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「…あは、ナヅキったら顔が真っ赤。」
顔を真っ赤にさせる那月を見てジャンクはへらりと笑う。
ツギハギが目立つがジャンクの元々の顔立ちは整っている。
女子校通いのため男慣れしていない那月はただただ赤面しておろおろすることしか出来なかった。
少しひんやりしたジャンクの唇が触れた手の甲は火でも付いてるんじゃないかと錯覚するくらい熱い。
那月はこちらをにこにこと笑いながら見るジャンクを一瞥すると困ったように眉尻を下げた。
「恥ずかしいこと言わないでよ。…それよりもさ、この世界について教えてくれない?」
飛ばされたことを悔やむだけでは何も進展しない。
前に進もうと那月は決めたのだ。
そんな那月を見てジャンクは一瞬目を丸くし、寂しそうな顔をしたがすぐにいつもの穏やかな笑みになって小さく頷いた。
「そうだね、まず…この世界は魔法世界ラズリエル、いろんな種族が隔たり無く生活をしているんだ。生活の要はコトノハって呼ばれる力、人々はそれを使って生活をしてるよ。コトノハは言葉の力で、火なら火を頭の中で思い浮かべながら定まった言葉を唱えるんだ。例えば…」
赤い揺らめき、踊れ。
ジャンクが言った途端何もない空間から小さな火が現れる。
那月は驚いて目を丸くさせながら目の前の火をまじまじと見つめた。
紛れもない火が、言葉一つで現れた?
全く持って理解が出来なかった。
那月の驚きっぷりがおかしかったのかジャンクはクスクスと笑う。
「この世界ではこの位使えて当然なんだよ、生活に最低限必要なコトノハは教わるからね。」
「そ、そうなんだ。…機械とかは使わないの?」
「キ、カイ?」
ジャンクはきょとんとして首を傾げる。
嗚呼、外見は奇抜なのにどうして行動がこんなにも可愛らしいのか。
那月がそんなことを思っているとも露知らずジャンクは不思議そうに那月を見つめている。
那月はポケットに手を突っ込んで携帯電話を取り出すとジャンクに差し出した。
途端、ジャンクの瞳は好奇の色を映す。
「わぁ、これがキカイなの?」
「携帯も知らないの?…これはね、携帯電話って言って遠くにいる人とコミュニケーションを取れる持ち運び可能の道具だよ。…もっとも、機械が存在しないらしいこの世界じゃなんの役にも立たないけどね。」
「ふぅん…。」
言いながら那月は携帯電話の画面をちらりと見る。
画面の左上には圏外の文字、電波が無いのだから当然と言えば当然だがなんだか少し寂しかった。
ジャンクは那月の顔を盗み見るとそっと頭を撫でる。
「ナヅキ、寂しい?」
「…。」
「帰りたいの、ナヅキ?」
優しげな声に那月は小さく頷く。
帰りたい、家族のところに。
帰りたい、友達のところに。
でも、向こうの世界に帰ったらジャンクにはもう会えないかもしれない。
那月は母親に縋る子供のようにジャンクの服を強く握り締めた。
ジャンクは何も言わずに那月の頭を優しく撫でる。
何故だろう、ジャンクと知り合ったのはついさっきのはずなのにジャンクの側は長年共に過ごしていたかのように落ち着く。
離れたくない、確かにそう思った。
「帰りたい。…でも、ジャンクと離れ離れになるのは嫌。」
我ながらなんて矛盾した考え。
こんなことを言ったところでジャンクを困らせることにしかならないとわかっているのについつい言ってしまう。
しかしそんな言葉にも文句を言わずにジャンクは穏やかに微笑みながら頷いてくれた。
「…大丈夫、ボクはずっと君の側にいるよ。」
ジャンクの言葉、一つ一つが心に染み渡る。
『既に出会ってるからだよ。』
出会った当初に言われた言葉、始めは信じていなかったが今ならわかる気がする。
ジャンクと会話をするにつれどこか本能的に理解し始めた。
この世界には、大切な何かがある。
それらに行き着くには相応の苦しみもあるであろう。
しかしナヅキは知りたかった。
混同する思いを抱えながら那月はジャンクと向かい合う。
「ありがとう、ジャンク。」
「…うん。」
ごめんね、ありがとう、ジャンク。
穏やかな那月の笑みに、ジャンクが小さな胸の痛みを覚えたことなんて那月は知るよしもなかった。
約束を交すくらいなら、君を帰さない方がいい
(だけど無力なボクにはそんなことも出来ない)
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