アモレッテの揺れる水面



もうすぐ夏がやってくる。
初夏にしては気持ちのいい昼下がりに感謝しながら那月は湖の側に佇む大樹に寄りかかりながら欠伸を一つ漏らした。
森の中に存在する湖は木漏れ日によってきらきらと輝き、幻想的な雰囲気を醸し出している。
ハーモニアにいた時には見ることの出来なかったこの光景を日常的に見ることが出来ることに那月は喜びを抱いていた。
再び欠伸をこぼした時、ふと甘い匂いが鼻腔をくすぐった。



「那月。」



甘い匂いと共に姿を現したのはジャンク、お決まりの柔らかな笑みを浮かべる彼はツギハギだらけの腕で大量の花を抱えていた。
白くて、中心に行くにつれ柔らかな桃色になるその花の花弁は珍しい形をしている。
まるで蝶の羽のような形、今までに見たことがない。
興味津々と言った様子でその花を見つめているとクスクスとジャンクが控えめな笑い声をこぼした。



「この花はアモレッテって言うんだよ、那月。」

「アモレッテ…?」


「そう、アモレッテ。アモレッテって言うのはこの辺りの神話に出てくる湖の女神でね、悲劇の女神としても有名なんだ。アモレッテは空の神、イスカと恋に落ちたんだけど周りの神々によって離れ離れにされてしまったんだ。湖と空、司る場所が違いすぎた為にね。会えない日々が何百年と続いたのち、アモレッテは悲しみのあまり死んでしまったそうだよ。そしてアモレッテの死の知らせを聞いたイスカも自ら命を絶った。最期まで再会することはなかった二人を哀れんでこの世界を管理する時神子、ケイトは世界に遺っていたアモレッテの想いの欠片を集めて一輪の花を作った。それがこの花、アモレッテなんだ。」



目を伏せ、アモレッテの花弁を撫でながらジャンクは言う。
辺りには相変わらず甘い匂いが漂っている。
その匂いをすうと吸い込んだら柔らかな金髪をなびかせる美しい女神の姿が脳裏に浮かんだ。
愛する人を想いながら空を見上げる、悲しき乙女。



「…蝶々みたいな形をしているのは大好きな人のいる空へ飛べますようにってことなのかな?」

「そうかもしれないね。…あのね、那月。僕がアモレッテを摘んできたのにはちゃんと理由があるんだ。今日はアモレッテの日でね、湖にアモレッテの花を流すんだよ。」



アモレッテのイスカへの想いは消えてないよって、ね。
言いながらジャンクは花を一輪、そっと湖に流した。
アモレッテの花は本物の蝶のように揺れながら水面を漂っている。
湖に映る空、そして蝶のような花。
不思議な美しさに見とれていた那月はふいにジャンクに抱き締められた。
湖にこぼれ落ちるたくさんのアモレッテと、揺らめく水面に映る抱き締められた自分。
顔が一気に熱くなっていくのを感じた。
ツギハギだらけではあるものの容姿端麗なジャンクに抱き締められて恥ずかしさでいっぱいな那月の心情を知ってか知らずかジャンクは那月を抱きしめる腕に力を込める。



「…あは。那月ったら顔が真っ赤だよ?」

「だ、誰のせいだかわかってるでしょ。」

「うん、ボクのせい。」



首もとに顔を埋めながらジャンクは言う。
どうやら今日の彼は甘えたらしい。
自分よりも何倍も生きているオーガの一族の彼の普段見られない姿に思わず那月の顔は綻んだ。
いつも甘えさせてもらっているのだ、たまにはいいかもしれない。
那月は目を細めるとジャンクのスミレ色の髪を撫でながら言葉を紡いだ。



「好きだよ、ジャンク。」




アモレッテの揺れる水面
(今度は彼が赤くなる番)

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