【05:結界の向こう側】

女神像の下から続くはしごの下は、地下深くの下水道に繋がっていた。帝都に水を運ぶために稼動している場所のようだが、なぜこんなところに繋がっているのはかわからない。下水独特のにおいが充満しているわけでもなく、どちらかというと湿気てこもったようなにおいが強い。僅かに呼吸がしづらいくらいのもので、思ったよりも汚らしい場所ではない。城の牢屋の方が随分と汚いものだと思いながら、ユーリは進んでいく。

地下は魔物の巣窟だった。まさか城の地下に魔物が潜んでいるなど、だれが想像しただろう。ユーリとケイは魔物を見たことがあったので特別驚きもしなかったが、エステリーゼは生まれて初めて見る魔物に、僅かに恐怖しているらしい。しかしここで弱音など吐けないのだろう、持ってきたサーベルで魔物に向かっていく。剣の扱いは心得ている、と兵士たちに言っていた言葉は嘘ではないようで、確かに華麗な剣さばきで次々に魔物を倒していった。守られているだけではなく、出来るだけ力になろうというエステリーゼの態度には、ユーリもケイも感心していた。

容赦なく襲い掛かる地下の魔物たちを倒しつつ先へ進んでいくと、地上へ続く長いはしごを発見した。ここ以外に地上へ続く道は見当たらなかったので、ユーリを先頭に、長いはしごを上っていく。

はしごを上りきると、燦々と照りつける太陽が出迎えた。出てきたのは、皮肉にもユーリが騎士団に拘束されたモルディオの屋敷にある、女性の石像の下だった。一晩をあの城で過ごしてしまったらしいことに、ユーリは溜め息をつく。

「あ〜あ、もう朝かよ。一晩無駄にしたな」
「貴族街に繋がってんのね、びっくり」

ケイは自分の知らない抜け道もあるものだと感心しながら、朝の新鮮な空気を目一杯肺に詰め込んだ。エステリーゼはというと、きょろきょろとあたりを見渡して、グリーンの瞳をきらきらと輝かせていた。

「窓から見るのと、全然違って見えます…!」

街並みや、そこを当たり前のように歩く人々すべてが、彼女にとっては新鮮なものなのだろう。ケイはそんなエステリーゼの様子を伺いながらも何も言わなかったので、声をかけたのはユーリだった。

「そりゃ大げさだな。城の外に来るのが、初めてみたいに聞こえるぞ」
「…そ、それは…」
「ま、お城に住むお嬢様ともなれば、好き勝手に出歩けないか」
「は、はい、そうなんです」

誤魔化すように笑うエステリーゼに気付きながらも、ユーリはそれ以上は何も言わず、かわりに右手をさっと構える。ユーリがハイタッチをしようとしていることは一目瞭然なのだが、エステリーゼはハイタッチを知らないのか、待ち構える手のひらに人差し指をちょん、と引っ付けた。思いもよらない反応に、ユーリは困ったように乾いた笑い声をもらすので精一杯だ。当然、エステリーゼの頭上にはたくさんのハテナマークが飛んでいる。

「…これが本当のお嬢様ってわけね」
「あ、あの、なにか間違えました?」

ケイとユーリの困惑の表情を受け、困ったように眉尻を下げるエステリーゼを見かねたのか、助け舟を出したのはケイだった。

「よーし、じゃあユーリ、はい!」

ケイがハイタッチの構えを取ると、ユーリは迷わず構えられた手のひらに自分の手のひらをぶつける。パアン、と小気味のいい音が鳴り響いて、二人はニッと笑った。エステリーゼがそんな二人の様子をポカンと見つめていると、ケイはエステリーゼに向かってハイタッチの構えを取る。

「じゃあ次!エステリーゼちゃん」

同じようにケイが構えると、エステリーゼは若干戸惑いを見せつつも、その手のひらを叩く。ぺち、となんとも頼りなく士気の下がりそうな音を奏でた手のひらに、ユーリとケイは苦笑いを零すのだった。



そうして三人は、下町に向かって歩いていた。エステリーゼは騎士の巡礼に出たフレンを追うため、花の街ハルルに向かうと言ったので、ついでに帝都の出口まで案内することになったのだ。華やかな貴族街から市民街に続く長い階段を下り、そこからさらに下町に続く坂道を下ろうとしたとき、いい加減エステリーゼの耳にも馴染んだ声が聞こえた。

「そこの脱獄者!待つのであ〜る!」
「ここが年貢の納め時なのだ!」
「ばっかも〜ん!能書きはいいから、さっさと取り押さえるのだ!」

アデコール、ボッコス、ルブランの三人組だ。
さすがに今回ばかりは本気でユーリの脱獄に憤慨しているらしい。

「ど、どうしましょう?」

困ったようにおろおろとするエステリーゼの前に立つと、ケイはさっと二丁拳銃を構えた。

「任せて」

ニヤリとケイは笑うと、ユーリが止めるよりもはやく引き金を引いた。ケイが放った玉はアデコールとボッコスの額に見事に当たると、当たったと同時に、ドロッとした毒々しい緑色の物体が放たれて二人の顔を包んだ。二人は驚いて後ろに倒れこみ、必死に顔に付いたものを引き剥がそうとするのだが、引き剥がそうとした手も緑色の物体に巻き込まれて、どんどん複雑に絡まっていく。ユーリがポカンとして二人を見ていると、ケイは必死に笑いを堪えながら言った。

「ほら、今のうち」

そう言って下町に駆けていくケイの背中を、ユーリとエステリーゼは慌てて追いかけた。少し走ったとき、とうとう耐えられなくなったのか、ケイがぶはっと噴き出して、ケタケタと声を上げて笑い出した。ユーリは呆れたようにケイの姿を見つめながら問う。

「何?今の」
「ケイさんオリジナル、超強力粘着スライム弾。空気に触れたら徐々に乾いて、最後はぺりっと剥がれるから平気だよ、害はない」
「乾くったって、どのくらいで?」
「5時間くらいかな?」
「とんでもねぇな…」
「こないだ作った試作品なんだけど、試してみたくてね〜」

悪びれもなく言うケイに、ユーリは小さく恐ろしい女、と零した。ケイはユーリを見上げてニヤニヤと悪戯っぽく笑うばかりで、気にもしていないようだ。エステリーゼはもう驚きで声も出ないらしい。お姫様には刺激的だったかな、と心の中でこぼしながら、ケイは僅かにすっきりした気持ちで足を速めた。



坂道を駆け下りて下町に到着し、壊れた噴水の近くに行ったとき、三人の姿を見つけたハンクスが駆け寄って来た。一晩中帰って来なかった二人を随分心配していたようで、怒りと呆れの表情の中に、二人の無事に安心したと訴える優しい瞳が見えた。

「二人とも、どこに行っとったんじゃ!」
「ちょいとお城に招待受けて、優雅なひと時を満喫してた」
「スニーキング脱出ゲームもなかなか刺激的だったよ」

呑気な二人のセリフに呆れたように溜め息をつくと、ハンクスは見慣れない少女が一緒にいることを不思議に思ってたずねる。

「その娘さんは?」
「こんにちは、エステリーゼと申します」
「いや、こりゃご丁寧に…」

ユーリたちが紹介するまでもなく、自身で挨拶を済ませてしまったエステリーゼ。下町には到底似合わない上品な所作にハンクスも戸惑ってしまい、誤魔化すようにユーリとケイに声をかけた。エステリーゼ本人は気にした様子もなく、興味津々で下町を見渡している。

「それよりも、騎士団じゃよ。下町の惨状には目もくれず、おまえさんを探しておったぞ、ユーリ」
「オレだけかよ…」
「そりゃ、あたし関係ありませんから」

ケイを逃がし、罪を逃れさせたのはユーリだ。ケイが追われないのは仕方ない。

「やはり騎士団ともめたんじゃな」
「ま、そんなとこだ。ラピードは戻ってるか?」
「ああ、何か袋をくわえておったようじゃが…」
「その袋は?」
「おまえさんの部屋においてあるはずじゃよ」

ユーリはハンクスに後で取りに行って振ってみるようハンクスに告げると、当然ハンクスは怪訝な顔をする。ユーリの言葉に付け加えたのはケイだ。

「モルディオさんも楽しんでたみたいだしね」
「モルディオさんに会ったのか?」

驚いたようにハンクスが目を丸くする。

「当人は逃げちまった逃げちまったけどな。アスピオって街の有名人らしいんだ」

へぇ、とケイはユーリの言葉に耳を傾ける。ユーリが牢で手に入れた情報なので、アスピオという街の有名人であることはケイは知らない。

「逃げた?という事は、やはりわしらは騙されて……」
「ああ、家も空き家だったし、貴族って肩書きも怪しいな」
「……そうか」

肩を落とすハンクスの姿に、ケイの胸がちくりと痛んだ。先頭きって修理代を集め、妻の形見まで手放したというのに、その結果が騙された、なのだ。ケイの中で、ぐるぐるとモルディオに対する怒りが広がっていくが、表には出さないように押さえ込む。ユーリはあえてそんなハンクスの様子には触れず、すっかり枯れた噴水を見ながら口を開いた。

「水道魔導器も、水漏れ通り越して止まっちまったみたいだな」
「ああ、魔核がなくてはどうにも動かん」

ハンクスの声には、悔しさと悲しさがにじみ出ていた。

「ねぇハンクスさん、残りの水でしばらくは大丈夫そう?」
「ああ、じゃが、長くはもたんよ。後は腹壊すの承知で川の水を飲むしかないのかの……」
「騎士団は何もしてくれねぇし、やっぱドロボウ本人から魔核取り戻すしかねぇな」

ユーリの言葉にハンクスの目が鋭くなる。アスピオに行くには、当然結界の外に出なければいけないのだ。結界で守られている間はいいが、外には下水道とは比べ物にならないほどの魔物が生息している。ハンクスの心配はもっともだった。

「心配すんなよ、ちょっくら行って、すぐに戻ってくっから」
「そうそう、あたしも一緒にいくし!」
「は?」

笑顔でそう宣言したケイに、ユーリは顔をしかめた。危険な場所にわざわざ連れ出そうとも思っていなかったし、彼女にはこの下町を頼みたかったのである。

「ケイは残れ」
「なんで?あたしも行きたい。モルディオっての、十発はぶん殴ってやらないと気済まない」

当然のように言い放ったケイだが、当初は五発だったのが十発に増えている。しかしそんなことよりも、ユーリはケイを連れ出したくはなかった。キュモールなどのややこしい男はいれど、帝都にいるほうがずっと安全なのは確実なのだ。

「オレもお前も出て行ったら、下町はどうするんだよ」
「じゃああたしが行くからユーリが残れば?あたしのこと庇ったし、これでおあいこでしょ?」
「そういう問題じゃなくて…」

二人がそんな言い合いをしていると、フンっとハンクスはわざとらしく鼻を鳴らした。

「ちょうどいい機会じゃ。ふたりともしばらく帰ってこんでいい」
「はあ?なんだよ、それ」

ユーリが呆れたように言うと、ハンクスは真面目な声色で続けた。

「おまえさんたちがいなくても、わしらはちゃんとやっていける。前にフレンも言っておったぞ。ユーリは、いつまで今の生活を続けるつもりなのかとな」
「またオレだけかよ……余計なお世話だっての」

フレンが言いたいことの本当の意味を、なんとなく理解してしまったユーリは、溜め息のあとに隣りのケイを見た。首をかしげて自分を見上げるこのお転婆な年上の幼馴染みを、さっさと幸せにしてやれということなのだろう。そもそも、まずそういった関係にすら伸し上がっていないのだ。スタートラインにすら立てていないというのに。

「…せっかちなヤツ」
「なにが?」
「なんでもない」

そんなやり取りを見守っていたハンクスは笑うと、二人の背中をバシンと叩いた。驚いてハンクスを見ると、ハンクスはニカッと笑った。ケイの好きな笑顔だった。

「ふたり仲良く成長してくるんじゃな」
「はーい」

呑気にへらへらと答えるケイに、ユーリは溜め息をついた。結局連れて行かなければいけないらしい。

「ユーリ、しっかりやれよ」
「分かってるよ」
「モルディオのことではない、わかっとるじゃろ」
「…はいはい」

どうしてどいつもこいつも、さっさとケイと自分を引っ付けたがるのだろう、とユーリは苦笑した。その間も、エステリーゼはキラキラした瞳で下町を見つめていたのだが、ルブランの声が聞こえたのはそんなときだった。

「ユーリ・ローウェ〜〜ル!!ケイ・ルナティ〜〜ク!!よくも、かわいい部下をふたりも!お縄だ、神妙にお縄につけ〜!!」
「…かわいい部下をやったのはケイだけどな」
「脱獄者はユーリだから、ユーリの方が重罪ね」

ケイは楽しげに言うと、エステリーゼの手を取った。ユーリはハンクスを振り返る。

「ま、こういう事情もあるから、しばらく留守にするわ」
「やれやれ、いつもいつも騒がしいやつだな」

ハンクスは笑うと、下町の住人に目配せして合図を送る。どうやら追ってくるルブランを引き止めてくれるようで、ユーリとケイにもそれはきちんと伝わった。エステリーゼは当然事情が分かっていないので、人差し指をあごのあたりに添えたまま首をかしげるばかりだ。

「これで金の件に関しては、貸し借りなしじゃぞ」
「年甲斐もなくはしゃいで、ぼっくりいくなよ」
「いったらあたし、泣き崩れるわ」
「はんっ、おまえさんたちこそ、のたれ死ぬんじゃないぞ」

ハンクスのその言葉を受けて、ユーリとケイは出口に向かって走り出した。ケイはエステリーゼの手を掴んだままなので、エステリーゼも慌てて後を追う。挨拶もなく発つことを躊躇われたのか、エステリーゼは振り返りながら、ハンクスに声をかけた。

「わ、わたしも行ってきます!」
「あやつらの面倒見るのは苦労も多いじゃろうが、お嬢さんも気をつけてな!」
「ありがとうございます!」

ケイに手を引かれて駆けながら、ハンクスの言葉を受けたエステリーゼは、せめて精一杯手を振ってみせた。ルブランが逃げる二人を追いかけてきたとき、下町の住人たちが一斉にルブランに駆け寄る。噴水はいつ直るのか、騎士だかっこいい、ばあさんの入れ歯を探してくれ、そんな言葉を次々にルブランに投げかけつつ、ユーリたちに向かうルブランの行く手を阻む。当然ルブランは身動きが取れなくなってしまって憤慨しているようだ。

ユーリとケイ、そしてエステリーゼまでもがその状況に笑みを零していると、彼らの前方からも下町の住人が押し寄せてきた。あっという間に人並みに飲まれてしまった三人は、進むどころの騒ぎではない。下町の住人たちは三人をもみくちゃにしながら、あれやこれやと彼らに言葉をかけたり、荷物を持たせたりしている。

「ユーリ!女の子ふたりもたぶらかして!」
「なに、勝手なこと言ってんだ……って、ちょ、押すなって!今、叩いたやつ、覚えとけよ!」
「ケイちゃん!帰ってきたら俺とデートしてくれよ!」
「か、考えとく……ってコラ!誰だ今さりげなくお尻触ったの!」

ユーリとケイは人並みに飲まれながらもなんとか進む。ケイに至っては、エステリーゼの手を握っているのでより大変だ。

「花の街ハルルに行くのならほら、これ持ってきな」

ユーリの懐に未完成の地図を詰め込み、デイドン砦に向かうよう指示して、二人のポケットにグミや食料をどんどん詰め込んでいく。楽しくなってしまったのか、ケイはもはや笑いが止まらないらしく、つられてユーリとエステリーゼも声を上げて笑った。

ようやく人並みが去って、三人は出口の近くまで抜けてきた。ふうっと息を吐いて、一旦落ち着くために足を止める。エステリーゼもかなり疲れたようで、膝に手をついて息を整えはじめたので、ケイはようやくエステリーゼの手を離した。

「おふたりは皆さんに、とても愛されてるんですね」
「まぁね〜」

ユーリが皮肉を言うために口を開きかけたのだが、それよりもはやくケイが笑顔で肯定する。ユーリはむっとしたようにケイを見るが、ケイはにこにことしているばかりだ。するとユーリはふと違和感を感じたのか、懐に入れられた袋を手にとって、一瞬言葉を失った。そこにはお金が忍ばされていたのだ。下町の住人にとっては、僅かな金額でも大金だというのに、なかなかずっしりとした重みのあるお金の入った袋に、ユーリは眉を寄せる。

「誰だよ、金まで入れたの!こんなの受け取れるか!」

慌ててユーリが返しに戻ろうとしたのを止めたのはケイだ。

「落ち着いてユーリ、こんなこともあろうかとちゃんとしといたから」
「ちゃんとって…」
「あの人ごみの中、あたしが与えられてばっかりだったと思う?」

ニヤリと意味深に笑ったケイを見て悟ったのか、ユーリは呆れたように笑った。どうやら、下町の住人が自分たちに物を与えてくれたように、ケイは下町の住人たちのポケットにお金を忍ばせたのだ。ケイのことだ、どうせ重みでバレてしまわないように、一番大きい額のお札を、入れていったに違いない。総額は間違いなく、ここにある分よりもはるかに多いはずだ。

「さすがケイさんだな」
「お陰で一文無しだわ」

そんな会話をしていたら、ルブランの声が近付いてきた。

「ええ〜い!待て〜!どけ〜い!」
「げ、もうあの人ごみ潜り抜けてきちゃったの?」
「急ぐぞ!」

ユーリが先に駆け出して、ケイは再びエステリーゼの手を掴んで走り出した。追ってきたルブランの姿が見えたとき、ルブランを転ばせて行く手を阻んだのはラピードだ。ルブランは転んだまま、何が起こったのか分からずに目を白黒させている。三人は足を止めることなく振り返ると、その後ろからラピードが追いかけて来ていた。ユーリはくくっと笑ってラピードを見る。

「ラピード、狙ってたろ。おいしいやつだな」
「…犬?」

エステリーゼはラピードと初対面だったので、ぽかんとして首をかしげている。そうして足を休めることなく無事に結界の外にでた三人と一匹は、そこでようやく足を止めた。ケイもエステリーゼの手を解放して、高い空を見上げたままぐーっと伸びをする。結界に覆われていない空は、いつもより高く見えた。

「さて、皆の者おつかれ!これからが本番であるぞ!」

ケイは笑顔で言う。
ユーリも晴れやかな表情でケイを見返して、口を開いた。

「まずは北のデイドン砦だな」
「そうですね」

外の世界に興奮した様子のエステリーゼが答えると、ユーリはそんなエステリーゼを見ながら口を開いた。

「どこまで一緒か分かんねぇけど、ま、よろしくな、エステル」
「あら、それいいね」

ケイもユーリの呼び名に賛同したらしい。エステル、と呼ばれた本人は、きょとんとして何度かエステルという単語を反復している。ようやく意味を理解したのか、嬉しそうに笑って答えた。

「こちらこそ、よろしくお願いします!ユーリ!」
「あたしもよろしくね、エステル」
「はい!ケイもよろしくお願いします!」

そして三人は、そびえ立つ帝都を振り返る。結界に守られたこの場所に帰ってくるのは、もう少し先だろう。

「…行ってきます」

小さな声で呟いて、ケイは心の中で続けた。

お母さん、行ってきます。
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