僅かに空が白んで、夜が眠りにつこうとしていた。日の差さない山の朝は、この季節でも少し肌寒い。 まだ少し寝惚けたままの渓だったが、包み込むような優しい温もりの中で徐々に意識がはっきりとしてきて、現状を確認する。黒い浴衣がまず視界にゆっくりと広がって、視線を上げればふわふわと柔らかな白髪が揺れている。その隙間から宝石のような紫の瞳が真っ直ぐに自分に向けられていた。柔らかな目だった。 「おはよう」 静かな部屋に、低く掠れた男の声が響く。それが愛しい人の声だという事はすぐに分かったのだが、頭が状況を認識するのは相変わらず少し時間が掛かってしまう。 「……おはよう、白子」 気恥ずかしさでいっぱいになりながら、渓は細い声で答えた。思えば、同じ布団で迎える朝は、これが初めてだ。ついさっきまで、きっと寝顔も見られていたに違いない。浮腫んで腫れぼったくなっているかもしれない寝起きの顔など見られたくなくて、渓は顔を伏せながら手串で前髪を整える。その初々しい姿にほっこりとしながら、白子は小さく笑った。 途端に込み上げる愛おしさを御し切れなくて、白子は渓を抱き締める腕に力を込める。ずっとこの穏やかで優しい時間が続けばいい、なんて柄にも無い事を思いながら、細い肩に顔を埋めて低い声で言った。 「もうちょっとだけ、こうしてていい?」 「…うん」 一拍置いて答えた渓は、ぎこちなくも白子の背中に腕を回し、白子の想いに応えるようにぎゅうっと抱き締め返した。恥ずかしさで一杯なはずなのに、不思議と幸福感と安心感で満たされる。 夢ではないお互いの温もりを確かに感じながら、二人は静かに抱き締めあった。太陽がはっきりと朝を告げるまで。 二十七、白子の決意 「…何をしていらっしゃるんですか長」 太陽がはっきりと顔を覗かせた頃、すっかり見慣れた女の格好でいつものようにふらりとやってきた猪は、台所を訝しげに眺めて開口一番そう言った。そこには、珍しく前髪を纏め上げた白子が、まだ寝間着の浴衣を着たまま慣れた手付きで芋の皮を剥いていたのだ。 当然、猪は白子が芋の皮を剥いている所など、今日この日まで一度たりとも見た事はない。そもそも包丁を扱えるとさえ思っていなかった。あくまでも、猪にとっては『風魔小太郎』という存在であるのだからそう思うのも仕方のないことではあるのだが、それにしたって白子の手際の良さには目を見張る。 白子はちらりと猪を流し見てすぐに視線を手元に戻すと、いつもの調子で淡々と答える。 「見て分からないか?」 「…芋の皮剥きですわね」 「分かっているなら一々聞くな」 相変わらずな調子で二人が言葉を交わしていると、奥からひょっこりと渓が顔を出した。渓は白子とは違い着物はきちんと着ていたのだが、いつものように髪を半分纏め上げたお団子頭にはしておらず、料理の邪魔にならないようにゆるく一つに束ねているだけだった。髪型のせいか、いつになく素朴な雰囲気の渓は、猪の顔を確認するとまだ幼い少女のような顔でふわりと笑った。 「あ、猪さん、おはようございます」 渓は菜箸を片手に沸々と音を立てる鍋の様子を見ていた。どうやら出汁を作っているらしい。ふわりと湯気に乗って漂う香りは柔らかく胃袋を刺激して、自然を空腹を誘う。 二人は会話を弾ませながら、楽しげに朝食の準備を進めていた。それは曇神社で共に過ごしたあの十年の日々のようで、白子の表情も穏やかだ。心からお互いの隣の居心地の良さを感じているのだろう。 二人が揃って朝の台所に並ぶ光景は、新婚夫婦というよりは熟年夫婦のそれに近いものがある。それだけ共に過ごしてきた年月に深みがあるということだろう。 猪はというと、少しの間ぽかんとしてその様子を見つめた後、苦笑を漏らしながら肩を竦めた。 「…朝からごちそーさま」 「なら何も食わずに帰れ」 ポツリと呟いた言葉は白子には届いていたようで、視線を合わせる事もなく返事を吐き出した。猪はその返答に、くつくつと喉の奥で笑う。 「案外似合ってるぜ、それ」 言いながら、猪は自身の頭を指差した。どうやら髪型の事を言っているらしい。白子はようやく猪に視線を向けると、僅かに殺気を含んだ目で睨みつけた。 「…お前も剥いてやろうか?」 「そんな顔するなって、褒めてるんだぜ?おい、危ないから包丁こっちに向けんな」 「どうでもいいが、その格好でその口調はどうにかしろ。不愉快だ」 「はいはい、失礼致しました」 猪は肩を竦めながら白子を通り越すと、奥に居る渓に近付いて声を掛けた。 「渓様、わたくしも何かお手伝い致しましょうか?」 「猪さんにはお洗濯を手伝ってもらうので大丈夫です!」 「あら、肉体労働させられるわけですわね」 やれやれと肩を竦めて苦笑を零した猪は、丁度芋の皮剥きが終わったらしい白子を横目で確認してから、もう一度渓に声を掛けた。 「渓様、長にお伝えしなければいけない件がございますので、少しばかり長をお借りしても?」 「もちろん、後は煮付けちゃうだけなので、もう大丈夫ですよ。ゆっくりお話してきて下さい」 「ありがとうございます。では長、どうぞ居間へ」 「貴様が仕切るな」 流れるように白子を居間に案内しながら、猪はさっさと居間へ上がりこんでしまった。白子はすっかり日常になった溜め息を吐きながら、前髪を纏め上げていた髪紐をほどく。はらりと白髪が滑るように落ち、いつと同じ『風魔小太郎』の髪型へ戻った。少し伸びた前髪が白子の表情を遮り、優しい印象を隠してしまう。 渓はそんな白子に臆することもなく、柔らかに微笑み掛けながら言った。 「ありがとう、手伝ってくれて」 「どういたしまして。後は任せていいか?」 「うん、大丈夫。助かりました」 そう言って渓は食事の準備に戻る。白子は猪の後を追うように居間に上がりこんで上座に腰を下ろすと、にっこりと綺麗な笑みを浮かべて美しく下座を陣取っている猪に視線を向けた。 「で、話とは?」 白子が口を開いた。居間の縁側にある障子は開いていて、夏の匂いを運びながら風が流れ込む。里にはあまり日の光は差し込まないが、木々の隙間から僅かに漏れる太陽の加減を見ると、今日は随分天気がいいらしい。夏の匂いがした。 「大した事ではございませんわ。昨日、渓様から何処までお聞きになったのかと思いまして」 「里の子供と遊んでいた話か」 「あら、ご存知だったのですね。ならその件に関してわたくしからお話する事は御座いませんわ」 いつものように着物の袖口を口元に当てながら、猪は上品に微笑んで見せた。しかし、わざわざ猪が何かを報告する為に畏まって白子と話をするということは、それ以外に何かがあるということだ。それを察していた白子は、声を少し落として静かに言った。 「ならばそれ以外で何か話が?」 「はい、渓様の事について、少し」 猪は表情を崩して、紫の瞳を真っ直ぐに白子に向けた。空気がピンと張り詰めて、纏わりつく雰囲気がずっしりと重くなる。白子の目がすっと細められた。 「申せ」 白子が風魔小太郎の顔で告げると、猪は僅かに渓に気を配らせてから、ゆっくりと静かに口を開いた。 「はい。昨夜里を出て町に下り、少しばかり情報を探って参りました。結論から申し上げますと、渓様の捜索がすでに滋賀だけでなく日本中で始まっております。見つけた者には高額の奨金が与えられるとか」 その言葉に、無表情だった白子の顔が僅かに歪む。美しい紫の瞳は、確かに殺気を含んでいた。猪はそんな白子に臆する事無く続ける。 「渓様が蛇の信者の末裔であることは政府の中でもごく一部の者にしか知られていない上に、渓様を利用した大蛇の人体実験自体はすでに終了しております。いくら大蛇の血を持つ者だとはいえ、渓様はすでに力を失っており、政府から自由を約束された身。そんな状況の中、こんなにも早く捜索の手が日本中に回っているということは、まだ政府の中に渓様の血を狙う者がいる可能性が高い」 重々しい空気の中、淡々と猪は報告を続け、白子は何も言わずに次の言葉を待っている。縁側から流れ込む夏の生暖かい風が、妙に不愉快だった。 「長は今、渓様を里に招き入れた事による里の内部の分裂を収めようと動いていらっしゃいますが、金銭目的で日本中から渓様を狙う者が増えているのも事実。渓様が里に居る以上、風魔の里が狙われてしまう事も考えられます。そうなれば、力を失った渓様を受け入れられない者の反感はより一層高まる事が見込まれますわ。出来るだけお二人の事に口を挟みたくは御座いませんが、早急にこの現状を打破する為にも、お早いご決断を」 猪が言う決断が、何を意味しているかなど白子には分かっていた。一刻も早く、渓を『風魔』として一族にしてしまうべきだという事だ。 もはや大蛇の力を持たない渓が里の者として受け入れてもらうには、渓という人間が今日まで生きていた人生を捨て、『風魔』という一族の為に生きて死ぬという覚悟を示すのが一番早い。分かってはいても、白子は簡単に首を縦には振れない。 気が狂いそうな程の暗闇の中に閉じ込め、その恐怖に打ち勝ち、紫の瞳と真っ白な髪を持って新たに生まれ変わり風魔となる。その儀式は、一人前の風魔になるために生まれ、風魔としての修行を重ねた者でも、逃げ出してしまいたくなるほどの苦痛だ。そんな苦しみに、戦うことも出来ない普通の娘の心が耐えられる保証など何処にもない。解放された時、渓は渓でなくなっているかもしれない。それだけはどうしても避けたかった。 白子はすでに、二度も渓を手放している。 一度は渓の中に眠る姫を呼び覚ましたとき。二度目は大蛇が消えたあの日に、渓を置き去りにしたとき。 渓を手に入れる状況はいくらでもあったのに、それを見過ごしては、二度も諦めてボロボロに傷付けた。それでも渓は、白子を選び続けたのだ。もっと幸せになれるはずだった明るい世界を捨ててでも、白子がいいのだと渓は笑った。だからこそ、白子はもう二度と渓という存在を手放したくはなかった。 白子は目を閉じて息を吐く。それからゆるやかに瞼を持ち上げて猪を見た。 「猪、お前の云っている事は正しい。だが、俺は何があっても渓を風魔にはしない」 決意を持った、凛とした真っ直ぐな声だった。猪は表情を崩す事無く白子を見つめる。 「里の者が渓を快く思っていないのも、渓の情報が広まってしまっているのも、全て俺の力不足だ。渓に対する理解を深める為に里の者へ配慮すべき部分が足りなかった。渓をここへ連れてくる前に、執拗に大蛇を狙っていた政府に対して防御策を取っておくべきだったところを怠った。責任は全て俺にある。その責任を渓にすり替えてあいつを風魔にするのは、何があっても許可はしない」 それ以上はお互い何も言わずに、重い空気だけが降り積もっていく。 しばしの沈黙の後、その空気に耐え切れなくなったのは猪だった。はーっと深い息を吐いてから、呆れたように笑う。 「…ほんっと、お前どうしようもねえな」 「その格好でその口調はやめろと云っている」 「はいはい」 猪は立ち上がって着物の帯に手をやると、バサっと乱暴な音を立てて一瞬で着物を脱ぎ捨てた。そこにはすでに男の顔をした猪が、忍装束に身を包んで立っている。下ろしていた長い白髪を器用に纏めながら、猪はいつもの飄々とした口調で口を開いた。 「どうせあれだろ?里が狙われる確率が高まることで渓様に対する反感に拍車がかかっているのなら、まずは渓様を利用しようとしている人間を炙り出して始末して、それから政府の内部を操作して捜索を取りやめさせるんだろ?それが落ち着いたら里の奴らを適当に納得させてまとめとけば、渓様をわざわざ風魔にさせる必要もないし、お前らは無事に夫婦になれるってわけだろ?分かった分かった、大船に乗ったつもりで待っとけよ」 猪は一つに纏めた長い髪をふわふわと揺らしながら一人でそう言うと、つかつかと縁側に足を進める。白子は明らかに不機嫌そうな様子で眉間に皺を寄せて、猪を視線だけで追って口を開いた。 「何のつもりだ」 「何って、お前がしようとしてる事を俺が変わりにやってあげますよっていうつもり」 「誰がそんな事を云った」 「お前の顔がそう云ってた」 猪は白子を振り返ると、いつになく優しい顔でふっと笑った。少し影のある、儚げな笑顔だった。 「大事な子の為に何でもしてやろうってのは分かるけどさ、それでお前が血に塗れてもあの子は絶対笑わねえだろ」 穏やかにそう言った猪の言葉がやけに重たくて、白子は思わず口を噤んだ。猪が抱えている苦しみを知っていたからこそ、白子は何も言えなかった。 あの日、あの雨の日。 血を雨で洗い流しながら空を見上げて静かに笑った猪の顔が、白子の頭に薄っすらと思い出される。雨に紛れて泣いているようにも見えたあの時の彼の顔は、ひどく切なくて美しかったと記憶している。今の猪の顔は、そのときに見た表情にほんの少しだけ似ていた。 「本当に守りたいと思ってるんなら、ちゃんと傍にいてやれよ。心まで守ってやれるのは、お前しかいないんだからな」 じゃあな〜、と呑気に手を振って縁側から去って行った猪は、いつも通り飄々としていた。重苦しい空気は、猪が連れ去ってしまったかのように消えてしまって、まっさらな新しい夏の風が部屋に舞い込んで来る。妙な不快感はすでになく、やけに爽やかな夏の匂いがした。 白子は少しだけ縁側を見つめたまま動けずに居たが、立ち上がって居間を飛び出して台所に向かった。ちょうど朝食の準備を終えたらしい渓は白子に気付くと、いつもと変わらない笑顔でふわりと笑う。 「あ、もうお話終わった?丁度ご飯の準備が出来たところで―――」 渓が言い終わるより早く、白子は渓を抱き締めた。突然の出来事に、当然呑気な渓の頭は思考をやめてしまう。まるで時が止まってしまったかのようにしばらく硬直して動けずにいた渓だったが、ゆるゆると思考が動きを取り戻すと同時に、どんどん体温が上がっていく。顔が真っ赤になる頃には、思考は働きすぎて混乱していた。 「し、白子?あの、ど、どうしたの…?」 渓がおずおずと口を開くと、渓の耳元に決意を秘めた低く穏やかな声が触れた。 「―――ずっと愛してる、何があっても」 「…え?」 「もう二度と、渓を手放さない」 そう言ってゆっくりと体を離した白子は、真っ直ぐに渓を見た。もはや訳が分からない渓は、りんごのように真っ赤な顔のまま白子を見上げることしか出来なかった。 白子はそんな渓の手を取ると、細く白い指先にそっと唇を当てた。やけに色っぽいその仕草に、渓の心臓は今にも爆発しそうだった。 「俺が守るよ、渓」 やけに甘い声でそう言った白子は、渓の返事も聞かずに薄桃色の愛らしい彼女の唇に噛み付いた。徐々に深くなるその行為に、渓は立っていられなくなる。今にも崩れ落ちそうな細い腰を支えながら、白子はしばらく柔らかな渓の唇を堪能してから、ゆっくりと唇を離した。 渓は息も絶え絶えで、呼吸を必死に落ち着けながら縋るように白子の浴衣にしがみ付いていた。潤んだ瞳で白子を見上げ、なんとか必死に声を上げる。 「…ど、どうしたの…?」 「…悪い、無性に確かめたくなった」 「た、確かめるって…何を…?」 「渓は俺のものだって事を」 とんだ爆弾発言に渓の心臓はまた跳ね上がる。白子は申し訳なさそうに眉を下げて笑うと、渓の頬を優しく撫でた。 「ごめん、急にびっくりしたよな」 「び、びっくりは…したけど…」 「嫌だった?」 白子の問いに、渓はやっぱり首を横に振る。気恥ずかしそうに目線を合わせず、ほんの少し俯いているのがなんともいじらしい。 「そういう仕草はずるいよ渓」 「ず、ずるいって、何が?」 「もっと欲しくなるだろ」 訳が分からないまま朝からとんでもない程の白子の色気に当てられて、渓は今にも沸騰しそうになりながら必死に頬を膨らます。 「…ずるいのは白子の方でしょ」 「そう?」 「そう!」 言い返す割にはなんとも頼りない様がやけに愛おしくて、白子はくすくすと笑った。渓はすでにちゃんと自分を選んでいるのに、もっと欲しくなるなんて馬鹿げているとは思いながらも、欲しいのだから仕方ない。距離を詰めすぎないように、触れすぎないようにとあんなに自分に言い聞かせてきたにも関わらず、その決意は渓を前にするといとも簡単に崩れ去る。 いつの間に自分はこんなにも自分自分の欲に素直になってしまったのだろうか。白子はそんな事を考えかけて、やめた。きっと答えなんてとっくの昔に分かっている。渓を選んだあの夜に、全部決められた未来だったのだ。 結局、手に入れれば手に入れるほど、渓という餌を目の前にぶら下げられた欲望は抗えはしないらしい。精々開き直るのが精一杯だ。 「ずるい俺を選んだのは渓だよ」 「…じゃあずるい私を選んだのも白子でしょ」 「そうだな。ならおあいこだ」 「…そうだね」 額をコツンと合わせて、二人はくすくすと笑い合った。白子はまだ頼りない渓の腰を支えたまま、今度は優しく唇を重ねる。渓は目を閉じてそれを受け止めながら、穏やかな時間を噛み締める。そんな渓を腕の中に収めながら、白子はほんの少しだけ渓を抱えるその腕に力を込めた。 渓は弱い。彼女の持つ真っ直ぐで純粋な想いや素直さや優しさは確かに渓の強さでもあるが、それだけでは補えないくらい、渓は弱い。だからこそ守りたい。今度はちゃんと、渓という存在そのものがここで生きていけるように守っていきたい。例えそれが、大きな犠牲を払うことになっても。 今度こそ、必ず。 白子はゆっくり唇を離すと、照れた表情のまま真っ直ぐに自分を見つめる渓の額に軽く唇を落とした。そうしてようやく細い腰をゆっくりと解放する。これ以上渓が愛しいからと流されてしまっては、完全に歯止めがきかなくなりそうだった。一刻も早く渓に自分を刻み付けたい欲求を抑えて、白子はいつものように柔らかく微笑んだ。いくらなんでも、事を急きすぎて傷付けたくはない。 「…ご飯にしようか」 「…温めなおす?」 「そんなに冷めてないだろ」 「そうだけど」 「手伝うよ。これ、運んどけばいい?」 「うん、ありがとう」 白子は盆の上に乗せられた煮つけと味噌汁を持って、さっさと居間に向かってしまった。渓はまだ熱いままの顔を少しでも落ち着けようと、パタパタと軽く自身の顔を扇いでから、残りのご飯を持って居間に向かった。そして気持ちを切り替えて、いつものように明るい声で言った。 「お待たせ白子、これで全部―――」 居間に入った瞬間、渓は笑顔のまま硬直した。 縁側には白子が風魔小太郎の顔で腰をおろしていて、その庭には子供達が身動きも出来ないままで固まっていたのだ。 ―――あいつには"立場"っていうものがあるんだよ そう言った猪の言葉を唐突に思い出し、これはとてつもなく悪い状況だということを察した渓は一気に血の気が引いて、慌てて子供達と白子の間に割り込むのだった。 △ back ▽ |