お題集 | ナノ
 ブラウニー(ゼロス・ワイルダー)

放課後、私は大量のチョコを惜しげもなく食い散らかしてた。目の前でゼロスは呆れ顔で私を見ている。

「よく胸焼けしねーのな…」
「女子の手作りチョコとか最高じゃん、胸焼けとかするはずないでしょ。ねえこのカップケーキ超おいしい、誰から貰ったの?」
「三年二組の美人さん」
「さすが、女子情報は抜け目ないね」

その美人さんとやらから貰ったらしいカップケーキを平らげながら、私は目の前に積まれたバレンタインの産物をまじまじと見つめた。その半分は、すでに空っぽになっていて、中身はもれなく私の胃袋に納められてる。次はどれにしよう、なんて悩みながら、休憩がてらブラックコーヒーを啜った。

「しかし毎年すごい量だよねゼロス」
「まー俺さまモテるからな〜」
「彼女いるってみんな知ってるのにくれるんだもんね、優しいよね」
「あわよくばみんな俺さまとお付き合いしたいってわけよ。こんないい男捕まえて幸せだなあケイちゃん」
「ほんと幸せ、毎年こんなに女子の手作りチョコが食べれるなんて幸せ、感謝してるよゼロス」
「あ、そっちね…」

ゼロスのげんなりした顔なんて無視をして、私は次のバレンタインの産物に手を伸ばす。箱には上品に生チョコレートが詰められていた。少し紅茶の香りがしてとてもおいしい。幸せそうに手作りのお菓子を頬張る私を、ゼロスは呆れながらもほっこりした様子で見つめてくれている。

ゼロスとは幼い頃からの幼馴染で、ずっと一緒にいた。お互いにお互いが好きだったので、高校に上がる前に付き合うようになった。元々お互いに干渉し合うのは苦手だったので、ゼロスが女の子と仲良くしていようが、私が男の子と仲良くしていようが、お互いに何も言わない。だけどゼロスは私以外に愛情を向ける事がないと知っていたし、それはゼロスも同じ。だからこうやって、相変わらず仲が良いまま今日までやって来れた。

私たちの仲は公認だし、みんながみんな知っているのは当然なのだが、それでも毎年ゼロスは大量のチョコレートを貰う。彼は喜んで貰うフリをするが、実際は手作りのお菓子というものが非常に苦手で、家の人間か私が作るもの以外は口にしない。結果、彼がこうしてもらった愛情たっぷりのバレンタインの産物は、すべて彼女である私に回ってくるのだ。『女子の手作りお菓子』という、そうそう手に入らない記念食品を大量に食すことが出来るなんて、私にとってはご褒美以外のなんでもない。

私は、ゼロスに愛情を込めてバレンタインを渡した女子たちに対する申し訳なさなど、一切持ち合わせてはいない。そもそも彼は私を愛してくれているし、私も彼を愛してる。それが揺るがないからこそ、こうしてお互い自由に楽しくやれているのが現状だ。そういった付き合いをしている恋人がいると知っていてバレンタインに張り切る女子たちの気持ちなど、残念ながら私には分からない。むしろ、誰から貰ったかを完璧に把握しているマメなゼロスのお返しが大変だということに、毎年同情する。

紅茶風味の生チョコレートを平らげて、次は口直しにクッキーの入った袋に手を伸ばす。ゼロスは私が飲んでいたブラックコーヒーを勝手に飲んでいた。

「そのクッキー見た目マズそう」

コーヒーを飲みながらゼロスが言う。見た目の不恰好なクッキーを口に含んで、私はうーんと首をかしげた。

「おいしくはない。ちょっと塩入れすぎ」
「クッキーに塩とか入れんの?」
「ちょこっと入れたりするのもあるよ。これはやりすぎだけどね」
「へえ」

興味があるのかないのかいまいち分からない様子でゼロスは相槌を打つ。塩のききすぎたクッキーはさすがに口の中の水分を奪っていく。私は鞄からもう一本用意していたブラックコーヒーを取り出そうとして、何も入っていないことに気付く。

「あれ、コーヒーなくなってる」
「あ、俺さまが昼に勝手に飲んだ」
「うーわ最低」
「悪い悪い」
「悪いと思ってないでしょ」

そう言ってテーブルの上に置いてあった飲みかけのブラックコーヒーを手に取るが、それも空っぽだ。私はむすっとしてゼロスを睨みつけた。

「ちょっと飲みすぎなんだけど」
「俺さま食べれるもんないからついつい」
「もー、責任取って買って来てよ」
「えー」

ゼロスは面倒そうに机に突っ伏した。そんなゼロスに向かって私はさっと右腕を差し出す。するとそれに気付いたゼロスも、ニヤリと笑って背筋を伸ばし、右腕の袖ををまくった。

「お、いつものあれかあ〜?俺さま負けないぜ?」
「最近連勝だったから余裕、私だって負けない」

そしてしばし睨みあい、それから同時に口を開いた。

「「最初はグー!じゃんけんぽん!」」

私が出したのはグーで、ゼロスが出したのはパー。私はそのまま突っ伏すように机に崩れ落ちる。ゼロスはでひゃひゃひゃと高らかに笑った。

「残念だったなケイ、最近勝ち続きだったからって油断したんじゃねえの〜」
「くっそう…!こんな赤髪ロンゲに負けるなんて…!」
「ほら、言いだしっぺだろ。大人しく行って来い」
「くう…無念…」

泣きまねをしながら立ち上がると、ゼロスはおかしそうに笑いながら私の首にマフラーを巻いてくれた。

「そう言うなって、お駄賃はやるから」
「さすが金持ちゼロスさま。喜んで行って来ます」
「ゲンキンなやつ」

私はゼロスからお駄賃を受け取って、暖かい教室を出た。廊下に出た瞬間、別世界のように一気に世界が冷え込む。ゼロスが巻いてくれたマフラーに顔を埋めながら呑気に自販機に向かっていると、自販機の横のベンチで一人の女の子が泣いていた。一瞬自販機に向かうのを躊躇ったものの、せっかくだからコーヒーは買いたい。私はあえて何も見なかったことにして自販機に近付いた。今日はバレンタインだ、きっとうまくいかない恋もあったのだろう。だからといって、ずっとゼロスと楽しくやってきた私に、その気持ちは分からないけれど。

コーヒーを二本買って、足早に教室に戻ると、ゼロスが一人の女の子からバレンタインの産物を貰っていた。とりあえず窓越しにそれを眺めながらブラックコーヒーを啜る。ゼロスは笑顔で女の子からチョコレートを受け取っているが、女の子はなかなかしつこくゼロスに言い寄っているらく、一瞬だけゼロスの眉がぴくりと動いた。少し不快になっている証拠だ。にやにやしながらそれを眺めているとゼロスが窓越しに私を見つけた。そして目線だけで訴える。

『さっさと来い』

やれやれと思いながら私はわざとらしくガラガラと音を立てて扉を開ける。すると女の子がびくりと肩を震わせて私を振り返った。どうやら彼女も私とゼロスが付き合っていることを知っているようで、ばつが悪そうに顔を背けて視線を外す。私はあえて明るい声で言った。

「あら?ゼロスにバレンタイン持ってきたの?」
「あの…それは…」

女の子はそそくさと鞄を持つと、ペコリと頭を下げて逃げるようにいなくなった。私は肩を竦めてゼロスに近付いて、おつりとブラックコーヒーを手渡す。ゼロスはそれを受け取るとにこにこと私を見上げた。

「さすがケイちゃん」
「モテすぎんのも面倒だねゼロス。で、何もらったの?」

席に戻ってから、次はどんなお菓子だろう、と期待しながらゼロスに尋ねたら、目の前にぽすんと大きめの何かが置かれた。きょとんとしてそれを見つめていると、ゼロスはにっこりと作り笑いを貼り付けながら言った。

「手作りのマフラー」
「わお…」

私は袋を覗く。中には赤い毛糸で編まれたお手製感溢れるマフラーが入っていた。さすがにこれはどうしようもなくて、私もまじまじとそれを見つめる。

「初めての展開だね、バレンタインにマフラー」
「斬新すぎて俺さまもびっくり」
「食べられないものは私にもどうしようもないわ」

さすがにゼロスのためにと渡された手作りのマフラーをつける気にはならない。せめて市販品であれば、まだどうにかなったのに。

「捨てちゃえば?」
「そのつもり」

さすがはゼロス、と思う。きっと彼の自宅のゴミ箱にこのマフラーはぶち込まれることになるのだろう。ドンマイ、と心の中で心を込めずに呟いた。

「しかし女子ってすごいね〜」
「ケイちゃんだって女子でしょうよ」
「性格は最高にひん曲がってるけどね」
「自覚あったんだな」
「そりゃあんたと付き合ってんだから当然でしょ」
「違いない」

ゼロスはケタケタと笑う。私は次のバレンタインの産物に手を差し出しながら、ブラックコーヒーを口に含んだ。次に開けた箱に入ってたのは、またしても生チョコレートだ。今年は生チョコレート率が高い。

自身の性格が歪んでいることなんて、この現状を見ても明らかだし、それを誤魔化そうとは思わない。なんせ、彼氏が貰ったバレンタインの産物を、罪悪感の一つも抱くことなく口にしているんだから。

私はゼロスと長い間一緒にいることを望んだ結果こうなった。彼を自由にさせるために、ありとあらゆることを諦めた。きっとゼロスは、それらのことを全部分かってて私を傍に置いている。もう長い付き合いになるのだから当然だろう。だから、私もゼロスも、相当歪んでいるのだと思う。今さらその歪みを正そうとは思ってもいないけれど。

いちご味の生チョコレートの甘ったるさを味わいながら、苦いコーヒーでそれを飲み下す。ゼロスが貰ったたくさんの愛情は、全部私がこうして飲み込むのだ。さよなら無駄になった一つの愛情。そう思えば、余計においしい。そしてほら、目の前にいるゼロスも笑う。

「さすがにお腹ふくれてきたー」
「この量半分以上平らげてからそのセリフが言えるなら上等だぜケイ」
「そろそろ下校時刻も近いねえ、帰ろっか」

そう言って、私は鞄の中からバレンタインの産物用に持ってきた大きめの手提げ袋に、まだ開けられていないそれらをごそごそと突っ込んで、空になったやつは全て教室のゴミ箱に捨てた。毎年のことなので、もう手馴れたものだ。

ゼロスも帰る準備を整えて私に近付くと、後ろからぎゅっと私を抱きしめる。包まれる腕の中が温かくて、安心する。ゼロスの胸に寄りかかって温もりを確かめていると、彼は耳元で甘ったるく囁いた。

「今日はこの後、俺さまんち?」
「残念、今日は私の家に帰ります。送ってね」
「えー」

不服そうに唇を尖らせたゼロスが可愛くて、私はそれに噛み付くようにキスをした。赤い髪を靡かせる幼馴染兼恋人の綺麗な顔を見上げて笑う。

「今日は何の日?」
「バレンタインデー」
「私はゼロスの?」
「可愛いハニー」
「じゃあ、もう分かるよね」

ゼロスは僅かにきょとんとしたが、すぐに嬉しそうに笑った。

「ケイの手作り?」
「そうだよー」
「何で持ってこなかったんだ?」
「私があげちゃうと、学校でもらえる私の取り分が減っちゃう気がして」
「少なくともケイのではないけどな」
「でもそんな感じでしょ」
「確かに」

くつくつとゼロスは笑う。その悪い顔が、私は好きだ。

「で、今年は何を作ってくれたのかな?」
「くるみのブラウニー焼いた。甘さ控えめで超おいしいよ」
「それは期待大だな〜ついでに泊まってっていい?」
「どんなついでよ」

とにかく今日は一緒にいたいらしい。そんな彼が可愛くて、私も笑った。綺麗な顔を見上げてその頬に触れれば、ゼロスはスッと目を細めて、全て理解したように顔を近づけた。

窓の外には、夕焼けが見える。そんな夕焼けに見守られなが、もう幾度となく交わしたキスを今日も交わす。噛み付くように何度も唇を合わせてから顔を離すと、ゼロスはニヤリと意味深に笑った。

「なあ、ブラウニー取りに行ったら、やっぱ俺んちな」
「どうして?」
「明日サボリたいから」
「悪いヤツ」
「ケイもその気だろ」
「まあね」

二人で顔を見合わせてくすくすと笑い合う。今夜はきっと眠れないことを確信しながら、私たちは学校を出て、夕焼けの沈む街へと帰るのだった。

ブラウニー
(歪んだ愛でも、確かなもの)

2016.02.16

prevnext
back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -