06


「……い……」
「ん…」
「い……おい!しっかりしろ!」
「……こ、こは?」

ここは、どこ?

「どうしてこんなところに人が…急いでドア総督を呼べ!」

わ、たしは、

「君!大丈夫か!?」
「私は……」

私を抱き上げる人の腕を掴んで、言った。

「私は、誰?」









「ケイ、そこの資料を取ってくれるか?」
「はい」

私はパルマコスタという街に流れ着いた。どうして海で漂流していたのか、どうしてそうなってしまったのか、私にはさっぱり分からない。

どうやら私は、記憶を失くしてしまったらしい。

かろうじて名前を思い出すことは出来たけど、後のことはさっぱりだ。自分のことも、生まれも、育ちも。

そんな身元の分からない私を助けてくれ、その上側に置いて働く場所までくれたのは、パルマコスタでドア総督府の副官を務めるニールさん。爽やかで女性に人気があり、それでいて着飾っていない、仕事も出来る、優しい人。私はそんなニールさんの側で雑務をし、ドア総督のお家の部屋を一部屋借りて暮らしている。

そんな生活を始めて、もう一週間が経過した。

「ニールさん、もうお昼ですよ。そろそろご飯でも召し上がって下さい」
「そうだな、そうするよ」

私は用意していた手作りのサンドイッチを準備し、淹れたてのコーヒーと共にテーブルの上に置いた。
ニールさんはサンドイッチを一口ほうばると、微笑みながら誉めてくれた。

「相変わらずケイの料理はおいしいな」
「たかがサンドイッチくらいで大げさですよ」
「こんなにおいしいサンドイッチを提供してくれたのはケイが初めてだよ」
「もう、ほんとに大げさですって」

笑いながらそう答えると、ニールさんがサンドイッチを食べる傍らで片付いた資料をまとめていく。

「お昼なんだし、ケイも休んだらどうだ?」
「この資料が片付いたら頂きます。私のことは構わずに、ゆっくり食べて下さい」
「まったく。無理だけはしないでくれよ」
「大丈夫ですよ」

どうやら私は仕事の手際がいいらしく、ニールさんの役に立てているようだった。ニールさんには、記憶を失くしてしまう前は誰かの手伝いをする仕事でもしていたんじゃないか?と言われたほどだ。それでも何も思い出せなかったけど。

「しかし、ケイの恋人は幸せだっただろうな。料理上手でこんなに気の利く女性はなかなかいないぞ」
「? 恋人?」

突然のニールさんの言葉に、私は驚いて聞き返す。するとニールさんは私の左手をそっと指差した。私は何事かと思って、自分の左手を見た。

「あ…」

今まで気付きもしなかったけれど、左手の薬指に、指輪焼けの跡があった。紛れもなく、ここに指輪がされていたという証拠。

「全然気付いていませんでした…」
「ははは、ずっと手元を見る仕事をしているのにね」
「ニールさんはいつから気付いていたんですか?」
「君を助けたときから」

悪戯っぽく笑いながら、そう言ったニールさん。しかし、その表情はすぐに曇っていってしまった。

「…指輪がないのが、本当に残念だけどね」
「そう…ですね」

私はしばらく自分の薬指を見つめていた。何か、何か大事なことを忘れてしまっているような気がして。忘れちゃいけないことを、忘れてしまっているような気がして。

「…すまない、暗くなるようなことを言ってしまった」
「いえ、お気になさらないでください。いつかきっと、全部思い出せる日がくると思いますし、思い出すきっかけになるのなら何でも知っておきたいので」

笑ってそう返せば、ニールさんは複雑そうに笑った。

「もしケイが全部思い出してしまったら、ここから居なくなってしまうんだろうね」
「そうだと思います…いつまでもこんな風にお世話になっているわけにもいきませんから」
「…思い出さないままでいてくれればいいと思うのは、私のエゴかな?」
「え…?」
「いや、なんでもないよ。ごちそうさま、明日もおいしいご飯、頼むよ」
「あ、はい……」

ニールさんの机に置かれた食器を下げて、私はそれを持ってキッチンに向かう。仕事場に設置された小さな簡易キッチンだが、簡単な料理を作ったりコーヒーを淹れたりするくらいなら十分な大きさだ。そこで洗い物をしながら、さっきのニールさんの言葉を思い出す。


――思い出さないままでいてくれればいいと思うのは、私のエゴかな?


それは、思い出してしまったらもうここには居られなくなるから?私という便利な雑用がいなくなるから?それとも―――

私は自分の左手をもう一度見つめる。確かに存在する、指輪焼けの跡。ここにはちゃんと、指輪がはまっていた。

一体、誰との?

考えていると、頭の中にリイィィィィンと音が鳴り響き、突然鈍い痛みが走る。突然の痛みに思わずしゃがみこんで、頭を押さえ込む。目もろくに開けられない。思い出さなきゃいけない、だけど、思い出したくない、そんな不思議な感覚に陥る。



―――ケイ



懐かしい声が、私を呼んだ気がした。思わず目を開くと、視界を赤色が支配して、そして私は意識を失った。

 

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