お題集 | ナノ
 I HAVE NOTHING(ジーニアス・ゼロス)

からっぽになった心を、私は今も引き摺ったままここに居る。

あのとき、もしも何かがひとつでも違っていたなら、もしかしたらこんな結末を迎えていなかったかもしれない。もしも私が彼の心を救えていたら、もしも私が彼の心に触れられたなら。今更なことばかり、思えば思うほど自分の無力さに嫌気がさす。

「ケイー」

ダイクさんの家でロイドの新しい剣をダイクさんに作ってもらっている間、とりあえず私たちは体を休めることになった。多分、これがミトスとの最後の戦いになると思う。

攫われてしまったコレットを救って、ミトスを倒して、そして世界が救われる。まったく良く出来た夢物語である。しかし私たちは本気でこれを成功させようとしているのだから、ロイドを筆頭に、みんなきっと頭がおかしいのだろう。

「ケイ、ケイ!」
「え、あ、ジーニアス…ごめん、ボーっとしてた」
「もう!しっかりしてよね!これから最後の戦いなのに!」
「ごめんね、それで、なに?」
「うん、ご飯できたんだけど、ケイも食べるかなーって思って。今日はボクの自信作だし、食べてほしくて!」

きらきらとした12歳らしい笑顔でジーニアスは笑った。まだこんなに小さいのに、生と死の狭間で生きてる、ハーフエルフの少年。こんな笑顔だけ見ていたら、まるで世界は平和なのに。

そしてこの少年に聞きたい。どうして笑っていられるのって、どうしてミトスを倒しに行くのって。だって折角出来たハーフエルフの友達なのに、大切な人なのに。どうしてこんなに平和な笑顔で笑えるんだろう。

「…ありがとう、けど今食欲ないんだ、ごめんね。お腹すいたら食べるよ」
「そっか…じゃあケイの分残しとくね。ロイド、すごい勢いで食べてるから、なくなるかもしれないし」
「あ、ううん、別にみんなで全部食べてくれていいよ。もし私食べれなかったら勿体ないし」
「…わかった。じゃあボクたちでうまく分けるよ、ロイドに取られないように!」
「うん、ごめんね、ほんとに」
「………ケイ、笑わなくなったね。それに謝ってばっかりだ」
「え…?」

見るとジーニアスが今にも泣き出しそうな顔で私の隣に立っていた。さっきまであんなに笑ってたじゃない、さっきまであんなに平和な世界がその顔に広がっていたじゃない。強く拳を握って、顔をくしゃくしゃにして、その大きな目にたくさん涙を溜めて。瞼が落ちたら、きっと涙がぼろぼろと零れていってしまう。

私は突然のことに少し混乱しながらも、ジーニアスの手を取って私の隣に座らせた。ジーニアスの頭を何度も何度も撫でてやる、私にはそれしか出来なかった。それ以外に何も出来なかった。

ジーニアスの瞼が落ちて、溜まっていた涙が零れていく。まるでそれが合図だったかのように、ジーニアスは次第に嗚咽を上げて泣き出してしまった。私はその涙を止める術を知らないし、持ってもいない。

あぁほら、やっぱり私は、なんて無力で非力なんだろう。

「……ごめんねジーニアス、泣かないで…私、どうすればいいか分からなくなっちゃう…」

そう言って頭を撫でて、抱きしめるのが私に出来る全てだった。ジーニアスは私の胸の中でしばらく泣くと、呼吸を整えて小さな声で私に言った。

「…あの日から、ケイ、笑わなくなった…」
「あの日…」

あぁ、あの日か。
そういえば笑った記憶、ないかもしれない。

「…そう、かもしれないね」
「ご飯もそんなに食べなくなって、夜もあんまり眠らなくなって、謝ってばっかりで……そんなケイ、嫌だ…」

私の知らないところで、よく私のことを見ていたのはきっと、私のことを心配しててくれたからだろう。小さな声で、泣きながら、時々言葉に詰まりながら、けれどしっかりジーニアスは言った。こんな私は嫌だと言った。

うん、そうだね、私もこんな私嫌だよ、大嫌いだ。大切な人を守れなかった、こんな無力で非力でどうしようもなく弱い私なんて、大嫌い。

「…私も、嫌いよ、大嫌い」
「え?」
「大切な人を死なせてしまった、こんな私大嫌い」

ジーニアスを抱きしめる腕に力がこもる。あのときもこんな風に、しっかり抱きしめていれば良かったのに。後悔ばっかりが募っては、私の心をぐちゃぐちゃに掻き乱す。

あまりに心が痛くて、このままじゃ死んでしまいそうだから、私は心をからっぽにした。だけど結局からっぽになったフリをしてるだけ、そうでもしないと本当に死んでしまいそうだから。

生きるのもつらい、死ぬのも怖い、たまらなく惨めな私。

「……ケイの、バカ!」

腕の中でジーニアスが叫んだ。私は驚いてジーニアスを腕から解放する。

「ゼロスが死んだのはケイのせいじゃないだろ!なんでケイがそんなになっちゃうんだよ!」
「…っ!その名前、呼ばないで…!」
「何度だって言ってやる!ゼロスゼロスゼロス!」
「…やめて」
「ゼロスは死んだ!大好きなケイを置いて死んじゃったんだ!」
「もうやめて!!!」

―――静寂。

不気味な程重たい、風の音。

「………ケイ、ゼロスは、」
「やめてって言ってるでしょう!?」
「…」
「もう…聞きたくない……」

今でも容易く思い出せる、彼の声、匂い、温もり、笑顔。何一つ思い出せないことなんてないのに、まだ何もかも残ってるのに。

彼は、もうここにいない。

「……………眠らなくなったのは、夢のせい」
「…夢?」
「呼ぶの…いつもの声で……私の名前、呼んでるの…」
「…アイツが?」
「…そう、いつもみたいに、ちょっとおどけ、ながら……私のこと、呼ぶの…」
「それで、眠らなくなったの?」
「…怖かった…呼ばれた声に誘われて……もしもそこに広がる光景が、最期の、あのときの、光景、だったら……」

今度は私が泣き出していた。ジーニアスは私の隣で、私の手をしっかり握っている。すっかり立場が逆転だ。

「…食欲は…気付いたらなくなってた……謝るのが増えたのは…多分、私のことが大嫌いだから……全部、私のせいだから…」
「……ねぇケイ、最期にアイツがケイに言った言葉、覚えてる?」
「…うん、忘れるわけ、ない…」

忘れられるわけがない。生きてくれって、幸せになれって、そして、



―――『 笑って 』



「…無理よ…笑ってられるわけないよ……だって、」

あなたはもう、ここにいないのに。

「あのね、ケイ」

ジーニアスがしっかりとした口調で、はっきりと言った。


「もしもボクがアイツの立場で、もしもアイツと同じ決断をしたとしたら、きっとボクも最期に同じこと言うと思う」
「…笑ってって?」
「うん、だって大切な人なんだもん。生きて、幸せになって、そして笑っててほしい。ケイはそう思わない?」
「…思う、けど、だけど…だけどそんなの身勝手すぎる……残された方の気持ちも考えてよ…!」
「…じゃあケイは、今アイツの気持ち考えてる?」
「え…?」
「アイツが残してった気持ち、ケイはちゃんと考えられてる?」
「そ、れは…」

そんなこと、考えたこともなかった。だって全部自分のせいで、自分が悪くて、いつもそう思ってて………自分のこと、ばっかりだ。

「アイツのしたことは許されることじゃない。大好きなケイを残して勝手な感情だけ残して勝手に死んで…。だけど誰よりも苦しんだだろうし、誰よりも寂しかったと思う。そして最期の瞬間まで、ケイのこと考えてたよね。今のケイは自分のことばっかりで現実から逃げて、アイツの気持ち全然考えようともしないし、向き合おうともしない」

涙が止まらなかった。止まるわけがなかった。怖かったのも現実を受け入れられなかったのも受け入れようとしなかったのも、まったくその通り。彼の気持ちを考えもせずに無理だと決めつめたのも、確かにそうだ。

「…ボクは笑うよ、笑って生きるよ。例えミトスがいなくなっても」
「…!」
「もしかしたら震えて戦えないかもしれない、悲しくて嫌になるかもしれない、だけどボクは、ボクらの信じた道を進むよ。だからミトスを、倒す」

真っ直ぐな瞳に、もう涙は溜まっていなかった。さっきまでジーニアスの頬をぬらしていた涙の跡を、風が優しく撫でた。

「ボクらは生きてる。立ち止まっていられないんだ。だったら笑って生きたい、自分の道を進んで生きていきたい」
「…でも…だけどみんながジーニアスと同じように強くないんだよ。立ち止まってしまう人もいるんだよ」
「うん、そうだね。だけどそういう人たちだって、いつかは歩き出すんだ、自分の道を進む為に。歩けなくなった人は、きっと…きっと自分から、死んでいくんだと思う。…ケイは、死にたいと思う?」
「…ううん、死ぬのは、怖い」
「だったらケイは歩き出せるよ。今ケイは生きてる、立ち止まってしまってるけど、ちゃんと生きてここにいる」

ジーニアスが私の手をぎゅっと強く握った。この小さな手で、今までどれ程の痛みを拭ってきたのだろう。どれ程の血を流して、汚れてきたのだろう。

「アイツはケイのこと残して勝手に死んじゃったこと、きっと今頃後悔してるよ」
「…そうかな」
「だってもしケイに好きな人が出来て結婚しちゃっても、それを見てることしか出来ないんだもん!いい仕返しになりそうでしょ?」

そう言ってジーニアスは、またきらきらとした、私の大好きな笑顔で、笑った。

「…そうね、そうかもしれないね」

仕返し。死んだ人間に仕返しなんて。ほらやっぱり、なんて頭がおかしいんだろう。思わず私は声を上げて笑ってしまった。

「あ!ケイ、笑った!」
「だって…おかしくて……あはは!」

少し呼吸を落ちつけて、それでもやっぱり笑えてくる。

「…うん、やっぱり、ケイは笑ってる方がずっといい!」
「…ありがと」
「アイツも、言ってたよ」
「え?」
「ずっと前にね、ボクが言ってやったんだ。ケイのこと本当に好きなのかって。アイツふらふらしてるから、本当にケイのこと好きなのか分からなくて、なのにケイの恋人なんて勿体なくて」
「…初耳」
「そりゃそうだよ、アイツに絶対ケイには黙ってろって言われたもん」

今になって彼の話を聞くなんて、なんて不思議な感覚なんだろう。これも仕返しのひとつだね、と言いながら、ジーニアスは悪戯な笑顔を見せてくれた。

「アイツはケイのこと好きだって言ってた。へらへらしながら言うからムッとしちゃってさ、じゃあどこが一番好きなのって聞いた。そしたらさ、アイツ珍しくすごい優しい顔して、コレットとロイドとはしゃぐケイのこと見つめながら言ったんだ。自分だけの太陽なんだって」
「たいよう…?」
「うん、ボクも聞き返した。そしたら太陽みたいに笑ってるところって言ってたよ」
「…全然わかんない」
「そう?ボクはなんとなく分かるけどなあ」
「…?」
「きっとケイはアイツの世界だったんだ、全てだったんだ。失くしたくなかったんだよ、ケイのこと」

ジーニアスはそう言って笑うと立ち上がった。

「さて!多分、なくなってると思うけど…」
「ん?」
「ご飯、食べる?」

そういえば珍しくお腹がすいていた。今ならお腹いっぱい食べられそうな気がする。

だけど今は、

「ううん、寝る」
「え、寝るの?」
「うん、夢の中まで会いに行ってくる。……ゼロスに」
「…そっか」

変なの、ついさっきまであんなにこの名前に怯えていたのに。それはさらさらと流れる穏やかな川のように、すっと唇から零れ出た。

ジーニアスは私の手をそっと放すと、おやすみ、と告げてその場を後にした。私はベッドに転がると、風の音を聴きながらそっと瞼を閉じた。


伝えに行こう。
今なら会いにいけるよ、そして今なら笑ってあげられる。あなたが望むなら、あなただけの太陽として、笑っていよう。



『 ねぇゼロス 』
『 ん? 』
『 忘れないよ、愛してるよ。 』



ゼロスは、照れくさそうに、笑った。

I HAVE NOTHING
(アイ・ハヴ・ナッシング)

2011.11.18 修正

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