日差しが強い、しかし風が心地よい秋。
A市のとある建物から衝撃音と怒声が響き渡る。
「三日月さんまた私のプリン食べたでしょう!!」
「食べておらぬ!!」
月白の髪を束ねた青年こと、江が鉄紺の髪を持った青年……三日月を追いかける。
お互いにとって何度目かの喧嘩。
ドタドタとフローリングを駆け抜ける音が廊下に響く。
しかし、脚力に関しては江が圧倒的に有利だ。
物凄い勢いで三日月との距離が縮まる。
「今度という今度に……和睦の道はありません……っ!」
二人の距離が触れられる程度になるには、時間が掛からなかった。
プリンを食べた本人へ回し蹴りが容赦なく襲いかかる。
それは肉眼では到底見切れるものではなかった。
しかし。
「っ……お主の足癖は相変わらず、だな」
その脚は日本刀によってなんとか、止められていた。
お互いの脚と腕が震える。
行動を起こしたのは三日月からだった。
抑えていた力を急激に抜く。
がくり、と脚が地面につき、江はやや前のめりに転ぶ。
その隙に三日月は、脇をすり抜け再度逃走を開始する。
「悪いな。江、お主はここまでしないと俺が捕まってしまう故」
意地の悪い笑みを浮かべ、走り出す。
「三日月さん!……逃がしはしません」
ふっ、と氷の様に鋭く、冷たく睨みつけると走り出す。
◇
「さて、ここままどうしたものか……」
当然、プリンを食べた犯人は三日月だ。
人のプリン……いや、江のプリンを食べるのに、特に深い意味はない。
ただ、彼の買ってくるプリンが一度食べた時に美味しかっただけで。
人のプリンをこっそり食べるのにハマってしまっただけで。
罪悪感はあるものの、中々止められないでいた。
「手作りぷりんを作って謝るか……?」
背後から聞こえる足音の主を振り返って見てみる。
やはり、距離が近付いてしまっている。
「ふむ……正面から当たるのは……彼奴の脚には当たりたくもないが、かと言って刃を向けるのもな……」
兎に角、なんとかして撒けられないものか、と考えるも、上手い事思いつけない。
いや、一つだけ方法があった。峰打ちだ。
仕方ない、と溜息を吐く。覚悟を決めた。
振り返り、彼の方へ身体を向け、鞘から愛刀を抜き取った。
◇
何故、彼は何度も自分のプリンを食べるのか。
常に首を傾げている。
三日月の悪癖ならば、治さねばならないが、一体どう言ったつもりなのだろうか。
徐々に近づく背中を見ながら走り続ける。
取り敢えず、一度折檻しないと気が済まない。
「私を撒けると思っているのですか……?」
疲れた時の甘い物。それを奪われたのを思い出したからか、追い掛ける脚が自然と速くなる。
ある程度近付いた頃。三日月がぴたりと止まり、振り返る。
漸く勘弁したか、と思った矢先。
あろう事か、刃を自身に向けて来た。
「仕方ありませんね……」
瞳を瞑り、開く。
江も覚悟を決めて、構えた。
◇
固いものがぶつかり合う。
片方は刀。もう片方は脚。
お互いが同じタイミングで止め、そして襲いかかる。
そして、どちらも退かない。
三日月が一旦、後ろへ跳ぶ。
そして、着地して、わずかに溜めた後、雪晴江へ襲いかかる。
周りに薄い風が起こる。
江はふ、と軽く口端を釣り上げると、彼へ飛び掛る。
これで勝負が決まる……
先程より鈍い音が響く。
その時だった。
「おいおい……君達、夫婦喧嘩ならよそでやってくれるかい?」
廊下の扉から、白一色と言っても良い青年が現れた。
非常に呆れている。
「教皇」
二人の声が重なる。
「もー、二人共またプリンで争ってるの?」
教皇と呼ばれた青年の背中から、女にも間違えそう青年とも、少年ともつかない人物もやって来た。
「大司教」
また、二人の声が重なる。
さらに、廊下の向こう側から緑髪の青年まで表れた。
「騒々しい音が聞こえたが、またぷりんか」
くすくすと笑っている。
「春告さん、笑い事ではないですよ……」
「ああ、俺の命が懸かっていた」
「三日月さん、自業自得です」
江は溜息を吐くと、三日月の頭を軽くひっぱたいた。
「あなや……」
軽くと言ってもそこそこ痛かった為、目には涙が浮かんでいる。
「お、仲直りした様だな。今度から外かもっと別の場所でやってくれよ?」
教皇と呼ばれた青年はにこにこと笑いながら、二人の元へやって来る。
「あっ、待ってよ鶴丸さん!」
大司教と呼ばれた少年は雛鳥の様に教皇もとい、鶴丸へ着いていく。
「すいません……今度から気を付けます」
「すまないな……今後から気を付けよう」
「いや、今度も何も実際はやらないでくれると有難いのだが!」
鶴丸は焦った顔で付け足す。
「まあ、終わり良ければ全て良し、じゃないか?ところで教皇」
春告が鶴丸を見上げる。
「ん?どうしたんだ」
「台所から出て来た、という事は……」
ふと、察した様に大司教と呼ばれる少年、春告、江、三日月の瞳が鋭く、妖しく光る。
「ああ、おにぎりを握っていたんだが。因みに塩むすびだ。
因みに、可愛い大司教も手伝ってくれたんだぜ?」
四人の目線に気が付かない鶴丸は大司教と呼ばれる少年の頭を撫でる。
「うん、そうだね鶴丸さん」
「はっはっはっ、そうかそうか……教皇のおにぎりとな」
「おや……それは」
「……運動事は得意ではないのだがな。だが、これだけは俺も譲れない」
目の座っている四人に漸く気が付いた鶴丸は全てを察し、焦り出す。
「ああ、その前に教皇や。おにぎりの数は幾つだ?」
「……十一だ。大司教のは清光のおにぎりは、やらん」
開始のゴングの様に三日月は再度、刀を鞘から抜く。
大司教こと、清光は肩に背負っていた、SKSカービンを構える。
江は地を蹴り、襲い掛かる。
春告も不慣れながら、拳を構える。
鶴丸はその様子を見て、静かに台所へと戻って行くのだった。