【02:デコボココンビとキュモール隊】

テッドは一階であれやこれやと準備をして、慌てて家を出た。家を出てすぐ目の前にラピードの姿があり、まさか、と思っていると、二階のユーリの部屋から華麗にユーリが飛び降りてきた。やっと動く気になったらしいユーリに安堵しながら彼の名を呼ぶが、ユーリは呼ばれたことには反応を示さず、両腕をさっと前に伸ばした。テッドが、ん?と首をかしげた瞬間、頭上から聞きなれた女性の声が聞こえた。

「ほっ!」

聞こえたかと思うと、テッドが声の方を確認するために頭上を見上げるまでもなく、それは軽快に降ってきた。気持ちいいくらいにすっぽりとユーリの両腕に収まると、俗に言うお姫様抱っこ状態で、ニコニコとユーリの顔を見上げている。

「イエーイ!ユーリ、ナイスキャッチ!」
「…ケイ、最近ちょっと飲みすぎじゃねぇか?」
「え?なんで?」
「前に比べてなんか重…」
「コラ!レディに対して失礼なことをいうなバカ!」

頭上からひらりと降って来たのはケイで、ユーリの失礼な言い草に腹を立てながら、見事な右ストレートをユーリの顔目掛けて繰り出した。ケイを横抱きにしたまま器用にパンチを避けつつも、かなり本気のパンチに僅かばかり冷や汗をかく。

「うお!今のは危ねぇ!」
「失礼なこというユーリが悪い!」

突然始まったいつも通りの二人の言い合いを眺めていたテッドだったが、ようやく頭が目の前の状況に追いついてきたのか、驚いて声を上げる。

「え、ケイ!?帰ってたの?」

名前を呼ばれてようやくテッドの存在に気付いたケイは、ユーリの肩にあごを乗せてテッドに笑顔を向けながら、ひらひらと手を振った。

「ハァイ、テッド。おはよ」
「昨日の夕方からいなかったから、てっきりまだ帰って来てないのかと…」
「大人は朝帰りも仕事なの。朝から強烈にうるさいテッドの声で起こされました」

くくくっとケイは悪戯っぽく笑うと、お札を一枚弾くようにしてテッドに投げた。
テッドは慌ててそれをキャッチすると、何事かというかのようにユーリに横抱きにされたままのケイを見上げる。

「悪いけど、それで水せき止めるヤツ買えるだけ買って来て。アレじゃ下町にある分だけだとさすがに足りないでしょ。あたしに言われたって言えば、多分噴水のところまで運んでくれるから。よろしくね」
「う、うん!わかった」
「それじゃあ参るそユーリ〜」
「へいへい…」

ぴょんっとユーリの腕から軽快に飛び降りると、この面倒ごとの何が楽しいのか、ケイはスキップでも始めそうな勢いで進んでいった。寝起きから元気なやつだな、とは思いつつ苦笑をもらすと、ユーリもケイの隣りを歩く。

大洪水という災難が起こっているにも関わらず、空は青く高く、優雅に鳥たちが舞っている。まるで慌てふためく人間たちをあざ笑うようにも見える自由な鳥を見上げながら、ユーリは口を開いた。

「昨日は昨日で騎士団とのもめ事に駆り出されるわ、今日は今日で、水道魔導器が壊れるときたか。なんだってこの下町は、毎日騒がしい事件が次から次へと起こるんだろうな」
「ね〜。まぁぼやいてても仕方ないって。暇よりはずっといいわ」
「だな」

慌しい下町には似合わないほど呑気な様子で、二人と一匹は噴水に向かう。噴水についてみると、そこはなかなかに悲惨な様子だった。普段は清らかな水が流れ出ている噴水だが、今は茶色い水が豪快に噴き出していて、小さな子どもは近付くのも危なげだ。大の男が数人係で必死に水をせき止めようとしているようだが、水の勢いは留まることもない。

「なんとしても止めるんじゃ!」

先頭に立って噴水の水をせき止めているのは、年齢もそこそこの白髪の老人、ハンクスである。ユーリとケイが幼い頃から世話になっており、非常に元気な、ある意味下町のリーダーのような存在だった。

「ワァオ、なかなか悲惨」

ケイは呑気に言うと、とことことハンクスの傍に駆け寄った。ユーリはケイの反対側に周り、噴水をせき止めている男に話しかけている。

「ハァイ、ハンクスさん。なんか大変みたいね」
「ケイ、ユーリ、やっと顔を出しよったか!」

二人の姿に手を止めたハンクスは眉間にしわを寄せながら二人の姿を確認する。ケイはパパッと手際よく靴を脱ぐと、衣服が濡れてしまわないように捲り上げてハンクスの隣りに立った。手を動かしつつも、ケイは笑ってハンクスを見る。

「ハンクスさん、張り切るのもいいけど、無茶してると腰いわすよ?」
「フン!まだまだ若者には負けんわ!いっち、に〜、いっち、に〜!」

休む気もなさそうなハンクスを見ながら、ケイは困ったように笑うと、手を動かしつつも目の前の水道魔導器を見た。壊れるにしても、なんだか様子がおかしいように思い、ケイは噴水の中をばしゃばしゃと歩きながら水道魔導器に変わったところがないか確認する。そして魔核(コア)がはまっている部分を見て、すっと目を細めた。魔導器(ブラスティア)には必ずはまっているはず魔核が、ここに埋まっていないのだ。魔導器は魔核がなければ作動しない。他に変わった様子も見られないので、どうやら原因は魔核がないことにありそうだ。

「ねぇユーリ、ちょっと」

いつになく真剣な声色のケイに呼ばれ、ユーリはケイに近付き魔核の部分を見る。魔核がないことに気付きケイ同様に目を細めると、ぱっとケイと目を合わせた。ケイもユーリを見上げている。これから起こす行動のすべてを悟ったケイは噴水からあがると、適当に水気を取って靴を履きに戻り、再びユーリに近付いた。ユーリはというと、手伝わないと思われたようでハンクスにどやされている。

「これ、ユーリ!手伝わないなら近付くな。危ないぞ!」
「じいさん、魔核見なかったか?魔導器の真ん中で光るやつ」
「ん?さあのう?……ないのか?」

なんとなく事情を察したらしいハンクスも、僅かに声を潜めた。下町にある水道魔導器は、彼らの生活を担う大切なものだ。動かなくなると大変なことになるということくらい目に見えている。

「ねぇハンクスさん、最後に魔導器触ったの、修理に来た貴族様だっけ?」

ケイがたずねれば、ハンクスは頷いた。

「ああ、モルディオさんじゃよ」
「貴族街に住んでんのか?」
「そうじゃよ」

つまり魔核は、モルディオという人間に盗まれた可能性が高いということになる。ユーリとケイは軽く目配せすると、ハンクスに言った。

「悪い、じいさん。用事思い出しだんで行くわ」
「私もいろいろ忙しいから行くね〜」

ひらひらと手を振って去っていこうとする二人を、ハンクスは慌てて止める。モルディオのところにいくのではないかと懸念したためだ。ユーリもケイも、下町のためならあれこれと無茶をすることを、ハンクスだけでなく下町の人間みんなが知っていた。そんな心配をよそに、二人は貴族様になど興味がないと言って、ラピードと共にあっさりと去って行く。いつのまにか、すっかり自分よりも大きくなった二人の後姿を見つめて溜め息をつきながら、無事に帰ってくることをハンクスは願った。



「じいさん、今回の修理費先頭立って集めてたから、あんなに張り切ってたみたいだぜ。ばあさんの形見まで手放したらしい」
「ふぅん。貴族様ってば、お金はあっても心はないのね。かわいそう」

貴族街に向かう階段を上りながら二人は言葉を交わす。ケイはいつもの調子で答えるものの、随分とトゲがあることにユーリは気付いていた。ケイの母がなくなった後、身寄りのなくなったケイを我が子のように率先して育てたのはハンクスだった。食事面だけでも金銭的にかなりの負担だっただろうが、そんな素振りも見せずに騎士団に入団するまでの間ケイを家に置いたのだ。ケイにとってハンクスは恩人であり、大切な存在だ。そのハンクスの気持ちを踏みにじるような真似をしたモルディオがよっぽど許せないのだろう。

階段を上りきる手前、そこにあった草むらに身を隠す。貴族街はすぐそこなのだが、貴族街の入り口に立つ兵士が邪魔で入れないのだ。二人でぼうっと立っている兵士の様子を伺っていると、一人の兵士が口を開いた。

「おい、聞いたか?下町の魔導器の件」

ユーリたちは会話に耳を傾ける。

「はい、故障したのを直そうと、修理費を集めたとかで」
「ああ、連中、宝物まで売って金を工面したらしいぞ」
「宝物ですか?」
「どうせガラクタだよガラクタ。1カルドにもなりゃしない」

バカにしてから散々笑いほうける二人の兵士を冷めた目で見つめながら、二人はかなりごつごつした大きめの石を手に取った。

「下町のお宝はガラクタなんだってユーリ」
「ガラクタの価値もわからねぇなら、あいつらはガラクタ以下だよ」
「いいこと言うね」

二人は同時に立ち上がると、手にした石を兵士の頭に見事にクリーンヒットさせる。かなりのスピードで頭にぶつけられたため、兜を伝って振動で頭をやられたらしく、あっさりと二人の兵士は気絶してしまった。ユーリとケイは貴族街の入り口に立ち、華やかな向こう側の世界を見つめる。きらびやかなドレスを纏い、髪を豪勢に纏め上げた貴婦人たちが、道端でぺちゃくちゃと喋ったり、高そうな召し物を纏った恰幅のいい男性が、整えられた髭を指先で気にしながら歩いたりしていて、下町の大騒ぎなど気にも留めずにいるらしい。大層なご身分だな、とケイは眉間にしわを寄せた。

ラピードの嗅覚を頼りにして、先にラピードに貴族街を走ってもらっている間、二人は入り口でラピードを待った。少しして口を開いたのはケイだ。

「ねぇユーリ、気付いてる?」
「あぁ、ここも魔核がやられてやがる。こりゃ、ずいぶんと手癖の悪いのがいやがるな」
「でもさすが貴族様ね、魔核のひとつやふたつじゃだーれも騒がないんだもん」
「下町は魔核ひとつでお祭り騒ぎってのにな。余ってるなら下町によこせってんだよ」
「優しくないよねーだから貴族って嫌い。ムリ」

誰に向けるでもなく、貴族という存在にべーっと舌を出しながらケイが言うと、ようやくラピードがひょこっと顔を出した。大人しく座って待っているので、モルディオの家を見つけたのだろう。ラピードの姿を確認したユーリは、パチンと指を鳴らしてラピードを指差す。

「みっけ」

そうしてユーリとケイはようやく貴族街に足を踏み入れた。下町とは違って随分と整備された華やかな町並みは、下町に馴染んでいる二人には居心地が悪い。華やかな世界に似合わない二人が貴族街を歩くと、あちこちでこそこそと話し声や笑い声が聞こえる。ユーリとケイに寄こされる視線は、まるで汚れ物をみるかのようだ。騒ぎになっても面倒なので、二人はあえて無視をして歩くが、ケイはひそかに睨みをきかせている。

ケイの貴族嫌いはユーリのそれとは比べ物にならないほどのもので、ユーリも理由は知らない。ただ単に毛嫌いしているわけでもなさそうなのだが、騎士団にいた頃に何かあったのかもしれないし、仮にそうだとしても今更ほじくり返すほどのことでもない。一人で来るべきだったかな、とほんの少しだけ後悔しつつも、一人にしておくと自分以上の無茶をさらっとやりかねないので、結果的にはこれでよかったのだろうと思い込むことにした。



「ここか」

貴族街の入り口の近くに、モルディオの屋敷はあった。大きな二階建ての屋敷はシンプルながらも豪華な作りで、広大な庭もあり、相当なお金持ちであることが伺える。重厚な扉の前で二人と一匹は様子を伺うが、人のいる気配はない。試しにユーリが扉を蹴ってみるものの、それでも反応はなかった。

「他の入り口探そっか」
「そうだな」

不法侵入するつもり満々らしい二人は、もはやそれが罪だということも気にせず、ぐるりと屋敷の周りを捜索しはじめた。ユーリは庭を抜けてさらに奥へと進もうとしたが、それをケイが引き止める。

「待ってユーリ、ここ開いてそう」

庭に近い窓に手をかけて、からからとそれを開けた。金持ちのくせに無用心なのか、金持ちだから無用心なのかは知ったことではないが、とりあえず窓から中に侵入はできそうだ。きょろきょろと中の様子を伺った後、ケイは迷うことなく屋敷の中に突入する。ユーリ、ラピードも後に続いた。

人気もなくしんとした屋敷の中は、僅かに窓から入り込む太陽の光だけで照らされていた。進入したのは玄関ホールだった。二階へ続く階段が伸びており、無駄なものは一切置かれていない。いかにも高級そうな絵画が飾られているくらいで、豪華な屋敷にしては殺風景な印象を与える。驚くほど高い天井は、静かな足音も小さな声さえも、よく響かせた。

「この家のどこかにモルディオが潜んでやがるはずなんだが…」
「探すしかないね」

手当たり次第に扉を確認していくが、鍵が開いている様子はない。調べられる扉はすべて調べたが、どの扉にもきちんと鍵がかかっているところみると、かなり厳重なようだ。仮に進入されても平気なのだということが伺えたので、窓の鍵が開いていることくらい大したことがないらしい。二階の開かない扉の前で、さてどうするか、とユーリが思ったとき、ギイと音が聞こえて振り返る。どうやら一階の扉が開いて、そこから人が出てきたらしい。階段の近くにいたケイも、気配を潜めて階段の影に隠れる。

その人物は頭からすっぽりとフードを被っていて、顔はよく見えない。しかし大きな袋を抱えていて、その右手には水色に輝く水道魔導器の魔核が握られているのが確認できる。魔核を盗んだ犯人、モルディオのようだ。

「おし、お宝発見!」

ユーリの声でハッとしたのか、モルディオは一度ユーリを振り返って慌てて屋敷を出ようとするが、二階から勢いよくラピードが飛び出して出入り口を塞ぐ。ユーリは階段を使うことなく、二階からひらりと飛び降りてモルディオの背後を取り、ケイはさっと階段の影から飛び出して、二階に逃げないよう階段を塞いだ。

「お前、モルディオだな?」
「盗んだもの、返してちょうだい」

ユーリとケイの二人に答えることなく、モルディオはその場で慌てている。ユーリは剣を片手にモルディオに駆け出して確保しようと試みるが、モルディオは懐からさっと煙幕を取り出すと、煙の中を逃げ出した。残されたのはモルディオが持っていた袋だけで、ラピードはそれをくわえてユーリのところへ行き、ケイも逃げられてしまったことに腹を立てつつも、仕方なくユーリに近付く。

「よし、よくやった、ラピード」

ユーリが袋の中身を確認している間、ケイはどこかにモルディオが潜んでいるかもしれないと屋敷の中を見渡すが、それらしき人物が隠れている様子もなければ、人気も感じない。完全に逃げられたな、と眉をしかめていると、突然ユーリが声を上げた。

「なんだよ!魔核がねぇぞ!」
「え、ウソ!?」

ケイも慌てて袋の中を覗き込むが、水道魔導器の魔核はどこにも見当たらない。二人は表情を険しくさせると、立ち上がった。ラピードも含め、かなりご立腹らしい。

「やられたね、ムカツク」
「あぁ、魔核を取り返して一発ぶん殴ってやろうぜ」
「乙女の非力な細腕じゃ、五発くらい殴ってようやく一発換算だわ」

よく言うよ、と心の中で吐き出しながら、不機嫌そうに眉間にしわを寄せる幼馴染を見る。この顔じゃ十発殴っても気がすみそうにないな、という感想は、そっと心の中にしまっておいた。



ユーリたちは進入した窓からではなく、堂々と入り口から屋敷を出た。すると目の前には、騎士団の格好をした人物が二人、武器をもって仁王立ちしていた。それは見知った人物で、ユーリとケイはまたこいつらか、と心の中で吐き出す。

「騒ぎと聞いて来てみれば、貴様らなのであるかユーリ、ケイ」

そう言ったのは騎士の一人、アデコール。
ひょろりとした体系に高身長で、尖った髭と分厚い唇が特徴だ。

「ついに食えなくなって貴族の家にドロボウとは……貴様らも落ちたものなのだ!」

もう一人の騎士の名はボッコス。
アデコールとは違い、ころころと丸い体格に低身長で、ボリュームのある前髪が印象的だ。

この二人はことあるごとにユーリたちに突っかかってくるので、二人とはすっかり顔見知りだ。なにかあれば下町にまで飛んでくるほどで、根は悪いやつではないのだが、正義感が強く粘着質なので、ユーリたちとはよく衝突する。

「ハァイ、デコボコ」

ひらひらと手を振りながら、ケイが笑顔で言うとデコボココンビは憤慨したように声を上げた。

「デコと言うなであ〜る!」
「ボコじゃないのだ!」

声を揃えてそう言った二人を呆れたように見るユーリとは違い、ケイは小さく仲良しねぇと零して、感心したように目を丸くした。するとアデコールとボッコスの向こう側に、フードを被った後姿が見えた。魔核を盗んだモルディオだ。ユーリとケイはそれを追いかけようとするが、当然騎士たちはその行く手を阻む。

「逃げようとしてもそうはいかないのだ!」

デコボココンビが行く手を阻んでいる間に、モルディオは馬車に乗って去ってしまった。完全に逃がしてしまったことに、ユーリとケイは豪快に溜め息をつく。

「逃げてるように見えるわけ?これが?」
「落ちつけケイ、だから出世を見逃してんだよ」

イライラが収まらないらしいケイをなだめるユーリだが、彼の言葉も随分ひどいものだ。当然、デコボココンビは憤慨する。

「な、なんという暴言か!」
「取り消すのであ〜る!」

アデコールが剣を抜き、ボッコスは槍を二人に向ける。どうやら完全に怒っているようだが、市民に簡単に武器を向けるのもどうなのかとケイは呆れたように息を吐いた。

「いいの?騎士様がこんなところで、市民相手に剣なんか向けちゃって」
「まぁそう言うなって、この方が手っ取り早くていいだろ」

ユーリはにやりと笑いながら剣を抜く。血の気の多い男だな、とケイは苦笑いすると、ユーリの鞘を持って玄関の前に腰掛けた。

「じゃあ面倒だから任せるわ。あたし、こういうところで戦うの向いてないし」

ケイは二丁拳銃を愛用しているため、こんな街中では戦えない。少し大型の戦闘用ナイフも持ち歩いてはいるのだが、緊急用としてしか使わないため、ユーリといる際に起こるこういった体を張った揉め事は、剣を扱う彼に一任している。それにケイは争いごとに感心がないので、自分が手を下さなくていい場合は極力手を出さない主義なのだ。ごろんとケイの後ろに寝転がったラピードにもたれながら、呑気にユーリ頑張れ〜と声をかけて笑っている。

そんな声を聞きながらユーリはあっさりと二人を伸してしまうと、座り込むケイに近付いて鞘を受け取り剣を納めた。ケイに右手を差し出せば、ケイは迷うことなくその手を握って、ユーリに立ち上がらせてもらう。

「早すぎ。もうちょっとラピードに引っ付いてたかったんだけど」
「ぐずぐずしてる暇ねぇだろ」
「まぁね」

ぜぇぜぇと息を荒くして倒れこむ二人には申し訳ないのだが、彼らを無視をして行こうとすると、数人の騎士たちがユーリたちの前に立ちふさがった。完全に通す気がないらしい。

「…こりゃ馬車はもう無理だな」
「だねー」

二人揃ってやれやれと溜め息を吐くと、騎士たちの後ろから毒々しい紫の団服を着た青い髪の男が歩いて来た。ケイはげっと声を上げて眉をひそめると、さっとユーリの後ろに隠れる。

「さすがシュバーン隊、こんな下民ひとり、捕まえられないとは無能だね」
「こ、これはキュモール隊長!」

そういいながらアデコールとボッコスは、よろめく体で慌てて立ち上がる。キュモールと呼ばれるこの男は、騎士団に勤めるキュモール隊の隊長だ。下町の人間を下民だとバカにするものの、なぜかケイにだけかなりの執着を見せており、姿を見つけては追い掛け回すのだ。ケイの美貌ならば追いかけたくなる気持ちも理解は出来るが、あからさまにやりすぎるため、当のケイはすっかりキュモールを生理的に受け付けなくなってしまっていた。

ケイはユーリの後ろに隠れながら、ラピードに視線を寄こして、出口に向かって声を上げずに指をさす。その指示をきちんと受け取ったラピードは、袋をくわえたままこの騒動に乗じて外に飛び出した。その様子を見たアデコールたちは、飼い犬にも見放されたとユーリをバカにしていたが、ユーリは気にする様子もみせず大人しく剣を捨てると、仕方なく息を吐いた。

そんなユーリを見ていたキュモールが、その背中に隠れるミルクティーブラウンの髪を見つける。隠れきれるわけもないので当然といえば当然なのだが、それでも出来るだけ隠れていたかったのだろう。

「おや、そこに見えるのは、麗しいケイじゃないか」
「う、バレた…」

カツカツと足音を立てて近付いてくるキュモールは、もはやユーリなど眼中にはない。ユーリの背中に隠れたままのケイだったが、仕方なく顔だけを背中からひょこっと出して、作り笑いで手を振った。

「…ハァイ、キュモール隊長」

そのケイの細い手首をがっしりと掴むと、強引にユーリの背中からケイを引っ張り出す。ケイの笑顔は完全に引きつっていて、これ以上近付きたくないといわんばかりにその腰は引けていたのだが、キュモールはそんなことお構いなしにケイに近付いた。

「どうしてこんなところに?」
「いや、あの…」

答えたくないわけではなく、純粋にこれ以上近付いてほしくないのだが、ケイはどんどん笑顔が引きつってうまく喋れなくなっていく。そんなキュモールに釘をさすかのように、ユーリはケイの手首を掴んでいたキュモールの腕をひねり上げた。キュモールから解放されたケイは、反射的にユーリの後ろに隠れる。

「オレが連れまわしたんだよ」
「き、貴様…離せ!」

キュモールの腕を離したユーリは、ひどく冷めた目でキュモールを睨みつけるが、それがさらにキュモールの怒りに火をつけたらしい。

「下民の分際で、ケイにまで犯罪を背負わせるなんて…おい!はやくやってしまえ!」
「は!?いや、待って私も…」

ケイが弁解しようと前に出ようとするが、それを止めたのはユーリだ。驚いてユーリを見上げるケイだが、ユーリは余裕たっぷりに微笑んでケイの視線に答えると、無表情でキュモールに言った。

「ケイを無理やり連れまわしたのはオレだ。こいつらにも手出してねえし、もう帰してやってもいいだろ」
「ふん、いいだろう」

当然アデコールとボッコスは不公平だと声を上げるが、キュモールが聞くわけがない。引き連れていた自身の隊の一人にケイを下町まで送りつけるように言うと、ケイは強制的にその場から引き離される。キュモールはケイに近付くと、ケイの左手を握り締めた。

「今日は忙しいから送ってあげられないが、また会いに行くよ」
「ど、どうも」

全身に鳥肌が立つのを感じながら、ケイはひくついた笑顔で答えると、兵士に引きずられるようにして屋敷の敷地の外に出た。その瞬間、見事なまでの暴行の音が聞こえてきて、ケイは豪快に溜め息を吐いて頭を抱えた。

「…ユーリのバカ」

今頃無残な姿にされているであろう黒髪の美青年を案じながら、ケイは仕方ないな、と今後のスケジュールを頭で組み立てた。
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