25


目が覚めたのは、朝を迎えるよりも前だった。揺れるカーテンの隙間から見える世界は、まだ夜が支配している。

見慣れているのに馴染みのない部屋の中、昨日身に纏っていた服は床に散乱したままだ。ひとりぶんのベッドの中はいつもより狭い。

まだ開ききらないぼんやりとした瞳で目の前の景色を眺めれば、俺の腕の中ですやすやと小さな寝息をたてながら眠るケイの姿があった。白い肌を露にして、無防備なまま深い深い夢の中にいるらしい。

細くて滑らかなその素肌を抱きしめれば、確かな温もりと鼓動、それから優しい匂いに包まれる。そうしてようやく、頭は全てを受け入れた。


あぁ、夢じゃない。夢なんかじゃなかった。


何度も何度も、触れて、抱いて、キスをして、昨夜ここにある全てを手に入れたのに、それも夢だったんじゃないかと心のどこかで思っていた。本当に夢みたいだったから。

だけど、目の前に確かにケイはいる。その事実を噛み締めて、嬉しいやら切ないやら、いろんな気持ちが込み上げて、なんだか泣きそうだ。

夢なんかじゃなかった。俺の腕の中で、何度もケイは俺を呼んで、求めて、欲しがるように声を上げた。眠りにおちるその瞬間まで、飽きるくらい二人で愛を囁いた。溶けてしまいそうなくらいの熱にうかされたあの夜、あの時間は、嘘なんかじゃない。


ずっとケイが欲しかった。だけど、求めるつもりはなかった。
ロイドたちとレネゲードとクルシスを天秤にかけたとき、真っ先にその秤が落ちたのはクルシスだ。そうすれば俺は神子から解放されて、セレスは修道院から出られる。それですべて上手くいくと思っていた。だから初めからそうするつもりだったのに。

ふと、ケイの姿が脳裏に浮かんで、どうすればいいのか分からなくなった。

俺はいつだって強いものの味方だ。ロイドたちの夢物語はいつも綺麗すぎて、時々バカにもしたくなる。それでも真っ直ぐにすべてを救おうとするひたむきさに、いつのまにか焦がれてしまった。俺が持っていなかった輝きで周りを巻き込んで、そうして強くなっていくあいつらを信じてみたくなってしまった。

ロイドたちなら、セレスも、ケイも、救ってくれるかもしれない。だけどクルシスは、俺を神子という地位から解放してくれるのだと言った。その狭間に落とされて、本当に俺が求めるべき選択を見失ってしまったんだと思う。

そのまま答えなあなあにしてきた。なあなあにしてきたから、その選択肢が明日に迫っていても、答えを出し切れなかった。

朝を迎えれば、フラノールから救いの塔に向けて出立する。それまでに選ばなければいけない。
悩んで悩んで、気持ちはクルシスを選ぶことに少し傾いていた。だけどその前に、ケイに会っておきたかった。ケイの顔を見れば何か変わるかもしれないと思ったから。

だけど結局、顔を見て思ったことは、俺はケイを手放せないというシンプルな答えだ。


『そこがどんなに寂しい場所でも、ゼロスが側にいてくれるならそれでいいの。私、思ってたよりも欲張りだったから。だから、一緒に行くわ。お願いだから、そんなに寂しい顔をしないで』


澄み切った綺麗な涙を流しながら、真っ直ぐに俺を見て放たれたケイの言葉を思い出す。思い出すだけで、ひどく心が満たされた。すがられたことも、求められたことも、例えどんな場所にだって一緒に行くと言ってくれたことも、全部が温もりに満ちていたもんだから、俺の気持ちはあっさりと掴まれてしまった。

掴み取られた感情はどこへもやれない。誰に渡してやるつもりもない。だから俺は、ケイの側にいられる道を選ぶことにする。それがどんなに勝率の低い賭けだったとしても。


まだ眠るケイの額にキスをする。相変わらず俺の隣りで眠る日は、深海の底よりも深く眠り続けるらしい。目を覚ます気配もないので、ここぞとばかりにその白い肌に噛み付いた。

「んぅ…」

軽く身悶えて寝返りをうつが、それすら可愛いだけなのだから困ったものだ。こんな可愛い存在を、危うく他の男に獲られるところだったのだと思うと、今でもぞっとする。


ケイのすべてを手に入れてしまうのが怖かったことを思い出す。神子である俺の側にいたって幸せになんてしてやれない。実際に、俺のガキみたいな意地でずっと苦しませてきたし、悲しませてきた。手に入れたら俺がどこにもいけなくなりそうで、それも怖かった。結局俺は俺から逃げてたんだ、ケイから目を背けて、弱い自分だけを守って生きてきた。

だけどもう、それも終わりだ。


『何があっても責任は取る』


そう誓って抱いたんだ、今さら怖がることも逃げもしない。守るべき存在があって、そこから強くなれることを始めて知った。それに俺のものだとあれほど刻み付けてやったのだから、俺が居なくてケイが悲しまないように、意地でも生きてここに帰ってきてやる。

「ケイ」

寝起きの掠れた声で愛しいその名を呼べば、ケイは薄っすら目を開けて、すぐに閉じたかと思えば嬉しそうに微笑んだ。起きる気配はないので無意識だろう。

「…何その可愛いやつ、どこでそんな技覚えてくるわけ?」

思わず素直な感想が口から飛び出た。ケイはそれでも起きる気配はない。
仕方ないので、俺はケイを抱きしめてもう一度眠ることにした。朝はまだ遠い。ほんの少しでも長く、側にあるこの温もりに包まれて眠っていようと思う。


ケイにキスをして目を閉じた。夜明けが近付いて、空が朝を知らせるそのときまで、夢のような幸せな時間の中を泳ぐのだ。自由な魚のように。

 

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