執刑人の独白



りぃん。
そこはハーモニアでも、ラズリエルでもない誰も知らない世界。
アドミニスはまばたきを数回繰り返すとどこからか古ぼけた手帳を取りだしてぱらぱらとめくり、あるページで手を止めるとこれまた古ぼけた万年筆で何かを書き込み始めた。
辺りには筆を走らせるかりかりと言った音が鈴の音に混じって響きわたる。



「…実に理解が出来ないね。ケイト殿も、どうして"世界"のワガママに付き合ったのか。」



ナヅキを排除してから今に至るまでの17年間、ラズリエルは平和だった。
"あの事件"の記憶を操作し、ナヅキの存在も完全に隠した。
ナヅキを慕っていたオーガの少年と人間の少年に罰を与えて、それで終わりではなかったのか。



「全く、彼等は那月のドコに惹かれたのかね。那月はナヅキと瓜二つだけどナヅキじゃない。そうだと言うのに、一体何故?」



針金のような腕を組みながらアドミニスはしばし思案する。
"世界"が言うには那月はコトノハを持たずしてコトノハ以上の言葉の力を持っているらしいとのこと。
果たしてそんなことがあり得るのだろうか?
長年、それも妖魔ですらも過ごしたことはないであろう気の遠くなるくらいの時間"存在"してきたアドミニスだったがこんな奇妙な話を聞いたのははじめてだった。



「…心のみに働く、力。」



わざわざコトノハを使わなくても癒すことは出来ると言う訳か。
他の力を借りずに使うことが出来る"那月らしい"言葉、考え方に惹かれたのだろう。
なるほど、それならば那月はナヅキに勝っている。
ナヅキは自分自身の犯した罪を嘆き、拒絶した。
確かにナヅキのみが悪い訳ではない出来事であったが過ちを犯したのは事実であり、拒絶したところで過ちが消える訳ではない。
罪があれば罰がある。
しかしそれを拒絶した故にアドミニスはナヅキの記憶を消して那月としてハーモニアに飛ばしたのだった。
コトノハの存在しない世界で様々な人達の言葉を吸収し、姫宮那月と言う一人の人格は形成された。
那月であってナヅキでない彼女はきっと、その生活の中で強さと優しさを育んだのだろう。



「どうやらハーモニアは素晴らしいところのようだね。…那月、コトノハが使えなくても、キミは誰にも負けない力を持っている。だから、」



どうか忘れないで、力には二面性があると言うことを。
もしもキミが力の闇に囚われてしまったら、今度こそワタシはキミを処刑しなければならない。
全てに置いて第三者の立場でいなければならないワタシがこの言葉を君に伝えることは出来ないから、ただ伝わるようにと祈ることしか出来ないのだけれども。



「…もう変化なんてないと思っていたワタシの時間を変えるとは那月、キミは大物だよ。」



このアドミニス、全ての世界が終わりを告げるその時までキミのことを覚えていることを誓おう。
アドミニスは手に持っていた手帳を閉じると僅かに口角をつり上げた。




執刑人の独白
(それは誰にも知られることはない)

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