07
テセアラ全土にケイの捜索願が出されて、すでに一週間が経過していた。相変わらずケイの姿はどこにも確認されていない。
あの光の先が、もしもテセアラでない場所だったとしたら―――
俺はもう一度、あの場所へ行く必要があるんだと思う。俺からすり抜けていったものの存在は、あまりにも大きすぎる。
そんな塞ぎこんだ一週間が過ぎたある日、女遊びすらする気になれない俺の元に、見慣れた女がやってきた。
「しいなの方からから俺さまのとこに来ちゃうなんて珍しいじゃねーの。なになに?いよいよ俺さまに惚れちゃった?」
見慣れない服を着て髪を一つに束ねる巨乳の女。俺の昔なじみで、ケイの親友だと豪語するこいつは、あの秘密主義なミズホの民の、藤林しいな。軽い口調でしいなに話しかければ、しいなは呆れたようにため息を吐いた。
「そんなわけないだろ、あたしはアンタみたいなアホ神子お呼びじゃないんでね」
「あら、ざーんねん。…で、用件は?」
それとなく真面目に聞いてやれば、しいなも真面目な顔で答えた。
「ケイのことサ。ミズホが全勢力を持ってしても居場所が分からないんだよ…」
苦虫を噛み潰したような顔でしいなは言った。ま、そうだろうな。俺は心の中で返事をする。
「それと、ケイの捜索は引き続き行うけど、あたしはしばらくこの案件からは外れるよ」
「へぇ、お前がケイのことから外れるなんて珍しいな」
「仕方ないだろ!シルヴァラントで世界再生が行われちまうから…あっちの神子の暗殺の任を請け負ったんだよ」
しいなが請け負ったのは、テセアラを守るための任。一人の人間を探すのと世界を守るためとではわけが違う。しいなの意思はケイを探すことだろう。しかし、テセアラ中の意思をかき集めたら、当然一人の人間よりも世界の平和である。
「でも、この暗殺の任が終わったらすぐにケイの捜索に戻るつもりサ」
「そうか」
ぼんやりと、きっと俺は上の空で返事をしていたんだと思う。珍しくしいなが心配そうな声を出した。
「アンタ…大丈夫かい?」
「なーにがよ」
「ケイがいなくなっちまってから、どうも元気ないみたいだし……」
「おっ、しいなのくせに俺さまの心配してくれちゃうわけ〜?」
「なっ!ふ、ふざけんじゃないよ!あたしは本気で心配して…!」
「わーってるって、気持ちはありがたーく受け取っとく」
珍しく本気で心配しているらしいので、からかうのもこの辺にしといてやることにする。
「……なぁ、しいな」
「…なんだい」
からかったせいか、どうも不機嫌らしい。
「あっちにケイがいると思うか?」
「あっちって…」
「シルヴァラント」
しいながつりあがったその目を丸くした。まさか、自分がこんな空想にすがりつくような人間だったなんて、俺自身思ってもいなかった。
「テセアラ中こんだけ探しても、ミズホが全勢力上げても見つからねぇんだ。シルヴァラントにいるとしたら、どーよ?」
「でも、そんなことって…」
「実際お前はあっちに行くんだろ?じゃあケイがあっちの世界にいる、っていう可能性もゼロじゃないはずだ」
しいなは俯き、顎に手を添えて考え始めた。正直、自分でもこの可能性は限りなくゼロに近いことは分かっている。けれど、もうこの可能性にかける以外にないのだ。
すっと顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見つめて、しいなは一度だけ頷いた。
「―――シルヴァラントの神子暗殺の件のついでになっちまうけど、引き続きケイの捜索を続けるよ。シルヴァラントで」
「悪いな、頼んだぜ」
「アンタに頼まれてやるんじゃない、あたしがそうしたいからするんだ」
しいなは曇りのない目でそう言うと、もう行くよ、と言って部屋を出ようとする。扉に手をかけ、部屋を出る前に一度だけ振り向いて、しいなは言った。
「でも、もしもシルヴァラントでケイを見つけても、アンタに教えるかどうかは分からないからね」
少し冷めたようにそれだけ告げて、しいなは部屋を後にした。
…間違いなくしいなは俺の心配をしている。珍しく、本気で。けれど、俺のせいでケイがいなくなったことに対しては怒っている。もちろん、本気で。
親友だと豪語するケイが、俺の元に指輪と鍵とメッセージだけ残して消えたんだ、そう思われるのも当然だと思う。
仮に、シルヴァラントという異界の地でケイが幸せに暮らしているのなら、俺を忘れて笑っているのなら。それならば俺はケイに会わないのが一番いい。言葉足らずな言い方で、しいなは俺にそう告げている。しいなとの妙な付き合いも、これでいて随分長いのだ、それくらいはちゃんと理解出来ている。
ケイが新しい男と出会って、ちゃんと愛し愛されているのであれば、俺がそこに踏み込んでいいわけがない。そうさせてしまったのは俺で、この結果に導いてしまったのもまた俺だから。
しかし、一番後悔して一番悲しんでいるのは、間違いなく俺だ。あの時確かに掴めたはずなのに、掴めなかったケイの腕。もっと愛してやれたはずなのに、愛さなかった俺の意地。全部が全部、形のない罪になって俺に降り積もる。
「…ケイ」
いつもなら返ってくるはずの返事が、今はもう、ない。今なら名前を呼んでやっただけで、それだけでケイは幸せを噛み締めて笑ってくれるはずなのに。
非力な己のてのひらを見つめる。もう一度、ケイを抱きしめることが出来るなら、
「次は絶対に離さねぇからな」
誰に聞かせるでもない呟きは、風に乗って空に溶けた。
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