【13:追いつめた魔核ドロボウ】
巨大な腕を振り回しながら襲い掛かってくる人型の魔導器、カロルのスペクタクルズ情報によれば、ゴライアースというのだそうだ。動きこそ俊敏でないものの、そのパワーは非常に強力で、一発でも食らえばひとたまりもない。
すばやいラピードは、動きの鈍いゴライアースの隙を簡単について攻撃を与え、リタは遠方から魔術で攻撃し、ケイは軽やかに飛び回りながら翻弄し、拳銃で間接部分をひたすら狙って危険な腕の故障を狙う。ユーリとカロルは隙をついて懐に入り込み、強烈な攻撃をお見舞いし、エステルは遠方から補助に回って、回復に専念していた。
「しっかし、なかなか手ごわいわね」
間接部をギシギシといわせ始めたゴライアースの攻撃の威力が下がり始めた頃、飛び回っていたケイは一旦ユーリの傍に降り立ってぽそりと呟いた。ユーリも戦闘態勢を崩すことなく答える。
「まったくだな」 「…ねぇ、あの腕、壊しちゃわない?危険すぎ」
ケイの提案に、ユーリは眉をひそめる。
「どうやって?」 「まず、あたしが間接にこの銃弾をぶち込んで……」
腕を落とすための手順をケイが説明すると、なるほど、とユーリも頷いた。
「でも、それならリタが適任じゃないのか?」 「あの子の魔導器愛を見てる限り、協力しそうにないからね」 「ま、確かにな」 「じゃ、いくよ!」 「了解!」
ケイは再び軽やかに飛び回ると、そのままカロルとラピードに指示を出した。
「カロル!ラピード!コイツの足を狙って!」 「あ、足!?」 「そう!体が地面につけばいいから!リタはそのまま魔術で攻撃ね!エステル!カロルとラピードよく見ててあげて!」 「はい!」
そう言いながら、ケイはゴライアースの興味を引きながら、上空で慣れたように拳銃の弾を入れ替える。指示を出された面々は、何か作戦でもあるのだろうということを悟って、言われた指示に従う。そしてユーリは少し距離を取りながら、タイミングを見計らっていた。
カロルとラピードが集中的に足を攻撃し続けると、ケイの銃弾でかなり間接にガタがきていたゴライアースは、ガクンと膝を折って豪快に地面に倒れこんだ。そこを狙って、ケイはある銃弾を巨大な腕にねじ込む。それと同時に、ユーリは叫んだ。
「カロル、ラピード、うまく避けろよ!」 「え!?え!?」 「蒼破!!」
ユーリはケイが銃弾をねじ込んだ部分目掛けて、技を繰り出した。ラピードはカロルの首根っこをくわえて、さっとゴライアースから距離を取る。ユーリが放った技が腕に直撃したその瞬間、豪快な音を立てて凄まじい爆風を繰り出しながら、ゴライアースの腕部分が爆発したのだ。それは爆風でユーリたちの体まで軽く飛ばされるくらいのもので、目も開けていられない。
ようやく目を開いたときには、技を繰り出した腕が見事に粉砕していて、ゴライアースもピクリとも動かなくなってしまっていた。全員が信じられない光景に呆然とする中、ケイが物陰から現れて、倒れこんで動かないままのそれにちょこちょこと駆け寄った。空中にいたせいで少し逃げ遅れたらしく、咄嗟に顔を庇ったらしい右腕が血まみれになっていたのだが、本人は大して気にした様子はない。
「ワァオ、想像以上の破壊力」 「ケイ!?大ケガしてます!」
そんなケイを見て、顔を真っ青にしながら駆け寄ったエステルは、慌ててケイに治癒術を施す。ケイはへらへらと笑いながら、ありがと〜と呑気な声で言うばかりで、大ケガをした自覚があるのかないのかもわからない。
「な……何よ、今の……」
硬直状態のリタが震える声でそういえば、ケイは治癒術を受けながら自慢げに言った。
「ケイさんオリジナル、地雷式拳銃用爆弾。打ち込んだ後に衝撃を与えたら、ドカーンとなる代物。その衝撃の大きさによって爆発の威力も変わるようにしたんだけど、コレは威力強すぎたね〜。失敗失敗」 「失敗失敗って……笑ってる場合じゃないでしょ!?あんた大ケガしてるじゃない!それにこの子の腕まで吹き飛ばして…!」 「本体は壊れてないんだから。それに、そうでもしなきゃドロボウ逃げちゃうでしょうが。ほらリタ、早く動力切って。また動き出すと大変よ」
実際、この人型魔導器にずいぶん手間取ってしまったのだ。ケイの言葉にリタは言い返せずに、ぐっと出掛かった言葉を飲み込むと、動かなくなったゴライアースに近付いて動力を切る。そして同時にケイの腕が完治し、ケイはエステルの髪をわしゃわしゃと撫で回しながら笑った。
「ありがとエステル〜」 「きゃあ!」 「さ、ドロボウ追いかけますよ」
治癒術を施してもらったケイのキズは、指先のケロイドごと綺麗さっぱりなくなっていた。術のおかげで体調まですこぶるよくなってしまい、一人でっさっさと行ってしまおうとするケイの後を、ユーリとラピードはさっさと追いかける。その後ろに、カロル、リタが続いた。エステルは少し行くのを躊躇っているようだ。そんなエステルの姿を見て、リタは言う。
「あんたも早く!」 「でも、フレンは……」 「あんな怪しい奴が、ウロウロしてるところに、騎士団なんていねぇって」
フレンがいないことに不安げなエステルの言葉に答えたのはユーリだった。ユーリを振り返ったエステルは、その顔に落胆を色をにじませる。
「じゃあ、もうフレンは……」 「たぶん、もうここにはいない、行くぞ!」
ユーリは答えてケイと共に先に行こうとしてしまう。リタは、自立術式がどうのとぶつぶつ言いながらその後を追った。その自立術式のために自分たちを戦わせたことに、カロルは極悪人だと叫ぶばかりだ。そんなことばかりを言い合ってなかなか進まない年下たちに、痺れを切らしたユーリは声を荒げた。
「口じゃなく足使えよ!!」
彼にとっては、ようやく追い詰めた魔核ドロボウなのだ。ここで逃がしたくはないのだろう。それはケイも同じだった。しかし、ユーリとケイ以外の三人はまだ成人にも満たない子どもだ。仕方がないか、という気持ちも抱きつつ、苛立ちを露にするユーリに苦笑いを零して先頭を走った。
襲いかかってくる魔物を避けながら急いで魔核ドロボウの後を追っていると、そいつはすぐに見つかった。魔物に囲まれて身動きが取れなくなっていたのだ。仕方がないので男の周囲を囲っていた魔物を追い払い、魔物の代わりにユーリたちが男の周囲を取り囲む。ある意味、魔物よりも恐ろしい光景である。
「魔核盗んで歩くなんてどうしてやろうかしら」
15歳らしからぬ、ドスをきかせた声でリタが一歩男に近寄ると、男は小さな悲鳴を上げながら後ずさりをした。そして必死に弁解を始める。
「俺は頼まれただけだ……。魔導器の魔核を持ってくれば、それなりの報酬をやるって」
誰に頼まれていようが、盗んだことには変わりないというのに、男は必死にそう言って罪を免れようとする。情けないドロボウの姿に、救いようがないと感じながらケイが呆れて溜め息をついていると、さらにユーリが一歩前に出て男との距離を埋める。
「おまえ、帝都でも魔核盗んだよな?」 「帝都?お、俺じゃねぇ!」 「おまえじゃねぇってことは、他に帝都に行った仲間がいるんだな?」 「あ、ああ。デ、デデッキの野郎だ!」 「そいつはどこ行った?」 「今頃、依頼人に金をもらいに行ってるはずだ」
依頼人、という言葉にユーリが眉を寄せる。魔核ドロボウを追ってきただけだというのに、だんだん話が肥大してきているのだから仕方がない。
「依頼人だと……。どこのどいつだ?」 「ト、トリム港にいるってだけで、詳しいことは知らねぇよ。顔の右に傷のある、隻眼でバカに体格のいい大男だ」 「そいつが魔核集めてるってことかよ……」
ユーリは考えるような素振りを見せる。そしてリタは眉間にしわを寄せて、男を睨み上げた。
「ソーサラーリングもどこかで盗んだのね」 「ぬ、盗んでなんていねえ!仕事の役に立つって依頼人に渡されたんだ!!」 「うそね。コソ泥の親玉なんかに手に入れられるものじゃないわ」 「ほ、本当だ!信じてくれよ!」 「……嘘くさーい」
リタに詰め寄られて必死な男の態度を見ながら、ケイはジト目で呟いた。男は薄ら笑いで冷や汗をかきながら、ただこの場を上手く逃れたい、それだけのように見えた。
「なんか話が大掛かりだし、すごい黒幕でもいるんじゃない?」 「あらカロル、冴えてるのね。あたしもそう思う」 「ああ。ただのコソ泥集団でもなさそうだ」
カロルはこの中では最年少なのだが、意外と着眼点がいい。ちょっと弱虫で意地っ張りな少年特有の気もあるが、ケイは純粋に感心した。多少手癖は悪いものの、頭の回転も早い方で、知識も豊富で考え方も豊かだ。12歳の頃の自分は、ようやく自分の意思で体を動かせるようになったところだっただけに、ケイは少しだけカロルをうらやましく思った。
「騎士も魔物もやり過ごして奥まで行ったのに!ついてねぇ、ついてねぇよっ!」 「騎士?やはりフレンが来てたんですね」 「ああ!そんな名前のやつだ!くそー!あの騎士の若造め!」
地団駄を踏みながらぎゃーぎゃーと叫び、怒りを露にする男の姿は、もはや逆上である。目の前でそんな醜い態度をさらされて腹がたったのだろう、うるさい!と叫びながら、リタは男を殴って気絶させてしまった。唐突なリタの行動に一同は唖然とするばかりだが、殴った本人はずいぶんスッキリとした表情を浮かべている。恐る恐る声をかけたのはカロルだ。
「ちょ、リタ、気絶しちゃったよ……どうすんの?」 「後で街の警備に頼んで、拾わせるわよ」 「ワァオ、リタってば過激ね」
リタの咄嗟の行為にケイがくすくすと笑っていると、リタはそんなケイの顔を僅かに見て、ふんっと鼻を鳴らしながらさっさと先へ向かってしまった。不機嫌にさせたかな、と思いながらも、その顔すら可愛くてケイはニコニコ顔がおさまらない。アスピオに戻るためさっさと先を行ってしまうリタの後を、エステルとカロルが追いかけて、その少し後ろをラピードが行く。
もはや急ぐ必要もなくなってしまったケイがその後ろをのんびりと追いかけていると、右隣にユーリが立ち、ふとケイの細い手首を掴んだ。何事かと思って見上げれば、なんだか怒ったような悲しんでいるような、複雑そうな目でケイを見下ろすユーリの姿に、ケイは思わずきょとんとする。
「……ユーリ?」 「なんであんな無茶したんだ?」
少し怒りを含んだ声に、先ほどゴライアースの腕を吹き飛ばしたときのことだとすぐに理解したケイは、困ったように笑った。
「無茶したつもりはないよ。あたしって飛び回って戦うスタイルだし、あの瞬間、空中にいたせいで避け切れなかったってだけ。それに、あたしもあんなに見事に爆発するなんて思ってなかったの。あれは予想外すぎたね」 「一歩間違えたら死んでたかもしれないんだぞ。発明すんのはいいけど、作るんならもっとマシなもん作れよ」 「爆発実験なんて帝都じゃ出来なかったんだもん。でもま、次からは気をつけるわ」
へらへらと笑うばかりのケイを見て、ユーリは手首を掴んだまま盛大に溜め息をついた。何でも屋、というのを始めたときから無茶をしていることは知っていたが、ここまで無茶をすることになれてしまっていたとは思ってもいなかったからだ。綺麗な顔をしてとんでもないことばかりをやらかすため、ちゃんと見ておかないと本当に命を落としかねないと心配ばかりしてしまう。年上のくせに変に世話が焼ける幼馴染みの今後を不安に思い、一言ガツンと言ってやろうかと思って口を開きかけると、おーいとカロルの声がかかる。見れば、カロルたちはすっかり先に進んでいたらしい。
「ユーリ、ケイ、はやく!置いてくよ〜」 「はいはーい、すぐ行くよ〜」
カロルの呼びかけに、ケイはユーリの腕をするりとすり抜けて駆け出した。
「ほら、ユーリもはやく!」 「……はいはい」
エステルの治癒術のおかげで、傷もすっかり綺麗になったのだから、と自分に言い聞かせて、ユーリはとりあえず出掛かった言葉を無理やり飲み込んで後を追いかけた。
アスピオに戻ってきた一行は、リタから通行証を譲り受け、裏からではなく正面から堂々と街の中へ入った。リタはあのドロボウ男を回収させるために警備を呼びに行くから、その間家で待機していろ、と言って先に行ってしまった。しかも、黙って出て行ったりしたら承知しない、と恐ろしい一言まで添えられてしまったのだから、逆らうわけにはいかない。ユーリたちはアスピオの広場まで来て、そのままリタの小屋へ真っ直ぐ向かおうとしたのだが、ふいにケイが声を上げる。
「ねぇ、あたし、あっちの図書館で待っててもいい?」 「趣味が読書なんて聞いたことなかったぜ」
ユーリの返答にもニッコリと笑う。
「だって、ここなら新しい銃弾の発明に役立ちそうな情報、たくさんあるかと思って」 「リタの家にもありそうだけどね」
カロルが言えば、ケイは肩をすくめてみせた。
「だってあの子、魔導器の研究員でしょ?あたしは魔導器を作るわけじゃないから、それなら図書館がベストかと思って」 「だからって、そんなに時間は、」 「じゃ、出発前に迎えに来てね」
ユーリの言葉も聞かず、ケイはひらひらと手を振って反対方向に行ってしまった。エステルとカロルがぽかんとする中、ユーリは自由すぎるケイに頭を抱えながら、仕方なくリタの家に向かうことにした。
「ユーリ、いいんです?あのまま放っておいて」 「ああなったら、何言ったって聞きゃしねえよ。オレたちは向こうで待ってようぜ」
ユーリたちはケイに背を向け、リタの家に向かう。リタは遺跡の件など、いろいろと報告などもあるらしく時間がかかりそうだったので、遠慮なくだらだらと過ごして待つことにした。
一方ケイは、図書館内のとある書物のコーナーで何かを探していた。帝都の図書館とは比べ物にならないほど膨大な数の本があり、そのコーナーの中から希望のものを見つけ出すのも一苦労だ。あまり時間はないので急がなければならないのだが、焦りすぎると案外見落としてしまったりするものだ。ケイは出来るだけゆっくりと、見落としのないように本の背表紙に書かれたタイトルを睨みつける。
ケイが立っていたのは発明に役立ちそうなコーナーではなく、歴史の書物が並ぶ本棚の前だった。魔導器の研究員が多いだけに、歴史に関する書物も魔導器関係のものばかりだったのだが、ケイが求めてるものは魔導器の歴史ではない。それらを一つ一つ避けながら、どうしても必要な歴史の本を探すものの、魔導器関係以外の歴史の書物はやはり少なく、それでいてどこにでもあるようなものばかりだ。
『テルカ・リュミレースの歴史』、『人とクリティア族』、『世界の原点』…確かに、趣味の範囲で読む分には魅力的なのだろうが、ケイが探しているのはこんなものではない。指先で背表紙を確認しながら、必死に目で歴史の書物を追いかける。歴史のコーナーに陳列されている本棚を、丸々二つ分調べてみたって見当たらない。やはりないのだろうか、と一瞬諦めかけたそのとき、ふとある本が目に留まった。それは他の本に比べれば比較的新しく、非常に質素な作りの本で、文庫サイズの小さなものだ。数ある立派な表紙の本に埋もれて人の目にも留まっていない様子だったが、ケイはその本を見た瞬間、心臓がどくんと跳ねた。
本の背表紙には、『満月と星』と書かれていて、一見歴史の本には思えない。しかし、ケイは導かれるようにその本を手にした。なぜなら彼女は、この本の作者を知っているからだ。
手に取った本は非常に薄く、表紙も厚紙が張られただけのようなもので、作りも荒い。量産されているとも思えないその本には、製造番号も製造元も記されていないため、何者かに複製されていない限り、この一冊だけがすべてであることを表していた。ケイはぺらぺらとその本をめくる。本に書き記されているものは、やはりケイが求めているもので違いなかったのだが、圧倒的に内容が足りない。この一冊でケイの求めている真実のすべてを知るには程遠いが、今はこれ以上なにも手がかりがないのだ。ケイはその本を片手に、同じような内容の本がないかを、一人で必死に探し続けていた。
その頃、リタの家で待機しているユーリたちは、他人の家とは思えないほど寛いでいた。カロルは静かに横になっているラピードの隣りにちょこんと座っており、ユーリに至っては遠慮なく寝転んでいる。エステルはというと、フレンが気になるようでそわそわと落ち着かないらしい。部屋の中をウロウロとしながら、早くリタが帰って来ないかと不安げだ。
「フレンが気になるなら黙って出て行くか?」 「あ、いえ、リタにもちゃんと挨拶をしないと……」 「なら、落ち着けって」
寝転んだままでユーリが言えば、エステルはようやくウロウロするのをやめたものの、座ってゆっくりする気にはならないらしい。カロルは座ったままで、大きな欠伸をこぼして今にも眠ってしまいそうなユーリに声をかけた。
「ユーリはこのあと、どうするの?」 「魔核ドロボウの黒幕のとこに行ってみっかな。デデッキってやつも同じとこ行ったみたいだし」
とにかく、一刻も早く魔核ドロボウを捕まえて下町に魔核を届けなければ、本当に川の水を飲んで過ごさなければならなくなる。ケイがお金を渡しているとはいえ、下町全員分となると限界はある。それに、渡されたお金を下町の住人たちが使うとは限らない。ドロボウの黒幕がいるという予想以上に大きな話になってきたので、なかなか時間もかかりそうだ、とユーリは軽く息を吐いた。
「だったら、ノール港まで一直線だね!」
ノール港に行きたいと言っていたカロルは目を輝かせた。
「トリム港って言ってなかったか?」 「ユーリ、知らないんだ」 「知らないって何を?」 「ノールとトリムはふたつの大陸にまたがったひとつの街なんだよ。このイリキア大陸にあるのが港の街カプワ・ノール。通称ノール港。お隣のトルビキア大陸には港の街カプワ・トリム。通称トリム港ってね。だから、まずはノール港なの。途中、エフミドの丘があるけど、西に向かえばすぐだから」
幼いながら、相変わらずの博識ぶりである。カロルが鼻を高くしていると、話を聞いていたエステルも会話に参加した。
「わたしはハルルに戻ります。フレンを追わないと」 「……じゃ、オレも一旦、ハルルの街へ戻るかな」 「え?なんで?そんな悠長なこと言ってたら、ドロボウが逃げちゃうよ!」 「慌てる必要ねえって。あの男の口ぶりからして、港は黒幕の拠点っぽいし。それに、西行くなら、ハルルの街は通り道だ」 「え〜、でもぉ……」
急ぎたい雰囲気をかもし出すカロルの様子を見たユーリは、茶化すようにニヤリと笑った。
「急ぐ用事でもあんのか?好きな子が不治の病で、早く戻らないと危ないとか?」 「そんなはかない子なら、どんなに……」
カロルはぐったりとうな垂れてしまった。好きな子、という単語に対して言い返してこないあたり、どうやら好きな子で間違いはないらしいが、はかない子、ではない様子だ。
そんなことを言い合っていると、ギィっと耳障りな音と共に、小屋の扉が開いた。警備に連絡していたリタが戻ってきたのだ。そして遠慮なく寝転がるユーリの姿を見て目を細めると、呆れたように溜め息をついた。
「待ってろとは言ったけど……どんだけくつろいでんのよ」 「あ、おかえりなさい。ドロボウの方はどうなりました?」 「さあ、今ごろ、牢屋の中でひ〜ひ〜泣いてんじゃない?」
腕を組みながら言うリタも、随分とドロボウには憤慨していたのだろう。自業自得ではあるが、カロルはドロボウの悲惨な未来を思い浮かべ、心の中で静かに手を合わせた。そんなカロルの隣りで寝転がっていたユーリは立ち上がると、リタを真っ直ぐ見て、軽く頭を下げながら言った。
「疑って悪かった」
リタは腕を組んだままでユーリを見ると、ふうっと息を吐き出した。
「軽い謝罪ね。ま、いいけどね、こっちも収穫あったから」
そう言いながら、リタは小屋の奥に歩み寄って、黒板に描かれた術式を見つめると、その視線をそのままエステルに寄越した。視線の意味も分からず首をかしげるエステルは無視をして、やっと気付いたかのように、リタはそういえば、と声を上げた。
「あいつどこ行ったの?」 「あいつって…ケイのことです?」 「そう」 「今、発明するための本を探しに、ひとりで図書館に行っています」 「発明って……」 「ケイの趣味だよ。ま、もう迎えに行くけどな」
ユーリはそう言うと、扉に向かって歩きだした。リタは目を丸くしてその背中に声をかける。
「なに?もう行くの?」 「長居してもなんだし急ぎの用もあるんだよ」 「リタ、会えてよかったです。急ぎますのでこれで失礼します。お礼はまた後日」 「……わかったわ」
少し含みをもたせたような言い方だったのだが、ユーリたちは何も気にすることなく小屋を後にして、ケイを迎えに行くため図書館へと足を運んだ。
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