とある昼下がり
とある昼下がり。柔らかな陽の光がさす時間帯。
何の変哲もない一軒家のリビングでソファーに寝転がり、退屈した様子の青年が一人。
それと、すぐ隣にある書斎の机で静かに物書きを行う男性が一人。
寝転がる青年は三日月が刻まれた薄花色の瞳をくるりと、物書きを行う彼の背中へ視線を送る。
「……江」
形の良い唇が物書きを行う彼の名前を呼ぶ
しかし、返答はない。
のそのそとソファーから起き上がり、江と呼ばれた男性の元へゆっくりと脚を進める。
そして、その背中へ抱き着く。
「江、そろそろ休んだらどうだ?」耳元で優しく囁き、彼の喉仏へ中指を這わす。
「三日月さん……今は仕事中です……」
江は三日月へ顔を向ける。少しだけ困った表情だ。
「長時間の集中は身体に毒故、休む事を勧めるぞ?」
喉仏を長い指で軽くコロコロと撫でる。
ピクリ、と江の肩が僅かに震えた。
「まあ、それでも休まぬ、と答えるならば」
空いた方の手で、江の纏めていた髪の毛を解く。
ふわりと、細い髪の毛が揺れる。
「なっ……」
呆気に取られる江を余所に三日月は軽々と、その身体を俗に言うお姫様抱っこをした。
それから解放される為に、もがくものの抱き締めている力が強い為にビクともしない。
ゆったりゆったりと歩を進めて、先程三日月が寝ていたソファーへ辿り着く。
とさり、と江をソファーの上へ落とす。
彼の上へ覆いかぶさり、頬を撫で始めた。
「三日月さん……っ、まだ、仕事が……そもそも、ここは私の……」
三日月は何も答えないで、目を細める。
にいっと微笑む瞳は何かに酔いしれている様にも感じる。
首筋に唇を落とす。
江はもう駄目だと悟り、ぎゅっと目を閉じる。
何も鑑賞は無かった。
ただ、桃に近い香りに潜む僅かな煙草の香りが、鼻腔を刺した。
同時に体へのしかかる体重と温もりに包まれる感触。
「江。休め」考えを読み取ったのか。或いはわざと期待させるように仕向けたのか。
ただ、江の頭上にある三日月の顔は満足気なものだった。
彼は優しく背中を優しく叩き、寝かしつけ出す。
その手付きはかなり慣れているものだった。
まさか、自分が寝かしつけられる側の様な立場になるとは。
苦笑いを浮かべ、自身の頭を抱えるように抱きしめられていた腕に、乗せる様にさせた。
三日月は少しだけ、目を見開くがまた瞳を細め、口角を少しだけ上げる。
昼間だと言うのに、薄花色の瞳に宿す三日月は煌々と輝いていた。
江も釣られて口角を上げる。
千草色の瞳は海中の様に、陽の光を受け、薄く光っている。
「月が、綺麗ですね」
「光指す海は美しいな」
幾度思い、口に出したであろう言葉を同時に出す。
思わずぷっ、と吹き出してしまう。
「ふふふ……」
「っ、はは……」
三日月は背中を叩いていた腕を止めた。
「それでは……お言葉に甘えて休みましょうか」
江は三日月の額へ唇を落とす。
そして、そのまま三日月の頭を抱え込み、瞳を瞑る。
「こ、江!そこは俺が抱き締める方では〜……」
先程の余裕は何処へやら。焦った声が抱え込んでいる腕の内側から聞こえる。
「ここは、私の家ですよ……」
余裕の笑顔を浮かべた後、そのまますうすうと寝息をたて始める。
「…………たまには俺にも甘えてくれないか」
江が眠った頃、三日月は彼の胸元へ押し付ける様に置いていた腕を、首へ、背中へ、回した。
とんとん、と軽く背中を叩くと
「俺も、寝るか」
そっと寝息をたて始めるのだった。

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