【18,突撃お宅訪問】





「はい。……はい。…ええ。……かしこまりました」



電話の内容にはまったく興味を持たないとうの本人。サラダを完食しきったようで暁斗や都筑より一足先に次のメニューへと移っている。



「…乃暁様」



電話口を押さえ遠慮がちに主を呼ぶ。しかしそんな使用人には見向きもせず、運び込まれたスープをスプーンですくっている。



「乃暁。おまえじゃないとダメだそうだ」



カチャンとスプーンが置かれた。



「貸して。ボクが話す」



どうやら暁斗は魔法が使えるらしい。一言述べただけであの乃暁を素直に電話へ出させることが出来たのだから。



「何。今食事中なんだけど。仕事の話しだったら10文字以内で終わらせなよ」



テーブル越しからでもはっきり悲鳴が聞き取れた。いったい何の仕事なのか。都筑にはまったく検討が付かない。

ただ電話越しに「社長ー!」と叫び声が聞こえて来るので彼が社長であることは分かった。まだ若そうに見えるのに、社長。都筑には上社会の仕組みが到底理解出来そうにない。






「都筑、あまり進んでいないが口に合わなかったか?」

「えっ!?あ、いやそのっ、とっても美味しいです!」



突然話が振られ声が上擦ってしまう。しかし暁斗はそんな都筑を不審に見ることはなく、むしろ嬉しそうに表情を緩ませて。



「そうか。ずいぶん力強い感想だな。わかった、後でシェフに伝えておこう。きっと喜ぶはずだ」

「ぐっ、」



一気に口に入れたサラダの群れが喉近くまで押し寄せる。むせそうになるところを耐えに耐え、無理やり胃の中へと飲み下した。

専属シェフが作ったことぐらい頭の隅では分かっていたが、それがあっさり証明され料理がさらに食べ辛くなる。


だからこんなに美味しいんだ…。


一口で食べ終えた皿が下げられて行くのを見つめ、次に運ばれたスープ皿を前にどうしてか涙が滲む。

嬉しい。嬉しいのだが、複雑だ。例えるならある日突然大吉と書かれたおみくじを拾ったくらい、嬉しいようで複雑である。



「ヤダ。それくらいキミ達で終わらせなよ」



「そんなぁー!」と電話越しに悲鳴が響く。こちらはまだ会話中のようだ。ずいぶんと一方的な話しで解決へと進んでいるようだが。



「第一ボクは今暁斗と食事してるの。その邪魔しないでよね。いいの?キミ、クビにするよ?」



ついには脅しへと発展していた。めちゃくちゃな横暴に電話相手が悲痛に叫んでいる。



「…乃暁」



姉の声に弟がピクリと反応する。



「朝にも言ったが、こういう時部下にするべきことはなんだ?」



少しの沈黙。





そして事態は一変した。





「…あと10分。あと10分で迎えに来なかったらボクはもう手伝わないから。いいね」



ピッ、と終了ボタンが押された。かなり一方的な切り方だったが電話相手が喜んでいることは最後に聞こえた声音で分かる。

携帯をたたむとすぐさま立ち上がった乃暁。使用人からジャケットを奪い返し手慣れた様子でそれを羽織る。



「行って来るよ暁斗」

「あぁ。…すまないな、こんなことをおまえに任せて」

「何言ってるの。これはボクが望んだことだし、それに昔から教師になりたがってたのは暁斗でしょ」



夢は昔から教師だった。その事実に都筑は驚く。

こんな金持ちの家に生まれながら何故教師を目指すのか。まだ暁斗を深く知らない都筑にはそれがさっぱり理解出来なかった。



「叶ったならそれを維持出来るよう頑張りなよ。…まずはさ、生徒の粗相を見逃さないところから始めてみたら?」



都筑を目にせせら笑う。そして若社長は玄関先へと去って行った。

彼の言葉に都筑を見れば、そこではスープと格闘している彼の姿が。暁斗と乃暁の会話に集中し過ぎてどうやらスープをこぼしていたらしい。



「あ、先生、これは違っ…!」

「なにが違うと言うんだ、まったく…」



黄色い液体がナプキンの上にこぼれている。ポタージュタイプのそれを前にどうにも動くことが出来ず都筑は1人パニックになっていた。

司貴、と暁斗が彼の名を呼ぶ。すると素早くそのナプキンが回収され、新しいナプキンが都筑の膝に掛けられた。

そしてズバリ言い当てられてしまう。



「もしかして煉、こういうのには慣れてない?」



必死で背伸びしていたのを見破られ思わず目を泳がせる。そうなのか?と暁斗にまで問い詰められるが、そこで意外な発言が飛び出して来た。



「大丈夫。俺も初めはそうだったから」

「え…?」

「テーブルマナー。実はあまりの出来なさに暁斗に笑われたこともあるんですよ」



完璧に見える彼だが意外と苦手とすることもあったようだ。懐かしい思い出を引き出すようにその表情に苦笑が加わる。



「11の時だったかな。それまで覚える気がなくてずっと避けていたんだけど、ついに暁斗から食事の誘いが来てしまって」

「あぁ、その話か。それなら私も覚えている。あの時のおまえは確かに悲惨だった」

「ナイフとフォークを逆に持って、ナプキンも折らずに食事を始め、挙げ句の果てには前菜を前に"今日は野菜だけなのか?"の一言…でしたっけ」

「そうだ。しかもそれに私が笑えばおまえは目を泳がせ挙動不審にしていた」

「何が違うのか分からずあなたに暴言まで吐いてましたね、確か」

「"うるさい、俺は鍋派なんだ"、だったか?あの言い訳は個人的にかなり好きだぞ。おまえの言う通り鍋にややこしいマナーはそれほどない」

「とっさの言い訳でしたけど、暁斗はそれで納得したんですよね。翌日から食事が全て鍋料理になっていてむしろ俺が焦りましたよ」

「中津に掛け合ったんだ。鍋料理ならおまえも喜ぶだろうと。…あの頃はお互い無知だったからな」



昔話に花を咲かせる2人。置き去りにされた都筑は1人ポカンとしていた。

話しからすれば司貴は昔、相当の問題児だったらしい。しかしその面影は一切なく、今は家主の専属執事。きっと相当の苦難を乗り越えて今に至るのだろう。



「…まぁつまりは、誰も彼もがテーブルマナーを知っているはずがない、ということです」



不意に話しが都筑に戻された。その結論は簡潔で分かり易く、なおかつ経験をもとにした贔屓目の無い答え。おおよそ金持ちの感覚では出て来ることがままならない結論だ。



「俺の家は王崎グループの発展恩恵で成長した、悪く言えば一般庶民の成り上がりなんです。だから思考も庶民的だし、暁斗の考えには未だについて行けないこともある」



その言葉に暁斗が僅かながら目を伏せた。あまり貧富などの格差を気にしない彼女にとって彼の言葉は複雑に捉えることしか出来ないのだろう。



「…私はそれをこいつに教わった。だから都筑、あまり無理はせず、もし無理であったなら遠慮なく言ってくれ」



令嬢である暁斗が気遣い出来る理由はここにあった。格差のある司貴と生活を共にしていれば教わることも多い。反対に司貴も暁斗から上流社会の術を日々学べる。お互いに差があるからこそ、その差を埋め合うことが出来るのだ。



「……僕、先生が司貴さんを信頼する理由…少しだけ分かったかもしれません」



都筑と司貴。思えばスタートは同じなのかもしれない。今からなら間に合う。そう都筑は信じたかった。

彼のように、いや、彼以上の男となって暁斗から信頼を得る。その可能性が都筑にはあるはずだ。手遅れではない希望を胸に、都筑の中で不満となって固まりつつあった司貴の印象が親近感によって相殺される。

代わりに超えるべき存在となった彼。良く言えば目標、悪く言えば恋敵という訳だ。



「信頼と言えば司貴、明日の朝までに28人分のデザートを作って欲しいんだが」

「信頼を逆手になんてお願いするんですか」



照れ隠しなのか本当に思い出しただけなのか、暁斗の本心は都筑には分からない。困ったように苦笑を浮かべる司貴からもどちらだったのか判断出来ず、都筑は代わりに明日のデザートが暁斗の手作りではないことに1人がっかりしていた。

暁斗が料理下手ということには未だ気付かないまま、いつかは、なんて思っている夢見がちな12才。



彼の夢が叶う日は……きっと、きっと来るはずである。









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