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「「「那月!!」」」
まず聞こえたのは仲の良い三人の女友達の悲鳴に似た叫び声、その次に聞こえたのは耳をつんざくようなクラクションの音。
音に振り返ればすぐ目の前に大きなトラックの姿があった。
不思議と恐怖感は無く、自分でも驚くくらい冷静に瞳を閉じた。
「皆…。」
なんて呆気ない人生だろうか。
こんな風に死ぬなら、もっと前から皆に恩返ししておくんだったかな。
次の瞬間、激しい衝撃を受けて那月の思考は停止した。
あれ、あたし…死んだのかな?
『な…き、…づき。』
…だれ、あたしのことをよぶのは?
『……の、づき。やっと…えた。』
なに、きこえないよ。
もっとはっきりしゃべってよ。
『おか…り、ラズ…エルへ。……のことば、はち…ら。』
ことば…?
ことばがどうしたの?
『どうか、目を逸らさないで。』
「―…!!」
激しく眠りから浮上する感覚、那月は飛び起きるとキョロキョロと辺りを見回した。
しかし、見回してからすぐに目を丸くする。
ここは、どこ?
視界に入るモノは全て、那月にとって見慣れないモノばかりだった。
木漏れ日の射すほの明るい森、清らかな湖。
湖のほとりに凛と佇む大樹にもたれかかるように那月はいた。
おかしい、さっきまで自分はコンクリートジャングルの異名を持つ大都市にいて、トラックにはねられたはずだ。
なのに何故こんな正反対な場所にいるのだろうか?
那月の脳裏に一つの考えが浮かぶ。
「もしかして…違う世界に来ちゃった?」
否、そんな馬鹿なことあるはずがない。
周囲から度々夢見がちだと言われて来た那月だったが、今のこの状況に対して抱いた感情は一つ――恐怖のみだった。
未知の世界にたった一人、しかもあてはないときた。
こんな中で平常心でいられる程ナヅキは気丈ではなかった。
恐怖に呑まれ、那月はぽろりと涙を零す。
「おとう、さん…おかあさん…。ジュンちゃん…りっちゃんにカナミ!!」
名前を呼べば呼ぶ程もう帰れないのではないかと言う最悪の結末が頭を過ぎり、それらは更に那月の涙を誘う。
声を上げて泣く自分の姿に情けなさを感じたが止めることは出来なかった。
ただただ、感情の赴くままに那月は泣き続けた。
「やだよぉ!みんな…みんなぁ…!!」
帰して、元の世界に。
帰して、皆のところに。
那月は叫び、泣いた。
このままでは声が枯れてしまうのではないかと思うぐらい泣き続けていた時、優しげな声とともにふいに後ろから抱き締められた。
「見付けたよ、那月。」
「っ!?」
「独りぼっちは怖かったね。」
誰…!?
思いがけない出来事に目を白黒させる那月だったが次の瞬間にはさらに驚くことになる。
那月を抱き締めていたのは全身ツギハギの少年だったのだ。
那月は驚きながらも状況理解をしようと必死だった。
ツギハギ少年の腕の中から抜け出すと二、三歩下がって上から下までまじまじと見つめる。
彩度の低い紫の髪は襟足だけ長く、針金細工のような体をした少年の鎖骨の下辺りまで伸びている。
ツギハギだらけの体は土気色で、澄んだ青い瞳はよく映えていたが体同様縫われていて半分しか世界を映していなかった。
危険人物…ではないのだろうか?
見れば見る程混乱してしまう。
そんな那月の戸惑いを察したのだろう、ツギハギ少年は小さく笑うと口を開いた。
「ボクはジャンクだよ、ナヅキ。ジャンク・ラビッシュ、それがボクの名前。」
「ジ、ジャンク…?」
「そう、ジャンク。ボクは君に害を与えたりはしないよ。」
こんなナリをしてるから、怖がられても仕方が無いけれどね。
ツギハギ少年ことジャンクは眉尻を下げながら笑った。
…外見は個性的過ぎるが、悪い人ではなさそうだ。
裏表の無さそうな穏やかな笑み、自分を呼ぶ優しげな声。
彼を信じても良いかもしれない、そう思った。
……自分を、呼ぶ?
「あ、あの…ジャンクさん。どうしてあたしの名前を…?」
「さん付けはやめて、あと普通の話し方でいいよ。…ボクがキミの名前を知ってる理由なんて一つさ。それはボク達が既に出会ってるからだよ。」
「え…!?」
既に出会ってる?
こんな個性的な人、一度会ったら絶対に忘れるはずが無い。
しかし那月には過去ジャンクのような人物に出会った記憶が一度もなかった。
目の前ではジャンクが子供っぽい笑みを浮かべながらこちらを見つめている。
…駄目だ、本当に記憶に無い。
そんな那月の心情を知ってか知らずか、ジャンクは那月の前にひざまずくとさながら忠誠を誓う騎士のように言葉を紡いだ。
「君はこの世界の心なんだよ、だからボクはずっと前から君を知っている。」
「世界の心、君はこの世界で独りぼっちじゃないよ。ボクが側にいる、君が孤独を望まない限り。」
根拠は何もないけれど、貴方を倖せにするから
(手の甲に落とされた口付けに顔が赤くなったのは言うまでも無い)
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