愚者共よ。反転に嗤い合え。


晴れ空のA市。何も変わらずいつも通りである。
三条三日月は整った顔を、黒いフードで隠し、人混みの中を歩いていた。

アメリカンスピリットぺリックの酒とよく似た芳醇な香りがする煙を、咥内でころころと弄びながら。

向かう場所は、おにぎり教団。
特に深い意味は無いけれども、引き篭もってばかりではいけない上に、心配をかけると考えたからだ。

「あなや」誰かと肩と肩がぶつかる。

三日月はすまない、と謝罪の言葉が唇から出かかるものの、それが出る事は無かった。

代わりに

「……江?」

よく見知った人物の名前が先駆けて出てきた。
しかし、気がつく。

姿はそのまま雪晴江そのものだが、雰囲気がまったく違うと。

毛先につれて黒く、濃くなる薄氷色の短く後ろへ斜め切りそろえられた髪。
濁った千草色の瞳で三日月を迷惑そうに見た。

「謝る前に、人の名前を呼ぶとは……随分とおつむが弱いですね。" "三日月。
ふらふらよそ見しているからですよ。それでは」

簡潔に『彼』は言うと人混みへ消えてしまった。

「あ……」

何故にその名字を知っている。
肩を掴もうとするも、その手は空を切ってしまった。
三日月は人混みに流される様におにぎり教団へ向かう。


一株の不安を胸に抱えて。


三日月が人混みを歩いている頃。

雪晴江もまた、おにぎり教団へ向かっていた。
無論、暇が出来た為だ。

それと、暫く顔を合わせていない彼とも会えるかもしれないと思って。

歩道橋を渡る。中央に差し掛かった頃。

よく見知った……しかし、明らかに違う人物が柵にちょこんと腰掛けていたのだ。

酷く目立つ白に近いグレーの髪、飾り気のない白い長袖に、ブルーのジーパン。

辛うじて確認出来る金目に紛れた三日月。
人とは思えぬ整った顔立ち。

間違いなく、三条三日月と瓜二つだ。

「……みか、づき……さん……?」
戸惑いと疑問の声が漏れだす。
声を聞き届けたのだろう。

きゅるり、と金色の残月が江を射抜く。
それは虚ろなもので。

「雪晴、江。"はじめまして"そして、"さようなら……?"」アナウンスの様に酷く無感情な三日月と同じ声で、言うと

下の道路へと背中向きにして身を投げたのだ。


無感情に雪晴江、ただ一人を見つめて。

「待ってください……っ!!」

ガシャり。柵が揺れた。

下を見るものの、『彼』の姿は無かった。
下を覗けば、車が走っているだけだ。

幻覚だったのか、それとも現実か。


雪晴江もまた、一株の不安を胸にして歩道橋を渡りきるのだった。


時を同じくして。
A市内にある大型ショッピングモール。
この教団の教皇……いわばトップである五条鶴丸はおにぎりに使う具材を求めてやって来た。

彼の他に家族の様な、恋人の様な『大司教』と呼ばれる青年、加川清光と、彼が連れてきた素性の知れぬ音楽家。春告と共にやって来ていた。

ただ、春告はふらふらと何処かへ行ってしまったのだ。

鶴丸は清光と共に迷子になった音楽家を探している最中なのだ。

「あ、鶴丸さん、俺、ここ探してくるね!」
清光が日用雑貨のコーナーを指差して返事を待たずに行ってしまった。

「君まで迷子ならない様に気を付けてくれよ!」走り去る背中に一言かけると、キョロキョロと周りを探す。

「……うん?」
何故か設置されているCDコーナー。そこに、迷子になっている彼とよく似た、しかしまったく似ていない背中を見つける。

いや、確実に春告なのだ。
髪の毛の色素が薄い事と黒いレザージャケットを羽織っている事を除けば。

鶴丸の視線に気が付いたのか否か。
その人物はなんの前触れもなく振り返る。

オールバックにした薄い抹茶色の髪の毛。
黒いサングラスに同色のレザージャケット。
明らかに鶴丸が知る『迷子』とは180°違う雰囲気。

何も言わずただ、鶴丸へ歩いて来ると

「あっちだ。あっちに『春告』がいる」

スーパーの出口を指差し、それだけを伝えると、何処かへ去ってしまった。

「似た顔の人は3人居るとか何とか聞いたが……こいつは、驚いたぜ」

はは……と可笑しさから漏れた笑い声。
鶴丸は呆然と立ち尽くすしか無かった。


飽きた。
春告はそれだけで何となく大型ショッピングモールを抜け出し、何となく灯台へやって来た。

昼間だからだ。案の定、何の面白みもない。
このままおにぎり教団へ戻って作曲でもしようか。
そんな風に思い、足を出した時。

「ねえ」背中から声がかかる。大司教と同じ声色。

「大司教か?見つけるのが随分と早かった―――……」そこで、言葉を失う。

唐紅ではなく赤黒い瞳。

色素の抜けた薄い茶髪が太陽に反射してきらきらと光る。

顔はそっくりだが、僅かに見開いた目が、何処か奇妙な恐怖を物語る。

「ねえ、『教皇様』と"俺の"『教団員達』、見なかった?」

狂った愛らしさに寒気が走る。

「……悪いが、見ていないな」

精一杯の平静を取り繕い、笑う。

「ふーん、そっか。じゃあ良いや……『教皇様』はともかく『教団員』が俺を見つけないとかありえなーい……あーあ、イライラする……見つけ次第………………にしてやるんだから」
あっさりと、『彼』はその場を去ってしまった

最後の言葉は春告にさえ聞こえなかった。
しかし、聞こえなくて良かった、と安心した自分が居る。

「似ても似つかないな……あれは」

冷や汗が背中を伝う。

初めてだ。こんな恐怖は。


「うー、居ない……春告さん、何処に行ったのかな……」

清光は、きょろきょろと、唐紅の瞳をあっちへ行ったり、こっちへ行ったりさせながら、愛らしい唇でボヤく。

薄々、日用雑貨コーナーに居なさそうな気配はあったものの、案の定、居ない。

しかし、とある者に思わず目を奪われる。
ドクリ、間違いなく恋愛感情ではない胸の高鳴り。

黒。
清光が好きで堪らない人物を文字通り、"反転"させた様な人物がそこに立っていたのだ。

「…………」

目が離せなかった。
絶対的な権力を持っていそうな『彼』に。
恐怖の様なものを感じた。

『彼』が、やって来る。

「やあ。そこの"君"。『大司教』を見なかったかい?」

ニコリと笑った顔はそっくりで、何処か強い影を感じる。
声を出そうにも、出していいのか。
『大司教』。
どういう事なのか。
混乱しながら、ゆっくりと、いや石のように固く、首を

横に振る。
知っている。鶴丸が、自分を大司教と呼ばない事くらいは。

『彼』はそうか、有難う。
変わらぬ調子でそのまま去ってしまった。

清光はふらふらと鶴丸の元へ、踵を返した。

すれ違った時に囁いた声が耳をこびりついて離れない。



















「……『逆さまの君達』に最高の驚きを与えよう」


三日月は歩道橋を渡る。
あの人物は、顔立ちが全く同じだが、中身は違う。
恐らく、多分。『奴等』のせいか、それとも……
ずっと考え込んでいた。
しかし、得た知識の中に当たるものは一切なく、溜息を吐く。

短くなった煙草を新しく、他の銘柄へと変えた。

やや甘味のある煙が心をおちつかせる。

歩く度にカンカン、と鉄の床とヒールが小気味よい音を奏でる。
階段に差し掛かった時。

"本当に"三日月がよく知る人物が歩道橋を丁度降り、歩を進めようとしていたのだ。

目が合う。

「っ……」

三日月は反射的に彼へ背中を向け、早足で立ち去ろうとする。
しかし、重くなった身体では不可能だった。

「三日月さん……ですよね」

肩を掴まれてしまう。吸ったばかりの煙草が口から落ちる。
じんわりと暖かい体温が肩にかかる。

「いかにも。久しいな……江」

感情を読み取らせようとさせない様に、曖昧な笑顔を浮かべる。

「ええ、久しぶりです……随分と変わりましたね」地面にある吸殻と、深めに被ったフードを見て、悲しそうに微笑む。

ずきり、と三日月の胸が痛むものの、気まずさから言葉を返せない。

「三日月さんも……教団の方へ向かうつもりだったのですか……?」

「あ、ああ。そのつもりだった」

江は三日月の片手を握る。
当然、その手を離すつもりはない。このまま教団へ連れて行く。
離したらまた、何処かへ逃げるだろうから。

「……行きましょう」そのまま、歩き出す。

三日月も戸惑いはあった。帰ろうと考えていた。
しかし、逃げられなくされた上に、レザーの手袋越しに伝わる体温に浸っていたかった。

「……そう、だな。参るか。江、煙草……吸っても構わぬか?」彼へ付いていく。

「……ええ、良いですよ。……意外ですね。煙草を吸うお方だったとは」

「……最近、まあ、また色々あってな」

苦笑いを浮かべながら、空いた手で煙草を取り出す。
パチン、とライターに火をつけ、紫煙を少しだけ吐き出す。
通常より薄い白煙が漏れる。

「そう、ですか」答えた声は何処か寂し気だった。

熱を通さぬレザーの手袋は、三日月の体温を通すのだった。


歩道橋の真ん中で眺める白い影が一つ。
柵へ腰掛けていた。

三日月とよく似た、しかし、右目にガーゼ眼帯。
刻まれた残月以外、何も無い瞳。
首元に巻かれた包帯と、服の隙間から覗く、胸元にある網目模様。

『彼』は三日月と江の一部始終をすべて見ていた。

しかし、特に何もすること無く虚空を見上げる。

「三日月。そこに居たんだー」

『大司教』の声が『三日月』へかかる。

「……大司教」
『三日月』は動く事無く、ただ、柵に腰を掛けるている。

『大司教』は、冬に近いと言うのに、裸足でカチャカチャと足枷を揺らしながら、鉄の床を歩く。
そして、『三日月』の元へやって来ると、首元にある包帯へ指を這わす。

「『アレ』って反転した三日月とペテン師野郎でしょ?恋仲になってたの、驚いたよ」

赤黒い瞳は二人が去った階段を見つめる。

「…………雪晴江、" "三日月」

『三日月』は、機械的に名前を呟いた。

「そっ……ムカつくよねー……二人共、あーんな笑顔浮かべちゃってさ。あれで反転した『俺』は、それを怒らないからムカつく」

ギリギリと包帯越しに『三日月』の首へ爪を立てる。
包帯が赤く滲み始めた。

「俺を愛さないなんてほんっと気持ち悪いよね。なんであっちの俺は平気なの?
そもそも、何で教団員(アンタ達)は俺を捜さないの?
愛してるなら探すのは当然だよね?そうだよね?ねえ。三日月。何か言い訳してみなよ。言い訳次第では蜂の巣だけはやめてあげるから」

虚ろな瞳に笑顔を向け、つらつらと早口で問い質す。
爪を立てる力は少しずつ強まっているのがよく分かる。

「…………"ごめんなさい。大司教の事は愛してるから許してくれ"」

淡々と、本の文字をそのまま読み上げる様に『三日月』は言葉を紡いだ。

「…………」『大司教』は見開いた瞳をそのままに、口元に笑みを浮かべながら、そのまま『三日月』を凝視する。

「……そ。命令。今度から俺が危機になったり、居なかったりした時は捜し出してね?」

「……あいわかった」

「あはは、それじゃ、他の人も捜そっか。ほら、行こう」

首から指を離し、そのまま歩き出す。
『三日月』も赤く滲んだ包帯を巻いたまま、付いていくのだった。


変わらず、鶴丸は呆然と立ち尽くしていた。
ふと、腰辺りに何かが当たる衝撃が軽く走る。

「清光?どうかしたか」

いつの間にか帰ってきた、清光が鶴丸の腰に抱き着いて来たのだ。

「……鶴丸さんごめん。ちょっとの間だけで良いから、こうさせて」ぽつりと呟く。その声は消え入りそうだ

「構わないが……何かあったのかい?」
くるりと清光の方へ身体を向け、彼の頭を撫でながら聞く。

「うーうん、何でもない。けどやっぱり鶴丸さんは鶴丸さんだなーって思っただけ」

羞恥が帰ってきた。
すぐ様身体をぱっと放し、無邪気な笑顔を向ける。
鶴丸はその笑顔に釣られて笑顔を浮かべる。

「可愛い俺の大司教が落ち込んでいるから何事かと思って心配したぞ?」また、頭を撫でる。

清光の顔は一気にゆでダコに変わり、あわあわしだす。

「鶴丸さん!もう大丈夫だから!有難う!早く春告さんを探しに行こ?」

恥じらいの根本に潜む、黒い『鶴丸』によく似た彼が放った言葉を振り払うようにしながら、鶴丸の手を引っ張る。

「……そうかい?なら良いが、俺としてはまだ抱き着いていても構わないのだが」

薄金の瞳を細めながら、清光にされるがままについて行く。


しかし、それを面白くなさそうに見ている黒い影が一つある事に、彼等は気が付かなかった。


「さて、帰るか」

春告は入道雲が浮かぶ青い空を見上げながら、灯台を去る。
その時、誰かが手を振るのが見えた。

誰だろう、と思いよく見るものの、目にゴミが入ってしまい、視界が霞む。

人影は二つ。しかし、手を振っていふのは一人。
一人が手を振るのを止めると、それらは春告の元へ歩いて来る。

「春告!」

「春告さん」

目のゴミが丁度取れた時に、知った声が二つ。
三日月と江だ。
二人共、手を繋いでいる。

「熱々だな。三日月と会うのは久しぶりだが……煙草吸うのか」

二人が鶯のと元へついた途端、彼は問いかける。
それに対して、三日月は苦笑いを浮かべてまあな、と答えた。


「春告さん、何をしていらっしゃったのですか……?」

江は話題を変えた。

「何となくここに来ていただけだ。お前達はどうしてここにやって来た?」

「春告さんを見かけたからですよ……バス停から」

「ああ、ばすから普通に見えていたぞ?」

春告は無言でバス停を見やる。
どう考えても、彼処から自身の姿が見える筈がない距離だ。

しかし、春告は言及すること無く、成程、と相槌を打った。
それは、聞くだけ意味はない上にあまり興味が湧かなかったからだ。

「春告もおにぎり教へ向かうのだろう?」三日月が問いかける。

「……ああ、そのつもりだ。行くか」

「ええ、向かいましょう……」

三人は歩き出した。


「迷ったな」鶯は冷静に言葉を漏らす。

「はっはっはっ……迷子か。流石に灯台から、ばすを使わずに向かうのは無理があった様だな」三日月は朗らかに笑う。

「この年で迷子……ですか……おかしいですね……地図通りに行った筈なのですが……」江はスマートフォンを弄りながら呟く。

男三人が横に並んでも余裕のある路地裏。
地元だと言うのに、何故か迷ってしまっていた。

「やはり、じーぴーえすとやらが正確ではないのでは……ん?あれは……」

何かを見つけたのだろう。
三日月は路地裏の奥を、じっと一点を見つめ始めた。

江もそれに気が付き、三日月と同じ方向を見やる。
そして、固まった様にそこを凝視し始めた。

いきなり固まった二人を見て、春告も同じ方向へ目をやる。
僅かにではあるが、金髪が路地裏の奥から見える。

「あの髪は……」春告が言いかけた。

「あの顔は……桐國か?」三日月がそう言った。

「ええ、顔を見ても山葉の様ですが……」江は三日月の言葉に肯定する。

「……マサイ族カップル。流石に顔までは見えないが、まあ金髪を見る限りそんな気がするが。行くか」

「ああ……行ってみるか」

「ええ。立ち往生しているのもアレですから……って、私達はマサイ族ではありませんよ……」

「普通なら、この距離で顔は見えないと思うのだが。行くぞ」春告はすたすたと歩き出す。


「山葉……ですよね?」

江は『桐國』に良く似た青年へ話しかける。
『桐國』に良く似た青年は顔を上げた。
隈が濃く、さらに、複数の色がごちゃごちゃと混ざりあった様に、仄暗い、いや暗い灰色の瞳が江を見上げる。

そして、にぃっと悪意のある様な、ない様に、厭らしく瞳を細めた。

「漸くアンタも俺の綺麗さが分かったんだな!感謝感激だ!!」

『彼』は、早口でつらつらと言葉を連ね、心底からの喜びの表情を浮かべた。

それと同時に江の目玉を抉り取らんと、手をバッと伸ばしてきた。

「江!!避けろ!!」春告が叫ぶ

江は反応に遅れてしまい、避けきれない。

しかし、瞳を抉り取られるという、激痛は来なかった。

「っ……お主、身体と合わずに随分と、馬鹿力だな?」

「三日月さん……!?」

『桐國』と良く似た青年の攻撃を、三日月が刀で防いだ。
刀を握る腕は震えている。

「アンタは……木偶の坊?確か名前は……ふ……ふじ……三日月?」

三日月はチラリと『彼』の腕を見やる。
右腕が捲り上げられており、注射痕の様なものが幾つも散見されている。

「……俺は"三条"三日月だ」

わざと刀を後ろへ引き、『桐國』に良く似た青年のバランスを崩し、腹へと回し蹴りを叩き込む。

ドゴッと鈍く、重い音が響き渡り、『彼』は後ろへ吹っ飛ばされる。

『彼』が当たった壁には罅が薄く入っている。

「浅かったか……いや、これで充分か。春告、江。逃げるぞ」

三日月は刀を鞘へ納めて、重い脚を上げ、走りだす。

呆然とした二人の手を取って。

しかし、


「みーつっけた。ほら、桐國、寝てないで起きなよ。反転したペテン師の目玉えぐり取りなよ。
あ、反転した三日月と春告は俺と三日月が遊ぶから駄目だよ?」やや見開いた赤黒い瞳。

「久しいか……雪晴江」瞳に浮かぶ残月。

『清光』と 『三日月』に良く似た青年達が三人の前に立ち塞がる。


A市の中にある交番。
山葉桐國は、パトロールへ向かおうと外へ向かおうとしていた。
丁度その時に電話が鳴る。

「もしもし、A市交番ですが、何かありましたか?」

恐らくひったくりかそこら辺だろう。
桐國はそう思っていた。

「もしもし?丁度面白いものが、……の路地裏で見られるぞ。君も来てみたらどうだ?」声は一方的に話すと切れしまった。

「……教皇!?……意味がよく分からん」

まさか……と桐國の額に嫌な汗が伝う。
受話器を置き、走り出す。
人を無理矢理掻き分け、進む。


A市の一角にある路地裏。
電話が教えてきた場所だ。

『桐國』と似た人物と応戦する江。

『桐國』に似た人物は江の目を抉り取らんとと猛攻して来る。
江はそれを紙一重で避け、『彼』の項へと回し蹴りを叩き込もうとする。
しかし、『彼』の動きは予測不能。
予想外の方向へふらりと動く為、その脚は弧を描くだけだ。

目玉を抉りにかかる、それを紙一重で避け、蹴りを叩き込む。から回る。
一進一退の戦いだ。


『清光』と『三日月』によく似た青年の攻撃を防ぐ三日月。

『三日月』に似た青年は、やはり、三日月と同様、舞う様にふわりと斬り掛かる。
力強さも彼そっくりなのだ。

三日月は、『三日月』に似た青年の一撃を受け止めた。
力はやや『三日月』に似た青年の方が強いのだろう。鍔迫り合うものの、やや押されてしまっている。

そして、その隙に『清光』に似た青年はナイフで三日月の足、瞳、手……など、致命傷にはならないが、切れば確実に戦闘に支障が出るであろう部位を狙う。

『彼』が素早く小さい刃を振り下ろす。
ヒュン。空気を切る音が響く。
三日月はヒールで蹴り上げ、それを無理矢理跳ね返すものの、『彼』の手から零れ落ちる事なく、ナイフを素早く逆手に切り替え、別の部位を狙う。

「っ!!」

今の三日月はそれを避けられる状態ではない。
江が三日月の名を叫ぶ。

刹那。

「警察だ。ヘタな動きをすれば逮捕する!!」

桐國の怒号とも取れる叫び声が木霊し、『清光』と良く似た青年の鳩尾へ、蹴りを叩き込む。

「っ………はっ!?」

『清光』と良く似た青年は、鳩尾を押さえる。

桐國はそのまま、動かず構える。

「もう一度言う。警察だ。全員動くな」

自身と知り合いに良く似た青年達を、強く、強く睨みつける。


「おかしいな。誰も居ないみたいだ」

「そーね……一体どこに居るんだろ?」

おにぎり教団本部から紅白の二人が出てきた。
建物内の何処を探しても人影も……音すらなかった。

また、教団LINEへ連絡を入れても返事はおろか、既読すら入って居ない。

その時、清光のスマートフォンが着信を告げる。
非通知だ。

「……こんな時に誰だろ……もしもしー、加川清光です」

「もしもし、……の路地裏に君達の教団員を見つけた。来てみろ?楽しい事になっているぞ」

「あ……っ!?」

電話は一方的に切られた。
清光は、おにぎり教団から出る前に念の為、にと持ってきた、愛銃であるSKSカービンが入ったショルダーバッグを強く握り締める。

「鶴丸さん、おにぎり教団で待ってて」

鶴丸の返事を待たずに清光は走り出した。

「清光!?待ってくれ!!君一人では不安だ!!俺も行く!!」

鶴丸は清光を追い掛けようと走り出そうとした。

「よお。『俺』。君の偽善は相変わらず反吐が出る。そっちの『大司教』を追い掛ける前に、俺と話をしようか」

黒い『鶴丸』が鶴丸の前に立ち塞がった。


「ほらほらほらほらほらほらほら!!!!ねえ!!さっきまでの威厳はどうしたのあははは!!血だらけだよ??ねえ!!!答えてみなよ!!!!」

「……っ」

桐國は必死に『大司教』に似た青年の攻撃を避ける。
いや、速すぎて避けるのが精一杯なのだ。

三日月を相手にしていた時とは圧倒的に素早さが違う。
彼の時はここまで本気を出していなかった。

攻撃を受け流し、カウンターを狙おうにも隙がなく、次の攻撃、次の攻撃、と数珠繋ぎにナイフの斬撃が襲う。

いや、ナイフだけではない。体術が増え桐國の腕や脚をへし折らんと狙っていく。

蹂躙。
桐國の体力が切れるのも時間の問題となりつつある。

「桐國……っ!!」

「……よそ見は死ぬぞ。"三条"三日月」

「くっ……」

再度、鍔迫り合いが始まる。ぎちぎちと金属が震える音が響く。

「……少し、本気を出すか」

『三日月』に似た青年は力をさらに込める。

それは異常な程強い力であり、三日月ですらギリギリ抑え込める位だ。

「……は、は。成程。お主の本気……か。だが。悪いが力が全てでもないのだぞ?" "三日月」

三日月は体重を後方へ逸らし、『三日月』に良く似た青年の刀を受け流す。

そして、

「悪いな。だが、お主なら簡単に再生するだろう?……中身は違えど身体は俺なのだから」

体勢を低くして、脚を斬り落とした。

「…………!!!」

残月の瞳を見開く。
鮮血が路地裏と三日月を染め上げた。

「暫く、大人しくしておいてくれ」

そう、言い残すと三日月は桐國の元へ…………。

「……不協和音を奏でないのは完璧な判断だな。三日月」

三日月の視線が奥へ、いや、春告の元へ行く。

春告は『春告』らしき男性に捕まり、拳銃をこめかみに突きつけられていた。



「なあ!!美しい瞳なら俺を分かってくれるだろう!?」

三日月が『三日月』らしき青年と鍔迫り合っている頃。

江は未だ、一進一退の戦闘だった。

そろそろ当たっても良いのでは……?当たらないフラストレーションは溜まりつつある。

似た様な動きを繰り返す彼等。

動いたのは

「捕まえた♪」

『桐國』に良く似た青年。
江の腕を強く自分の方向へ引っ張り、無理矢理押し倒し、馬乗りになった。

ぎりぎりと強い力が江の首を締め上げ始める。

「ぐ……がっ……」

息をしようにも不可能であり、腹の上に座られている。そして、苦しさは酷く増す。

視界が徐々にホワイトアウトして行く。


「っ、こ、江!!」

三日月は酷い焦りが混ざった声を上げる。

しかし、動けない。

動いたら春告の脳髄が吹っ飛ばされるのは確実なのだから。
春告は己が何も出来ない悔しさに眉を潜め、ただただその様子を眺めるだけだ。

桐國も防戦一方であり、どうしようもできない。

「……あ、ああ……」

三日月が唸る。

その時。

『桐國』と良く似た青年の右腕に小さな風穴が開いた。

「っああああ穴!?何でだ!?誰だ!!誰もいないいない!?!!」

『桐國』に良く似た青年が声を荒らげる。
江は首を解放され、咳き込むものの、彼の背中を蹴り上げ、拘束を脱した。


「……俺の大切な仲間、殺そうとしないでよ」

三日月の耳へ微かに響いた声。
サイレンサーの取り付けられた銃声。
……清光の声。

江と三日月は建物の影からSKSカービンを構える清光を捉えた。


「白……?黒……?二人合わせておにぎり?いや、そんな事言っている場合ではないな」

「反転した俺は随分と馬鹿みたいだな?平和ボケ野郎。反吐が出る」黒い『鶴丸』は混乱する鶴丸を蔑んだ瞳で見下す。

「……いや、ここの事だ。こういう事もある、か。何が目的なんだ?……その、何か海苔っぽい俺」

「目的?そうだな……いや、その前に。今なんて言ったんだ?」

黒い『鶴丸』は、燃えるような朱色の瞳で強く睨みつける。
しまった、と鶴丸は反射的に口を押さえた。

ふと、何処からかくすくすと笑う声が聞こえる。

「海苔……確かに真っ黒ですから、夜やら黒胡麻やら色々なものに喩えられますが、まさか……海苔……っふふ」

「……江か?」鶴丸は見えない『彼』へ問い掛ける。

くすくすと笑う声は止まない。
しかし、姿は何処を探しても、見当たらない。

「『雪晴江』、今すぐ出て来ないと身体の一部を……を、崩壊させてやるぞ?」

黒い『鶴丸』が呟く。一部は小声になり聞き取れなかったのだ。

「おや、それは困りますね。痛いのは嫌いなので。大人しく命令には従いましょう。『教皇』」

ふらりと、斜め後ろに切りそろえられた短髪を揺らし、『雪晴江』と良く似た男性が現れる。

にやにやと口を吊り上げながら。

「こいつは驚きだぜ……春告といい、君達といい……一体どう言う事だ?」

強がりの笑顔を笑顔を浮かべる。
しかし、頭はごちゃごちゃと情報が飛び交って居た。

「簡単さ。君達に『驚きを与えようと』挨拶へやって来たのさ」

黒い『鶴丸』は"金色に輝く"杯を胸から取り出す。

その時、光と影。白と黒。混ざりあったそれはぐるぐると竜巻を創り出す。

「っ……!?」

鶴丸は目を瞑る。

「……」

『江』に似た男性はそれを楽しげに見る。

「さあ、舞台は整った。精々俺達に驚きを与えてくれ」

黒い『鶴丸』は嘲笑う。


静かな第2の銃撃は、『春告』に良く似た青年が持つ、拳銃を飛ばした。

春告は無理矢理拘束を脱し、後ろへ下がる。

『清光』によく似た青年は、桐國を押さえつけた。
奥を見る。
見開いた瞳で奥をじっと見つめる。

「あー、『俺』じゃん。隠れてないで来なよ。アンタが大切にしている『教団員』、殺すよ?」

「イタイイタイイタイ……穴……あな……『大司教』、それは何処にいるんだ?」

見えない援護者に襲撃され、挙句の果てに江を捕り逃してしまった『桐國』に良く似た青年はぶつぶつと問い掛ける。

その時、強襲。

刀に付着している『三日月』の鮮血を振り払い、三日月は、『桐國』良く似た青年へ刃を振り下ろす。
なんの躊躇いもなく。

しかし、彼はそれに気が付き、素手で止めた。

「……俺の邪魔をするな。『三条』三日月」ぎりりと三日月を睨みつける。

「恋人を傷付けたのはお主だろう?……その身で償え」また、『桐國』に良く似た青年へ凍りつく程の冷ややかな瞳で見つめる。

「……ああ、良いや。アンタで。その瞳。あの木偶の坊より、ハッキリしているな!!」三日月の腹へ拳を叩き込む。

三日月は避ける事なく、それを受ける。

「っ!!三日月さん……!」江はまだ少し咳き込みながらも叫ぶ。

親友と恋人が危ない。

三日月はふっ、と微笑む。

「江。桐國を助けてやってくれ。ここは俺が抑える。大丈夫だ。俺達には清光が居る」

腹にめり込む拳を掴み、肘を蹴り上げる。
しかし、大したダメージは与えていないのだろう。
『桐國』に良く似た青年は身体を捻り、三日月を投げ飛ばす。

しかし、三日月は投げ飛ばした腕を無理矢理解放し……。

互角の戦いが始まった。

「…………」

江は、桐國の元へ向かう。


「ぐ……」

「さーてと何処から削ぎ落とそうかなー?」

やっぱり、俺を睨みつけるその瞼だよね。
くすくすと『清光』に良く似た青年は残酷に、愛らしく笑う。

絶体絶命。

刃を目の前に差し出される。

しかし、それを許す筈がない人物は幾らだって居る。

例えば

「"親友"を傷付ける事は……私が許しません……っ!!」

雪晴江の音の無きかかと落としが、『清光』に良く似た青年へ襲い掛かる。

「……邪魔、しないでよ」

『清光』に良く似た青年もやられっぱなしではない。
ナイフを持っていない手で、その脚を受け止めた
どす黒い声を呟いて、その脚を強く握り締める。
脚の骨が軋む音がする。

「有難う……雪晴」桐國は確かにそう呟くと、ナイフを速やかに奪おうとする。

「あー、もう本当にイライラするんだけど」

尋常ではない力でナイフを握り、奪われない様にと抗う。
桐國が焦っている時、ふと、何かを見つけた。
江へとアイコンタクトを取ると、彼はそれに頷く。

そして、掴まれた脚の痛みを我慢しつつ上へと蹴り上げる形で無理矢理解き、後ろへ一歩下がる。

「逃げないでよ……っと!!」

その時、激しい銃弾の嵐が『清光』に良く似た青年を襲う。
その銃弾はナイフで全て切った。

江の後ろから、SKSカービンを構えた清光が歩いてくる。


「初めまして。次は俺が相手してあげるよ……江さん、山葉。春告さんと三日月さんを助けてあげて。
……コイツは俺が相手する」

その時だった。

周りが白い光で包まれたのは。


モノクロの竜巻が収まるまでそう時間はかからなかった。

SKSカービンを構える清光と、ナイフを構える『清光』に良く似た青年。

刀を構える三日月と、拳を構える『桐國』に良く似た青年。

そこに立ち尽くす春告と、『春告』に良く似た青年。

脚が綺麗に斬り落とされた『三日月』。

走ろうと浮かせた足をそのまま地面に着地させた、江と桐國。

光が収まれば、鶴丸がよく知る教団員と、彼等に良く似た青年達が居たのだ。

黒い『鶴丸』は笑う。

それは、とても美しい笑顔で。

「紹介しよう。『俺の』大切な教団員(おもちゃ)の一部だ」

「……おや、1人だけ脚が消えていますね。後は手に穴も」

『江』は『三日月』と『桐國』を面白可笑しそうに笑う。

『三日月』はただただ無感情にその顔を見るだけだ。

「俺は普通だ?あ、いや?これは綺麗さに傷が付いているのか?」

『桐國』は手にある風穴を見て、首を傾げる。

「あれ?教皇様?ねえ!俺の活躍見てくれた??見たよね?見た?」

先程の殺意は何処へやら。
清光を置いて、黒い『鶴丸』の元へ行く。

『春告』は『三日月』を回収すると、黒い『鶴丸』の元へ歩く。

「何で教団本部に……」

清光はSKSカービンを降ろし、教団員と良く似た青年達を凝視する。

三日月は何も言わず刃を鞘に納め、良く似た彼等を見る。

「何が起こっているかさっぱり分からん」春告は戸惑いながらも彼等を見る。

「私達は確かに戦って居た筈なのですが……」

江も彼等の方へ顔を向ける。

「これは、どういう事なんだ……」桐國も彼等へ瞳を向けた。

「黒いよく似た俺。どういう事か説明して貰えるかい?」鶴丸は黒い『鶴丸』を睨み付ける。

「簡単さ。『驚き』を与えに来た」

金色の杯を文字通り、『胸の中』に仕舞いながら笑う。

「その驚きとやらが分からないから聞いているんだぜ?君」

「ま、反転した俺には分からないだろうな。
奪いに来たんだよ。その"居場所"を」

「……それは、俺と教団員を殺す、で合っているのかい?残念だが、皆、負ける程ヤワじゃないぜ?」

鶴丸は黒い『鶴丸』を見て嗤う。
黒い『鶴丸』も鶴丸を見て嗤う。

「……ははっ、随分と笑わせてくれるじゃないか?なあ、『三日月』」

その瞬間、鶴丸へ白銀に、鈍く輝く刃が首筋に当てられていた。

「鶴丸さん!!」清光が叫ぶ。

三日月は絶句する。
何故なら、『三日月』は斬り落とされた筈の、脚で立っているのだから。

当然、『春告』や『桐國』の傷も塞がっているのだ。
いや、消えていると言った方が正しい。

「"まだ"凡人な君達を殺す事なんざ、『俺達』にとっては赤子の手を捻る位容易いのさ」

黒い『鶴丸』は得意気に笑う。

「……っ」鶴丸は何も出来ずに、ただその様子を見る。

「……"普通に"殺すのも驚きが足りない。
俺達と同じ位の力を手にし、抗いて、結局は俺達に蹂躙されながら死に逝く様を見たい」


黒い『鶴丸』はこれからが楽しみで仕方ない、と言わんばかりのニンマリ顔を浮かべると、

「……俺と同じ物を君が手にした時、また会おう」

その瞬間、鶴丸と教団員達に強い眠気が襲う。

「っ……最後まで……説明を……しろっ!!」

眠気に抗えず、眠る教団員達。

鶴丸は最後の力を振り絞って声を上げる。

「戦争だ。俺と反転した『俺』の」

黒い鶴丸のその言葉を聞いた時、鶴丸の身体は地面へと倒れていくのだった。


鶴丸達は目を覚ます。

周りを見れば、おにぎり教団本部と、教団員達が同じ様に辺りを見回していた。

皆に似た人物達は何処にも居ない。
しかし、抜かれたSKSカービンや日本刀が先程までの出来事が、現実だと言う事を物語っている。

「……人ならざる者、いや……人では無くなった者……?いや……金色の杯は一体……」

三日月は刀を納め、ぶつぶつと呟く。
心当たりはある様でないのだろう。

「……また会う?……俺は何故おにぎり教団に居るんだ」

山葉は首を傾げる。

「……みんな、大丈夫?あれ、何だったんだろうね……また会おうって」

清光は心配と不安が混ざった表情を浮かべる。

「まあ、只事ではないのは確実だろうな」

春告は苦笑いを浮かべた。

「そうですね……山葉、三日月さん、大司教、春告さん……怪我はありませんか……?」江は四人を見回す。

「俺は平気だ……アンタは脚を強く握りしめられていただろ」

山葉は呆れた表情で指摘する。

「私は……平気です……」戸惑った様に瞳を逸らした。

「……俺も平気だ。お主は後で脚を冷やすと良い」

「ん、俺も何もないよー。そーそー、江さんがなんやかんやで一番怪我負っている様な気がするし、後で軽く応急手当しよう!」

清光は元気よく笑う。

「流石に色々あり過ぎた。教団へ言って茶でも飲みたい所だ」

春告はそう言うと、そのまま建物の中へ入っていく。

「……ああ、同じ物もない状態ではどうにも出来ない」

桐國も春告に続く形で建物の中へ向かう。

「……手立ても、その同じ物も手に入っていないのであれば歯痒いが、どうにも出来ぬ。江、歩けるか?」

「……三日月さんは心配症ですね。有難うございます。私は平気です……っ!?」

三日月は江が返事をする前に彼の身体を片腕で軽々と抱き上げ、そのまま建物の中へ入って行くのだった。

残ったのは鶴丸と清光の二人。

鶴丸は腕を組み、何かを考え込んでいた。

「鶴丸さん……?」清光が顔色を伺う。

普段の明るい表情とはまた違った凛とした表情。
白く、長い睫毛を伏せながら何かを考え込んでいる。

「戦争……か」

鶴丸は普段ならば見せない悲しい表情を浮かべる。

「……うん」

「いや、悲観的な考えは止めておくとしよう。頼もしい教団員達なら何とかやれる筈さ。な、清光!」

先程の表情は無理矢理消したのか、それとも従来の明るさから来るものなのか。

笑顔を浮かべる。

「鶴丸さん……でも……」

清光の表情は暗い。

「大丈夫だ。俺達なら何があっても、きっと」

鶴丸は清光を優しく抱き締めた。

「有難う……ごめんね、鶴丸さん」

弱々しく言葉を返すと、腕を背中に回して服をぎゅっと強く握り締める。

「……本当はずっとこうして居たいのだが、風邪を引いてしまうだろうからな……帰ろうか。我が家に」

鶴丸は名残惜しそうに身体を放すと、手を優しく引いた。

「……うん!そうだね、皆も待ってるし」

清光は柔らかい笑みを浮かべた。
白い吐息が舞う。

二人は歩き出す。帰る場所へと。













教団本部のとある一室。

金色の杯が、窓からさす光に当てられ、煌々と輝いていた。


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