―――白子


全てを失うその前に、君がそう言って泣いたような気がして、捨てたはずの感情が嫌になるほど込み上げた。どうしてあの時、君に手を差し伸べてしまったんだろう。どうしてあの時、何度も君に会いに行ってしまったんだろう。再び掴める事はないと知っていたはずなのに。

あの日手放した温もりを、思い出さずに生きてきたはずだった。消えてしまったものを、振り返ってこなかった。裏切った愛情を、願ってもこなかった。こんな薄暗い世界に二度と閉じ込めてはいけないと、全てを諦めて、あいつに貰った名前を殺して、そうして今日までを送って来たはずだった。

だけど君が、そうやってまた泣くから。

血と罪に染まった手のひらを見つめる。数多の命を奪ってきた、消えることのない汚れた手のひら。こんなものが美しい世界に触れる事など、許されはしない。なのに、あの夜繋いだ細く小さな手のひらの感触が、美しすぎる無垢な温もりが、悔しい事に今もまだ消えない。嗚呼、どうしてこんなにも、君の前では無力だ。

空は、夜を始めようとしている。今夜は満月だ。時期に月が、緩やかにその姿を露にするのだろう。目を閉じて、そっと息を吐いた。瞼の裏で、黒く長い絹のような髪が揺れる。抱きしめれば潰れてしまいそうなほど、小さな背中が見える。その姿はそこに居座ったままで消えない、それが全てだ。今日を逃せばきっと、彼女は隣に帰って来ない。

君はもう、忘れてしまっているだろう。悲しかった事も、辛かった事も、そして俺を。その事実が重く圧し掛かって、ずっと動けずにいた。けれど、とっくの昔に分かりきっていたのだ、君を失う事が、どれほどの痛みであるかを。

何度も諦めた温もりが、その度に探してくれた。それがどれだけの罪を背負い、どれだけのものを失うのかを知っていながら。忘れられる事よりも、そうして求め続ける事の方が本当はずっと悲しくて、いくつもの傷を負うというのに。

馬鹿だな、そう思いながら、自然と口元は小さな弧を描いていた。目を開けて、夜を迎える空を見つめる。罪を背負う覚悟が、記憶を無くした彼女にあるのかは分からない。それでも願わずにはいられなかった。もう一度、あの日のように、月の様だと笑ってくれる事を。


会いに行くよ。
君がまだ、そこで愛してくれるなら。


十六、月夜に消える


夜は深い。やけに大きな満月が空高く昇っている。夏の夜だというのに、空気は乾いていて涼しかった。澄み切った夜空で踊る星達と、歌を奏でる風の音が優しい。夜の賑わいも過ぎ去って、まるでこの瞬間だけを切り取られたかのように静かだ。

渓は縁側に座りながら、真っ直ぐに夜空を見上げていた。全てを取り戻して見上げた夜は、今までにないほど美しかった。いや、夜空がこんなにも美しいものだったのだと、渓は改めて思い知らされた。

縁側の柱にもたれ掛かりながら、渓は息を吐いた。今日が、滋賀での最後の夜になる。

幾日にもわたって行われた実験の中で、渓は自身がこの世で唯一大蛇を受け入れられる人間だと自覚した。つまり、大蛇の細胞を受け入れてしまう渓は、もはや国にとって最高の実験材料だ。当然政府はどんな手段を使ってでも渓を手に入れようとし、事あるごとに利用しようとするに違いない。下手をすれば、命さえも危ぶまれる状況に陥りかねないのだ。

そんな渓を守るため、蒼世は渓の記憶を消させなかった。大蛇の記憶が残った状態で視力を取り戻せば、渓は元通りだ。そうすれば、政府に利用されかねない状況からでも、渓が持ち前の優しさで流されてしまう事はないし、自らの意思で逃げられるようになる。その為に蒼世は犲を動かし、あえて政府を利用して渓が視力を取り戻せるように仕向けたのだ。犲の頭でありながら下したこの判断は決して正しいものではなかったが、言葉の少ない不器用な蒼世なりの渓への愛情表現だったのだろう。

それを察していたからこそ、渓は今夜中に発つ事を決めていた。ここに居ても実験材料として付回される事を理解してしまったからだ。

もちろん、誰にも何も言わずに行くつもりだった。顔を見れば、別れるのが辛くなる。だから渓は、曇神社には行かなかった。目が見えるようになったと真っ先に空丸達に伝えたかったが、その気持ちをぐっと堪え、誰にも知られずひっそりと家に帰り、夜が来るのを静かに待った。

この地を発つ事に迷いはないが、渓自身にだって寂しさはある。生まれてこの方二十一年、一度も離れることなく育ってきた故郷を去るのだから。その故郷の中に、思い出も、大切な人達も、家も、家族も、何もかもを置き去りにして。



真夜中。美しい夜空に、静寂だけが過ぎる滋賀の土地。夜は刻一刻と深くなる。旅立つには絶好のチャンスだろう。それでもまだ、渓は縁側から動こうとはしなかった。夜空を見上げたまま、じっと待ち続けていたのだ、彼を。夜明けまでに彼が来なければ、顔も知らない男が言った『賭け』は、渓の負けということだ。

静かに吐いた息が、夏の夜に飲み込まれていく。目が見えるようになってもなお、記憶がいまだに彼を刻み込んでいる今、待たずには居られない。例え彼が来なかったとしても、夜が沈んで朝を迎えるその直前まで、この場所で待ち続けると決めていた。縁側に座って、過ぎ行く夜を数えながら、ただじっと彼がやって来るのを待つ。以前と違うのは、渓はその目に光を宿しているということだ。

渓は目を閉じて、鮮やかに彩られたままの懐かしくて愛しい日々を思い出す。その記憶の中には、いつも彼が居た。ひどく夜が似合う、美しい月の様な人だった。月はいつも何処か寂しげで、不意に消えてしまいそうで怖くなる。それでもあの頃手を伸ばせなかったのは、踏み出した一歩で未来が変わるのが怖かったからだ。

けれど今は、一歩を踏み出すことを怖いとは思わない。彼はちゃんと、あの日々の中で愛をくれた。彼への想いは、手放せない感情だと最後の最後に知ってしまった。だからもう、躊躇うことも諦める事もない。もしも彼がここへ来てくれたならば、言葉にして伝えよう、ずっと言えなかった事、胸の奥底に仕舞い込んでいた願いも、全部。


会いたい


目を閉じたままそう願った。会える確証はなかったが、不思議と会えないとも思っていなかった。だから願ったのだ、声には出さず、心の中でそっと。

刹那、穏やかだった風がざわめいて空気が揺れる。それと同時に、庭先に誰かが降り立った気がして渓はぱちっと目を開いた。開いた黒い瞳は、目の前の世界を鮮明に映し出す。そこには、大きな月を背にして、一人の男が立っていた。

俯くように顔は伏せられていて表情はよく分からないが、癖のある柔らかな白髪が風に乗ってふわりと揺れている。すらりとした長身の男は、見慣れた忍装束に身を包んでいた。その姿を見た途端、渓は金縛りにあったかのようにぴくりとも動けなくなった。まるで夢の世界に引きずられたかのように、感覚はふわふわと浮ついている。風が男の髪を楽しげに躍らせているのを、固まったままで見つめる事しか出来ない。

男は、ゆっくりと顔を上げた。長く垂れ下がった白い前髪の隙間から、鋭くも美しい宝石のような紫の瞳が覗く。その瞳が渓を真っ直ぐに捕らえた瞬間、渓の唇は無意識に震えた。


「―――しらす」


ポツリと小さな雫のように渓の声が零れ落ちた。その言葉を聞いて、男は驚いたように釣り上がったその目を丸くする。信じられないという表情でまじまじと渓を見つめながら、男も小さく声を落とした。


「……渓」


ひどく懐かしい声が、その名を呼んだ。低く甘く響くその声を、渓が知らないはずがない。ずっと聞きたかったその声に名前を呼ばれ、途端に渓の頭の中は真っ白になったが、自然と体は突き動かされていた。目の前の男に駆け寄って、勢いよくその胸の中に飛び込んでいく。男も咄嗟にその逞しい腕で渓の小さな体を抱きとめた。二人分の温もりが伝わる。これは嘘じゃない。これは、夢じゃない。

渓は小さな体で懸命に男の背中に腕を回す。これ以上離れてしまわないように、これ以上自分を置いて行かないように。男は、そんな渓を抱きとめたまま、抱きついて離れない小さな体をまだ驚いたように見つめている。男が支えるその小さな体は、僅かに震えていた。

「…白子だ」

ずっと焦がれていたその名前をもう一度確かめるように呼んだ途端、鼻の奥がツンとした。渓の瞳に涙が込み上げて、視界が潤んで歪む。抱きしめている温もりも、包まれる腕の逞しさも、僅かに香る優しい彼の匂いも全て、滋賀の雲が晴れたあの日失ったはずのものだ。


彼が―――金城白子が、確かにここに居た。


白子は縋るように抱きついて離れない渓を見て、彼にしては珍しく思考が若干止まってしまったらしい。白子はもう、自分は忘れられたものだと思っていたのだ。もしかすると、今日を最後に本当に手放さなければいけない人だとも思っていた。それがまさか、こんなにもあっさりと自分の腕の中に納まることになるなんて想像もしていなかった。

僅かに止まっていた思考が再び働き始めた白子は、すぐに一つの答えに辿り着く。渓は記憶を消されていなかったのだと悟ったのだ。それと同時に、彼女の決意がすでに確かなものだと知ってしまう。渓は自分と同じ影の道を歩んでいこうというのだろう。

『視力を取り戻して全部が消えてなくなった後、もう一度会いに来て欲しい』

あの日受け取った渓の願いを叶えた時点で、『賭け』は自分の負けだったのだと白子は思い知る。いや、勝敗をつけるのなら、本当はもっと前から負けていた。山奥の小屋に連れられた渓を助けてしまったあの日から、もう渓への感情は塞ぎきれていなかったのだ。その事実に気付いてしまうのが怖くて、気付かない振りをしていただけだ。

白子は渓を抱きとめる腕に僅かに力を込めて、何も言わずに黒く長いその髪を梳く。蛇の信者としての力を失い、風魔が守る意味のなくなった腕の中の存在が、どうしようもなく愛おしいと思った。

髪を梳かれながら、渓はゆっくりと顔を上げて、自分よりも背の高い白子の顔を見上げた。その視線に気付いて、白子も渓を見る。そしてあの頃と同じ、『金城白子』の顔で優しく笑った。それが尚更、渓の涙腺を解いてしまう。渓は顔をくしゃっと歪めて、震える声で吐き出した。

「…ばか」

そのセリフに答えず、白子は眉尻を下げて困ったように笑う。

「何で…置いてったの…」

そう言いながら、渓は再び白子の胸に顔を埋めた。言いたい事も伝えたい事もまだまだ溢れているというのに、どうしても上手く言葉には出来ない。言葉にしたい、伝えたいとあれほど願っていたのに、いざというときにこうも言葉は浮かばない。人間の感情の無力さを痛感しながら、渓はより一層強く白子に抱きついた。

そんな渓を見つめながら、白子は諦めたように息を吐く。閉じ込めていた感情は堰を切ったように溢れ返って、あっさりと自制心を飲み込んでしまう。白子は腕の力を少し緩めて、やんわりと渓の体を離すと、少し屈んで渓の顔を覗きこんだ。涙に濡れた白い頬に触れて、親指でその涙を拭う。


「―――ごめんな」


そしてあの日と同じように、『金城白子』の顔でそう言って笑った。けれど白子は、渓の前から消えようとはしない。あの日とは確かに違う二人が、今ここに居る。白子は溢れる渓の涙をもう一度拭うと、そのまま小柄な渓を腕の中に抱きとめた。離さないと言わんばかりに、きつく、強く。

「ごめん」

渓を抱きしめたままで、白子はもう一度そう言った。渓はすっぽりと大きな腕の中に納まったまま驚いたように目を丸くしたのだが、すぐにくしゃりを顔を歪めて大きな背中にしがみ付いた。伝えたかった言葉が、涙と一緒に纏まらないまま次々に溢れていく。もう渓にも止められなかった。

「ずっと、何処行ってたの…どれだけ心配したと思ってるの…!」

醜い感情だ、と分かっているのに、もっと上手に伝えたいのに、言葉は上手く形にはならない

「どれだけ寂しかったと思ってるの!どれだけ…どれだけ会いたかったと思ってるの!」

白子は何も言わずにその言葉を受け入れる。渓を抱きしめる腕には、自然と力が篭っていた。

「傍にいるって云ったのに、なんで置いて行ったのよ…私ずっと、ずっと待ってたのに…!」
「…」
「伝えてない事、たくさんあったのに、なにも、伝えられてないのに…勝手にいなくなって、連絡も、よこさないで」
「…悪かった」
「―――謝るくらいならっ!」

渓がそう言って、僅かな間。風の音も止んで静寂が響く中、白子の腕の中で、渓は小さく呟いた。

「…謝るくらいなら、放さないでよ…」

それは、渓のただ一つの願いだ。両目が視力を無くして、白子を失ってしまってからも、ずっと願っていた。蛇の信者としての自分ではなく、渓というちっぽけで無力な一人の人間として、一族のために全てを投げ捨てた白子の傍に居たかった。温かな日々の中に金城白子を置いて行った彼の隣で、その悲しみに寄り添いながら生きていたかった。

「ずっと此処に、居させてよ白子…」

白子は、自分の為だけに向けられ続けた愛情を、ただ静かに受け入れて閉じ込める。あの頃は、この純粋で美しい感情に応える事が出来なかった。傷付けて奪ってしまう未来を知っていたからこそ、ずっと遠ざけていた。だけど今は、もう違う。白子も渓同様、決意を持ってここに来たのだ。渓という唯一を、彼女が選べた数多の明るい未来を、奪う為の決意を。

「…捨てていいのか、全部」
「あのときから、そう決めてた」
「…馬鹿だな」
「だって、だって私、ずっと白子のことが…!」
「知ってる。だから云わせて」

言いかけた渓の言葉を遮ると、白子は腕の力を緩めて渓を真っ直ぐに見つめた。渓の顔も自然と白子の方へ向けられる。白子の指先が、まだ濡れたままの白い頬にもう一度触れた。それは、まるで宝物に触れるかのように優しくて、愛情に満ちている。白子はじっと渓の瞳に視線を落とす。その顔は、風魔の長でも、金城白子でもなく、一人の男の顔をしていた。

そうして白子は、ゆっくりと口を開く。風魔の長として背負った使命があって、守らなければいけなかったものがあって、長い間ずっと閉じ込めていた。十年以上、ずっと言えなかった。そのくせ離れてみたって、金城白子を殺したって消せなかった、たった一つの想い。


「好きだよ渓、愛してる、今もずっと」


この想いだけは、どうしたって手放せなかった。何度も押し殺そうと思って、それでも殺せなかった。一生、伝える事も出来ないまま、時間が上手く消化していくのを待つことしか出来ないと思っていた。

それがまさか、渓と別れて一年以上も経ってから、一人の男として告げることになるなんて、白子も思ってはいなかった。

渓は白子の言葉を聞いて固まってしまう。風魔として生きること決めた白子から、その言葉を聞けるなんて予想もしていなかったのだ。自らの口で伝えて、それを受け入れてもらう事しか出来ない。そう思っていたからこそ、渓の呑気な脳味噌は白子の言葉を受け入れる為の準備をしていなかった。思ってもいなかった展開に、渓の頭は追いつかない。必死に白子から伝えられた言葉を頭の中で何度もくり返す。本当に嘘みたいな現実に、渓の頭は今にも爆発しそうだった。

固まったままの渓を見つめていた白子は、浮かべていた表情をふと風魔のそれに戻した。ここから先は、一人の男女の話ではない。風魔側で生きるとすれば、渓は光ある場所での未来を全て断ち切らなければならないのだ。白子は低く真剣な声色で続ける。

「でも俺は、渓を幸せにしてやれない。風魔の長として生きなければいけない、だからそれなりの覚悟を――」
「好き」

言いかけた白子の言葉を、渓は遮った。思いもよらない突然の告白に、白子は目を丸くする。固まっていた渓はそれだけ言うと、自分の頬に触れたままの白子の手のひらに自身の小さな手のひらを重ね、真っ直ぐに透き通る紫色の瞳を見つめ返した。夜風がふわりと揺れる。

「好きだよ白子。ずっと好きだった、大好きだったの、一番好きなの、だから傍にいたいの」

不安げな表情を浮かべたまま、小さく小首を傾げる。幼い頃から変わらない、渓の癖。

「それだけじゃ、だめ?」

そう言って瞬きをした渓の大きな瞳から、透明な雫がすっと流れる。いつの間にかひどく大人びた顔をするようになった渓に、白子は胸の奥が締め付けられた。いくら冷たく当たっても、突き放そうとしても、裏切っても、腕の中にあるたった一つの温もりは、変わらない愛情を自分に注ぎ続ける。母に愛されなくなった子どもの頃に、愛される喜びなど忘れたはずなのに、渓は容易く枯れた心に触れて、そっと水を与える。それがごく自然な事のように。

「―――あぁ、くそ」

思わずそう吐き出した白子は、片手で渓の頭を胸に収めてその視界を塞いだ。

「しら、」
「見ないで」

きっぱりと言ってから、もう一度白子は言った。

「今、俺の顔、見ないで」

胸に埋めた渓の顔を抑える手に力こめる。渓は何も言わず、ぎゅっとその腰に抱きついた。やけに穏やかな沈黙が落ちる中、夜空の月はゆっくりと傾いていく。白子は静かに長い息を吐いて、高ぶった感情を落ち着かせた。

「…渓」
「…うん」
「俺と生きること、後悔しないで」
「しないよ」
「幸せになれないこと、理解してて」
「白子の隣りが、一番幸せだよ」

腕の中、くぐもった声でそう返事をした渓が愛しくて、白子はふっと笑う。

「…そうだな」

呟いて、白子はようやく押さえつけていた渓の頭を解放した。自然と渓は顔を上げ、白子も渓を見つめて柔らかく微笑む。この先、一生かけて守るべき小さな手のひらを握り締めながら、白子は少し屈んで渓に顔を近づけると、まるで秘密を交わすかのような小さな声で言った。

「行くよ渓」
「…ずっと、一緒?」
「ああ」
「もう、離れなくていいよね?」
「渓の隣りが、一番幸せだから」

そう答えてくれたことが嬉しくて、渓はまだ涙に濡れた瞳を湛えて、照れたように笑う。

「そのかわり、地獄まで道連れだからな」
「…連れてってくれるなら、どこへでも行くよ」
「…適わないな」

白子は困ったように笑うと、さらに渓に顔近づけた。そして不思議そうに自分を見つめる渓の淡く色づいた唇に、そっと自身のそれを重ねる。渓は咄嗟に握ったままの手のひらに力を込めたが、ゆっくりと瞼を閉じて、その行為を受け入れる。

数多くの運命に遮られながら遠回りし続けた二人が、夏の夜にようやく巡り合った。それももしかすると、定められた運命だったのかもしれない。交わした月夜の口付けは、満天の夜空だけが見ていた。


そしてその日、一人の娘が、滋賀の地から姿を消した。

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