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シルヴァラントの神子たちがテセアラに来たのは、もう3日も前のことになる。俺は監視役としてやつらと一緒に行動をすることになったが、そのせいで教皇にハメられて、現在指名手配中。つまり、世界中どこにいたって追われる身となってしまったわけだ。まったく、こいつらのお陰でろくな目にあっちゃいない。

俺たちは地下水道からメルトキオに進入し、現在俺の屋敷で各々過ごしていた。俺はしいなを部屋に呼びつける。急にいろんなことが起こりすぎて、一番肝心なことを何一つ聞けていない。

そう、ケイの安否だ。

シルヴァラント中を回って、むこうの神子たちとも一緒に行動を共にしたことだってあるしいなだ。もしもシルヴァラントにケイがいたなら絶対に見つけているはずだ。見つけられていなかったとしたら、もうケイはシルヴァラントにもテセアラにもどこにもいない。

「…で、どーだったのよ」

部屋の扉にもたれかかって俯くしいなに聞けば、しいなはそっと顔を上げた。テセアラに帰ってきてから、どうもふわふわとしていてあまり元気があるように見えないのが正直心配だった。ケイが見つからなかった可能性が高いように思う。

しいなの真っ直ぐな目が俺を見据える。俺が何を聞きたいのかくらい、分かっているらしい。

「……あぁ、いたよ、ケイはシルヴァラントにいた」
「っ、本当か!?」

ベッドに腰を下ろしていたが、思わず立ち上がる。本当に夢みたいな僅かな希望に縋っていただけだったのに、ケイはシルヴァラントで見つかった。堪らないほどに安堵し、それと同時に怒りが込み上げる。俺は思わずしいなに駆け寄り、彼女の肩を揺さぶった。

「じゃあケイはシルヴァラントのどこにいる!?なんで連れてこなかった!!」
「っちょっと落ち着きな!!」

ケイが絡むと冷静でなくなるらしいこの脳味噌に、しいなの声が反響する。なんとか呼吸を落ち着けて、俺はなるべく静かに続けた。

「……悪い、カッとなった」
「…」
「で、なんでケイはここにいない?……まさか、あいつ、」

俺のところに、帰りたくなんて、なかった?ケイはそれだけ強い決意を持って、俺に別れを告げたというのだろうか。もう二度と俺に会わないでおくために、新しい幸せを掴むために、シルヴァラントに残ったのだろうか。

考えたくもない悪い思考ばかりが働く。冷や汗が背中を伝って、思わず腕が、声が、震えた。そんな俺がいたたまれなくなったのか、しいなはいつになく落ち着いた声で、柔らかい物言いで、言い聞かせるように言った。

「違う、違うんだよゼロス、ケイはここへ帰ってくることを拒んだんじゃない」
「だったら!」
「あの子は、ケイは……今、記憶を失くしてしまった上に、喋れなくなってる」
「………え?」

ドクン、と心臓が大きく跳ねた。一体しいなは、何を言っているんだ。言葉の意味が、理解出来なかった。

記憶を、失くして、言葉すら、失くした?

「…シルヴァラントにあるパルマコスタという街にケイは流れ着いた。記憶はそのときに失くしちまったのサ。あの子は…あたしのことすら、覚えてなかった…」
「…」
「その後、記憶のないケイの面倒を見てくれてた、その街の偉い人が亡くなった。街を守っていたと思っていたその人が、そうじゃなかった。…裏切り者だった…」

しいなの声が、どんどんと小さくなっていく。上げていたはずの顔を伏せてしまって、しっかりと聞き取らなければ、簡単に言葉を取りこぼしてしまいそうなほどだった。

「…ケイはショックのせいで喋れなくなった。記憶がなくてただでさえ精神的に安定してなかったのに、恩人だと思ってた人が死んで、その人が悪い人だったんだって言われて…」
「…」
「今はもう、記憶をどうにかするどころじゃなかったんだよ……あんなにからっぽの表情を浮かべるあの子を見たの…初めてで……何も、言ってあげられなかった…」

悔やむような声を発するしいなは、今どんな気持ちなのだろうか。大切なケイが記憶を失くし、そして自分のことを忘れられ、更には声を上げることもなくなり、今ではからっぽ。ケイはきっと、過去と今の狭間の世界で精神という殻にこもってしまっているのだろう。

しいなが気を病む理由もよく分かる。けれど、ケイ自身はそれ以上に気を病んでいるのは間違いないのだ。

「……そうか」

俺は呟いて、しいなの肩に乗せていた手を下ろした。そのままの流れで、ひとりベッドに崩れ落ちる。

「…ゼロス?」

しいなが怪訝そうに俺の名前を呼んだ。俺はしいなに背中を向けたまま、まるで突き放すように答えた。

「寝る」
「は!?」
「俺さまは疲れたから、もう寝る」
「あ、あんたね!この大事な話をしてるときに!!」
「もう疲れたんだよ、ケイのこと探すのも、気にかけるのも」
「…なに、言ってるんだいゼロス」
「つまりケイは俺さまのことも忘れちまったってことだろ。だったらケイを探す意味なんてねぇなって思ったわけよ」
「な、にを、」
「しいな、もうケイを探すのも構うのもやめろ」

背中から伝わるしいなの視線が、今までにない程痛かった。

「っ、何バカなこと言ってんだい!!あんなに必死になってたくせに!!」
「じゃあお前、どんな気持ちだった?」
「どんなって…」
「ケイに忘れられて、どんな気持ちだった?」
「そ、れは…」

しいなの言葉が詰まる。ズルい逃げ方だというのも、最低な言い方だというのも重々承知の上で、俺はこういうやり方しか出来ないのだ。

「俺さまはケイを愛してた。だからこそケイに忘れられる気持ちなんて知りたくないわけよ〜」

背中にいるしいなに、なるべくおちゃらけたように言えば、しいなは黙り込んだ。しいなが今何を考えているのか、今後どうするのか、俺は知らないし、分からない。けれど、このままケイに構い続けていると、しいなまで塞ぎこんでしまうのは間違いないのだ。いつも気丈で気の強いと思われがちな彼女だが、ああ見えて脆く柔いのだから。

「だから、もうケイに関わるな」
「で、でも!」
「忘れられた上に話もろくに出来ない相手を思いながら、この旅の中で生き抜いていける自信でもあんのか?」

俺はここで、ようやくしいなの方を見る。珍しく、今にも泣き出しそうな顔をしている。

「邪念が多ければ多いほど、つらくなるのは自分なんだぜ?だったらさっさと旅を終わらせて、それでもケイが忘れられないんなら探せばいい」
「ゼロスは、」
「ん?」
「ゼロスは、ケイのことを、諦めるのかい?」
「どうだろうな。でも俺さまリスクの高い賭けは嫌いなんだよ」
「…あんなに想ってたくせに、忘れられるのかい?」
「これでもケイよりイイ女はいくらでも寄ってくるんだぜ、俺さま」
「…アンタ、最低だよゼロス」

しいなはそう言うと部屋を飛び出していってしまった。多分、こうなってしまったしいなはケイのことを意地になっても諦めないだろう。しかし少なくとも、もう少し気を張って旅をするようにはなるはずだ。あんなふわふわした顔で魔物と戦われたって、こっちがはらはらするだけだ。

「…最低、ね」

しいなの言葉を繰り返し、自分に言い聞かせる。確かに、自分は最低な言葉を言った。嘘ばかり平気で紡ぐこの声は、もう22年も俺だけのものなのだ。どうしようもないことくらい分かっている。ごろんと寝返りを打って、天井を見上げた。

「諦めるわけねぇだろ」

ひとり、呟いた。
こうでも言わなければ、しいなは俺と協力し合いながらケイの記憶を取り戻そうと必死にもがくだろう。しかし、しいなと共にケイの記憶を取り戻すなんて、実際は不可能だ。そうなった場合、簡単に傷付いたり落ち込んだりしてしまうしいなが側にいることは、完全にこっちの負担になる。

別々に行動してケイの記憶に何らかの影響を与え合うほうが、確実に早いことは間違いないのだ。しいなはそういう部分でまだ幼いので、そこまではきっと頭は回らないだろう。だからこうしてこちらからそういう風に仕向けなければいけない。

そして何より、ケイの記憶を取り戻させることは、俺だけにしか出来ない。

これは予想でもなんでもない、確信だ。しかしながら今はシルヴァラントへ向かうことも出来ないし、ケイ自身は言葉まで失くしているのだから、厄介なものである。俺は起き上がると、引き出しの一番上を開けた。そこから綺麗なままのシルバーリングを取り出して、それにそっとキスを落とす。

いつも彼女が寂しそうな顔で、そうしていたように。

「…知ってたんだけどな」

お前が俺を想って、毎晩薬指に唇を落としていたことも、キスの先を望んでいたことも。もっと自分だけを見て欲しいと願っていたことも、全部。

知ってたつもりで、結局俺は見過ごしてきたのだ。

「…待ってろよ、ケイ」

絶対に、思い出させてやる。
俺はシルバーリングをポケットにしまうと、窓から空を見上げた。

 

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