12
「…冗談じゃねーぞ!アホしいなが!」
「きゃぁぁぁぁ!」
それからしばらく、俺たちはテセアラで旅を続けた。コレットちゃんの意識が戻ったり、プレセアちゃんの過去が明らかになったり、相変わらず追い掛け回されたりと散々だったが、今回は一番散々だった。俺たちは異界の扉と呼ばれる場所で、追い詰められていた。
そう、ここはケイが消えた、あの場所だ。
まさかこんなタイミングでここへ来ることがあると思ってなかったので、なんとも複雑な心境である。しいなはくちなわに命を狙われ、自らもその命を差し出そうとしやがった。まったく、バカな考えである。
そしてしいながくちなわのもとへ歩みを進めたとき、以前見たときと同じような光が、遺跡の中心部に集まった。俺はしいなの腕を掴むと、その光を目指して駆け寄り、その光に飲み込まれた。この先がケイのいた場所に繋がっているなら、この窮地からも脱出できる上にケイのもとへだっていける。一石二鳥である。
そして光に流されるまま、俺たちは地面に落ちた。見慣れない場所に落ちたので、辺りを見渡す。リフィル先生が口を開いた。
「ここは…多分パルマコスタのはずれ…だわ」
「…パルマ、コスタ…?」
聞きなれないが、俺は確かにその名を耳にしている。忘れるはずもない、しいながケイはそこにいると言ったのだから。
「…マナの量は増えてるみたいだけど、間違いないよ」
ジーニアスが言う。俺たちは確かに、シルヴァラントへ来たらしい。その後パルマコスタに向かうことになった。ミトスをそこの総督府に預けることになったらしい。
総督府といえば、ケイが世話になっているという場所だ。好都合だ、俺はなんの異論もなく、パルマコスタへ向かうロイドの後に着いていった。
「神子さま!ロイドさん!」
総督府へ着くと、青い髪の爽やかな男が笑顔で迎えた。どうやらこいつが、死んだ総督府の後をついでいる、ニールという男らしい。俺は品定めをするかのように、上から下まで男を眺める。
ロイドたちがミトスをここへ置いておくように交渉すると、ニールはあっさりと了承した。その光景の端で、不安そうにしいなが俯いている。ケイのことを聞きたいんだろう。しかし状況が状況である、ゆっくりもしていられないからか、気を使っているのが分かる。
話が済んだらしいロイドたちの間をずんずんと割り進み、ニールという男の前に出る。ニールはぽかんと不思議そうに俺を見つめていて、ロイドたちもまた同じような顔をして俺を見ていた。しかし、そんなこと知ったことではない。
「なぁ、ここにケイって女がいるんだろ?」
俺がそう言うと、ニールという男がすぐに表情を変えた。睨むように俺を見る。その目は惚れた女を守るときの男の目だ、それがわからない俺じゃない。
「…あなたは?」
ロイドたちに向けていた顔とはまったく違う顔をしていた。総督府じゃない、ひとりの男の顔をしている。
「ケイの恋人」
はっきりと告げれば、ニールは驚いたように目を丸くした。信じられない、というかのようなその表情を、俺は鼻で笑う。ポケットを探れば、綺麗で褪せないシルバーリングがそこから顔を出す。そしてそれをニールの前に突きつけた。突然の思いも寄らない展開に、ニールは頭がついてきていないらしい。
「ケイに会わせろ」
そう言えば、ニールはたじろいだ。まさかここで恋人である俺の存在が浮上してくるとは思いもよらなかったんだろう。
「ゼロス!」
するとしいなが声を上げた。
「あんた、この状況で何言ってんだい!」
「何って、ケイに会わせろって言っただけだろ」
「あんたの気持ちも分かるけど、今はそれどころじゃ…!」
「この期を逃したら、次はいつになる?折角教皇の手から解放されたんだ。時間のあるうちに会っとくべきだろーが」
「でも!」
しいなと言い争っていると、そこへリフィル先生がわざとらしい咳払いをひとつ零す。
「ロイド、まだ時間があるのなら、今日はここでもう休みましょう。明日の朝一番でパルマコスタの人間牧場に向かうわよ」
「え、でも…」
「そうだね!そうしよう!そしたらボクも、今日はミトスと一緒にいられるもん!いいでしょ?ロイド!」
「…わかったよ。じゃあ、しいな、ゼロス、俺たち先に宿に行ってるから」
リフィル先生とジーニアスのお陰で、とりあえず明日動き出すまでという時間の猶予をもらえたらしい。ジーニアスはミトスを連れていったので、残されたのは俺としいなとニールだけだ。
「………ケイは、こちらです」
静かにニールが言った。気安く呼び捨てにしていることにも腹は立つが、今はそれどころではないのだ。
黙って大人しくニールの後を着いていく。しいなも俯いて俺の少し後ろを歩いている。
ある部屋の前でニールは立ち止まった。そして俺たちを振り返る。
「少しだけここでお待ちください。中でケイの世話をしているメイドを全員外へ出させますので」
それだけ告げて、ニールは部屋に入って行った。それから少しして、再び扉が開くと、中からニールと3人のメイドが出てきた。
「メイドはこの隣の部屋に待機させておきますので、何かありましたらすぐ彼女らに申し付けて下さい」
「あぁ」
「では、私は仕事に戻ります」
そう言って、ニールは俺の顔を見ることもなくそのまま仕事に戻って行った。その背中を見送ると、俺はしいなを見た。しいなも不安そうに俺を見つめている。
「…しいな、お前、先に会ってこいよ」
「…あんたは、どうするんだい」
「適当に見計らっとくさ」
「…わかった」
しいなは素直に頷くと、ケイの部屋へ入っていった。扉の影から、しいなの様子を伺う。扉の影が邪魔をして、ケイの姿は見えなかった。いくつもしいながケイに言葉を投げかけるが、ケイからの返事はない。どうやら本当に話せないでいるらしい。
しばらく待ってみたが、だんだんしいなの口数も減ってきた。やっぱり、俺は溜め息をつく。しいなにはこれ以上は無理だ、ここらが限界である。こういうところでしいなの心は弱く脆く、そして痛みやすくてやわなのだ。
俺は意を決して部屋の中に足を踏み入れた。気配に気付いて、しいなが振り返る。今にも泣き出しそうなその顔は、いつになく酷い。俺は思わず苦笑した。
そんなしいなの行動につられるように、ゆるゆると首をこちらに向ける、黒髪の女―――
その女と目が合った瞬間、女は大きく目を見開いた。懐かしい、ひどく懐かしい瞳が、俺を真っ直ぐに見つめている。俺は歩み寄って、ベッドの傍らに座るしいなの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「交代」
そういえば、しいなは素直に立ち上がって部屋を出た。バタン、と扉が閉まる音がする。綺麗な、整った顔をした黒髪の女の顔を、俺が見間違うはずがない。
「…ケイ」
名前を呼べば、彼女の瞳から一筋、ぽろりと涙が伝った。たまらなく、抱きしめたくなった。その衝動をぐっと押さえ込み、俺はしいなが座っていた椅子に腰掛ける。
女は―――ケイは、静かに俺を見つめていた。
「ケイ」
もう一度名前を呼んで、そっとケイの頬に触れる。少しびくっと肩を震わせたケイだが、拒む素振りは見せなかった。ケイが居なくなったあの日よりも、少し痩せてしまったように思う。
「…やっと、見つけた」
このとき、俺はきっととても穏やかな顔をしていたと思う。5年前のあの日、ふたりで笑いあったあの日と同じくらい、幸せそうに。涙をそっと拭いながら言えば、ケイは顔をくしゃりと歪めて俺に抱きついた。
俺のことを覚えているのか、忘れてしまっているのか、そんなことどうでもよくなってしまった。ケイの温もりが確かにここにあることに、俺は安堵したのだ。
細く、声もあげずに泣きじゃくるケイの体を、俺は両腕でしっかりと抱きとめる。もう離してしまわないように、もうケイが逃げ出してしまわないように。
柄にもなく泣きそうになったのを必死に堪えて、今腕の中にある温もりを確かめるように、もう少しだけ力を込めた。
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