきまで俺がうずくまっていた場所に、少しだけくたびれた花が一輪咲いていた。紫の混ざった薄桃色の花。茎の方が折れてしまい、もう死にかけている。それに言葉をなくしていると彼がこちらに近寄って来た。

花の側で膝をつき、いきなりそこを掘り出した彼。その光景を呆然と見つめていれば、少年は急に立ち上がり、俺に背を向け去って行く。



「ま…待て!俺にはなにも言わないのかっ!?」



責められないし怒られない。その方がよほど堪え、思わず声を掛けてしまう。

少年が立ち止まり、しばらくして振り返った。

その瞳に俺が映る。


不思議と吸い込まれそうになる感覚。


俺を映している。今は、俺だけがその瞳に映されている。


普段ならなんとも思わないはずなのに、なぜか今俺はとてつもない充実感に満たされていた。

よく見ると彼の手にはあの花が根っこごと握りしめられていて、その手足には地面にあるはずの土がこびり付いていた。



「……押し花」



ポツリと呟かれ、意味が分からず俺は聞き返す。



「押し花は、作れるか?」



幼い声なのに、どこか偉そうなその口調。今朝挨拶した彼の母親も同じような口調だった。きっと真似をしているのだろう。顔も仕草も瓜二つだ。



「つ…作れない」



そんな女子みたいなこと、幼稚園以来した記憶がない。あいにくそういった趣味もない為、出来たとしても折り紙の飛行機程度だ。



「…つかえない」

「なっ…!じゃあお前は作れるのか!?押し花ってやつ!」



ぞんざいな扱いをされ子どもっぽく反論した。年下相手に反論なんて始めてで、本当に俺らしくない。



「わ、私はつくれる。…中津が、教えてくれるはずだ」

「中津ってあのじいさんだろ?結局作れないんだな、お前も」

「つ、作れるぞ!私1人でも!……きっと」

「きっと?お前1人で本当に作れるのか?押し花ってあれだろ、女子が本に挟んでたりするやつ」

「そうだ。あれくらい私1人でも作れる」

「ならやってみろ。俺は手伝わないからな」

「手伝わなくていい。おまえは足手まといだっ」



バチバチと視線の間に火花を散らせる。いったい何に対して争っているのかも分からず俺達は反対方向へとそれぞれ歩き出した。

鼻息荒く庭先を歩き、室内に入る。靴のまま外に出たことがその足跡でバレ、俺はその後あの老執事にこってり絞られていた。

なんで俺が怒られなくちゃいけないんだ。不満を爆発寸前まで溜め込みながらもその日の修行とやらに励む。

執事となるにはまず普段の動作から見直さなくてはいけないらしい。面倒くさいマナーの話やレディファーストの心得。さらにはこれから取るべき資格の話など、11の俺にはチンプンカンプンな話ばかりが頭の中に刷り込まれて行く。

しかも納得のいかないことにあの生意気な少年に敬語を使えとのこと。執事としてそれが当たり前なのは俺にもよく分かるが、そう簡単に忠誠心が湧くはずもなく。俺は出来る限り敬語を使わないよう、そもそも彼に話しかけないことを決めた。そうすれば敬語も使わなくて済むし、第一あの生意気な少年と言葉を交わさなくて済む。



「司貴、昼食の時間です。暁斗様をお呼びに行きなさい」

「誰があんなガキ呼びに行くか」



うっかり本心を漏らせば頭をグーで殴られた。

たんこぶの出来た頭を撫でながら俺は気に入らないガキ(※4つ違い)の部屋へと足を運ぶ。

地図を渡され、今日中に部屋の位置を覚えろと言われた。言われなくても覚えるだろう。なぜならこの部屋の前は極力通らないようにしたいからだ。

部屋の扉をノックする。異常なくらい大きな音を立てノックすると、少しして扉が開かれた。

しかし扉の先にあの生意気な顔は見当たらない。いったい誰が、と視線を迷わせていればいきなり弁慶の泣き所に強烈な痛みが走った。



「ぐっ…!?」

「かえってよ、まおとこ。ボクとあきとのじゃましないで」



3、4才ほどの幼い少年がマセた言葉と共に俺の脚に蹴りをかまして来る。力の加減を知らない子どもの蹴りは下手な大人の蹴りよりも強烈で、俺は思わず涙で目を滲ませていた。



「誰だ!おまえこそ!この家にはまだ子どもがいたのか!?」

「ぶれいだよ、キミ。あしたからクビね」

「く、クビ…!?」



こんな子どもにそんな権限あるのか!?


パニックになって慌てていると、さらに後ろから声がした。



「乃暁、こっちに来い」

「うん」



短く声がして、急に少年の態度が変わる。扉の前の番人がいなくなったので部屋に足を踏み入れればソファーでじゃれあう2人のガキが目に入った。



「あきと。さっきからほんばっかり。ボクをかまってよ」

「ダメだ。今忙しい。頭撫でてやるからそれで我慢してくれ」

「わかった。そのかわり、いっぱいなでてよね」



少年の膝を枕にしてソファーに寝転ぶ小さな少年。頭を撫でられ気持ちよさそうにするその様はまるで猫のようだ。目つきの悪い感じがとてもとてもよく似ている。

いったい誰だと一瞬思うが、その顔を見てすぐにわかった。

兄弟、なんだろう。顔つきがどことなく…というかむしろもの凄く似ている。生意気な感じが特にそっくりだ。

俺が新たな敵にパニックとなっている中、少年(兄)は黙々と本を読み、そして時たまテーブルに目を向けては幼いながらに眉を寄せていた。なにをしているのか。気になって近付いてみれば、すぐに謎は解けた。

テーブルの上にはプラスチックのような板が数枚と、ぺしゃんこになったさっきの花が置かれている。押し花を作る途中なんだろう。板の上に乗っけた花が何かの薬品によって色鮮やかに輝いている。



「……い」



小さな声が聞こえ、俺は空耳かと気を紛らわした。



「…おい」



しばらくして、今度ははっきりと呼びかけられる。しかしそれでも無視を続けていれば、ついには名前で呼びかけられた。



「司貴!」



下の名前で呼ばれ、不意打ちにドキリとする。名前なんて覚えられていないと思っていたからなんだか胸の辺りがむず痒い。

同性とは分かっているものの彼とはあの日キスまで済ませている。仕方なかった。事故だった。意識するな、と言われても…意識しない方が難しかった。



「…これ、読んでくれ」



プライドを捨て、伏せ目がちに俺を見て来る彼。本に指を指している。その先を見ると7才では到底読めないだろう文字が数個ほど点在していた。



「…1人で出来るんじゃなかったのか?」



わざと冷たく吐き捨てる。胸の高鳴りを悟られたくないが為だ。



「っ…、読めない、んだ。助けてくれ…司貴」



か細い懇願は俺に対抗心を捨てるよう促して。

求められている。そう頭で理解した頃には今までの怒りはすっかりどこかへ飛んでいた。



「紐を用意し、板の穴にそれを通す」



指が指されていたところを読み上げる。"紐"なんて文字、7才で読めないのは当たり前だ。俺ぐらいの年でも読めないやつはいっぱいいる。読書する習慣があって本当に良かったと初めて思った。



「穴が開いてるならじいさんに言って紐用意してもらえば?」

「…1人で出来る」

「また言って…今俺が手伝ったんだからその話は無効だろ?」



う、と彼がたじろいだ。すると今度は腹部に強烈な痛みが走る。



「がふ!」

「あきとをいじめないでよ、まおとこ」

「ぐ……、だから"まおとこ"ってなんなんだ!さっきから!」

「キミみたいなやつ。ねとられるとだめなんだよ。ね?あきと」

「この前のドラマか?すまない、私は途中で寝てしまって…」

「うん。ねがおかわいかった。だからこんかいはゆるしてあげる」



チンプンカンプンな会話が続き、俺はなんだか疎外感を感じた。とりあえずテーブルの花を見つめ、本に書いてある手順通り板に花を挟んでおく。

押し花っぽくなったところでこちらに戻って来た少年が僅かに表情を明るくした。完成にだいぶ近付いている。ここまで1人で頑張っていたとは驚きだ。いったいどうやって材料を手に入れてるのだろう。



「次は紐だな」



そう言ってソファーから立ち上がると部屋の外へと出て行ってしまう。生意気過ぎる彼の弟と静かに睨み合っていると、しばらくして彼が帰って来た。

その手には手頃な紐が握られていて。果たしてどこから持って来たのか。



「その紐、どうやって…」

「な、中津には内緒にしているぞ。私はただ、紐が欲しいと言っているだけでっ」



協力は求めていない、ということだそうだ。それなら1人で頑張っていたことも頷ける。あのじいさんはなぜかこの家族には甘いから、おそらく普段からなんでもしてあげてるのだろう。だからこんな生意気が育つのだ、と言いたいが、また頭にたんこぶが出来てしまいそうなので言葉にするのは控えておく。

この家族には甘いが執事や使用人には少々厳し過ぎる気がする、あの男。









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