【04:女神像に賭けて】

ザギとユーリの攻防が続くのを、ケイは少女を庇いつつ見守っていた。攻撃が来ると少女ごとその攻撃を避けて、距離を取って様子を伺う、という行動をくり返しつつ、ユーリの状態も気にかける。

フレンの部屋で銃など使おうものなら、兆弾でむしろ危険な上に、この人数がこの広さで武器を持って暴れると、味方を傷つける可能性が高まるだけだということを考慮して、出来るだけ戦闘に加わらないようにしているのだが、そんなケイの事情を知ってか知らずか、この桃色の髪の少女はユーリが僅かに押されると慌てて出て行こうとする。それをいちいち止めているのも面倒なのだが、ここでこの少女に怪我をされてしまう方が後々面倒なので、結局少女を庇いつつ、飛び出してしまわないよう注意しながら様子を見守っていた。

しかし少女は、放っておいてはダメだとか、わたしが行くから離して欲しいとケイに言う。さすがにケイも苛立ってしまい、少女の胸倉を掴むと、勢いよく少女の顔に自分の顔を近づける。驚いた少女は完全に固まってしまったままでケイを見つめていて、ケイは睨むように目を細めて少女を見つめた。揃いのグリーンの瞳がぶつかり合う。

「あのね、アンタいい加減にしなさい!」
「っ」

怒鳴られたことに驚いて、少女は大きく肩を揺らした。

「こんな狭いとこで加勢したって足手まといなの!」
「で、でも…」
「いいからアンタはひたすら自分のことだけ心配してなさい!」

吐き捨てるように言うと、ケイは掴んでいた胸倉を乱暴に離して、少女を背中に隠す。ケイとほとんど身長の変わらない少女なので、その背中にすっぽり隠れてしまうということはないのだが、怒鳴られたことに落ち込んだのか、俯く姿が先ほどよりも幾分か小さく見えた。

ユーリはそんな二人の様子を横目で伺うと、長い戦闘は不利だと悟り一気に勝負を仕掛ける。最後の一撃が決まったのはユーリの方で、ザギはようやく傷口を押さえてふらついた。かなりの戦闘狂だったザギはなかなか倒れなかったため、ユーリも随分疲弊している様子だった。少しだけ呼吸を整えたユーリは、面倒そうに口を開く。

「相手、完璧に間違ってるぜ。仕事はもっと丁寧にやんな」
「そんな些細なことは、どうでもいい!さあ、続きをやるぞ!」
「そりゃ、どういう理屈だよ。ったく、フレンもとんでもねぇのに狙われてんな」

ユーリの言葉など無視をして、再びザギが構えようとしたときだった。フードを深く被った仲間らしき赤眼の男が突然やってきて、ザギに声をかける。

「ザギ、引き上げだ。こっちのミスで、騎士団に気付かれた」

そう言った赤眼の男を一瞥すると、あろうことか、ザギは殴りつけたのだ。当然、ユーリたちはザギの行動に驚く。

「き、貴様」
「うわははははっ……!オレの邪魔をするな!まだ上り詰めちゃいない!」

ケイは遠くからザギを見つめながら、かなりの狂いっぷりが受け付けなかったようで、露骨に表情を乱す。

「騎士団が来る前に退くぞ。今日で楽しみを終わりにしたいのか?」

赤眼の男がザギを連れ帰るためにそう言うと、ザギは一気に熱が冷めてしまったのか、まるで八つ当たりのように赤眼の男を切り刻んで殺してしまった。ケイは慌てて振り返ると、少女の目を覆う。最期の瞬間までは見てはいないだろうが、切り刻んだ瞬間くらいは見てしまったのだろう、少女の体は僅かに震えている。

ザギは死体となった赤眼の男の首根っこを掴むと、ニヤリと一度ユーリを振り返り、そのまま何も言わずに、死体ごと立ち去った。ユーリはようやく一段落ついたことに安堵したのか、深く長い息を吐くと、剣を鞘に収めてケイたちに近付いた。

「怪我はないか?」
「あたしたちは大丈夫。ユーリは?」
「ちょっと疲れたくらいかな」
「そう、じゃあ大丈夫ね」

ケイは笑ってユーリを見上げた後、視線を少女に戻してぱっと目隠しを外した。少女の顔はすっかり青ざめている。怯えきった少女の顔に自分の顔をぐいっと近づけると、ケイは先ほどの苛立った表情ではなく、普通の顔で少女を見つめた。

「おーい、平気?」
「え…!?え、あ、あの」
「大丈夫よ。あのザギとかいうの、八つ当たって思わず武器向けたけど、あの人多分死んでないから」
「そ、そうですよね…」

死んでしまったことは伏せてさらりと嘘を言ったケイは、震える少女の肩をさすりながら再びユーリを見上げる。ユーリはすっかり悲惨な状態になってしまったフレンの部屋を見渡して、まぁ仕方ないと思い込むことにしてケイを見下ろした。

「ここもゆっくり出来ねえらしい」
「そうだね、騎士団来たら確実に詰むわ」

そして二人の視線は目の前の少女に注がれる。死んでいないという言葉と、ケイに肩をさすられていたことに安堵したのか、幾分か顔色も良くなった少女は震えもかなり収まっていた。ケイはそんな少女の様子を見て溜め息をつくと、目の前の少女を唐突に抱きしめた。当然ユーリも少女も驚いているのだが、そんなことはお構いなしに、ケイは少女の耳元でこそっと言葉を落とす。

「ねぇ、君ここに残ったほうがいいよ」
「え…」
「…この程度のことで怯えて、震えるお姫様を外に出せるわけないでしょ」
「!!」

それだけ言うと、ケイは少女から体を離し、驚いたまま硬直している少女を置いてさっさと部屋を出て行こうとする。当然ユーリはケイを止めるが、ケイは振り返って少女を見ながら言った。

「落ち着くの待ってたら、下町はあのきったない水の海になるよ」
「そうだけどな…」
「ここにいればじきに騎士団が来る。今下手に連れまわすより、ここで保護される方が絶対安心だって」

珍しくケイが完全に無表情なことにユーリは顔をしかめつつ、桃色の髪の少女を見下ろした。どんな事情があれ、ケイの言うことは正論ではある。いつになく他人を冷たくあしらうのは、やはりケイの貴族嫌いが発揮されていることもあるのかもしれないが、それよりも急いだ方がいいことは確かなのだ。

「…そうだな、急ぐか」

ユーリも部屋を出ようとしたそのとき、今まで黙っていた少女が声を荒げた。

「待ってください!」

ユーリとケイは同時に振り返り、少女を見る。その目は先ほどのように揺らいではおらず、しっかりを二人を見据えていた。

「わたしも、連れて行ってください」
「…」
「お城の外まででいいんです、お願いします!」

深々と頭を下げる少女をしばらく見つめた二人は、僅かに目配せをして息を吐いた。ここで断っても、この少女は食いついてくるに違いない。その方が時間の無駄だった。

「…君、名前は?」
「え?」
「なーまーえ!まだ聞いてないでしょ」
「あ、わ、わたし、エステリーゼって言います」
「それじゃ、エステリーゼちゃんもくわえて、しゅっぱーつ!」

パチン、とケイは気持ちを切り替えるように一度手を叩くと、明るく声を上げる。エステリーゼと名乗った少女は頭をあげてポカンと二人を見上げた。

「急ぐぞ、エステリーゼ。遅れんなよ」
「は、はい!」

ユーリに言われ、ようやく同行の許可を得たことを理解したエステリーゼは、部屋を出ようとする二人の後を慌てて追いかける。しかし、荒らしてしまったフレンの部屋の惨状が気になるのか、一度振り返って部屋の中を確認してから、目の前の二人に声をかける。

「あの、待ってください。部屋、ぐちゃぐちゃなんですけど…」
「はぁ?」

こんな状況で突拍子もない発言をしでかしたエステリーゼを睨むように見たのはケイだ。せっかく気持ちを切り替えたのに、それにも気付かず平気でこんなことを言われれば、腹が立つのも無理はない。

「当たり前でしょ、あんなに暴れたんだから」
「で、でも片付けしないと…」
「じゃあ勝手にやれば?私ら行くから」
「せめてドアだけでも…!」
「他人頼ってないで、やりたきゃ自分でやれっつってんのよ!」

ユーリですら見たこともないくらいに苛立った様子のケイの顔に、当然笑顔はない。怒鳴られたエステリーゼはビクッと肩を震わせると、怯えたようにケイを見た。その怯えた視線に、ケイは眉をひそめると、吐き捨てるように言った。

「あたしは行くから、直したきゃ勝手にすれば?着いて来るならさっさと来なさい」

本当に部屋を出て行ってしまったケイに、エステリーゼは当然おろおろとする。ユーリもあんなに苛立った感情を露にするケイなど記憶にはなくて、対処の仕方も分からない。引き止めるタイミングも見落としてしまって、ユーリはエステリーゼを見下ろすと苦笑いで言った。

「悪いな、珍しくご立腹で」
「え、あの…」
「フレンには謝っとくよ」

そう告げてユーリもケイを追う。置き去りのエステリーゼは部屋の中を見て、どうしたものかと迷うものの、二人の背中はどんどん小さくなっていく。エステリーゼはぎゅっと唇を噛み締めると、心の中でフレンに謝罪をして、二人の後を追いかけた。



「…ちょっときつずぎじゃねえの?」

ユーリは二人の後ろを申し訳なさそうに着いてくるエステリーゼをちらっと見ながら、隣りを歩くケイに言った。前を向いて歩くケイの顔から苛立った様子は消えたものの、すっかり無表情になってしまっている。

「…あの状況であの言葉が出てきたら、きつく言いたくもなるよ」
「気持ちは分かるけど、貴族だからってのもあるんだろ、正直」

身なりや仕草や言動を見ていても、エステリーゼが平民でないことは明らかだった。ユーリの言葉に、ケイはユーリを見上げると、ふっと困ったように笑った。それはなんだかとても悲しげで、泣きそうな笑顔にも見えて、ユーリは一瞬言葉を失う。笑ったケイの顔なんて、今まで数え切れないほど見てきたというのに、こんな風に笑う彼女の姿を、ユーリは知らないのだ。

「…それもあるかもね」

消えそうな声でそう言ったケイに何も言い返せなくて、咄嗟に頭の中で言葉のパーツを手繰り寄せようとするものの、なかなか上手い具合に言葉が見当たらない。そんなユーリをよそに、ケイは立ち止まってクルリと振り返ると、後ろを歩くエステリーゼの姿を見る。エステリーゼは本能的にケイを怖いと思っているのか、ケイと目が合うと僅かに肩を震わせて、慌てて視線を逸らす。ケイは眉尻を下げて息を吐くと、エステリーゼの元に歩み寄ってその手を握った。驚いたようにエステリーゼは顔を上げるが、顔を上げたと同時に腕を引かれたのためにバランスを崩すものの、何とか持ちこたえる。ケイはエステリーゼの細い腕を掴んだまますたすたと歩くと、ユーリと自分の間にエステリーゼを配置させて言った。

「あんま離れられると困るから、着いてくるんなら目の届くところにいて」
「は、はい!」
「ユーリ」
「ん?」
「一緒にいる間は、精々努力するわ」

それは、貴族にカテゴライズされるこの少女を、出来るだけ邪険に扱わないようにする、という意味だということは、ユーリにはきちんと伝わっていた。ユーリはふっと笑うと、はいはいと言いながら、ようやく気持ちが穏やかになったらしいケイに安堵した。

しかし、その裏で、あの泣きそうな笑顔のケイが離れない。まだ知らないケイがいるようで不安が喉元まで出掛かっただが、今はそんなことを考えている余裕はない。無理やり記憶の底に押し込んで、無事にエステリーゼを連れて外に出ることだけを考えることにした。



多少は柔らかになった空気だが、それでもギクシャクとした状態のまま、三人は二階の開けた廊下に出た。一階の広間らしき場所が見下ろせる場所なのだが、なぜか一階部分が非常に騒がしい。散々フレンの部屋で暴れたにも関わらず騎士団が来なかったのは、もしかするとこの騒動のせいなのかもしれない。

「……さっきの連中のせいか、これ?オレのせいとかになってねぇよな」
「残念ながら、それはあり得る話ですよユーリさん」
「ケガ人が出てなければいいけど…」

心配そうに見つめるエステリーゼにケイはちらりと視線を寄こすが、何も言わずに再び一階の様子を眺めた。

「騎士団も自分たちの身くらいはちゃんと守ってんだろ」
「そうですね」

ケイのかわりにユーリが答えた瞬間、ユーリを探す聞きなれた声が、騒動にも負けないくらいの大きさで響いた。

「ユーリ・ローウェル!どこに逃げおった!」
「ほら、元気なのが来たぞ。この声、ルブランだな」
「大人気ですね〜ユーリさん」

ルブランの声を聞いて調子を取り戻してきたのか、ケイがユーリを見てケタケタと笑った。ケイの調子が安定したことにユーリも安心したようで、肩をすくめて笑ってみせた。

「あの……お知り合いなんですか?」

遠慮がちにエステリーゼが問いかけると、ケイはグリーンの瞳を見つめて、穏やかな声で答えた。

「ま、いろいろあってね」
「いろいろ…ですか」
「そんなことより急ごう。混乱してるとはいえ、追っ手が来ても困るし」

ケイに答えてもらえるとは思っていなかったのだろう、エステリーゼは困惑したようだったが、彼女自身もケイに対しての気持ちは落ち着いているようだ。急ごうと言ったケイに頷いて、再び歩き始める三人だったが、エステリーゼがドレスのすそを踏んでよろめいてしまった。危うくこけそうになったところを助けたのはケイだ。

「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます…」

ケイの手を借りて体勢を整えたエステリーゼの姿を見て、ユーリが口を開く。

「その目立つ格好もどうにかした方がいいな」
「着替えならこの先のわたしの部屋に行けば…」
「んじゃ、それでいこう」

そうして三人は、エステリーゼの部屋に向かうことになった。



エステリーゼの部屋は、一階が見下ろせた先ほどの場所からは、すぐのところにあった。あからさますぎるほど他の部屋とは違う、繊細な金の装飾が施された美しい白の扉の前で、エステリーゼは立ち止まる。

「ここがわたしの部屋です。着替えてきますので、少し待っていてください」

そういい残して部屋に入っていくエステリーゼを見送ると、ケイは廊下にもたれ掛かって息を吐いた。ケイなりに気を遣っているらしく、ユーリは苦笑をもらす。

「大丈夫か?」
「大丈夫に見えるなら嬉しいね」
「んじゃ大丈夫だ」
「それはよかった」

ケイはぐーっと伸びをした、ふうっともう一度息を吐く。そして白い扉を見つめながらユーリに尋ねた。

「ねぇ、あの子のこと、どう思う?」
「あの子?」
「エステリーゼちゃん」
「あぁ、世間知らずのお城住まいの貴族のお嬢様ってとこかな」
「ま、そんなとこだよねー」

ケイはエステリーゼが姫という存在であることを知っていたが、ユーリの見解に同調することにした。何で知っているのか、と問われると、とにかく面倒だからである。しかし、会えると思ってもいなかった人物とこんなタイミングで会ってしまうとは、運命は残酷だな、とケイは思いながら、大きな欠伸をひとつ零して、ごしごしと目をこすった。

「眠い?」

ユーリに尋ねられて、答えることはなくこくんと頷いてみせる。

「朝帰りな上にこんな状況だもんな」
「はやくふかふかのベッドで寝たいもんだよ」
「わざわざ来なきゃ、ふかふかのベッドで寝れたんだぜ?」
「助けに来てあげたお姉さまに向かって、なんてこと言うの」

心外だ、と言わんばかりに、ケイはわざとらしくユーリを見上げてみせたのだが、気にすることもなくユーリはあっさりと受け流し、受け流されたことを気にすることもなく、ケイはもう一度大きな欠伸を零した。

そんなことをしているうちに、ようやくエステリーゼが部屋から出てきた。青いドレスとはまるで印象の違う、白とピンクを基調とした可愛らしいワンピース風の服を着て、まとめていた髪は下ろされている。きちんとサーベルを持って出てきたのは、今後のことをきちんと考えてのことだろう。ケイはそんなエステリーゼをまじまじと見つめていたので、居心地が悪くなったのであろう、エステリーゼは困ったように言った。

「あ、あの……おかしいです?」
「ううん、超かわいいなにそれ」

即答したケイが意外だったのか、エステリーゼは目をぱちくりとさせる。

「貴族様はケバケバしいドレスばっかり着るもんだと思ってたから、正直全然期待してなかったんだけど、超かわいい。ハイセンス」
「え、えと、ありがとうございます…」
「若干動きにくそうではあるけど、まぁ許容範囲内ね。そんじゃ、しゅっぱーつ」

ころころと変わるケイの態度に追いつけないのだろう、エステリーゼはまだ混乱しているようだ。そんなエステリーゼなどそっちのけで、マイペースにケイは歩き出し、ユーリが後に続く。そこでようやくエステリーゼもはっとなったのか、慌てて後を追いかけて声をかける。

「あ、あの!」
「ん?」

ユーリとケイが振り向くと、エステリーゼは右手を差し出した。
二人がきょとんとしていると、なんとも可愛らしい笑顔を向けながら言った。

「よろしくって意味です」

ユーリとケイは目配せすると、順に差し出された手を握った。
貴族はなんとも丁寧な生き物だな、と二人は心の中で呟いた。

「んじゃ、行くぜ」
「はい!」

握手を終えて、やっと三人は寄り道をすることもなく進めるようになった。騒動があったために警備も手薄になっており、兵士とぶつかることもなくすんなりと女神像のある開けた場所にでる。人の気配も感じないので、三人は堂々と美しい女神像の前に立った。剣を持った、透明の美しい女神の像には羽が生えており、僅かに空を見上げている。ユーリはその像を前にして、ふーんと呟いた。

「この像になにかあるんです?」
「秘密があるんだと」
「秘密って言っても特別、何も変わったものでは……」

エステリーゼは確かめるように像の周りをぐるぐると回る。そんな姿を見つめながら、ケイはユーリに問いかけた。

「例の胡散臭いおっさん情報?」
「まぁな」
「信用できるの?そのおっさん」
「これに賭けるしかないだろ」

言うが早いか、ユーリは女神像を力いっぱい押して動かす。すると信じられないことに、女神像の下には地下へと続くはしごが伸びていて、深い闇が広がっていた。

「ワァオ、ほんとにあった」

ケイは目をぱちくりとさせながら言う。当然半信半疑だったユーリとエステリーゼも同様の反応だ。

「もしかして、ここから外に?」

不安げに尋ねるエステリーゼに向かって答えたのはユーリだ。

「保障はない。オレたちは行くけど、どうする?」
「……行きます」

少し悩んだようだったが、エステリーゼははっきりとこう言った。行くかどうかを尋ねてあげたのは、今ならまだ戻れるということを示す、ユーリなりの優しさだろう。

「なかなか勇気のある決断ね。よきかなよきかな」

見直した、と言わんばかりにケイは笑う。ユーリはこの女神像の下を教えた男を思い出し、見た目通りの胡散臭さに一人肩をすくめた。

そして、はしごを降りようとしたときだった。突然エステリーゼがユーリの腕を掴んだのだ。

「あら大胆」

ケイは大して驚く様子も見せずにそう言うが、ユーリはそんなケイのことなど無視してエステリーゼに言う。

「どうした?やっぱり、やめんの?」
「いえ、手、ケガしてます。ちょっと見せてください」

エステリーゼは傷を負ったユーリの腕を両手でそっと包み込むと、癒しの魔法を展開する。

「!!」

その様子を少し距離を開けて見たケイは、表情を強張らせる。通常、魔術を使用する際は、身に着けている魔導器が光るはずなのだが、エステリーゼは光らなかったのだ。当然ユーリもそれに気付いたようで、エステリーゼの腕を掴んで魔導器を見ようとするが、エステリーゼは驚いて慌てて腕を引っ込めた。

ケイはそんな二人の様子を見ながら、確信を持つ。エステリーゼが『本物』だという確信だ。二人に気付かれないように、ケイはきゅっと唇を噛むと、胸の奥に渦巻くドス黒い感情が爆発してしまわないように、必死で拳を握り締めるのだった。
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