【Side,03若き日の馴れ初め】








「キィイイ!」



耳障りな奇声を上げ、化け物が一瞬にして塵と化す。真っ二つに斬り裂いたそれは俺の力が具現化したものだ。

俺の上半身よりも刃渡りの長い長剣。一見重量のありそうなそれだが、俺にはいっさい重みを与えていない。



「…燃料不足、だったのか?」



言葉が合っているかは分からないが、おそらくそういうことなんだろう。右手に存在する剣を見つめ、俺は無意識にそう呟いた。



「燃料なんて言うな。私だって必死なんだぞ」



唇に滲む血を手で拭い、抗議するように睨んで来る。月明かりの下なのに少し頬が赤く見えるのは、今回のは無意識の中ではなく意識的におこなったキスだからだろう。

その表情を見て思わず口を閉ざしてしまう。反論したいのに言葉が出ない。


そんな表情…、卑怯すぎる。


むず痒い感覚が胸の辺りでざわめく。紛らわすように俺は剣を振りかざし、素振りの練習を始めた。



「と…とにかく、化け物は追っ払えた。俺がいれば今日から安心だな。……いや、安心、ですね」

「…おまえより中津の方が頼りになりそうだ」

「理壱にキスする気か!?いや、する気ですか!?俺はじいさんと間接キスなんて絶対に嫌ダ、ス!」

「……ダス」

「だから笑うな!今のはちょっと混ざっただけだ!俺は初日な、んですよ!」



くつくつと抑えたように笑う彼。反論しながらも俺の意識はその笑顔に釘付けだった。

声に思わず嬉しさが混じる。彼の笑いのツボは"不意打ち"らしい。ポロリと出た一言に対し免疫がないのか敏感に反応して来る。

ミスからコツを掴み取ることが出来、羞恥心がどこかへ吹き飛ぶ。舞い上がるような気持ちを必死に抑えていると、不意に嫌な予感を感じ頭上を見上げた。

暁斗も同じく空を見上げる。2人して目撃したのは…化け物が何もなかった空間から現れている姿。

空間の境目から、まずは手が現れ、次に顔。そして体がこの世界に侵入して来る。

空から地上に着地し、クネクネと体を揺する黒い影。しかもその化け物は仲間連れだった。空間の境目から次々と同じ化け物が現れて来る。



「……暁斗。俺の後ろに隠れて…ください」

「おまえ1人で戦えるのか?」

「おま……あなたを守るのは、俺だけで充分です」



映画で見たヒーローのように暁斗の前に立ちふさがる。剣を格好よく構え、俺は化け物にその切っ先を向けた。

一拍置いて襲いかかって来る化け物達。その群れに俺は正面からぶつかる。不思議と恐怖はない。彼が見ている。彼にもらった力がある。それだけで俺は負ける気がしなかった。



「っら!」



横に刃を奮い、2体一気に塵へと帰す。剣が長い分リーチに余裕が生まれている。化け物は腕を振りかざしてから攻撃を仕掛けて来る。ならその隙に胴体を真っ二つに切り落とせば奴らに反撃のチャンスはない。

3体、4体、5体。闇に紛れる黒い化け物を月明かりの下で流れるように葬り去って行く。しかし奴らは俺ではなく、明らかに暁斗を狙っていた。俺の隙を突いては横をすり抜け暁斗のもとへ襲いかかる。



「おまえの相手はこの俺、です!」



化け物を真っ二つに斬り、暁斗の安全を死守する。すると暁斗が鋭く俺の名を呼んだ。見れば暁斗は焦った表情をしている。



「司貴!後ろだ!」

「!」



慌てて後ろに剣を奮えば運良く背後の化け物に当たり、1体分の灰が散る。だが襲いかかる魔の手はそれだけじゃなかった。

残り2体だった化け物が俺の横を抜け左右から暁斗に進撃する。2体同時に挟まれた暁斗にはもう成す術もなかった。

襲いかかる化け物を見つめ、そして。



その瞳に黄金が宿り、力強く灯る。





彼の存在が一瞬未知なるものに変わった気がした。





そう感じたのは化け物も同じようで、2体の動きが同時に止まる。

そしてその2体は銀の筋と共に闇の中へと消えて行った。違う、消えたのではなく一瞬にして灰になった、というのが正しいだろう。



「……あなたも、戦えたんですか」



その両手に握られた剣を見て、俺はぽかんと目を丸くしていた。この力は俺だけだとてっきり勘違いしていた。



「いや…、私も今知った」



俺以上に驚いた様子で自分の手元を見つめる暁斗。彼の剣は曲線的でどこか芸術じみた剣だった。対になっているのか両方とも微妙にデザインが違う。

顔を上げた彼と目を合わせる。お互いの瞳に宿る黄金。俺の瞳より格段に力強い輝きをその瞳は放っていた。なぜかその輝きにぞくりと畏怖してしまう。



彼は…俺より上の存在だ。



そう本能で理解し、屈する。俺は無意識に跪き、彼のことを見上げていた。



上から見下ろすことなんて出来ない。

彼は……そうしなければならない存在だ。





「…司貴?」



呼びかけられハッと我に返る。自分が跪いていることを理解し、一瞬で顔が真っ赤になった。



「う、運動のあとは整理体操しないとダメ…ですから」



アキレス腱を伸ばすフリをして心と頭を落ち着かせる。

今の感覚は、感情は、いったいなんだったというのか。

恥ずかしいというよりもパニックの思い。こんなこと、彼に言える訳もなく。俺は1人抱え込んだまま整理体操を続けていた。


化け物は全て撃退した。塵となったそれは風によってどこかへ運ばれ消えて行く。まるで何事もなかったかのように、中庭には俺と彼しかいなくなって。

屋敷には騒ぎを気付かれなかったようだ。しばらく経っても誰かが来る気配はない。まぁ、こんな夜中ならみんな熟睡してるんだろう。理壱が言うに朝は4時半起きだという。昔の俺なら執事なんて身体的にも辛いはずだ。



……昔の俺は、なら。



「これはどうやって消せるんだ?」



見上げて来る瞳に俺は思考をもとに戻す。7才ってことは暁斗は今2年生だ。そう思ってふと気付いた。

そういえば俺が初めて会った日も今日も、彼が学校に行っている様子は一切見受けられない。今日は休日だが今思い返すと彼の部屋にはランドセルや教科書が何1つ見あたらなかった。



「消えろと念じれば俺は消えますよ。ほら」

「む。……確かに消えるな。意外と単純な力なのか」



手元の剣を消しては現すその繰り返しを試す彼。世の中には認可されれば学校に行かず家庭学習で済むこともあるらしい。それが彼だというなら、実際どうだ。クラスメイトもいなければおそらく友達もいない。彼を慕う子供と言えば、彼の弟1人のみだろう。

その口調から同学年の友達が出来るかどうかも怪しい。少々意地を張る所もあるし、他人を警戒する癖も突き放す癖もある。



…寂しくは、ないんだろうか。



御曹司に相応しいその整った容姿が余計近寄りがたい印象を見せている。理壱や弟の乃暁とやらには本心を見せているが、心を開いていない相手に対しては口数が極端に少ないのも難点だ。

無意識なのか自覚があるのかは分からない。しかしそう振る舞う彼の瞳は常に強がりと不安が入り混じっていた。



「……今日からは、俺があなたを守ります」



唐突に宣言すれば彼は分かり易いぐらいにキョトンと目を丸くした。



「な…なんだ?いきなり」



さっきは本能的に跪いていたが、今は違う。片膝をつき、彼の手を取る。


守りたいと強く願った。


その小さな体にのし掛かる運命と、重み。その負担を少しでも軽く出来たら、彼はよく笑うようになるだろうか。



「身の回りの世話も毎日の相談役も。本の字が読めない時も夜の化け物退治の時も…」



主に忠誠を誓う騎士のように手の甲に軽く唇を当てる。小さくて、剣もまともに持てそうにない柔らかな手。それなのに剣を持つことを強いられるなんて、運命というのは時に残酷だ。



「俺が……ついてます。あなたの執事で…"騎士"である、俺が」



見上げる先には守るべき存在。恥じることはもうなくなった。

跪くことにも屈辱は感じない。彼は、そうすべき存在だから。彼を、俺は"守らなくてはいけない"。



「……守らせて、やってもいい」



どこか照れたように目を反らす暁斗。俺の主は素直じゃない。そう分かっているからこそ、俺は彼に初めて笑顔を向けた。

いつか些細なことでも笑い合える日が来たら。俺が、真に必要とされるようになったら。俺達は心から主と従者の関係になるのだろう。

いつになるかはまだ分からない。今はまだ、お互いに距離があって、理解しきれない所が多すぎる。



……それでも。



俺は彼を守りたいと心から強く願った。

たとえ世界が敵に回ろうとも。この身が傷だらけになろうとも。




暁斗だけは、…絶対に。










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