【18:幼馴染たちの再会】

宿屋の前にはカロル、リタ、ラピードが中に入らずに待っていた。エステルとフレンに気を遣ったのだろう。ふたりと一匹は雨に濡れないよう宿屋の屋根の下に並んで、同じようにぼんやりと空を眺めている。まるで廊下に立たされた生徒たちのような光景にユーリは思わず薄く笑うと、ゆっくりとカロルたちに近付いた。

「あ、おかえりユーリ」
「ただいま」
「中に入るの?」
「ああ、そろそろいいだろ。ケイの様子も気になるしな」

そう言ってユーリは宿屋の扉を開け、ずぶ濡れのまま中に入った。
宿の中は温かく、雨で湿気た外よりも乾燥していた。高級そうなクリーム色の絨毯が印象的だが、思わず構えてしまうようなお高くとまった宿ではなく、全体的にナチュラルな作りになっており、アンティークな窓枠がおしゃれで落ち着きがある。受付の前にはいくつかのソファやテーブルが並べられており、宿泊客の憩いの場にもなっているようだった。

ユーリたちの顔を見た宿屋の店主は、すぐに大きなふわふわのバスタオルと温かい紅茶を手渡した。どうやら先に入ったケイからユーリたちの話を聞いていたらしく、宿へ来たら温かい飲み物でも渡してやってくれと頼まれたのだそうだ。懸賞金のついた指名手配犯であるユーリとケイだが、街の人間はあまり手配書などに興味はないらしく、ユーリの顔を見ても何も反応を示さない。きっと帝国の圧力が強い現状の中、なんとかやりくりするので精一杯なのだろう。
しかし、熱でふらついているのだからもう少し自分のことだけ考えておけばいいものを、相変わらず他人のことばかり気にするケイには困ったものだ。ミルクティーブラウンの髪を揺らす幼馴染を思いながら、ユーリはひとり呆れていた。

ユーリたちは店主に礼を言いながらバスタオルと紅茶を受け取ると、そのまま自分たちが泊まる部屋に案内された。部屋には綺麗に整えられたベッドが並んでいて、その中の一つがこんもりと浮き上がっている。よく見れば、規則的に布団が上下していて、そのベッドの下には靴や服が乱雑に脱ぎ捨てられていた。
ユーリは紅茶を一口飲んでからそれをテーブルに置くと、わしゃわしゃと髪を拭きながら散らかったベッドに近付いてその縁に腰掛けた。スプリングが沈み、ぎしりと音を立てる。すると、布団がもそもそと動いてその中からひょっこりとケイが顔を出した。

「ハァイ、ユーリ」
「体調は?」
「ベッド最高!」
「そりゃよかったな」

ケイは顔だけを出している状態で、首から下は温かな布団に包んだまま起き上がる様子はない。ユーリはケイの額に手のひらを当てた。熱はまだ残っているが、雨に濡れて悪化した様子はなくてほっと胸をなでおろす。

「そうそう、フレン、見つかったぜ」
「え!?ウソ、マジ?どこ?」
「多分となりの部屋だろ。今エステルと話してるとこじゃねえかな」
「行くの?」
「ああ。来るか?」
「行く行く。服着たら行く」

ケイは濡れた服を着替えるのも面倒だったらしく、今は下着姿で布団に潜り込んでいるようだ。それもあって布団からは出てこなかったのだった。笑顔でユーリにしっしと手を振って、さっさと出て行けと訴えている。くくっと笑ってユーリはケイに顔を近づけた。

「手伝ってやろうか?」
「殺してもいい?」
「おお怖、冗談だよ」

爽やかな笑顔で物騒に答えたケイからユーリは笑って顔を遠ざけた。いつもの調子は戻っているらしいので、休んでいればそのうち回復しそうだ。ユーリは立ち上がって紅茶を一気に飲み干すと、髪を拭きながらカロル、リタ、ラピードを連れて先にフレンの元へ行くことにした。

ケイを残したユーリは、ノックもなくとなりの部屋に足を踏み入れる。無遠慮なユーリにリタが呆れて溜め息を吐いていたが、もちろん気にするユーリではない。部屋の中にはテーブルを挟んで向かい合って座るフレンとエステルの姿があった。ユーリはふたりに近付きながら声をかける。

「用事は済んだのか?」

エステルはユーリの言葉に答えはせず、柔らかな微笑みを向けて返事のかわりとした。

「そっちのヒミツのお話も?」
「ここまでの事情は聞いた。賞金首になった理由もね」

フレンは立ち上がるとユーリのそばに歩み寄る。

「まずは礼を言っておく。彼女を守ってくれてありがとう」
「あ、わたしからもありがとうござい……」
「フレン!!!」

エステルも立ち上がって頭を下げかけたそのとき、バァンと勢いよく扉が開いたかと思うと、いきなりケイがフレンに駆け寄ってその腰の辺りに抱きついた。濡れた服をそのまま着るのはためらわれたのだろう、宿においてある真っ白なバスローブにスリッパというなんとも適当な格好だ。ケイはフレンの鎧をペタペタと触りながらにこにこと笑っている。

「ひっさしぶりー!元気だった?相変わらずどこぞの誰かさんと違って騎士の鎧が似合うねぇ」
「おい、そりゃ一体誰のことだ」
「ユーリでーっす!」

ケイは高らかに右手を上げて楽しげに宣言した。ユーリは背後からケイの頭を軽く小突くと、フレンに引っ付いたままのケイを引っぺがして左腕で軽々とその体を引き寄せた。

「大人しくしてろ病人」
「ちぇ、ユーリのケチ」

ケイは唇を尖らせて不服そうにユーリを見上げている。フレンは相変わらずなふたりのやりとりに苦笑を零すばかりだ。

「で、何の話してたの?」
「エステルを守ってくれてありがとうだとよ」
「あーそのこと、いいよいいよお駄賃程度で。魔核ドロボウ探すついでみたいなもんだし」

へらへらと笑いながらケイは右手を差し出してちゃっかり儲けようと試みた。こんなときでもお金に貪欲なケイにユーリは呆れて息を吐く。
ケイが現れたせいで唐突に話が逸れて、またいきなり話が元に戻るというスピード展開にエステルたちはついていくので精一杯のようだが、幼馴染のフレンはすっかり慣れっこのようで先程と変わりなく話を進めていく。

「問題はそっちの方だな」
「ん?」
「どんな事情があれ、公務の妨害、脱獄、不法侵入を帝国の法は認めていない」

フレンの発言にケイはあらあらと声を漏らしながら差し出していた右手を納めた。フレンのお小言が始まったのだ、お駄賃どころではなくなったことに意気消沈したようで、すっかり肩を落としている。がっくりとうな垂れるケイを見て急速に心を痛めてしまったらしいエステルは、慌てて声を発した。

「ご、ごめんなさい。全部話してしまいました」
「鬼……鬼よ……ユーリ、あれは確信犯よ……」
「い、いえ、そんなつもりじゃ……ごめんなさいケイ」

申し訳なさそうに頭を下げるエステルを前に、ケイはわざとしくしくと泣きまねをする。ユーリはそんなケイなど無視をして視線をフレンに寄越した。

「しかたねえなあ、やったことは本当だし」
「では、二人にはそれ相応の処罰うけてもらうが、いいね?」
「フレン!?」

思いもよらないフレンの発言に驚いたように声を上げたのはエステルだった。ユーリもケイも、元はエステルのワガママを聞いて連れ出したことで賞金首になったのだ。それを罰するつもりも、罰させるつもりもエステルにはなかった。
だというのに、フレンは幼馴染を前にして容赦なくそう言い放ったのだ。エステルが驚くのも無理はない。しかし、ユーリもケイもフレンの性格を理解していたためか、特に驚く様子も怒りを見せることもなく先程までと変わりない態度だ。ケイは「フレンがいじめる〜」と言ってわざとらしく泣きまねを続けているが、ユーリもフレンも完全にケイの事は無視を決め込んでいる。ケイも無視されていると分かっていながらそれを気にする様子はなく、ただこの状況を楽しんでいるだけのようで泣きまねを続けているらしい。

「別に構わねえけど、ちょっと待ってくんない?」
「下町の魔核を取り戻すのが先決、と言いたいのだろ?」

ユーリとフレンがそう話しているとき、ノック音が響いて扉が開いた。全員の視線はそちらへ向けられる。現れたのはつり目に泣きぼくろが印象的なキャラメル色のショートヘアの女性騎士と、青いメガネにボブヘアーの可愛らしい小柄な少年だ。二人は部屋に足を踏み入れると真っ直ぐフレンに向かって歩いて行ったのだが、突然少年の方がリタの顔を見て驚いたように声を荒げた。

「なぜ、リタがいるんですか!!」

カロルとそう身長の変わらない少年は、自分よりも大きなリタの顔をキッと睨みつける。リタのことをモルディオと呼ばないところを見ると、どうやら知り合いのようだ。

「あなた、帝国の協力要請を断ったそうじゃないですか!帝国直属の魔導士が、義務づけられている仕事を放棄していいんですか?」

リタを指差しながら少年は早口で言葉を並べる。ケイはきょとんとした顔でユーリにもたれかかりながら少年を見て首をかしげるばかりだ。ユーリはそんなケイの腰に腕を回したままでもたれかかる体を支えると、くるりと顔だけでリタを振り向いた。

「誰?」
「……だれだっけ?」

元々魔導器以外のことに興味のないリタだ、少年がリタを知っていたとしても、リタ本人は少年のことなど気にも留めていなかったのだろう。リタはこめかみの辺りに指を添えて首をかしげるばかりで、自分を睨みつけている少年を興味なさげに見つめている。少年はそんなリタの態度にムッとした様子を見せてから、ふいっとそっぽを向く。少年の髪から一房だけ飛び出している髪がぴょこんと揺れた。

「……ふん、いいですけどね。僕もあなたになんて全然まったく興味ありませんし」

青いメガネを持ち上げながらそう言った少年はリタをじと目で睨みつけて女性騎士のとなりに立った。その様子から全然まったく興味ないという発言とは真逆の感情をリタに抱いていることは明らかで、あらかわいい、とケイは素直な感想を口にした。
ケイは小さな声で呟いたつもりだったのだが、残念ながら少年には聞こえていたらしく、少年は不服そうにケイを睨みつけた。だが、低い位置から睨みつけられたところで痛くも痒くもない。ケイはにこにこと笑いながら少年に向かってひらひらと手を振った。当然少年はより一層不機嫌な顔になってしまい、とうとう頬を膨らませて顔を背けてしまった。

そんな様子を見ていたフレンは、このままではいけないと、空気を変えるためにきりっとした口調で女性騎士と少年の紹介をしてくれた。女性騎士はフレンの部下ソディア、少年はアスピオの研究所で同行を頼んだウィチル。二人はずっとフレンと行動を共にしているらしい。続いてフレンがユーリたちを紹介をしようと口を開いたとき、突然ソディアの顔付きが変わり、腰に差している剣にを引き抜いた。

「こいつら……!賞金首のっ!!」
「ワァオ、過激」

剣を向けられたユーリとケイだったが、慌てることもなくいきなり剣を向けてきたソディアをまじまじと見つめている。慌ててソディアを止めたのはフレンだった。

「ソディア!待て……!彼らは私の友人だ」
「なっ!賞金首ですよ!」
「事情は今、確認した。確かに軽い罪は犯したが、手配書を出されたのは濡れ衣だ。後日、帝都に連れ帰り私が申し開きをする。その上で、受けるべき罰は受けてもらう」

フレンの言葉を聞いたソディアは渋々剣を納めると、謝罪の言葉を述べながら頭を下げて、切り替えるようにウィチルに声をかけた。

「ウィチル、報告を」
「はい。この連続した雨や暴風の原因は、やはり魔導器のせいだと思います。季節柄、荒れやすい時期ですが船を出すたびに悪化するのは説明がつきません」
「ラゴウ執政官の屋敷内に、それらしき魔導器が運び込まれたとの証言もあります」

ウィチルとソディアの報告を聞きながら、リタは見事なまでに顔を歪めた。腕を組んで何やら考え込んでいる。

「天候を制御できるような魔導器の話なんて聞いたことないわ。そんなもの発掘もされてないし……いえ、下町の水道魔導器に遺跡の盗掘……まさか……」
「執政官様が魔導器使って、天候を自由にしてるってわけか」

リタのとなりでその独り言を聞いていたユーリが結論を述べれば、ソディアがゆっくりを口を開いた。

「……ええ、あくまで可能性ですが。その悪天候を理由に港を封鎖し出航する船があれば、法令違反で砲撃を受けたとか」
「それじゃトリム港に渡れねえな……」
「ね」

ぼそりと呟いたユーリに、ケイも抑揚のない声で小さく同意を示す。その顔は執政官に対する嫌悪で染まっていた。次いでフレンが口を開く。

「執政官の悪いうわさはそれだけではない。リブガロという魔物を野に放って、税金を払えない住人たちと戦わせて遊んでいるんだ。リブガロを捕まえてくれば、税金を免除すると言ってね」
「そんな、ひどい……」

エステルは両手を胸の前で握り締めて、信じられないといった顔でフレンを見つめてそう呟いた。同じくこの話を聞いたケイは、先程までの明るさが嘘のように消え去って、ユーリの腕の中無表情で拳を握り締めていた。それに気付いたユーリは、ケイを抱きかかえている左腕に少しだけ力を込める。もしここで一瞬でも力を抜いたら、ケイはすぐにでも執政官のところへ飛んで行きかねないからだ。

「入り口で会った夫婦のケガって、そういうからくりなんだ。やりたい放題ね」

リタも眉間にしわを寄せてそう言った。その声は執政官に対する怒りに満ちている。

「そういえば、子どもが……」

今まで大人しく話を聞いていたカロルが、先程の夫婦と役人たちの会話を思い出して口を開く。フレンは言いかけたカロルに視線を寄越した。

「子どもがどうかしたのかい?」
「なんでもねえよ」

カロルが答えるより早く、ユーリはそう言って軽々とケイを横抱きにした。ケイも突然のことに目を丸くしてユーリを見る。

「色々ありすぎて疲れたし、オレらこのまま宿屋で休ませてもらうわ。ケイも体調崩してて熱出してるしな」
「ちょっとユーリさん、下ろしてくださいませんか」
「病人は大人しく寝とけ」
「フレン〜〜〜ユーリがセクハラする〜〜〜」

やいのやいのと言いながら、ユーリはケイを抱き上げたままその場を後にする。リタ、カロル、ラピードも後に続き、最後にエステルが部屋を出た。
ユーリたちは一旦自分たちの部屋に戻ると、ソファや暖炉の前で自由に腰を下ろす。ユーリはケイをベッドの上に寝かせると、その体に布団をかけた。

「ちょっとユーリ」
「何回も言わせんな、病人は大人しく寝とけ」
「置いてかないでよ」

ケイはむくれたままでユーリを見上げている。ユーリは意地悪く笑いながら答えた。

「だったら、さっさと治すんだな」
「むー」

布団をかぶり直してケイはむくれた。口では文句ばかり言いつつも、やっぱり温かくて柔らかなベッドは心地がいいらしい。ユーリは散らかしっぱなしのケイの服を集めると、それを手際よく暖炉のそばに干しながら言った。

「しかし、どこで会っても、フレンはフレンだったな。ったく、さらに頭が固くなってやがる」
「ワン!」
「お、ラピードもそう思うか。ま、元気そうで何よりだったけどさ」
「ちょっと見ない間におっきくなったよねぇ」
「精々三ヶ月程度だろ」

ベッドの中からしみじみとケイが言ったのを聞いて、まるで母親のようなそのユーリは呆れたように声をあげた。

「ねえ、これからどうする?」

そんな会話に口を挟んだのは、暖炉の近くでラピードと一緒に温まっていたカロルだ。その質問に答えたのはユーリではなく、扉の近くで立ったままのエステルだった。

「わたし、ラゴウ執政官に会いに行ってきます」
「え?ボクらなんか行っても門前払いだよ。いくらエステルが貴族の人でも無駄だって」
「とは言っても、港が封鎖されてちゃトリム港に渡れねえしな。デデッキってコソ泥も、隻眼の大男も海の向こうにいやがんだ」

服を干し終えたユーリに向かって声をかけたのは、すっかり冷え切った紅茶を飲み干したリタだ。ソファに座ったままで腕を組んでいる。

「うだうだ考えてないで、行けばいいじゃない」
「だな。話のわかる相手じゃねえなら別の方法考えればいいんだしな」
「では、ラゴウ執政官の屋敷に向かいましょう」
「はいはーい!あたしもー!!」

エステルがまとめた後、ケイはベッドから上体を起こして高らかに右手を上げた。連れて行け、ということらしいが、当然体調を崩しているケイをこの雨の中連れて行けるはずがない。

「ダメだ。おまえは大人しく寝てろ」
「ユーリのケチー!!ねぇカロルー!!あたしも!!」
「え?えっと……ケイは寝てた方がいいと思うよ」
「カロルの裏切り者〜!!」

ケイは頭から布団を被ると、再びわんわんと嘘泣きをし始めた。エステルはおろおろとするが、それ以外の三人と一匹には当然通用するはずもなく、それぞれから溜め息を吐き出される始末だ。ユーリはケイに近付いて布団を引っぺがすと、両手で顔を覆ってわざとらしくぐずぐずと言うケイを小突いた。

「いたっ」
「帰りに何か買って来てやるから」
「え?マジ?そうだなーじゃあリンゴ」
「ゲンキンなやつ」

顔を両手から解放してぱあっと笑ったケイを見たユーリは、仕方なさそうに笑うとそれ以上何も言わずにケイに背中を向けた。手土産があると知ったケイもそれ以上は何も言わずにひらひらと手を振ってユーリたちを見送る。そんなふたりを見ていたリタは、やれやれと肩を落としてユーリに向かって甘やかしすぎだと小さくぼやく。そんなことは自分が一番よく知っているユーリはリタに苦笑を零すと、吐かれた小言には答えずに部屋を出たのだった。

部屋を後にしたユーリたちが宿を出ようとすると、宿屋の店主に呼び止められてレインコートを手渡された。フレンが店主に金を払ってユーリたちの分を買い付けたらしい。お節介な幼馴染に心の中で感謝しつつ、ユーリは遠慮なくそれを貰い受けて頭からコートを被ると、再び雨の降る街へと繰り出した。



傾斜のある橋を渡ってラゴウ執政官の屋敷の前に辿り着くと、警備の人間が行く手を阻んだ。先程ユーリが来たときとは違う男たちだ。こまめに変わっているらしい。人相の悪い警備の男は、ユーリたちを上から下まで品定めするような目で見ると、気だるそうに声を出す。

「なんだ、貴様ら」
「ラゴウ執政官に会わせていただきたいんですが」

ここは出来るだけ穏やかに話を進めようとエステルが前に出て警備と話を始めた。警備を見たカロルは表情を険しくさせると、ユーリの服の袖をちょんちょんと引っ張ってこっそりユーリを呼んだ。ユーリも少しかがんでカロルに耳を近づける。

「ユーリ、この人たち、傭兵だよ。どこのギルドだろう……」
「道理でガラが悪いわけだ」

執政官の屋敷の前にいる警備は、帝国の人間でも騎士でもなくギルドの傭兵。大体のところの察しがついたユーリは、ケイがいなくてよかったと心底思う。ただでさえ貴族が嫌いなケイだ、ラゴウという執政官がここでギルドを雇って平気な顔で好き放題やっていることを知ったら、問答無用でぶちキレていたことだろう。

ユーリがそんなことを思っていると、傭兵たちはエステルに向かって乱暴な物言いで帰るようにと言い始めた。執政官殿はお忙しいの一点張りだ。いくらエステルが食い下がっても聞き入れる様子はない。カロルが大事になる前に一旦戻ることを提案すると、ユーリもそれに賛同しこの場はとりあえず諦めることになった。
屋敷を離れ傾斜のきつい橋のそばまで戻って来たユーリたちは、傭兵の目を盗んでこそこそと話し合う。

「正面からの正攻法は騎士様に任せるしかないな」
「それが上手くいかないから、あのフレンってのが困ってるんじゃないの?」
「まあな。となると、献上品でも持って、参上するしかないか」
「献上品?何よ、それ」

リタが首を傾げてユーリを見ると、ユーリはその視線に答えるようにリタを見た。

「リブガロだよ。価値あんだろ?」
「そういえば、役人のひとりが言ってました。そのツノで、一生分の税金を納められるって」

先刻の役人の夫婦の会話を思い出したエステルが、唇に人差し指を当ててそう言った。フレンも似たようなことを言っていたのだから間違いないだろう。

「そんだけ高価なもんなら面くらい拝ませてくれるだろ」
「リブガロってのを捕まえるつもり?」

リタの質問にユーリが頷くと、カロルがあっと声を上げる。

「だったら今がチャンスだよ!雨降ってるし」
「雨がどうかしたんです?」
「リブガロは雨が降ると出てくるんだよ。天気が変わった時にしか活動しない魔物ってのが、時たまいるんだよね」
「よく知ってるな、カロル先生。それで?」

感心したようにユーリが続きを促すと、カロルはきょとんとした顔でユーリの顔を見つめるばかりだ。

「……それでって?それだけだよ?」
「どこにいるんだ?」

分かりやすくそういうと、カロルは乾いた笑顔をこぼして首を横に降った。カロルが知っているリブガロの情報はそれ以上はないらしい。リタは呆れたように息を吐いて、じとっとカロルを睨みつける。手詰まりになったところでどうするかとユーリが考え込んだとき、エステルが口を開いた。

「じゃあ、街の人に話を聞きましょう」
「聞きましょうって、いいのかよ、エステル」
「はい?」
「下手すりゃ、こっちが犯罪者にされんだぞ」

ユーリたちは今からこの街のルールを作った帝国の執政官に歯向かおうというのだから、エステルを止めるのも無理はない。
彼女は無事にフレンとも再会できたのだし、フレンといればユーリたちと一緒にいるよりは安全に違いないのだ。これ以上余計なことに首をつっこむ必要はない。ユーリがそれを説明すると、エステルは少し返事に悩んだようだったが、真っ直ぐにユーリを見て答えた。

「……わたしも行きます」
「いいんだな」
「はい」

しっかりと頷いたエステルから視線を動かしたユーリは、次にリタを見た。すっかり一緒に行動するのが当たり前のようになってしまっているが、彼女も一応は帝国の魔導士なのだ。

「リタもいいんだよな?」
「天候操れる魔導器っていうのすごい気になるしね」

天候を操れる魔導器、というものにすっかり興奮しているらしいリタの言葉にも力がこもる。当然ひとりが不安なカロルはユーリについて来るので、結局このメンバーでリブガロを捕まえに行くことになった。

一行は街でリブガロの情報を集めるために歩き回った。聞くところによると、リブガロはノール港の南の森にいるらしく、見目麗しい金色の肌をしているらしい。
だが価値があるのはツノだけでリブガロそのものには何の価値もないという。そのリブガロのツノが税金の代わりになると言って、街の住人たちはたびたび捕まえに出ているそうだ。

ある程度情報を仕入れたユーリたちは、早速リブガロを捕まえに南の森へ向かうことにしたが、街を出ようとした際、偶然フレンたちと入れ違いになった。休むと言ったくせにまったく休む気配のないユーリに向かって、フレンはすれ違い様に声をかける。

「相変わらず、じっとしてるのは苦手みたいだな」
「人をガキみたいに言うな」

ユーリは足を止めることなく立ち去ろうとしたが、フレンは立ち止まってユーリを呼び止めた。

「ユーリ、無茶はもう……」
「オレは生まれてこのかた、無茶なんてしたことないぜ。今も魔核ドロボウ追ってるだけだ」
「ユーリ……」
「おまえこそ、無理はほどほどにな」

立ち止まってフレンと言葉を交わしたユーリは、そう言って立ち去ろうとしたのだが、思い出したように振り返るとフレンに声をかけた。

「そうだ、ケイが熱出しちまったから今は休ませてあるんだが、悪いけど見張り頼むわ」
「見張り?」
「あいつ、一人にしとくと何しでかすか分からねえからな。ちゃんと手土産は持って帰るって伝えといてくれ」

じゃあな、と手を振ってユーリは立ち去ってしまう。やれやれとフレンは息を吐くと、同行しているウィチルを呼びつけて魔導器研究所の強制調査権限が使えないか確認を取るように指示し、少しだけ自分に自由な時間を与えることにした。
魔導器研究所の強制調査権限とは、帝国が認めた魔導器調査であればどこでも入っていけるというもので、本来ならば隊長を務めている自分がその確認は自分が行うべきなのだが、ユーリからケイを頼まれたのだから仕方ない。ユーリにとっては一番大切な女性で、その女性を預かったのだ、幼馴染としてその頼みを断るわけにはいかない。

「まったく、帝都を出て少しは変わったかと思えば……これでは無茶の規模が膨れ上がっただけだ」
「フレン?」

フレンがひとりでそう呟くと、エステルが心配そうにその顔を覗き込んだ。フレンはそんなエステルを見ると、心配をかけまいと柔らかく微笑んで見せた。

「ユーリは守るべきもののためならとても真っ直ぐなんですよ。そのために自分が傷つくことを厭わない。それが羨ましくもあり、そのための無茶が不安でもあるんですが……これはケイにも言えることですね」

厄介なところが似通った幼馴染たちのことをフレンが説明していると、カロルがエステルを呼んだ。見ればユーリはもうずっと先の方を歩いている。エステルが慌てて追いかけようと駆け出したとき、フレンがエステルを呼び止めた。エステルが振り返ると、フレンは言葉を選んでから口を開く。

「……その、どうですか?外を、自由に歩くというのは?」
「全部をよかったというのは、難しいことですけど……」

エステルは笑って弾んだ声で言葉を続けた。それはフレンの見たことのない、晴れやかなエステルの笑顔だった。

「わたしにもなすべきことがあるのだとわかり、それがうれしくて、楽しいです」
「そうですか……それはよかった」

エステルは一礼すると、ユーリたちを追いかけて駆けて行く。なんだか大きくなったようなその後姿を見送りながら、フレンも柔らかく笑みを零すと、ユーリから頼まれたケイの様子を見に宿屋へと足を進めるのだった。
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