ありがとうはその時に



「ね、死神長?」



イスの上であぐらをかきながらユナはカトレアに声をかける。
カトレアは紙束に向けていた視線をユナに向けると僅かに目を細めながらゆったりとした動きで首を傾げた。



「なあに、ユナ。」

「へへっ!」

「…何をそんなに喜んでいるの?」



自分が反応を示した途端ユナは真っ黒い耳と尻尾を嬉しそうに揺らしながら犬歯を見せて屈託の無い笑みを浮かべた。
ユナは感情表現が豊かな人物だがそんなに喜ぶような出来事が果たして今の短い間にあっただろうか。
疑問符を浮かべるカトレアを余所にユナはイスを揺らしながら話し始める。



「死神長、やーっと一回で返事してくれるようになったなーって!」

「…私、前までそんなに反応しなかった?」

「しなかったっすよお!返事してくれても寂しそうな顔してたり…俺心配だったんすからね!でも元気になったみたいで安心したっす。」

「…。…ありがとう、ユナ。」



カトレアは眉をハの字にしながら淡く笑うユナの頭をくしゃりと撫でた。
少し硬めの髪が心地よくて思わず目を細める。
ユナも頭を撫でられるのが気持ち良いらしく尻尾をゆらゆらと揺らしていた。
狼と言うよりも犬に近いその仕草がおかしくて、カトレアはぎこちないが優しげな笑みを浮かべた。



「ねえ死神長、一人で抱え込まないで下さいね。俺、死神長のためならなんだって出来るんすよ?」

「ユナ…。」

「死神長に降り懸かる災厄は俺が払うっす。だって俺、死神長の忠実なる牙ですもん。」


だから、俺のことをもっと信頼して下さい。
ユナの言葉がカトレアの心にりぃんと響いた。
それと共に浮かんだのは笑い合う那月とジャンクの姿。
正直なところ二人が羨ましかったのだ。
運命に翻弄されそうになりながらも必死で共に生きようとして、深い深い絆が確かに存在していた二人が羨ましかった。
那月を強制帰還させた後に押し寄せてきた後悔や羨望、それらに翻弄されて足元を見ることを忘れていたようだ。
私には、この子がついている。



「…本当に、死神長として情けないわ。」

「そ、そんなことないっすよ!」

「いいえ、情けない。感情に動かされそうになる死神長なんてセカイ中を探しても私だけでしょうね。でも…そんな私を慕ってくれる貴方がいることを嬉しく思うわ。」



もっと強くなろう。
恐れと躊躇いのある裁きは裁きではない。
真っ直ぐの思いで生者を裁くことが失われた命のために死神が出来ることなのだ。
那月と言う存在はそれを教えてくれた。



「…那月、貴女の最期にはきっと私が立ち会いをしに行くわ。その時には必ず、」


どのセカイの死神長にも負けない立派な死神長になってみせるから、どうかその時までお元気で。
カトレアはきょとんとしたままこちらを見つめているユナの頭をくしゃりと撫でると薄い笑みを浮かべながら窓の外の空を眺めた。



ありがとうはその時に
(お幸せにね、那月)

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