◎ COUNT ON ME(レノ)
「ま、どーでもいいけどね」
「ほんと適当だな、と…」
仕事終わり、私とレノは街の片隅にある小さなバーに来ていた。
今日は雨が降っていた。チカチカのネオンの瞬く夜の街を少しだけ離れれば、そこにはネオンに飲み込まれずにひっそりと佇む、私とレノ行きつけの隠れ家的なバーがある。二人で飲むときは、いつも必ず、ここで飲むのだ。
相変わらずマティーニがよく似合うレノの横で、お酒に弱い私はカシスミルクをちびちびと飲んでいた。カシスの香りと甘いミルクが溶け合って、薄い紫をした液体は、まったりと私の中へ流れ込む。仕事で疲れた後でも、私を口の中からゆっくりと染み渡るように癒してくれるから、私はカシスミルクが大好きだ。
「だってレノの女遊びは今に始まったことじゃないし」
「そりゃまあそうだな、と」
「だから別にあんたが誰と結婚しようと、誰と浮気しようと、誰と離婚しようと、私には関係ないっちゃ関係ないし」
レノには恋人がいる。私も紹介してもらったので知ってるんだけど、とても愛くるしい笑顔の、素敵な可愛らしい子だった。以来、レノの唯一の「女友達」として紹介された私とも、彼女は仲良くしている。関われば関わるほど、本当にいい子だというのが分かってくるし、レノが本気になるのも仕方ないと思う。
そんな彼女とレノ、どうやら近々結婚する予定らしいけれど、レノの女癖が悪すぎて、つい先日も恋人じゃない女の子と同じベッドで眠ってしまったらしい。(お酒が入っていて、その勢いで女の家に上がりこんでしまったらしい。何事もなかったみたいだけど、どーだか。)それが彼女にバレてしまって、もしかしたら婚約破綻になるかもしれないということで、困ってるんだそうだ。
レノは、女を愛さない。そのレノが初めて本気になった女性が今の恋人なので、レノは何が何でも結婚したいという。けれど昔から散々遊んできて培ってきた、レノの女癖。その悪さったら一級品で、きっと社内の女の子の半数とは関係を持ってるんじゃないかと噂されている。
「まあ自業自得よね」
「だよなぁ…」
「あんたみたいなカスに、あんないい子勿体ないって。相手を想うなら別れてあげればいいじゃない」
「…酷い言われようだな、と…」
「ただあんないい子を手放すのは勿体ない、とも思うけどね。まあ結果的にはどーでもいいかな、やっぱり」
「…そんなに冷めてるから男も出来ないんだぞ、と」
「別にいらないわよ。私レノみたいに異性に依存しないし、結構一人で生きていけちゃうタイプだし」
「…俺、絶対にお前とだけは寝れない」
「私は端からレノに興味ないから大丈夫」
カシスミルクを少し飲む。
「とにかく、それは自力でなんとかしなさいよ、あんたの問題でしょ」
「…そうだな、と」
「で、結局あんたはどうしたいの」
「結婚したい。離れるつもりもない」
「じゃあ二度と他の女とこういうことにならないようにすること、いいわね」
「…ハイ」
「あの子昨日泣きながら私に電話してきたんだから」
「………マジで?」
「こんなくだらない嘘つけないわよ」
私がそういうと、レノは彼女を泣かせてしまったことに対してすっかり落ち込んでしまった。これじゃ折角のカシスミルクもまずくなる。
「今回は上手く言っといたから、次はこんなことないようにしてね。次はフォロー入れてあげないから。そしてあんたをぶっ飛ばすから」
「…ハイ」
ここまで言えばさすがにレノも懲りるだろう。私は最後にとっておきの一言をレノに伝えた。
「……そうそう、今日、私あの子にメールしたのよねー」
「!?お前、何か余計なこと言ったのか!!?」
さっきまで死んだ魚みたいな目してたのに、彼女の話題が出るとこれだ。
「…知りたい?」
「余計なこと言ってたら本気でしばくぞ、と」
別にやましいことなんて何もないから、やましいことを伝えることすらないというのに。まったく、この男はどこまでもバカである。きっと今回の件で、少し「女」というものとの関係に対してピリピリしてるんだろう。今後もずっとこれくらいピリピリしてればいい。
「…今夜はレノと飲みに行ってきます。なるべく早く帰らせます、こんなときなのにごめんね」
「…で?」
「昨日も電話で言ったけど、レノ、相当思いつめてたから、もし、本当にもしも許せるのなら、今回は多めに見てあげてほしい」
「…」
「次回こんなことがあったらすぐに別れちゃっていいと思うし、私からも二度とこんなことがないように釘を刺しときます。レノは本気であなたのことを愛してる、これだけは分かってあげてほしい。二人の友人として、伝えておきます」
「……それで、終わりか?」
「…長くなったけど最後にひとつだけ。今夜10時、もしもレノを許してあげられるなら、いつものバーにいるので、傘を持って迎えに来てあげて。あいつ、傘忘れたみたいなの」
「え…」
「以上。…さ、もう少しで10時になるわね」
「っ、」
私がそう言った途端に、レノは慌てて席を立ち、バーの扉を開けた。そこには大きな傘を一本さして、驚いたように佇むあの子の姿。
なんやかんやでラブラブじゃないの、思わず苦笑いでため息を零す私。
カシスミルクを飲み進めて、飲み干す。私は荷物を持って席を立つと、レノの元へ向かった。レノの頭を軽く小突いてやる。
「ほんと、感謝しなさいよレノ。わざわざこんな時間に傘持ってきてくれたんだから」
「…ケイ」
「なによ」
「俺、絶対大事にするぞ、と」
小柄な彼女を引き寄せて、見せ付けるかのように抱きしめると、レノは嬉しそうに、泣きそうな顔で笑った。バカねぇ、私は思わず笑ってしまった。そんな顔で笑えるんなら、きっともう大丈夫。
「次はないからね」
「分かってる」
「今日の支払いよろしく」
「今日だけだぞ、と」
「はいはい。じゃ、私帰るから。ちゃんと仲良く帰るのよ」
傘を差して、雨の音を聞きながら、振り返ることなく、私は歩き出した。
そして雨の中、誰にも知られず、痛む心に震えながら、私は泣いた。
どうか私があなたを忘れられるくらい、幸せになって。
COUNT ON ME(カウント・オン・ミー)2011.11.18 修正
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