【17,突撃お宅訪問】






「煉、睡眠のことなら安心して。俺達には"暁斗の力"がありますから」



後半声のボリュームを抑えた意味深な発言に都筑は首を傾げた。すると続いて暁斗が驚愕の事実を言ってのける。


「そうだな。おまえはしばらく寝なくとも大丈夫だろう」



はい?と目をしばたかせ固まる。少しして言葉が足りなかったのかと暁斗が追加で説明を始めた。

ちなみに使用人には届かないようこちらも声のボリュームを抑えたままだ。



「おまえには普通の人間にはない力が備わっている。説明しただろう?私たちは力を使っていない今この段階でも魂からの影響を受けていると」

「主に身体能力が増すんですよね?それがどうして……って」



賢い都筑にはそれだけでわかったようだ。身体能力が高いということは少量の睡眠でも充分に体は休まる。むしろ睡眠を取らなくとも体が自己回復して行く為、疲れを知らない体となる。



「じゃあ、先生達は…」

「おまえと同じだ。うまくやればしばらく寝なくとも生きて行ける」



素晴らしい発言だ。大半の人間には羨ましい限りである。



「うまくやれば、が前提ですけどね。過度な疲れが溜まればそれに比例して眠気に襲われますし、反対にうまく疲れを抑えることが出来れば長い間眠気が訪れることはありません」



すごいでしょう?と続ける司貴。彼の話しによれば怪我の治りも睡眠によりさらに効果が増すと言う。だから暁斗達は深夜異界種を相手に毎日戦っているというのに"くま"1つ無い訳だ。健康体と言うよりはまさに超人。その一言に尽きる。



「そういえば司貴。私は昨日寝たばかりだがおまえはここ最近寝ていないな」

「ええ。色々とやりたいこともあるので」

「ここ最近って?」

「2ヶ月…いや、3ヶ月ぐらいかな」



3ヶ月。仙人を超えたそれに最早驚く声も上がらない。



「人にはバレないように起きるのがむしろ大変なんですよね」

「寝たフリでもしなければ安心出来ない男もいるからな」



ちらりと暁斗が横に目をやる。その先では中津がこちらへとやって来る最中だった。



「暁斗様、都筑様。ご夕食の準備が整いましたですじゃ。いかがなさいますかな?」



就寝した様子を見せなければ心配してしまう男、中津。3人の意味あり気な視線に気付き笑いジワのある目を丸くしている。



「気にするな、少しおまえの話をしていただけだ。…夕食だったな。都筑、食べられるか?」

「た、食べてもいいのなら…食べます」

「当たり前だ。その為に作ったものだろう」



颯爽と立ち上がりダイニングテーブルへ向かう暁斗。それを追い都筑もテーブルへ向かう。

定位置なのか暁斗がテーブルの最端に座った。すぐさま側に控えていた使用人が彼女の前に料理を運ぶ。

それを見ながら都筑も遠慮がちに席へと腰を下ろした。テーブルには3席分の食事が用意されている。中津の誘導により暁斗の左側に座った都筑は、ふと目の前の席に目をやる。

さらに司貴を見るが、彼が席に座る素振りは見受けられない。

いったいここには誰が座るのだろうか。疑問は大きくなるばかりである。



「先生、司貴さんは一緒に食べないんですか?」



執事が主とは別に食事をすることぐらい知っているが、あえて分からないフリをして聞いてみる。

するとナプキンを半分に折りたたんでいた彼女が少しだけ目を丸くした。それもそうだ。ごく当たり前のことを口にしたのだから。



「…どうして私が司貴と食べていることを知っている?」

「え?」



どうやら驚いたのは別の意味でだったらしい。

暁斗は時たま司貴を食事に同席させている。乃暁がいない時によくあることで、暁斗曰わく「1人で食事するとせっかくの味が落ちるだろう」とのこと。だから中津の反対を押し切ってでも執事である司貴を同席させていたのだが…。

普通は執事を同席させることはしない。それを暁斗は都筑が一発で見破ったのだと勘違いしたようだ。大きく驚く彼女にむしろ都筑の方がびっくりしてしまう。



「あ、いや、だって司貴さん座ろうとしてないから、もう1人は誰なんだろうなって」

「…そうか、それで聞いたのか」

「はい。…司貴さんと食べていたことについては少しびっくりしましたけど」

「あぁ、それなら気にするな。…1人での食事に慣れていないだけだ」



意外な所を罰の悪そうに告白され、都筑の中で暁斗のポイントがウナギ登りして行く。

伏せ目がちなその仕草は普段の暁斗にはない"可愛らしさ"が滲み出ていて。意外だ!可愛い…!などと心の内で騒いでいれば、広間の扉が突然音を立てて開いた。それを合図に司貴以外の使用人全員が一斉に頭を下げる。

気になって視線を向けてみると、1人の青年がこちらへ向かい歩いて来るところだった。誰だろうと見つめる都筑の視線に、まるで暁斗のような揺るぎのない視線が返って来る。

そう、真っ直ぐに…。



というかむしろどことなく敵視されているのは都筑の気のせいだろうか。



「乃暁」



名を呼ばれすぐに視線が暁斗に向かう。黒いネクタイを緩め、これまた黒いジャケットを使用人に預けるその体にはワインレッドのYシャツが残り、スラリと伸びた脚を黒のスラックスが見事に強調している。


……ホスト?


髪型は別段派手という訳ではないが、軽くワックスで整えられている。あとはもう少し女性向けな表情が出来れば確実にNo.1ホストは取れるだろう。背丈もスタイルも女性好みだ。

しかし肝心の本人にはその表情というものがまるで備わっていなかった。暁斗の表情がクールで通るとすれば、彼のそれは無表情としか言いようがない。それほどに感情が読み取れない男なのだ。



「ただいま暁斗。それで?コレ何」



コレ、と指を指されたのはもちろん料理…ではなく都筑自身であって。

今すぐ捨ててこいと言いたげな声音に思わず冷や汗が流れる。



「あ、えっと、僕は…」

「都筑煉。私の生徒だ。都筑、こいつは私の弟で乃暁と言う」

「弟!?」



つい大きな声を出してしまった。実は都筑、今まで勝手に暁斗は一人っ子だと思い込んでいたのだ。突然の告白に脳内の未来図が砂となって崩れて行く。ちなみに未来図の内容はお聞かせ出来ない。まぁ、ある程度予想は出来るが。



「…言われてみれば、」



似てるかも。


1人納得する。確かに姉弟と言われればすぐに気付くレベルだ。

しかし待って欲しい。先ほど中津から言われたのは暁斗の父は彼女が生まれてすぐに亡くなったということ。その事実がありながら弟がいるなんて矛盾している。王崎家の家庭事情は都筑が思っているより複雑なようだ。



「それと…乃暁、人を物のように言う癖は直せ」



姉の威厳で弟を叱る彼女を見て、つい「お姉さんだ」と関心してしまう。兄弟の居ない都筑にとって、兄弟そのものが憧れの対象となっているのだ。



「おまえの印象が悪くなるだろう」



あれ?


追加された言葉を耳に何故か都筑の中でわだかまりが生まれる。もしかして今のは"叱った"のではなく"たしなめた"のだろうか。



「暁斗以外に良くして何の意味があるの。ボクはそんなの必要ないから直さなくていいんだよ」



何のためらいも無く断言され困った表情を浮かべる暁斗。ストレートな発言に都筑までもが戸惑ってしまう。

すると、それをフォローするかのように今まで口を閉ざしていた司貴が声を上げた。



「暁斗、煉、乃暁」



3人の名を呼べば彼に集まる3つの視線。すると側にあったカートに目をやり、小さく肩をすくめる動作。



「このままだと美味しい料理も冷めちゃいますから、せめて食べながら。ね?」



ごもっともな意見に暁斗と都筑が揃ってイスに座り直した。少し間を置いてようやく乃暁も席に着く。使用人が引いたイスに腰を下ろし、明らかな敵意を都筑に向けて来る彼の目にはハッキリとこう書かれていた。



邪・魔。



無表情だがその分目が全てを語っていた。果てしなく分かりやすい敵意に都筑は一切彼を直視することが出来ない。今なら目で殺される自信があるからだ。目を合わせれば焼死、良くて石化である。



「い…いただきます」



2人の手を見て同じようにフォークを手に取る。テーブルマナーをさほど知らない都筑にとっては食事だけでも心が折れそうなのに、この雰囲気だ。

しかし流れには逆らえず、恐る恐る前菜を口にしてみる。歯ごたえや味付け共に今まで食べたことのないサラダがそこにはあった。ここは素直にその美味しさに舌鼓したいところだが、前の席からの視線が気になって気になって集中出来ない。



「都筑は訳あって家に泊ることになった。明日も明後日も…、明明後日もそうだな。許される限りはここに泊まる予定だ。だから乃暁、こいつのことは家族同然と思って接してくれ」

「家族同然…ね」



その時初めて彼の表情に動きが見えた。僅かに目が細まり、両斜め上へと上がる口端。

シニカルな笑み。どう見ても何か企んでいるそれに都筑は嫌な予感しかしなかった。そしてそれはズバリ当たっていた。



「暁斗がそこまで言うなら仲良くしてあげる。都筑レツ、後でボクの部屋に来なよ。男兄弟らしくプロレスごっこでもして遊ぼうじゃん」



名前間違えられてる…!しかもこれって殺人予告だよね!?


滝のように流れる汗。きっと、というか必ず、その部屋では致死事件が起こるはずだ。それもプロレスごっこという名を借りた殺人事件。都筑が被害者の確率は99.99%。

ちなみに残りの僅か0.01%は暁斗が事態を察して駆け付けてくれる確率である。こんな会話を目の前で聞いているのに彼女は焦るどころかむしろ嬉しそうだ。自分以外に心を許さなかったあの弟が笑顔(仮)を見せ遊び(仮)に誘っているのだとすれば姉としては喜ばしいことなのだろう。

ブラコンとシスコンの両者に挟まれ、あまりの緊張に意味もなくフォークにサラダを突き刺して行く。先ほどから料理を口にする余裕はなく、都筑のそれには何重にもなってレタスが突き刺さっていた。



「都筑レイ。返事は?」



やはり微妙に名前が違う。



「あ、あの…レツでもレイでもなく、煉なんですが」

「そう。知ってる。で?返事は?」



絶対覚える気ないよこの人…。


暁斗以外にまるで興味を持たないことは初対面の都筑でもすぐに分かる。せめてもの助け舟にと司貴に顔をやるが、ただただ苦笑を返されるばかり。今なら下剋上ぐらいしてもいいんじゃないだろうか。執事として、ここは主に強く言うべきである。





ピロリロリン。





突然場違いな音が響き渡った。それも一度ではなく続けて何度も。


誰の携帯だろう?


目を走らせれば使用人が1人、こちらへ向かって駆け寄って来ていた。その腕にはジャケットがシワ1つ無く掛かっている。



「乃暁様、お電話でございます」

「いいよ。キミが出て」

「で、ですが私では…!」

「早くしなよ。切れたらキミのせいだから」



主の横暴に仕方なくジャケットから携帯を取り出すと、鳴り止まぬ着信音にすぐさま通話ボタンを押した。そのまま耳に当て代理会話を始める彼に都筑は哀れみの目を向けてしまう。

実に可哀想だ。今日に限らずおそらく毎日、誰かしらが王崎乃暁のわがままに振り回されているのだろう。横暴な主を持つと使用人も大変である。








[ 19/36 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -