「ナヅキ、これからどうする?この森の中にいるだけじゃ何も始まらないし…町に行ってみる?」

「町…?」



那月はジャンクを見上げる。
この世界の街は一体どんなところなのだろう、自分が元いた世界と同じだろうか。
那月が頷いたのを確認するとジャンクはにっこりと笑い、那月の手を引いて歩き出した。



ドクン―…

『うあああん!』

『こんなところでどうしたの?』

『…おいで、ボクが森の外まで連れて行ってあげる。』




「…!!」



脳内で響いた声に那月は思わず手を引っ込める。
突然の那月の行動にジャンクは目を丸くしたが、すぐにハッとした表情を浮かべて目を伏せた。



「…ごめん。いきなりこんなことされたら嫌だったよね。」

「え、あ、ちが…!!」



ただ、何かを思い出しそうだったことに恐怖感を覚えただけだった。
那月は首をブンブンと横に振って否定する。
しかしジャンクは淡く笑うだけで再び手を繋いでくれることはなく、ゆっくりと歩き出した。



「…。」



今のはなんだったんだろう、今のがあたしが欲している答え?
疑問符が頭の中で渦を巻く。
那月は戸惑いを隠せないままジャンクの後を追いかけた。



「ほら、ここがイージス。あの森から一番近くてこの辺では一番大きな町だよ。」

「凄い…!」



ジャンクの言葉を聞きながら那月は簡単の声を漏らす。
辺りに広がるのは石畳の道に煉瓦作りの可愛らしい家々。
まるで西洋にでも来たかのようだと道行く人々を見ながら思ったその時、視界に全身黒づくめの少女が入り込む。
物語の魔女のようない出立ちの少女、こちらの視線に気づいたのかふいに目があった。
見すぎてしまったと那月はすぐに視線を逸らしたが少女は駆け足でこちらに寄ってくる。



「ナヅキ…!」

「!?」



甘い香り、微かな衝撃。
見知らぬ少女に抱き付かれ、那月は目を白黒させた。
こんな展開、前にもなかったか?
混乱する中、那月は助けを求めてジャンクを見やる。
ジャンクは小さく頷き、少女の体を軽く揺すった。



「ノーア、ナヅキが困ってるよ。」

「だってナヅキにまた出会えたのですわよ?私、嬉しくて…!!」



ナヅキ。
少女、ノーアは那月を愛しげに呼ぶと抱き締める力を強めた。
こうまでしっかりと抱き締められていたら自分には何も出来ない。
那月は眉尻を下げながらノーアの桃色がかったオレンジ色の髪を見つめるしかなかった。
そんな那月のそばでジャンクは面白くなさげに那月とノーアの抱擁を見つめていた。
しばらく黙っていた彼だったが、しびれを切らしたようで溜め息を一つ吐くとノーアを那月から引きはがす。
途端、ノーアから非難の声が上がった。



「ジャンク何をなさるの?酷いですわ!」

「酷くないよ、ナヅキが困ってたから引き剥がしたんだ。ほら、自己紹介しなよ。」

「自己紹介?何故そんな……ああ、そうですわね。」



ジャンクの言葉に眉をひそめたノーアだったが、一瞬寂しそうにして小さく頷くと那月に向かって一礼した。
りぃん、帽子の先に付いた鈴が歌う。



「挨拶もしないまま抱き着いてしまってごめんなさい。初めまして、私は術師の一族のルノーアル・シルフィア。ノーアと呼んで下さいませ。」



まるで花が咲いたかのような笑顔を浮かべてノーアは微笑んだ。
術師という単語には聞き覚えがないが、先程ジャンクから聞いたこの世界には様々な種族がいるということを思い出して納得出来たようで、ノーアの笑顔に負けないくらい微笑んでお辞儀をし返した。



「よろしくね、ノーア。あたしはもう知ってるみたいだけど那月、姫宮那月だよ。…あのさ、なんであたしのことを知ってるの?」

「あら、そんなの決まってますわ。世界の心である貴女を知らないはずがありませんもの。」

「…あたしってそんなに有名なの?」



もちろんですわ。
那月の問いにノーアは胸を張って答える。
隣りに立つジャンクも肯定するように首を縦に振ったのでどうやら有名だと言うことは正しいようだ。
そこでふと疑問が浮かんだ。
ノーアの先程の言葉を思い返してくるりと辺りを見回す。
人々はゆっくりとした足取りで各々歩き回っている。
特に意識してこちらを見ようと言う気は無いようだ。
こちらに視線を寄越す時は大体ジャンクに集中している、恐らくあの奇抜な外見が気になるのだろう。
ジャンクに視線を寄越しても那月のみを見ようとする気配は全くと言って良いくらいに感じられない。



「…本当に有名なの?」

「えぇ。…だった、という方が正しいかもしれませんわ。今ではもうごく、」

「ノーア!」



突然の大きな声に那月とノーアは固まる。
大声の主はジャンクで、いつもなら穏やかな笑みが浮かべられているその顔には怒りの表情が浮かんでいた。
ノーアははっとして口許に手を当て、そのまま泣きそうな表情を浮かべて俯いた。
辺りには気まずい空気が流れる。
堪え切れなくなってちらりとジャンクを盗み見るとジャンクは相変わらず見慣れない厳しい表情をしていた。
…こんな表情のジャンク、初めて見た。
普段は大人しい人が怒ると怖いと言うが、それとはどこか違ったものを感じる。
まるで、余計なことを言わせないかのような。
しかしそれはあくまでそんな感じがするだけであって実際にジャンクにどんな意図があってノーアに対して声を荒げたのかはわからない。



ドクン…

『大丈夫、ボク達が守ってあげるから。』

ドクン…

『ナヅキの代わりにボク達を裁いて。』



「ナヅキ!!」



焦りが滲んだジャンクの声が耳に届いた時には那月はすでに駆け出していた。
どこへ行くでも無い、ただジャンクから逃げるかのように那月は走り去って行った。





まるで柊の葉のような、刺々しさが懐かしくて
(荒々しい声に隠されたモノに気付きたくなかった)

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