26


朝、太陽が昇る少し前に目が覚めた。
ゆっくりと目を開けば、アイスブルーの瞳が真っ直ぐに私を見つめている。それがゼロスだとすぐに理解した。視線がぶつかれば、きっと私しか知らない、優しい微笑みをくれる。

「おはようハニー」
「…おはようゼロス」

同じベッドで迎える朝は初めてではないのに、こんなにも気恥ずかしくて甘酸っぱい気持ちになるのは、私たちにとって初めての夜を越えたからだろう。

カーテンの隙間から薄い明かりが差し込んで、朝の気配を伝えている。柔らかな光に照らされたゼロスの顔は、いつもよりずっと大人びていて、それでいて綺麗だと思った。朝焼けのような、太陽のような、真っ赤で滑らかな髪に指を滑らせると、ゼロスも同じように私の髪に指を絡ませる。指先から伝わる愛情にじんとしてたまらなくなった。

こんな甘い朝を迎える喜びは、なんと言葉にすれば伝わるのだろう。
寝起きの頭では上手く言葉が出てこなかったし、言葉にするのも違うような気がしたから、ゼロスの背中に腕を回して彼の感覚を確かめた。私を抱きとめながら、ゼロスは額にキスをする。

「寝顔も可愛かったけど、起きぬけまで可愛いのはケイちゃんくらいだぜ?」
「ゼロスは朝から綺麗でずるいわ」
「俺さまが欲しくてないてた昨日のケイのほうが綺麗だったけどな〜」
「…恥ずかしいから言わないで」

ゼロスばかり余裕で、なんだか悔しい。くつくつと喉の奥で笑いながら私を見つめる彼を見上げれば、その顔にはもう寂しさは浮かんでいない。澄み切った朝の空気によく似合う、晴れやかな顔をしていた。

「…良かった」
「ん?」
「ゼロスの表情が明るくなって」

抱きしめられた腕の中、私がそう呟くと、ゼロスは少しだけ驚いたように目を丸くしてから、なんだか嬉しそうに笑った。

「そりゃケイのあんな姿やこんな姿まで見れたしな」
「思い出さないで」
「忘れろって方が無茶だぜ」

そんなおちゃらけたことばかり言うくせに、私を抱きとめる腕も、囁く声も、あますことなく優しさが伝わってしまうから、怒ろうにも怒れない。少し不貞腐れたように私が唇を尖らせると、ゼロスは待ってましたといわんばかりに噛み付くようなキスをした。甘えたくてしてるんだろうと分かってしまったから、私は素直にその行為を受け入れる。

「…まあでも、ケイのおかげだな」

しばらくそうした後に、ゼロスがぽつんと呟いた。突拍子もなく吐き出された言葉に覚えがなくて、私は首をかしげることしか出来ない。

「なにが?」
「俺の表情が明るく見えたんなら、それはケイのおかげだってこと」
「私、なにもしてないわ」
「してくれたよ、もう十分すぎるほど」

額を合わせて、穏やかな顔をしてゼロスはそう言った。
私はただ、あの夜のゼロスの言葉に不安になって、離れて欲しくなくてすがっただけだ。そうしてゼロスはここに確かにいることを私に教えてくれただけ。表情を明るくしてくれたとゼロスは言うけれど、それは私だって同じ。

だから私が彼にしてあげられたことが何なのかはよく分からないけれど、ゼロスが幸せそうな顔で側にいてくれるなら、それでいいと思う。

「…起きたくねえな〜」

盛大な溜め息と共にマヌケな声でそう言うと、ゼロスはすっぽりと私を包み込んだ。素肌が触れ合って不覚にもどきどきしてしまう。

「だけど旅の途中だもの、行かなきゃみんなに迷惑かけるわよ」
「でも俺さまはこのままケイとゴロゴロしときたい」
「ふふふっ、子供みたい」
「ケイちゃんは俺が離れてもいいっていうのかよ」
「離れても、帰ってきてくれるんでしょう?」

そう言って目の前でぐずる大きな子供の顔を覗き込めば、ゼロスはやっぱり、嬉しそうに笑った。

「そりゃケイちゃんの胸の中が俺さまの実家だからな」
「そうね、だから帰ってきてくれたときは、うんと甘やかしてあげる」
「言ったな?」

言いながら、ゼロスは私の背中を緩やかになでた。昨夜のことが思い出されて思わず腰が跳ねる。絶対に今、顔は真っ赤だ。

「じゃ、次に帰って来たときも、昨日みたいにいっぱい甘やかしてもらうことにするわ」
「…エッチ」
「夢中にさせるケイが悪い」

私が照れてしまうような甘い言葉の数々がゼロスの口から零れていくから、なんだか変な汗をかいてしまいそうになる。恥ずかしくてゼロスの顔も見れずにいる私を見て、おかしそうにゼロスは笑った。


そんな他愛もないことを繰り返した後、ようやくゼロスは起き上がった。何も纏っていない彫刻のような綺麗な体は、危険な旅の途中でいくつもの傷を負っている。きっとたくさんのものを傷付けながら、たくさんのものを守っているのだろう。そして、守られたも多くのものの中に確かに私がいる。その事実が愛おしくて誇らしい。

服を着て、準備をすると言ってゼロスは立ち上がった。その背中に声をかける。

「お見送りする」
「体だるいだろ、ゆっくり寝とけ」
「でも」
「ダーメ。そんなもん見せたら、いよいよしいなに刺されそうだ」

ゼロスの言っている意味が分からなくて面食らっていると、ゼロスはニヤニヤとしながら首の辺りを指差した。何事かと思ってベッドサイドから鏡を取り出して差されたところを見れば、赤い痕が咲いている。

ちょうど髪の毛で隠せそうにもない、ギリギリ隠し切れない絶妙な位置に、それはくっきりと刻まれていた。いつの間につけられたのかはさっぱり覚えがない。すっかり硬直したままゼロスを見れば、イタズラが成功した子供みたいに無邪気に笑っている。

「こ、こんな分かりやすいところにつけなくても…!」
「へえ?付けるのはダメじゃないんだな?」

言い返されて、言い返せなくて、押し黙ってしまう。睨み付けるので精一杯だ。そんな私に近付いてゼロスは言った。

「虫除けだよ。俺さまがいない間に、ニールみたいなやつに狙われるかもしれねえだろ?」
「そんな人いないもの」
「頼むからもっと自分の可愛さに自覚もってもらいたいもんだ」

肩をすくめてはそう言うと、ゼロスはベッドに腰掛けた。ギシリと音を立ててベッドが軋む。
さっきまでとは打って変わって真剣な顔をして、ゼロスは真っ直ぐに私を見た。

「なぁケイ、昨日言ったこと覚えてるか?」
「昨日のこと?」
「何があっても責任とるっていうの」

行為に及ぶ前、ゼロスにはっきりそう言われたことは記憶している。けれど思い出すのもはずかしいから、答えられずにただ頷いた。

「あの言葉、嘘じゃないぜ」
「ど、どういう意味…」
「これから先も、何があっても必ずケイのもとへ帰って来る。そして全部終わったら、言いたいことがある。全部終わるにはもう少しかかるけど、待っててくれるか?」

真っ直ぐに、迷いのない声でゼロスはそう言った。突然真面目になるものだから少し戸惑ってしまったけれど、言葉の節々から誠実さは伝わってくる。だから私は、ちゃんと笑って答えられた。

「うん、待ってる、ずっと」

確信なんてないし、もしゼロスの身になにかあれば彼は帰ってなどこれない。この約束は、ともすればあの5年間をつないだ指輪のように、私たちに鎖をかける魔法の呪文になるかもしれない。それでも今は、彼のことを信じたいと心から思える。だからきっと、大丈夫。

「私もリハビリ頑張っとくね」
「無理はするなよ」
「それはこっちのセリフよ」

約束を紡ぐように小指を繋いで、笑い合って、そして触れるだけのキスをした。

「行ってくる」
「いってらっしゃい」

するりと小指が離れて、最後に名残惜しそうに、ゼロスは私の髪に唇を落として部屋を出て行った。

私はカーテンを開けて窓を見る。まだ目覚めきらない町の中で、太陽がゆっくりと朝を告げていた。旅立ちの朝に良く似合う、気持ちのいい朝だ。


神様どうか、ゼロスが、みんなが、無事でありますように。


ここでただ祈ることしか私には出来ないけれど、こんなに美しい朝の向こう側になら、この祈りも届く気がした。

 

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