【21:自称冒険家パティ・フルール】

ようやく明かりが見えたので、やっと少しは違った景色を拝めるかと思っていたが、進んでも進んでも今までと同じような景色が広がっているばかりだ。ただ今までよりも壁の明かりが強くなっているようで、足場は今までのものに比べてずっとマシになっているのが幸いだろう。

ユーリとケイを先頭にして進んだ一行は、また同じような扉をあけて同じような部屋に入った。そこも今までと変わりないコンクリート作りのようなひんやりした薄暗い部屋なわけだが、見事なまでに今までと違うのが一箇所あった。

「……ワァオ」

明らかに唯一違うその一箇所を見て、ユーリたちは完全に固まってしまったのだが、いつものケイの一言で現実に引き戻される。
視界の先、部屋の真ん中に、少女が宙吊りにされていた。金髪のおさげ髪に海賊のような服と帽子で着飾り、立派な双眼鏡を手にしているその少女は、宙吊りにされているにも関わらず、泣き叫ぶ様子も恐れる様子もなく、呑気に自分の視界から見える景色を楽しんでいた。
その一風変わった少女に、ユーリは見覚えがあった。目の前の少女は、エステルとフレンの話を待っている間に一度ここへ来たとき、警備の衛兵に捕まっていたまさにその娘だったのだ。

「誰……?」

カロルが訝しげにぶら下がる少女を眺める。ユーリは少女に近付きながら言った。

「そこで何してんだ?」
「見ての通り、高みの見物なのじゃ」
「ふーん、オレはてっきり捕まってるのかと思ったよ」
「あの……捕まってるんだと思うんですけど……」
「そんなことないぞ」

ユーリと少女の会話の途中で、エステルが素直な感想を述べる。エステルだけでなく、ここにいる誰もがそう思っているだろう。しかし、少女は宙吊りにされたままなんてことはないといわんばかりに、ふりこのように体をゆすってみせた。そして体をゆすったかと思うと、突然体をゆするのをやめ、ユーリの顔を見てぱっと表情を明るくさせた。

「おまえ、知ってるのじゃ!えーと、名前は……ジャック!」
「ブッ」

悪意ゼロの笑顔を向けて、ユーリに向かってジャックだと言った少女の言葉に吹きだしたのはケイだ。似合わない名前だ、とでも言いたいのだろう。ケイは俯いて両手で口元を押さえると、ぷるぷると震えながら必死に笑いを堪えているが、その目元が笑っているのは隠せてもいない。ユーリはそんなケイに呆れたような視線を送りつけてから、再び吊るされた少女に視線を戻す。

「オレはユーリだ。おまえ、名前は?」
「パティなのじゃ」
「パティか。さっき、屋敷の前で会ったよな」
「おお、そうなのじゃ」

パティと名乗った少女は、思い出したと言わんばかりに再び体をぶんぶんとゆする。笑いを飲み込んだケイもパティに近付いて、こんな状況だというのに屈託なく笑う目の前の宙吊り少女の顔を見つめた。するとパティは真っ直ぐにユーリを見つめて、その笑顔のままできっぱりと告げる。

「うちの手のぬくもりを忘れられなくて、追いかけてきたんじゃな」
「ワァオ、ユーリってば、あたしの知らない間にこんなかわいいお子チャマ口説いてたの?」
「口説くか!」

ユーリは至極面倒くさそうに答えると、パティを繋いでいるロープを切って、その小さな体を解放してやった。カロルとそう身長の変わらないパティだが、カロルよりも少し年上の印象がある。白い肌に綺麗な金髪、海のような青い瞳が上手い具合に混ざり合って、可愛らしさの中にも繊細な美しささえ感じられた。

「ね、こんなところで何してたの?」
「お宝を探してたのじゃ」

カロルの質問にパティはきっぱりと答えた。
自称冒険家だというパティは、一人でこの屋敷に忍び込んでお宝を探していたのだと言う。魔物だらけのこんなところにお宝というのも信じがたい話だが、ラゴウのような人間のことなので、ありえない話でもない。

それにしても、こんなところを女の子ひとりでうろうろしているのは危険だ。このままはいさようなら、というわけにもいかないので、エステルとカロルがパティに一緒に来るように提案するが、まだ宝も何も見つけられていないパティは不服そうだ。そんなパティの顔を見て、ユーリは腰に手を当てながらやれやれといった様子で口を開く。

「人のこと言えた義理じゃねえが、おまえ、やってること冒険家っていうより泥棒だぞ」

そんなユーリの言葉を聞いたパティは、表情をキリッとさせて言い返した。

「冒険家というのは、常に探究心を持ち、未知に分け入る精神を持つ者のことなのじゃ。だから、泥棒に見えても、これは泥棒ではないのじゃ」
「ふーん……なんでもいいけど」

あれこれと言葉を並べて、決して自分は悪くはないのだと胸を張って言い切るパティに呆れたような返事を零したユーリは、その小さな姿に向けて意地の悪い言葉をかけた。

「ま、まだ宝探しするってんなら、止めないけどな」
「……」

ユーリの言葉を聞いたパティは、何も言わずに固まってしまった。ここで一人で置いていかれるか、ユーリたちと一緒に行くかという選択肢を与えられていることは理解出来ているらしい。無鉄砲そうなではあるが、そうバカでもないようだ。
パティはユーリを見上げると、相変わらず自信満々な様子で答えた。

「たぶん、このお屋敷にはもうお宝はないのじゃ」
「一緒に来るってさ」

パティの返事を聞いたリタが結論を述べたので、ユーリたちはさらにパティという少女を連れて屋敷の中を進むことになった。先頭を歩きながら後ろを振り返ったケイは、その顔ぶれにわずかに苦笑をもらしてから、すぐに視線をを前に戻してとなりに立つユーリにこっそり声をかけた。

「遠足気分ね」
「引率の先生になった覚えはねえぞ」
「そう言わないでよジャック先生〜」
「おまえなあ……」

ケイは悪戯っぽくくすくすと笑う。ユーリはケイを見て溜め息を零すしかない。ケイは再び振り返って後ろを見ると、その視線を真っ直ぐにパティに向けた。

「ねぇパティ、パティはどんなお宝を探してるの?」

ケイの問いかけに、パティはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに胸を張ると、元気に答えてくれた。

「アイフリードの隠したお宝なのじゃ!」

アイフリード、というその名前に、カロルはひどく驚いている。エステルも同じく驚いたように口を開いた。

「アイフリードって、あの、大海賊の?」
「有名人なのか?」

大して興味のなさそうなユーリがそう言うと、カロルがそれはそれで驚いたようにユーリを見上げた。

「し、知らないの?海を荒らしまわった大悪党だよ」
「ユーリさんは意外とおバカだからね」
「だったら、ケイさんは知ってたってのか?」
「名前くらいはね。海精の牙(セイレーンのキバ)って名前のギルド率いてたお頭様のことでしょ」

ケイが答えると、それにエステルが詳細な説明を付け加えた。

「移民船を襲い、数百人という民間人を殺害した海賊として騎士団に追われている。その消息は不明だが、既に死んでいるのではと言われている、です」
「ブラックホープ号事件って呼ばれてるんだけど、もうひどかったんだって」

エステルやカロルの説明にユーリたちが耳を傾けていると、それを遮るようにパティはそっと口を開いた。

「……ま、そう言われとるの」

吐き出された声はひどく寂しげなもので、その声にエステルやカロルの言葉も止んでしまう。わずかに空気が重くなったのだが、それを振り切るように声を上げたのはリタだ。

「でも、あんたそんなもん手に入れて、どうすんのよ」
「決まってるのじゃ。大海賊の宝を手にして、冒険家としての名を上げるのじゃ」
「危険な目に遭っても、か?」

ユーリがそう尋ねると、パティは寂しげな声を掻き消して、ユーリを見上げて笑った。

「それが冒険家という生き方なのじゃ」

眩しいほどの笑顔でそう答えたパティの瞳は輝いていた。その輝きは太陽の光を浴びた海のようで、その奥に確かな野望をしっかりと秘めている。若くしてこれだけの夢を抱いて行動している彼女の生き方は、ユーリは嫌いになれなかった。そしてふっと笑みを零すと、パティに視線を寄越す。

「面白いじゃねえか」

その言葉を聞いたパティは、目尻を下げて嬉しそうに笑うと、思いついたかのようにユーリに向かって言った。

「面白いか?ならどうじゃ、うちと一緒にやらんか」
「性には合いそうだけど、遠慮しとくわ。そんなに暇じゃないんでな」
「ユーリは冷たいのじゃ。サメの肌より冷たいのじゃ」

パティはあからさまに肩を落としてみせる。しかし、その次には表情を切り替えて、にいっと意味深にユーリを見つめていた。

「でも、そこが素敵なのじゃ」

真っ直ぐユーリに向けられているその視線は熱を含んでいて、それがどういう想いを含んでいるのかは一目瞭然だ。ここまで分かりやすくアピールしているのだから、周囲に伝わらないわけがない。カロルが恐る恐る口を開いた。

「もしかしてパティってユーリのこと……」
「ひとめぼれなのじゃ」

両手を腰に当てて、エッヘンという効果音が似合いそうなほどに胸を張ってパティは言う。そんなパティのすぐそばで、リタが小さくやめといたほうがいいとぼやくが、そんな言葉は当然パティには聞こえていない。エステルも突然のパティの告白に、ひとりでぶつぶつと何かを言い始めてしまった。ケイは楽しげにユーリを見上げると、にいっとからかうように笑ってみせた。

「モテモテですねぇユーリさん」
「嬉しかねえよ」

こそこそと二人がそんな話をしていると、突然パティはケイを指差した。そして宣言するように叫ぶ。

「だから負けないのじゃ!」
「……うん?あたし?」

少しの間の後、ケイは指を差されているのが自分だということに気付くと、面白いおもちゃを見つけたといわんばかりににやりと笑みを零し、となりを歩くユーリの腕にわざとらしく絡みついた。ユーリの腕をぎゅうっと抱きしめながらパティに視線を寄越すと、色気たっぷりの大人の顔で笑みを零す。
見たこともないケイのセクシーな表情と大胆な行動に、エステルとカロルは簡単に当てられて顔を赤くしている。リタはもはや呆れ気味にポリーの視界を塞ぐのだった。

「そう簡単にユーリさんは渡さないわよ〜?」
「むむむ……!」

後ろを歩きながら二人の様子を見つめるパティの視線は、対抗心に燃えている。ケイはパティから視線をそらして前を見ると、先程の大人びた表情を一転させて、悪戯が成功した子どものようにニヤニヤと笑っている。そして相変わらずユーリに引っ付いたままで離れる様子はない。ユーリは面倒そうに息を吐いているものの、腕に絡みついたケイを振りほどく様子はなく、そのままでケイを連れて歩いて行く。

「……楽しそうで何よりだな」
「かわいい子ほどいじめたくなるってね」
「悪いお姉さんだ」
「そんなこと言いながら、振りほどかないユーリだって悪いお兄さんだと思うけど?」
「残念、オレは優しいお兄さんなんだよ」
「ふぅん、じゃ、そういうことにしといてあげる」

ユーリの腕に絡みついたままのケイは上目遣いでそう言って笑うと、楽しげにユーリの肩に頭を寄せた。背後からパティの視線が痛いほど突き刺さっていたが、ケイが随分と楽しそうにしていることもあり、ユーリは腕のぬくもりを振りほどけなかった。それに、パティが現れたことで、先程までのケイの禍々しさは消えている。
結局しばらくはこのままでいようという結論にいたったユーリは、どうせなら、と腕から伝わるケイの温もりと心地よさを感じておくことにした。



さらに奥へと進んでいった一行は、ようやく肝心の『天候を操る魔導器』があるという部屋に辿り着いた。目の前にそびえ立つ巨大な魔導器は、階段を使わないと魔核にまで辿り着けないほどだ。足元からは禍々しい青い光が湧き上がっている。
リタは階段を駆け上がって魔導器を調べ始めた。どうやら複数の魔導器をツギハギにして組み合わせて作られた魔導器のようで、かなりの無茶をさせているらしい。確かにこの術式であれば大気に干渉して天候を操ることが出来るようになるみたいなのだが、リタは怒りを隠せずにいた。

「エフミドの丘のといい、あたしよりも進んでるくせに、魔導器に愛情のカケラもない!」

そう叫びながらリタは目の前の魔導器の操作盤をいじり続けている。ケイはそんなリタに視線を寄越しながら、誰にも聞こえない小さな声で呟いた。

「魔導器に愛情、ね」

誰にも聞こえなかったその声は、リタが操作盤を動かしている際の操作音にかき消された。エステルは天候を操っていたのがラゴウだという証拠が確認できたことを知ると、いまだに操作を続けるリタに向かって声をかけた。

「リタ、調べるのは後にして……」
「もうちょっと、もうちょっと調べさせて……」
「あとでフレンにその魔導器まわしてもらえばいいだろ?さっさと有事を始めようぜ」
「そうよリタ、時間があるわけじゃないの」

部屋に入ったときからすでにユーリの腕から離れていたケイの声も、さっきまでの呑気なものとは違って真面目なものだ。ケイは拳銃をホルスターから引き抜くと、そこに銃弾を詰め込んでいく。その様子を見ていたパティは、深々と頷くと持っていた拳銃を華麗に引き抜いた。

「よし。なんか知らんが、うちも手伝うのじゃ」
「あら、パティも拳銃使うの?」
「のじゃ。ケイ姐も拳銃なのか?負けないのじゃ!」

ケイをライバル視しているパティは、ケイが同じく拳銃を扱うことを知ると、すでに本来の目的からは違う意味で銃を乱射しようとし始める。ユーリはパティの拳銃をさっと取り上げると、パティを引きずってポリーと共に安全そうな場所に座らせて拳銃をつき返す。

「おまえはおとなしくしてろって」
「あう」

ユーリに言われたので、パティは渋々言うことに従う。そうこうしている間に、カロルが持っていたハンマーで階段の柱を叩きつけ始めた。それを合図に、ケイも拳銃に詰めた火の弾であちこちを打ち抜いていく。あちこちから豪快に物を破壊する音が聞こえたリタも、さすがに魔導器を触っている余裕はなくなり、どんどん魔力を両手に蓄えていく。

「あ〜っ!!もう!!」

叫びながら、リタは大量のファイアーボールを見境なくぶち巻き始めた。壁、柱、巨大な窓。強力なリタから放たれた火の玉はありとあらゆる場所を破壊していく。あまりにも危険すぎて、ケイは慌ててポリーとパティのそばに駆け寄ると。二人を抱えて瓦礫などが一番崩れで来なさそうな場所へと身を隠した。カロルもリタのファイアーボールに当たりそうになって思わず声を荒げるが、リタはそれでも攻撃の手を緩めない。

「こんくらいしてやんないと、騎士団が来にくいでしょっ!!」
「でも、これはちょっと……」

有事に参加してしまったエステルではあるが、リタのあまりの滅茶苦茶ぶりには庇いようがないらしく、困ったように右往左往するばかりだ。そんなエステルの近くに身を隠していたケイ、ポリー、パティの三人だったのだが、パティがうんうんと頷いて、怯える様子もなく言い放った。

「なに、悪人にお灸を据えるにはちょうどいいくらいなのじゃ」
「それでもやりすぎだと思うけど?」

パティとポリーを抱きかかえて、瓦礫から二人を守っているケイは、腕の中でしれっとそう言ったパティに向かって苦笑いで言葉を返した。さすがのユーリも、リタの怒り狂った様子を見て呆れ返るばかりだ。
そんなとき、やけに耳つく甲高い声が響いた。

「人の屋敷でなんたる暴挙です!」

一同が声の方に視線をやれば、そこにいたのは先程尻尾を巻いて逃げ出したラゴウだった。数人の手下を引き連れている。
ラゴウが手下たちにユーリたちを捕まえるように指示をだすと、手下たちは一斉に襲い掛かっていた。そんな手下たちの背後から、ラゴウは声を荒げる。

「ただし、くれぐれもあの女を殺してはなりません!」

言いながらラゴウが指を差したのはエステルだ。それを見ていたケイは物陰から飛び出すと、腕に抱えていたポリーとパティをエステルに引き渡した。

「下がってエステル」
「え、でも……」
「二人のこと、頼んだからね」

そう言って銃を構えたケイは前に出る。ユーリとラピードもすでに前線だ。その少し後ろで武器を構えながら、カロルがはっとして声を上げた。

「まさか、こいつらって、紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)?」
「なにそれ」
「5大ギルドのひとつだよ」
「ふぅん、執政官様はギルドのお偉いさんと繋がってるってわけか」

カロルの話を聞いたケイは、その話を聞きながら構えた拳銃のトリガーを引く。ユーリも襲い掛かってくる敵に斬撃を加え、カロルも隙をついて攻撃を放っている。エステルはポリーとパティを背中に隠しながら武器を構えて二人を守る体勢でいるのだが、ユーリたちが前線で暴れまわっているので敵はエステルたちに襲い掛かることはなかった。その間も、リタは一人でひたすら有事を続けていた。よっぽど腹立たしさが収まらないらしい。

ユーリたちは襲い掛かっていたラゴウの手下を全員倒し終えると、いまだにファイアーボールを打ちっぱなしにしているリタの元へと駆けつけた。その目は相変わらず怒りで震えている。
次いでエステルもポリーとパティを連れてリタの元へと駆けつけたのを見て、ユーリがリタに向かって声を荒げた。

「十分だ、退くぞ!!」
「何言ってんの、まだ暴れ足りないわよ!」
「はやく逃げねぇとフレンとご対面だ。そういう間抜けは勘弁だぜ」
「まさか、こんなに早く来れるわけ……」

リタがファイアーボールを打ちながらそう言いかけたときだった。ラゴウが入って来た扉から、見慣れた三人の姿が現れる。フレン、ソディア、ウィチルだ。想像以上にはやくやって来たフレンの顔を見て、リタは目を丸くして魔術を放つのをピタリとやめた。

「執政官、何事かは存じませんが、事態の対処に協力致します」

そう言ったフレンを見ながら、ケイは苦笑いで小さく零した。

「相変わらず仕事はやいのねフレンちゃん……」
「ほらみろ」

ユーリに言われ、リタはふいっとそっぽを向いた。反省はしているらしいが、暴れ足りない気持ちもあってもやもやとした様子をみせる。
ラゴウは現れたフレンに舌打ちすると、面倒そうにフレンから視線を逸らした。フレンはそんなラゴウに近付き、怪しげにそびえ立つ巨大な魔導器を確認しようとする。

が、それは叶わなかった。
突然巨大な窓が大きな音を立てて割れ、魔物に乗った何者かがそこに現れたのだ。当然、そこにいたすべての者の視線はその何者かに注がれる。カロルはその姿を見て、思い出したように声を上げた。

「あ、あれって、竜使い!?」

エフミドの丘で竜使いが出たと聞いていたユーリたちも、その姿を見てもはや信じざるを得ない。竜使いは華麗に頭上を飛び回ると、あろうことか、天候を操っていた魔導器に一撃を食らわせて破壊してしまったのだ。それを見たリタは、信じられないといって声を荒げた。

「ちょっと!!何してくれてんのよ!魔導器を壊すなんて!」

当然のようにリタの言葉を無視した竜使いは、その場を後にしようと侵入してきた窓から出て行こうとする。

「待て、こら!」

リタは竜使いに向かって何度もファイアーボールを打ち付けるが、竜使いは器用にそれらを避けると、ユーリたちに向かって火を噴いた。ドラゴンらしき魔物の口から放たれたそれは、ユーリたちに直接あたることはなく、ただそれ以上追ってこないようにと道をふさいだ。轟々と燃え上がる炎の火力は凄まじいもので、目を開けるだけでも精一杯だ。
炎で足止めした竜使いは、そのまま窓から外へと飛んで行ってしまう。それを目線で追いかけたリタは、ぎりっと奥歯を噛んで竜使いが去って行った窓を睨みつけた。

ケイもその様子を目で追いかけていたのだが、ふとその視界にこそこそと逃げようとするラゴウの姿が映りこむ。ハッとしてケイはユーリに向かって声を上げた。

「ユーリ!あれ!」
「ちっ、逃がすかっ!!」

ユーリとケイは真っ先にラゴウを追いかけ、その後にリタたちが続いた。階段を駆け上がった先にはエスカレーターがあり、一行は迷うことなくそれに飛び乗る。エスカレーターは上昇をはじめ、止まったのは先ほど侵入した通用口だった。どうやらさきほどレイヴンが使っていたエレベーターと同じところに繋がっていたらしい。
外は魔導器が破壊されたせいで雨はやんでいて、頭上には雲ひとつない青空が広がっている。今まで薄暗い中を歩き回っていたユーリたちには、燦々と太陽が照りつける太陽が眩しいくらいだった。しかし、そんな景色に感動する暇もなく、リタが大きな声を出す。

「ったく、なんなのよ!あの魔物に乗ってんの!」
「あれが竜使いだよ」
「竜使いなんて勿体ないわ。バカドラで十分よ!あたしの魔導器を壊して!」

答えたカロルに向かって、リタは八つ当たりのように声を荒げるばかりだ。カロルも困ったように言う。

「バカドラって……。それにリタの魔導器じゃないし」
「それにしても、どうして魔導器を壊したりするんでしょう?」

エステルの疑問はもっともだ。ユーリも頷いた。

「確かにな。話が出来る相手なら、一度聞いてみたいけどな」
「あんな奴とまともな話、できるわけないでしょ!」

叫んでから、ふんっとリタはそっぽを向く。やれやれと肩をすくめたケイは、パティとポリーの前にしゃがみこんで二人に笑顔を見せた。

「悪いんだけど、君たちとはここでお別れね」

優しくそう言ったケイに向かって、ポリーは言った。

「ラゴウってわるい人をやっつけに行くんだね」
「そう、だから急いでるの。ひとりでおうちに帰れる?」
「うん、だいじょうぶだよ」
「よしよし、いい子ね」

ケイはポリーの頭をなでると、視線をパティに移して微笑んだ。

「パティもひとりで大丈夫?」
「もちろんなのじゃ」
「よろしい。ついでに、挑戦ならいつでも受けて立つからね」

ケイが悪戯っぽく笑ってパティに拳を突き出すと、パティも笑ってケイに拳を突き返す。コツン、と大きさの違う拳がぶつかり合った。何がどうしてこうも仲良くなったのかは分からないが、きっと二人の相性がいいのだろう。ユーリはそんな二人を見てからパティだけに視線を寄越すと、ふっと笑ってみせる。

「おまえももう危ないところに行ったりすんなよ」
「わかったのじゃ」

そう言ってパティはさっさと駆けて行く。絶対に分かっていない適当な返事に、ユーリたちも苦笑を零しすしかない。ポリーもパティの後に続いたのだが、あっと声を上げて振り返ると、ケイに向かって叫んだ。

「お姉ちゃん!」
「ん?どしたの、早くおうちに……」
「助けてくれて、本当にありがとう!」

今までで一番いい顔で笑ったポリーは、それだけ言うとまたすぐに駆けて行ってしまった。ケイはぽかんとしてポリーの立ち去った後を見送ったまま、完全に固まってしまった。そんなケイを見て、ユーリはふっと表情を和らげると、いまだにその場を見つめるケイの額に軽いデコピンをお見舞いしてやる。
ようやく我に返ったケイは、額を押さえてユーリを見上げる。いつになく間の抜けた表情にユーリも思わず笑った。

「ぼーっとしすぎだぞ」
「……あれは反則」
「嬉しかったのか?」
「ま、そりゃね」

ケイは困ったように笑う。その表情はいつになく柔らかくて、少し照れ臭そうでもあった。
ユーリがそんなケイの無邪気な笑顔に見とれていると、ふいにカロルがエステルの名前を呼んだ。カロルが心配そうにエステルの顔をのぞきこむと、そこには悲しげに眉を寄せるエステルがいた。ユーリたちの視線もエステルに向けられる。

「わたし、まだ信じられないです。執政官があんなひどいことをしていたなんて……」
「よくあることだと思うけどね」

エステルの呟きに、ケイは吐き捨てるように答えた。先程の表情と打って変わって、その顔はラゴウへの嫌悪に満ち溢れている。ユーリも便乗するようにエステルに言った。

「帝国がってんなら、この旅の間にも何度か見てきたろ?」

エステルは両手を胸に当てて俯いた。ひどく心を痛めてるらしい。しかし、今はこんなに呑気に話をしている場合ではないのだ。

「ほら、のんびりしてるとラゴウが船で逃げちゃうよ!」

カロルがそう言うと、ユーリたちも表情を切り替えて頷くと、一行はラゴウを追いかけて船の方へと駆け出すのだった。
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