「クソッ!!クソックソックソッ!!!」

木戸は自宅で憤慨していた。湧き上がる怒りを堪えきれず、何度も何度も机を殴りつける。傍らには政府から届いた緊急招集の通達が破り捨てられていた。恐らく国に黙って大蛇実験を行っていた容疑がかけられているのだろう。木戸は震えるほど拳を強く握り締めて奥歯を噛む。

己の野望を叶える為の準備は、完璧なだったはずだった。
川路の死を利用して彼の妻に近付き、手に入れた莫大な資産を使い込んで作られた大蛇の研究所は、渓を連れ去ってから一日も経たないままあっけなく消し炭となった。多額の金を投資して買収した研究員も全員死亡、さらには決死の思いで接触して手に入れた風魔という駒まで失ってしまったのだ。実験の要でもある渓も居ない。

そして追い討ちを掛けるように、山縣や犲達との騙し合いの中でようやく手に入れた大蛇の実験資料も、今回新たに行って記録してきた実験資料も、行方が分からないまま今も返って来ない。例えまた大蛇の実験を始めるとしても、政府にも目を付けられているこの状況で全てを一からやり直すのは、どう考えても無謀である。しかしそれでも、木戸は大蛇の力を諦められなかった。

怒りでぐちゃぐちゃになりそうな頭を必死に働かせる。何よりまず優先すべきなのは、自身にかけられた大蛇実験の疑惑を払拭し、自由に動ける身になる事だ。そうでなければ大蛇の実験を再始動する準備すらもままならない。罪をなすりつけよう、木戸はそう考えた。

真っ先に候補にあがったのは川路の妻だった。川路が残した資産は根こそぎ奪い取ったので、もはやその妻は用済みだ。病室に出向いて行った面会記録も、金を貰ったルートも、証拠になりそうなものはきちんと揉み消している。金を持たず、思考もあやふやな状態の彼女を身代わりとして差し出すのは容易い事だ。

だが、犲が動いているとなると話は別だ。木戸に疑いをかけている彼らならば、川路の妻との繋がりも見抜いた上で、すでに川路の妻に接触をしている可能性がある。木戸の身動きが取れない今、彼らが先手を打っている事はまず間違いないだろう。川路の妻を変わりに差し出す行為は簡単ではあるが、リスクが高い上あまりに無謀だった。

ならば、他の誰かにこの罪を背負わせるしかない。そうして考え抜いて辿り着いた結論の先に居たのは、紫眼と白髪の一族だった。


四十一、温もりの中で溶ける


屋敷に到着した白子と猪は、渓が横になっている部屋に足を踏み入れた。音を立てて襖を開けると、上体を起き上がらせている渓と、渓の隣に座る若い眼鏡の研究員が居る。研究員の方は渓の脈拍をみていたようだが、白子と猪の顔を見た途端、分かりやすく肩を震わせて怯えたように俯いた。青い顔をしている。渓は二人の姿を確認して、少し疲れた顔で、それでも優しく微笑んだ。

「おかえりなさい」

その渓の顔を見て、白子は僅かに眉を顰める。吸い込まれそうな深い漆黒の瞳は、恐ろしいほど燦然と輝く美しい金色の瞳に変わっていた。蛇のような鋭い瞳孔は、柔らかな渓の表情にはまるで似合わない。

「ただいま渓」

白子は内心動揺していたが、そんな素振りは一つも見せる事無く渓の隣に腰を下ろした。柔らかい表情で微笑んで、渓の真っ白な頬に触れる。顔色は良くないが、体温は少し高いように感じた。

大丈夫、まだ大丈夫だ。

白子は自分の心にそう言い聞かせる。一年前、渓が一度自我を失ったあの日、渓は人としての体温さえ失ってしまって姫となった。だが今はまだ、渓は人としての体温を保っている。だからまだ大丈夫だ。そう思いながら、白子は指先で渓の頬を一度撫でた。

それでも目の前に突きつけられている現実に、どうしても喉の奥から不安が湧き上がる。

姫が渓に体を返した後、渓の瞳は蛇の目の力を使うときのみ変化していたはずだ。だからこそ大蛇が消える前、渓を傍に置いていたとき、敗戦した場合の事を考慮して、常に誰かの視界を監視させる事で此処に居るのは渓ではなく"姫"であるように見せていた。体を奪われた渓は無実であるという証明が出来るように。あの日、白子はそうすることで渓を庇ったのだから、忘れるはずもない。

「おい眼鏡、渓様の様子はどうだ」
「だっ、だからっ、僕は眼鏡ではなく、山田勇太郎という名前があって…!」
「黙れよ眼鏡、口を挟むな、殺されたいのか?」
「ヒィ!!」

低く冷徹な声で凄む様に猪が言えば、勇太郎の肩は大きく跳ねた。泣きそうな顔で仰け反っている。そんな猪に向かって、渓はムッとした表情を向けた。

「もう猪さん、怖い事云わないで。ごめんなさい、勇太郎さん、こんな事云ってるけど、根は優しい人だから」
「あ、貴女は優しいって云いますけど、この人達は研究所で…」
「眼鏡?」
「ヒィ!!」

すっかり猪に対して怯えきっている勇太郎を見て、渓はやれやれと肩を落とした。猪はそれも分かった上でわざと勇太郎の横に腰を下ろす。もはや恐怖のあまり、眼鏡の奥はじんわりと涙が滲んでいた。

「で、渓様の容態は?」
「ねねっ、熱は少し高いようですが、脈拍も安定してますし、今のところ体に異常はないようです…」
「そんな誰でも分かるような事じゃなくて、もう少し他の事は云えないのか?」
「そ、そう云われましてもっ、此処で出来る事じゃ限界があるんですっ!」
「…目の力はどうなってる?」

そう尋ねたのは白子だ。怯えきった勇太郎の変わりに渓が答える。

「使おうと思えば使えると思うよ」
「負担はないのか」
「分からない。今は力を閉じてるから」
「つまり"蛇の目"の力は自由に扱えると」
「うん、怖くて試してはないけど」
「その方がいい。何かあってからでは遅いから、絶対に使わないでくれ」

白子は優しい声でそう言いながら、慈しむように渓の髪を梳く。勇太郎は白子のその姿を見て、研究所で見た鬼神のような人だとは思えないな、というなんとも場違いな感想を抱いた。渓に触れる指先や声から、よっぽど渓を想っているのだろうという事だけは理解する。そんな勇太郎に猪は声をかけた。

「で、他には?」
「ほっ、他にはと云われても、それ以上の事は何もありません…」
「はあ?何の為に大蛇の実験資料渡してやったと思ってるんだ?」
「そそそっ、そう云われたって、分からないものは分かりませんっ!そ、それに何度も云いますがっ、僕は研究員の中でも下っ端で、穴埋めのように入れられただけなので資料整理しかしてこなかったですし、渓さんが居た実験室には一度も足を踏み入れた事がないんですよっ!」

吐き出された言葉はもはややけくそだった。
そう、勇太郎は若く、大蛇の研究員に選ばれたのも偶然だったのだ。予定していた一人が病気になり、研究員の枠に穴が開いたので、とにかく誰でもいいから早急に人を入れなければ木戸の逆鱗に触れてしまうという状況の中、適当に見繕って選ばれた、ただの不運な青年である。

「…僕だって、こんなこと望んじゃいなかったんです…」

そう呟いて、勇太郎はこれまでの経緯をぐちぐちと語り始めた。
そもそも勇太郎は、日本の医療を発展させる為の薬を作る事を夢見て、様々な研究を行い学べる機関を選んで働いていた。その機関に木戸が現れ、大蛇実験の話を持ち出し、多額の金で研究員を買収していったのだ。しかも木戸は機関の中でもとりわけ優秀な研究員を選別して連れて行ってしまった。

お陰で勇太郎が属していた研究機関は人手不足に陥っただけでなく、優秀な人材を失った事による知識不足と技術不足により、多大な損害を受けてしまった。そんな中、木戸が選んだ内の一人分の枠が空いてしまったので、これ以上優秀な研究員を渡すまいとした機関にほとんど売り飛ばされる様な形で、下っ端の勇太郎が選ばれたというのが事の顛末だ。挙句、風魔に拉致されたのだから笑えもしない。

「それはお辛かったですね…」

勇太郎が一通り話し終えた後、優しい声で渓が背中をさすりながらそう言えば、溜まりかねたように勇太郎はわんわんと泣き出した。緊張の糸が解けたのかもしれない。そんな勇太郎の姿を見て、白子を猪は呆れたように息を吐く事しか出来なかった。渓は二人を見て苦笑する。

「二人とも怒らないであげてね。勇太郎さん、私が意識を失ってる間、ほとんど寝ずに色々頑張ってくれたみたいだから」
「色々って?」

猪が問えば、渓は布団の脇に置かれた箱を開けて中身を見せる。そこには数々の薬が並んでいた。白子も猪も、こんなに薬を用意した覚えはないので、驚いたように目を見開く。

「猪さんが白子を呼びに行くって云って出て行ったときに、二人きりになったので少し話してみました。そのときにちょっとだけ教えてくれたんです」

渓の話によれば、勇太郎は渓が眠っている間に、猪に押し付けられた大蛇実験の全ての資料に目を通してその情報を頭に叩き込み、必死に渓の中の大蛇細胞を減らす薬が出来ないか模索していたらしい。風魔達が見張るように傍にいると勇太郎は怯えて何も出来なくなってしまうので、襖を挟んだ隣の部屋で気配を監視していた彼らは、当然その事実を知らなかった。

確かに勇太郎は、猪が時々部屋に入って渓の様子を伺ったときに、怯えながらも薬草や薬品や道具などの必要な物はその都度伝えていた。思いのほかしっかり仕事はこなしていたらしい。

もちろん勇太郎が偽の薬を作ろうとしている可能性もゼロではないが、彼は研究所で白子と猪の恐ろしさを目の当たりにしている。加えて先ほどぐちぐちと吐露した感情に嘘がない事も伝わっていたので、下手に偽の薬を作るなどという事はしないだろう。まして自分の命がかかっているのだから尚更だ。

「でででででもっ!まともな実験や研究は出来てないんですっ!一応いくつも種類は用意しましたが、これで確実に治る保障はありません!悪化する可能性だって否定は出来ないのですが、あの、どうかその、あの、こここっ、殺さないでくださいっ…!」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔はそのままに、勇太郎は懇願する。渓は困ったように笑いながら白子を見た。

「そんな事しないよね、白子」
「…役に立つなら貴様の命は保障してやる」
「ががっ、頑張ります!!」

勇太郎は姿勢を正して、顔も拭かず深々と白子に頭を下げた。そんな姿を見た猪は、名前負けもいいところだな、と心の中で一人呟いた。



渓の投薬が終わり、一通りの治療が落ちつた頃、白子はふうっと息を吐くと、猪と勇太郎に視線を寄越した。

「渓と話がしたい、悪いが退席してくれ」

白子の言葉を聞いて、勇太郎はおろおろとしているが、猪は容赦なく勇太郎の首根っこを掴んで、相変わらず引きずるようにしながら何も言わずに部屋を出た。渓はそれを心配そうに見つめていたが、襖が閉じたと同時にその視界が真っ白に染まって、次には温もりに包まれた。

相変わらず呑気な渓の脳みそが、白子に接吻され抱きしめられているのだと悟ったのは、やっぱりこの状態になってから少し後の事だった。

現状を認識して渓の顔が赤くなる瞬間、唇を離した白子は渓の肩に顔を埋めるようにして、存在を確かめるように小さな体をきつく抱いた。心配をかけてしまったのだという事は、不思議とすぐに分かった。渓も白子の背に腕を回して、きつくその体を抱きしめ返す。

「……目を、覚まさないかと思った」

ポツリと吐き出された白子の言葉を聞いて、渓は胸がぎゅうっと詰まるのを感じた。抱きしめあったまま言葉を繰り返す。

「…心配かけてごめんね」
「俺こそ、守ってやれなくてごめん」
「守ってもらったよ、ちゃんと。私が約束破ってあの家から出て行っちゃったの。陸にごめんって伝えといてねって云ったのに、聞いてなかった?」
「…残念ながら聞いてないな」
「忘れちゃってたのかも、ちゃんと自分で云えばよかった、ごめんね」

誰より一番傷付いて怖かったのは渓のはずだ。けれど渓は、白子が自分を責めてしまわないようにと、穏やかな口調で言葉を紡ぐ。その優しさは白子にも伝わっていた。それが尚更白子の胸を締め付ける。

「…怖かったろ、本当にごめん」
「…でも、白子は絶対来てくれるって信じてたよ」
「俺は間に合わなかった。渓が自分の力で逃げて来てくれたから、助け出せただけだよ」
「嘘ばっかり。あの娘が出てきてくれたんでしょ?だけど迎えに来てくれたのも此処へ連れて帰って来てくれたのも白子だよ。それは当然、感謝してるって云ってる」

白子の腕の中で、当たり前のように渓がそう言ったのを聞いて、白子は思わず体を離して、渓の黄金の目を見つめた。渓は驚いたように目をぱちくりとさせて白子を見つめ返すばかりだ。

「…あの娘?」
「姫の事よ」
「渓の中にいるのか?」
「う、うん。出てくるつもりはないみたいだけど…どうかした?」

姫が渓を認識している事は知っていたが、渓が姫を認識出来ているのは知らなかった。

蛇の信者の記憶に捕らわれていたという言葉を聞いた事はあったが、その姫と渓はすでに繋がっていて、意思の疎通が出来るだなんて聞いた事がない。姫だって何も言わなかった。もしかすると二人にとってそれは当たり前のことで、言う必要がなかったということかもしれないが、だからこそ白子にとっては衝撃だったのだ。

白子は、渓が姫の存在を知ってしまったら、それが何かを引き起こす原因になるのではと考えてた。だからさっきも「渓が自分の力で逃げて来てくれた」と発言したのだ。渓が姫を認識し、自分の力の大きさに気付いてしまって取り返しが付かなくなるのが怖かったから。

「…渓、記憶している限りでいいんだけど、"姫"はいつからそこに居るんだ?」
「いつから…?えっと、一番最初にはっきりと存在に気付いたのは、自宅の地下を見つけたときかな。だけど、いつの間にかそこに居たから、もしかするとずっと前から……居たらしい、私が生まれたときからずっと居るんだって。へえ、そうだったんだ」
「今もその、話したり、出来るのか?」
「うん、出来るというか、今もしてるよ。それに私の世界は、あの娘にも見えてるから。……私、何かおかしい?」
「…いや、悪い、初耳だったから驚いて」

不安げに自分を見つめる渓を安心させる為に、白子は誤魔化すように笑ったが、腹の中はぐるぐると言い知れないものが渦巻いていた。今までの事を頭の中で振り返る。

渓と姫、優先される人格は間違いなく外に出ている方だろう。渓と姫の人格が入れ替わるとき、必ず一度意識を失っていたはずだと白子は記憶している。
元々渓は姫の器でしかないので、大蛇の力を持った姫の人格の方が強いはずだ。そう仮定すれば、渓の人格が姫に左右される部分は必ずあるのだろうが、一年前に渓の体が姫に奪われかけたとき、渓は虚ろながらも自らの力でそれを制している。

だとしたら、今の渓の状態は明らかにおかしいのだ。どちらかの人格が優先されているわけではなく『表に出ていない方も同じように外部に影響出来ている』のだから。渓だって無意識に、当たり前のように、本来なら内側で眠っているはずの姫と会話が出来ている。これは一体どういう事か。

白子は渓を研究所から救い出した日、姫に言われた言葉を思い出す。


『今はまだ私と渓は分断されているが、大蛇様の細胞が増幅した先の事は、もはや私にも分からぬ』

『私と渓の意識は今まで通り分断されたままかも知れぬし、私と渓が融合してしまう可能性も否定は出来ない』

『私が力になれる事はきっとない。大蛇様の力が渓を飲み込む前に、この娘を助けてやるのだ』

『このままでは、渓が"大蛇"になってしまう』


ぞわり、と白子の背筋に冷たいものが這い上がる。
姫は確かに、渓と自分は分断されていると言った。だが、お互いの人格がどちらも当たり前のように外部に影響している現状を見ると、すでに融合しかけている可能性がある。それこそ二人が気付かないうちに。白子には大蛇の力が確実に、渓を蝕んでいるとしか思えなかった。

だがこれはあくまでも、白子の一個人の見解だ。だからもしかすると、渓の身を案じすぎた故の考えすぎかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。

忍の勘は良く当たる。だが、こればかりは当たって欲しくはない。どうか思い過ごしであってくれと願いながら、不安そうに白子を見上げる渓の唇を塞いだ。そして自分の中で巡る感情に蓋をするように、務めて明るく渓に声をかける。今はもう、全部誤魔化してしまいたかった。

「…こういうのも見られてるのかなと思って、ちょっと動揺しただけ」

ボッと渓の頬が真っ赤に染まる。黄金の瞳をしていても、渓はやっぱり渓だった。それだけでも白子をひどく安心させる。視線を彷徨わせて、いつになく恥ずかしそうにしている渓を逃がすまいと、腰に腕を回して引き寄せた。

「ねえ渓、姫に見られてる?」
「い、意地悪白子!」
「ふうん、見られてるんだ」

図星だったらしく、渓は異様にうろたえた。

「み、見ないでって云った!」
「へえ?」
「そ、それに!」

一呼吸置いてから、目線も合わせないまま消え入りそうな声で渓は呟いた。

「白子のそんな顔、他の人に、見せたくない」

予想だにしなかった発言の威力たるや、爆撃を落とされたかと見まがうほどだ。顔を真っ赤にしながらそんな可愛い事を言うものだから、白子は長い息を吐いて頭を抱えた。もうすべてを暴いて何度も夜を越えてきたが、込み上げる愛おしさは膨れるばかりでどうにかなりそうだ。

「…渓、俺云ったよな?ずっと我慢してるって」
「わ、分かんない…」
「ほんとに?」
「…」
「…じゃあ、分からせていい?」

真面目な声で白子がそう言えば、渓は言葉に詰まってしまった。いつも頼りになる目の前の彼が、さっきからどこか迷子のようにも見えて、渓はどうすればいいのか分からない。

「…姫、いるもん」
「黙らせといて」

白子は渓の唇に噛み付くと、そのまま小さな体を押し倒した。渓はほんのり濡れた黄金の瞳で、じっと白子を見つめている。

「…猪さん達は、」
「いないよ」

覆いかぶさって、白子は性急に渓の唇に噛み付いた。渓は渓で、すがるように白子の首に腕を回して、求めるように唇を開く。

渓も、白子も、本当は不安でいっぱいだった。ただ心配意をかけまいと気丈に振舞っていただけだ。離れ離れになって、お互いを失ってしまうかもしれない現実が怖かった。だから求め合ってしまったら、感情は堪えきれず雪崩のように溢れ出す。

白子は渦を巻くこの感情を収めるように、渓は感じてきた恐怖を全て忘れるように。

理由は何だってよかった。傍にある温もりは嘘なんかじゃないと確かめるように、何度も何度も名前を呼び合って、愛を囁き合って、何もかも消し去ってしまうくらいに深い場所で溶け合うのだった。


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