【15:エフミドの丘へ】

ユーリたちが騒がしい街の入り口までやってくると、そこには見なれた顔がエステルを囲んでいた。ルブランとアデコールとボッコスだ。
三人はしっかりとエステルを取り囲んでいて、帝都に帰るように促している。エステルが事情を説明しているようだが、聞く耳も持たないらしい。ユーリは面倒そうに肩を落としながら、街の入り口で騒ぐ三人に近付いた。ユーリの存在に気付いたルブランが、腰に当てた剣に手を添える。

「ここで会ったが百年目、ユーリ・ローウェル!そこになお〜れぇ〜!」
「今回はバカにしつこいな」
「昔からのよしみとはいえ、今日こそは容赦せんぞ!」

今にも剣を抜いて襲い掛かりそうなルブランの手を止めてエステルは必死にユーリが無実だということを訴えるものの、彼らにはエステルが脅迫されているようにしか思えないらしく相変わらず聞く耳を持たない。必ず戻るから待ってほしいというエステルの意思も完全に無視だ。
結局、アデコールとボッコスが街中で武器を抜いてユーリに向けてしまうことになった。指名手配になった以上、出来るだけ騒ぎを大きくしたくなかったユーリだったが、こうなってしまえば致し方ない。諦めて剣を鞘から抜くと、まっすぐ向かってくる二人に向き合った。

ユーリは二人の攻撃を軽やかにかわしながら、隙をついて攻撃をくり返す。視界の端で、騎士ともめだしたことにおろおろとするカロルと、必死にルブランを説得しようとエステルがいたが、気にかけている余裕はなかった。いくら手を出してきたのが向こうとはいえ、あまりきつい攻撃を返すのも微妙だ、さてどうするか、と攻撃をかわしながらユーリが悩んでいると、パァン、という乾いた音が連続で二回耳に入った。それと同時に、デコボココンビが崩れ落ちる。ユーリが驚いたように音の方を見ると、右手に銃を構え、左腕で紙袋を抱えたケイが不機嫌そうな顔で立っていた。

「遊んでないでさっさとやっちゃいなさいよユーリ」

街中や狭い場所では滅多に銃を抜くことのないケイがしっかりと騎士たちに銃口を向けているのだから、えらく機嫌を損ねていることだけは分かった。華やかな花びらの絨毯を踏みながらユーリに近付いたケイは、銃をホルスターに直して紙袋から赤く熟れた果物を取り出すと、迷うことなくそれにかぶりついた。なるほど、空腹で不機嫌だったのか、と悟ったユーリは、苦笑を浮かべながらラピードが咥えている鞘に剣を納めた。

「そんなことより、あの銃弾大丈夫なのか?あいつら起きないぞ」
「ケイさんオリジナル、超強力空気砲。鉛玉と同じくらいの威力の空気砲よ。しばらくはかなり痛いけど体に穴があくわけじゃないし、あいつら鎧着てるから死にゃしないって」
「とんでもないな……」

しゃりしゃりといい音を鳴らしながら果物を頬張りつつさらっと答えるケイに、ユーリは改めて彼女だけは怒らせないでおこうと一人静かに決意した。二人がそんな物騒な会話を繰り広げている間、ルブランは倒れこむ部下に近付いて「情けない!」と憤慨したように声を荒げていた。デコボココンビは必死に起き上がろうとするものの、空気砲の威力がよほどのものだったらしく、痛みを堪えるので精一杯らしい。それでも何とか上体を起こして立ち上がろうとするのを見て、ケイが再び拳銃に手を伸ばしたそのときだった。

突然ケイの隣でリタが詠唱を唱えて魔方陣を展開し、その両手にどんどんエアルを集めて熱量に変えていく。リタの顔はケイ以上に不機嫌そうで、その眉間には深くしわが刻まれていた。ケイは拳銃を手にするのをやめると、何事もなかったかのように手の中の果物をしゃりしゃりと噛み砕いていく。

「ちょ、リタ……」

さすがにカロルもこの状況をまずいと思ったらしく、慌てて止めようとするものの、すでに遅かった。

「さっきから聞いてれば……」

リタは両手に集めた熱量を、ルブランたちに向けて一気に放った。質量をもったファイアーボールは見事クリーンヒットし、爆風に巻き込まれた三人はその場に突っ伏してしまった。リタなりにかなり手加減をしていたので死んでいることはないだろうが、それでもかなりのダメージだったに違いない。

「戻らないって言ってんだから、さっさと消えなさいよ!」
「いよっ!リタちゃんカッコイイ〜!」

ケイはヘタだけになった果物の残骸をふらふらと振り回しながら、楽しげに声を上げた。それなりに腹も満たされ、気持ちいいほどのリタの魔術にすっかりとご機嫌だ。ゲンキンなやつ、とユーリが小さく零していると、エステルがユーリの服の袖をこっそりと引き、少し焦ったような声を上げた。

「ユーリ!あの人たち…!」

ユーリがエステルの視線を追うと、そこには例の赤眼の連中がこちらの様子を伺っていた。ケイもユーリに続いて視線の先の赤目を見つけると、すっと目を細めて真面目な表情を浮かべる。

「やっぱり、オレらも狙われてんだな」
「みたいね」

ケイはカロルのかばんを無理矢理開けると、手に持っていた紙袋を有無を言わさず突っ込んだ。何が起こっているのかさっぱり分からず混乱した様子のカロルは、ケイの手を止めることも出来ない。そして今までの経緯を何も知らないリタが、苛立ちを隠しもせず荒っぽく口を開いた。

「今度はなにっ!」
「話はあとだ!カロル、ノール港ってのはどっちだっけ?」
「え、あ、西だよ、西!エフミドの丘を越えた先に、カプワ・ノールはあるんだ」
「決まりね。行くよ!」

ケイとユーリが先頭を走り、そのすぐ後ろにラピードが続く。カロルも慌ててユーリたちを追いかけるが、エステルはおどおどとしたままその場から動かない。リタも駆け出しかけてはいたのだが、その足を止めて動かないエステルに声をかけた。

「ほら、さっさと行く」
「でも、わたし……」
「……あ〜っ!!決めなさい、本当にしたいのはどっち?旅を続けるのか、帰るのか」

それは、今が選択の時だということをエステルに教えていた。エステルはわずかに悩んだあと、まっすぐにリタを見て答えた。

「……今は、旅を続けます」
「懸命な選択ね、あの手の大人は懇願したってわかってくれないのよ」

それだけ言うと、リタはさっさと駆け出してしまう。それと同時に、エステルも街の外へ向かって駆け出した。リタの魔術で突っ伏したままのルブランたちだったが、エステルが駆け出そうとしたところを見て慌てて立ち上がり、その後を追おうとする。しかし、その行く手を阻んだのはユーリだ。

「騎士団心得ひと〜つ!!『その剣で市民を護る』そうだったよなあ?」

ユーリがそう言うと同時に、赤眼の集団がユーリたちを追って街の入り口近くまでやって来ていた。ルブランはユーリと赤眼の集団を交互に見比べると、腰の剣を抜いて高らかに掲げ、赤眼の集団に向かって強い瞳をぶつけた。どうやら今一番危険そうなのは赤眼の集団だと判断したらしい。

「その通りっ!!いくぞ騎士の意地をみせよっ!!」

ルブランの力強い声と共に、アデコールとボッコスも赤眼の集団に立ち向かっていく。ケイは走りながらユーリを見ると、くくくっと悪戯っぽく笑った。

「…三ヶ月で騎士団辞めちゃったユーリさんが騎士団の心得を語るなんてねえ?」
「いいだろ、結果オーライってやつだ」
「まぁね」

こそこそとそんな会話を繰り広げつつ、一行はしばらく走ってハルルから離れ、エフミドの丘へと向かうのだった。



道中現れる魔物たちを倒しながら、ユーリたちは無事にエフミドの丘に到着した。白い砂利道とそれを挟む美しい森林が特徴的で、優しい印象のある丘だった。しかし、カロルだけはやけに不思議そうにきょろきょろと辺りを見渡している。

「おかしいな……結界がなくなってる」
「ここに、結界があったのか?」
「うん、来るときにはあったよ」

素直に頷いたカロルを見て、ユーリは首をかしげた。

「人の住んでないとこに結界とは、贅沢な話だな」
「あんたの思い違いでしょ。結界の設置場所は、あたしも把握してるけど、知らないわよ」

こんなところに結界があるだなんてことをリタも不審に思っているようで、信じられないと言わんばかりの眼差しでカロルを見た。しかしカロルは嘘などついていないらしく、いたって普通のことのように返事を返した。

「リタが知らないだけだよ。最近設置されたって、ナンが言ってたし」
「ナンって誰ですか?」

ナン、といういかにも女の子の名前に真っ先に反応したのはエステルだ。こういうことにはやけに鋭いエステルの目は、いつになくきらきらと輝いている。カロルは思わず言葉につまると、必死に誤魔化そうとわざとらしく目を背け、表情を繕ったものの、隠し事が下手なのか無理しているのはバレバレだ。

「え……?え、えっと……ほ、ほら、ギルドの仲間だよ。ボ、ボク、その辺で、情報集めてくる!」

さっさと走って行ってしまったカロルをエステルは引き止めたものの、当然カロルが止まるはずはない。エステルの表情は諦めないと語っていて、ケイはカロルの事情は長期戦になりそうだな、と第三者らしく楽しむことをこっそりと決めた。

「あたしも、ちょっと見てくる」

リタも魔導器と聞いて動かずにはいられなかったのだろう、ユーリたちを置いてさっさと言ってしまった。ユーリは盛大な溜め息をついて、ぼやくように呟いた。

「ったく、自分勝手な連中だな。迷子になっても知らねえぞ」
「わたしたちも行きましょう」

エステルの声に、ユーリも足を踏み出したのだが、ふと気になって振り返る。すると、ぼーっとその場に突っ立ったままのケイが居た。いつになく大人しい様子のケイに、ユーリは少し首をかしげる。

「……ケイ?」
「え……あぁ、ごめんごめん」

ケイはユーリの隣に駆けてくると、いつものように笑ってユーリを見上げた。特に変なところは見当たらない。しかし、なにかがいつもと違う。ユーリは怪訝な顔で目の前の幼馴染の顔を見つめるが、ケイはいつもどおり綺麗過ぎる笑顔を向けるばかりだ。

「どしたのユーリ?」

問いかけてくるのもいつも通りで、それ以上はなぜか追及出来なかった。

「なんでもない。ぼーっとするなよ、狙われてる身分なんだからな」
「は〜い」

相変わらずの呑気な返事も健在だ。それでも胸の中につっかえる違和感を拭いきれないまま、ユーリは心配そうにケイを見つめていた。

エフミドの丘を道なりに進んでいると、目の前には見事なまでに破壊された巨大な魔導器が道を塞いでいた。白い砂利道には似合わないその魔導器は黒焦げで、ぷすぷすと音を立てながら煙を上げている。近付けば近付くほど、機械の焼ける嫌なにおいが鼻についた。
リタはちょうどそこを仕切っていたらしい男の制止を聞きもせず、勝手に魔導器に近付いてあれやこれやと原因を探っているらしかった。そんなリタを見てユーリは感心したように言葉をもらす。

「あの強引さ、オレもわけてもらいたいね」
「ユーリには必要ないかと、思うんですけど……」

エステルが苦笑を浮かべながらユーリに言葉を返していると、三人の下へ興奮したようにカロルが駆け寄って来た。

「ねえ聞いてよ!それが一瞬だったらしいよ!槍でガツン!魔導器ドカンで!空にピューって飛んで行ってね!」

仕入れた情報を必死に伝えているつもりなのだろうが、興奮のあまり随分早口な上、何を伝えたいのかさっぱり分からない。小さな体を大きく使って身振り手振りで話す姿は子どもらしくてよいのだが、それでもユーリたちに伝わっていなければ意味がない。

「……誰が何をどうしたって?」

ユーリが聞けば、カロルは質問の通りに素直に答えてくれる。

「竜に乗ったやつが!結界魔導器を槍で!壊して飛び去ったんだってさ!」
「……人が竜に?それホント?」

疑わしそうな目でカロルを見たのはケイだ。ユーリもエステルもそんな話は初耳なので、素直に受け入れることが出来ない。

「ボクだってそうだけど、見た人がたくさんいるんだよ。『竜使い』が出たって」
「竜使い……ねえ。まだまだ世界は広いな」

証言があるのなら受け止めるしかない。ユーリは腰に手を当てながら、信じられないようなカロルの話を信じることにした。ケイとエステルもユーリに同調してうんうんと頷いている。

四人と一匹がそんな会話を繰り広げていると、リタの騒々しい声が耳に入ってきて、一同は一斉に声の方を振り向いた。見れば、リタが騎士に力づくで取り押さえられている。そしてそのままの状態で、必死に見張りの男に抗議している。

「この魔導器の術式は、絶対、おかしい!」
「おかしくなんてありません。あなたの言ってることの方がおかしいんじゃ……」
「あたしを誰だと思ってるのよ!?」
「存じています。噂の天才魔導士でしょ。でも、あなたにだって知らない術式のひとつくらいありますよ!」
「こんな変な術式の使い方して、魔導器が可哀想でしょ!」

リタは取り押さえられているにも関わらず、大声で騒ぎ立てながら必死に抵抗している。見張りの男はさらにリタを取り押さえる人数を増やそうと、あちこちから警備の騎士たちを呼びつけていた。ケイは呆れたように息を吐く。

「……早速問題起こしてる子いるけど」
「……」

ユーリは何も答えず頭を抱えるばかりだ。するとカロルが一歩前へ出て、大きな声で叫んだ。

「火事だぁっ!山火事だっ!」

カロルの声に、リタの周りに集まっていた数人の騎士が反応するものの、音もにおいもしないのだからそんなうそが通用するはずがない。結局騙されることもないまま、カロルまで騎士に追い回されることになってしまって、残された三人と一匹は盛大に溜め息をついた。そんなユーリたちの元へひとりの騎士が近付いてきて声をかける。

「おまえたち、さっきのガキと一緒にいたようだが……ん?おまえたち、確か手配書の……」

騎士がそう言いかけた瞬間、ケイは迷うことなく騎士の股間を蹴り上げた。当然、騎士は見事に崩れ落ちる。同時にユーリはリタの元へと走って、リタを取り押さえていた騎士の首筋に手刀を叩き込んで気絶させた。

「今だ!」

ユーリの言葉を合図に、ケイはエステルの手を引くと脇にあった森の中へと迷うことなく飛び込んだ。ラピードもその後に続き、ユーリとリタも同様に森の奥へと駆けて、しばらく進んだところで足を止めた。数人の騎士はカロルを追うのに必死なようで、ユーリたちに気を取られていないのが幸いしたらしい。追っ手が来ないことを確認して、ユーリはようやく息を吐いた。

「ふ〜、振り切ったか」

息を切らしていないのはユーリとケイとラピードだけらしく、エステルとリタは息も絶え絶えのようだ。エステルは膝に手を当てて息を整えながら、ゆっくりと口を開く。

「リタって、もっと考えて行動する人だと思っていました……」
「はあ……あの結界魔導器、完璧おかしかったから、つい……」
「おかしいって、また厄介事か?」

ユーリが至極面倒そうな顔で言うと、リタは少し表情を暗くしてそれに答えた。

「厄介ごとなんてかわいい言葉で、片付けばいいけど」
「あたしらの両手はすでに許容量オーバー。悪いけど、それはよそにやってね」

ケイが肩を竦めてそう言うと、リタはふいっとそっぽを向いて答えた。

「……どの道、あんたらには関係ないことよ」
「じゃ、いいけどね」

あっさりとケイがそう答えると、すぐに聞きなれた声が遠くからユーリとケイを呼んだ。ルブランだ。あまりのしつこさに、さすがのふたりもげんなりとした様子を見せる。

「呼ばれてるわよ?有名人」
「ったく……仕事熱心なのも考えもんだな」
「まったくだわ……」

次いでアデコールがエステルを呼ぶ声が聞こえる。リタはくるりとエステルを振り返って、桃色の髪を靡かせる少し年上の娘をじと目で見つめた。

「あんたら、問題多いわね。いったい、何者よ」
「えと、わたしは……」

エステルが言いよどんだのと同時に、ボッコスがユーリとケイの名前を叫んだ。こんなところでお喋りしている余裕はなさそうだ。ユーリが場を切り替えるように言い放つ。

「そんな話はあとあと」
「そーね、今は逃げるのが先決」

ケイも頷いてやっとそこから逃げようとしたそのとき、草むらががさがさと音を立て、ラピードが威嚇の体勢に入った。ユーリたちも思わず身構えたのが、草むらからは焦ったようなかわいい少年の声が聞こえて来た。

「うわあああっ!待って待って!ボクだよ!」

声と共に飛び出してきたのはカロルだ。どうやら無事に追っての騎士たちをまいたらしい。身構えていたユーリたちも武器を下ろし、カロルもパーティに加えてようやくノール港へと向かって進んでいくことになった。

カロルが示した方角へ向かって進む。道は獣道で足場が悪く、結界魔導器が壊れているため結界もなくなっており、うじゃうじゃと魔物が沸いていた。当然丘の道は整備されているのだが、脇にある森の道など整備されておらず、歩くだけでも体力が消費されていく。こんなときでもやけに元気なケイでさえ、なんだか元気がない。ユーリは時々ケイに視線を寄越して様子を伺うものの、口数が少ないこと以外におかしなところはなく、泣き言を口にし始めるカロルに笑いかけているくらいだ。やはりただの思いすごしなのだろうか。そう思ってはいるのだが、どうしても心の中にあるもやもやは晴れなかった。

しばらく進むと、ようやく小さく開けた場所に出た。そこには変わった形の背の高い赤い花が咲いている。見たこともない花にリタが興味を示して近付いたのだが、珍しく声を荒げて慌てたようにリタを止めたのはエステルだった。

「リタ!触っちゃだめ!」

エステルの声に、リタもピタリと動きを止める。

「ビリバリハの花粉を吸い込むと、目眩と激しい脱力感に襲われる、です」

エステルからの説明を受けたリタは、ふーんと声を上げると花から離れ、ビリバリハを興味深く眺めているカロルの背後に立った。そして無防備なカロルの背中を乱暴に押して、カロルとビリバリハを触れさせた。リタが起こすであろう行動を悟っていたユーリとケイは、心の中でカロルに手を合わせるばかりだ。

カロルが触れた瞬間。つぼみだったビリバリハは一気に花を開き、そこから黄色い花粉を一瞬にして散りばめると、あっという間につぼみの姿に戻ってしまった。驚く間もなく花粉を吸い込んでしまったカロルが、急激な目眩と脱力感に立っていられなくなりその場に倒れこむ。エステルは慌ててカロルに駆け寄ると、目眩でふらふらとしているカロルに向かって、いつものように治癒術を施した。リタはその光景をまじまじと見つめている。ユーリはそんなリタに近付くと、少しわざとらしく尋ねた。

「治癒術に興味あんのか?」
「別に……」

ユーリの視線に気付いたリタは、エステルから距離をとって遠くからその様子を見つめることにした。カロルに治癒術を施していたエステルだったが、治癒術ではビリバリハの目眩は治せないようで困ったように眉を下げている。

「自然に回復するの、待つしかなさそうね」
「みたいです」

ケイの結論にエステルが頷くと、ユーリが倒れこむカロルのそばに近づいてしゃがみこんだ。

「これ、いつ治るんだ?」
「花粉吸い込んだだけならちょっと待ってりゃ治るでしょ。カロルもこんなだし、さすがに追っ手もここまでは来ないだろうからちょっと休憩しよ。あたしお腹すいた」

膨れっ面でケイが言うと、ユーリもそれに賛同したのか、その場に座り込んでしまった。リタは急がなければならないと苛立って抗議したものの、かわいらしいお腹の虫が盛大に鳴いてしまって、一気に顔を赤らめた。ケイが笑いを堪えていると、顔を赤らめたままそっぽを向いて乱暴に腰を下ろしたので、エステルもそれにならう。

「なんか食べるもんあるのか?」
「カロルのかばんに買って来たもの全部詰め込んであるよ」

ケイの返事を聞いたユーリは遠慮なくカロルのかばんを開けて、そこから先程ケイが抱えていた紙袋を取り出した。中にはグミやパンなど、腹の足しになりそうなものがいろいろと詰め込まれている。ユーリはグミやパンなどを適当に配分すると、それをエステルたちに手渡した。そういえば、帝都を出てからまともに口にしたのがサンドイッチだけだったことを思い出した途端、ユーリも一気に空腹に襲われた。

「なーんだ、何も作ってくれないんだ」
「さすがにそんな暇ないからな」

ユーリの手料理を期待していたケイは不服そうではあるが、何も食べられないよりはましだと開き直って、誰よりも先にパンにかじりついた。それを見てエステルとリタもパンを口にする。

森の匂いを運んだ風が、一行の体を優しくなぜる。時折聞こえる小鳥の声を聞きながら、特に会話をすることもなくひたすら食事を続ける光景は、なんだか不恰好なようにも見えた。ケイは取り分けられた最後のグミを口に放り込むと、先程ようやく復活したばかりのカロルに水を手渡した。カロルは噛み砕いたパンと一緒に水を胃に流し込む。

「調子はどう?」
「うん、もうだいぶいいよ」
「ビリバリハには今後気をつけましょうね」

エステルの声に誰よりもしっかりと頷いたのはカロルだ。すっかりリタのおもちゃと化しているカロルに僅かな同情を抱きつつ、ケイはやれやれと息を吐いた。

少しの間のんびり過ごした一行だったが、カロルの食事が終わったのを見計らって、ユーリは立ち上がる。

「さ、腹ごしらえもしたんだからそろそろ行くぞ」

追っ手もいるからのんびりもしていられないしな、と続けたユーリにならって、エステルたちも腰を持ち上げる。ユーリがふと周囲を見渡すと、ぼーっとした様子でそこから動く気配がないケイを視線が捉えた。ユーリはケイに近付いて、いつものように座り込むケイの前に手を差し出しす。するとケイもハッとなったのか、ようやくユーリの顔を見た。ケイと目が合ったユーリは、少しだけ眉を寄せる。なんとなくいつもより顔が赤いような気がしたのだ。

「ほら、ぐずぐずしてると置いてくぞ」
「あぁ、うん、行こっか」

ケイは笑顔を浮かべると、ユーリの手を取ることなく立ち上がった。ユーリは驚いてケイを見る。

「うん?どうかした?」
「いや……」

いつもなら迷うことなく自分の手を取って立ち上がるケイが、こうしてわざとらしくそれを避けたのは初めてだった。当のケイは気にするでもなく、お腹いっぱいだと笑顔を浮かべてぐっと伸びをしている。その行動すらわざとらしく見えた。心配になったユーリが先に行こうとするケイの腕を掴もうとした瞬間、ケイはくるりとユーリを振り返った。

「ユーリ、先頭行って」
「は?」
「こんな獣道じゃ足場も視界も悪いから、ユーリが先頭いると目印になるじゃん!」

悪意ゼロの笑顔で言われてしまうと、もう何も言い返せない。
ユーリは出しかけた手を引っ込めると、仕方なく先頭に立った。どうやらケイは最後尾を着いてくるらしい。いったいどうしたものかと考えながら、ユーリは不安をかき消せないままで先を急ぐのだった。
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