【10:学術閉鎖都市アスピオへ】
ハルルの長をはじめとする多くのギャラリーがハルルの樹を囲む中、パナシーアボトルを手にしたカロルが変色した土に近寄った。ユーリは、面倒なのは苦手、といって一番の見せ場をカロルに譲ってやったのだ。当然カロルは嬉々とした様子で、その表情は期待で満ち溢れている。そんなカロルの様子を見ながら、エステルはユーリに向かってこっそりと言った。
「カロル、誰かにハルルの花を見せたかったんですよね?」 「たぶんな。ま、手遅れでなきゃいいけど」
そんな会話の隣りで、ケイはラピードの横に座りながら、祈るように手を合わせ、治れ〜治れ〜と小声でぶつぶつ言っている。本気なのかふざけえているのかよくわからない姿だったが、本人はいたって真面目なようで、真っ直ぐにカロルとハルルの樹を見つめていた。
カロルが変色した土にパナシーアボトルを染みこませると、それは毒を伝うように広がり、淡い光を放つ。誰もが固唾を呑んでその様子を見守る中、樹はしっかりとパナシーアボトルを吸い込んだらしく、幹が強い光を放った。その光景に、これでハルルの樹が復活する、と住人は期待したのだが、光が収まっても、ハルルの樹の姿はそのままだった。変色した土は確かに色を取り戻しているのだが、枯れかけの樹は戻らない。住人たちも当然がっくりと肩を落とし、この方法を考えたカロルもショックを隠せないようで、顔を青くして声を上げる。
「うそ、量が足りなかったの?それともこの方法じゃ……」 「もう一度、パナシーアボトルを!」
エステルも口を開くが、首を横に振ったのはハルルの長だった。
「それは無理です。ルルリエの花びらはもう残っていません」 「そんな、そんなのって……」
絶望に満ちた声を上げながら、エステルは樹に駆け寄って、枯れかけたハルルの樹を見上げる。結界が治らなければ、ハルルの住人たちは皆、今後も魔物の恐怖に怯えて生きていかなければいけない。それに、自分たちだって必死でここまでやったのに、こんな結果で終わってしまうなんて、納得出来るはずがなかった。
エステルは樹を見上げて、胸の前で祈るように両手をぎゅっと握り締める。精一杯願いを込めて、縋るようにつぶやいた。
「お願い……咲いて」
そう言った瞬間、エステルの体から白く淡い光が放たれる。ユーリたちも驚いたようにその様子を見つめた。エステルは無意識のうちに治癒術を展開し、それが一気にハルルの樹に伝わったのだ。すると、先ほどまで枯れかけていたハルルの樹が、エステルの治癒術を受け、神々しいまでの光を放つ。光は樹の枝の隅々にまでに行き渡り、光が樹全体を包んだ瞬間、奇跡が起こった。
萎んでいた花々が息を吹き返し、次々に咲き乱れていく。しおれていた弱々しい枝もぐんぐんと高らかに空へと伸び、ハルルの樹の周囲を囲んでいた草花も、より一層元気になっていったのだ。それだけではない。ハルルの街中の草木花、すべてが今までにないほど若々しい色を放ちはじめる。
ユーリたちも住人たちも、驚愕の光景に固まったまま、咲き乱れるハルルの花を見上げていた。風に乗った桃色の花びらが、雪のようにふわふわと舞い落ちて、あまりの美しさに息を呑む。無我夢中だったのだろう、無意識に治癒術を発動させたエステルは何が起こったのかも分からないまま、息を荒くして、その場に座り込んだ。信じられないような奇跡を目の当たりにして、住人たちは声も上げられない。そんな空気を変えたのは、座り込んだエステルに駆け寄った子どもたちだった。
「お姉ちゃん!すごい!すごいよ!」 「ありがとね!ハルルの樹を元気にしてくれて!」
エステルに感謝の気持ちを伝えると、子どもたちは嬉しそうに美しさを取り戻したハルルの樹に駆け寄った。ハルルの長も、エステルに近付いて、何度も何度も頭を下げる。
「ありがとうございます。これで、まだこの街もやっていけます」 「わ、わたし、今なにを……?」
長のその言葉に、住人たちから歓喜の声が沸きあがる。いまだに何が起こったのかわからないエステルに近付いたユーリは、そっとその傍らに座る。
「……すげえな、エステル。立てるか?」
エステルはうなずくと、ゆっくりと立ち上がり、自らが治癒術をかけた美しいハルルの樹を見上げた。カロルはユーリに近付いて、ニカッと笑って高らかに手を掲げる、ユーリはふっと笑いながら、その手を気持ちよく弾いた。
「フレンのやつ、戻ってきたら、花が咲いてて、ビックリだろうな。さまあみろ」
そう言いながらユーリがちらりとケイを見ると、ケイは完全に目の前の光景に固まってしまっていた。よっぽど衝撃だったのか、座り込んでぽかんとした表情のまま、花が咲き乱れるハルルの樹をただただ見つめて動かない。ユーリはそんなケイに近付いて傍らにしゃがみこむ。顔をのぞきこんで声をかけた。
「おーい、ケイ。生きてるか?」 「わ、ユーリ」
声を掛けられてハッとしたらしいケイは、ようやくユーリの顔を見つめた。パチパチと瞬きをしながら、自分を覗き込む真っ黒な瞳を見つめ返す。
「放心状態だったな」 「そりゃこれ見たら、ねぇ」 「ま、気持ちはわかるけど」
ユーリは立ち上がってケイに手を差し出す。ケイはいつものようにその手を取って、ユーリに立ち上がらせてもらうと、もう一度咲き乱れるハルルの花を見上げた。ふわふわと舞い落ちる花びらが、ケイの視界で揺れる。綺麗だな、と素直に思うと共に、虚無感が込み上げる。
「……ずるい」 「ん?なんか言ったか?」 「うん、綺麗って言ったの」
ハルルの樹を見上げて喜びの声を上げる住人たちの姿は本当に嬉しそうで、ケイの胸がきゅっと詰まった。この樹は、結界魔導器だから愛されているわけではない、という現実を突きつけられたからだ。結界魔導器である、ということを認められた上で、ハルルの象徴として住人たちの愛情を一心に受けている。ケイはそれがひどく羨ましかった。そして、エステルの力に、嫉妬した。
「見とれていたいのはわかるけど、ぐずぐずしてると置いていくぞ」 「そりゃ困るわ」
ケイは込み上げてくる負の感情を押し殺して、いつものように笑ってユーリを見た。エステルを褒めるカロルに近付くと、ケイは茶色い髪をぽんぽんとなでた。カロルはくりくりとした瞳でケイを見上げると、そこには綺麗な笑顔で微笑むケイの姿が映る。
「カロルのおかげでもあるのよ。ありがとね」 「へ?」 「パナシーアボトルで浄化してなかったら、エステルの治癒術でもここまでの回復はムリだったよ」 「そうですよ。カロルがパナシーアボトルで毒を浄化してくれたおかげです」 「え?えへへ…そ、そう?」
ケイが、照れたように頭をかくカロルの姿に、癒されるのを感じていたときだった。突然ラピードが小さくグルルルと声を上げたのだ。ユーリがラピードの視線を辿ると、かなり遠方に、お城で出会ったザギと赤眼の男たちの姿が見えた。ケイもその姿を見つけて、げっ、と声を漏らす。エステルは不安そうにユーリの顔を見つめながら、ひそひそと言った。
「あの人たち、お城で会った……」 「住人を巻き込むと面倒だ。見つかる前に一旦離れよう」 「そうね。あたしもアイツは勘弁だわ……」
三人の会話に、カロルはきょとんとする。当然カロルはお城であった出来事など知らないので、当然の反応である。
「もしかして、さっきの赤眼?騎士団以外にあんなのにも追われてるの?」 「なんか変なのに好かれるみたいでね」 「いったいこれまでに何をやってきたんだよ」 「全部言うのは、大変そうだな。なんせ、二十一年分だ」
不敵に笑ったユーリの切り返しに、カロルは何も聞きたくないという顔で、もういいです、と一言だけ告げる。そんな会話をしながらハルルの樹を離れると、後ろからハルルの長が追いかけてきた。花のお礼がしたいから、ぜひ家に寄ってほしいとのことだったのだが、赤眼の男たちも近くに迫っている今、のんびりしている暇はない。当然断ったのだが、長は聞き入れる様子もなく、家で待っていると告げて去って行ってしまった。困ったように顔を見合わせたユーリたちだったが、こう言われて行かないわけにはいかない。とりあえず挨拶だけして出立することにした。
ハルルの長の家に向かっている途中、カロルが口を開いた。どうやらずっと気になっていたことがあるらしい。
「ねぇ、ところでエステルが探してるフレンって誰?」 「エステルが片想いしてる帝国の騎士様だ」
カロルの問いにユーリが茶化すように答えれば、カロルは驚いたような声を上げる。しかしエステルは憤慨した様子でユーリに詰め寄った。
「ち、違います!!」 「あれ?違うのか?ああ、もうデキてるってことか」 「なんだ、そうだったの。やっぱりユーリみたいな野蛮人よりフレンみたいな真面目な秀才くんがいいのか」 「もう、ケイまで…そんなんじゃありません」
ぷりぷりと怒った様子でそっぽを向くエステルを見ながら、ケイはくくくっと笑う。可愛いお姫様にとっては、フレンみたいな真面目で優秀な騎士よりも、ユーリの様な自由で型にはまらない人間の方が、ずっとまぶしい存在に見えるのだろう。ケイはそういった心の事情もちゃんと理解した上で、胸にちくりと痛みが刺すのを、静かに耐えることにした。
長の家に向かうと、長が笑顔で出迎えてくれた。しかし家には上がりこまずに、玄関先で話をする。
「すみません、わたしたち、あまりゆっくりもできないので……」
エステルの言葉に、長は目を丸くした。
「まだ騎士様も戻られていないのに街を離れるのですか?」 「ちょっと事情が変わってね」
赤眼の連中が近くまで来ている今、顔の知られているエステルだけを街に残すのは危険だった。それならユーリたちとしばらくは行動を共にした方が、ハルルのためにもエステルのためにもなる。長は何か力になれることは、と言ってくれたのだが、下手に事情を話して巻き込むわけにもいかず、気持ちだけ受け取ると告げれば、今度はせめてものお礼に、とお金を差し出してきた。
「オレ?何もやってないぜ」 「しかし、お連れさんにお世話になりましたので……」 「いえ、それは受け取れません」
エステルがきっぱりと断るものの、それでも長は納得がいかないようだ。気持ちのおさまりがつかないと言う長に提案したのはユーリだった。
「なら、こうしよう。今度遊びにきたら、特等席で花見させてくれ」 「あ、いいねそれ!エステルもそれでいい?」 「はい!とても楽しみです」
笑って答えたエステルの顔を見て、長は眉を下げて笑うと、了承してくれた。しかも、そのときは腕によりをかけてもてなしてくれるというのだからありがたい話だ。
「あ、ひとついいか?アスピオって街に聞き覚えない?」 「アスピオ?ああ、日陰の街が確かそんな名だったような」 「日陰の街?」
長の話によれば、陽がほとんど差さない洞窟の中の街らしく、東の方にあるのだそうだ。フレンが魔導士を探しに行ったのも東の方だと言っていたので、おそらくフレンも学術都市といわれるアスピオに向かったのだろうということは予想できた。ユーリたちはハルルの長に礼を言って、長の家を後にする。ようやく訪れたドロボウ捕獲のチャンスに、ユーリはぐっと拳を握った。
「待ってろよ、モルディオのやろう」 「ひとり十発くらいはぶん殴ってやろうね、ユーリ」
ケイもポキポキと腕を鳴らす。大切な下町の水道魔導器を動かなくさせてしまった罪は、きちんと体で払ってもらうつもりでいるらしい二人に、カロルは僅かに引いた。
そうして街の出口まできたとき、ケイがカロルを見た。
「ところで、カロルはこれからどうするの?」 「港の街に出て、トルビキア大陸に渡りたいんだけど……」 「じゃあ、サヨナラか」 「え!?」 「ありがとねカロル、楽しかったよ」 「お気をつけて」
ユーリとケイはわざとっぽく別れを告げるのだが、エステルは本気でここで別れると思っているらしい。深々と頭を下げるあたり、完全にお別れモードだ。さてどうでるかな、とケイがカロルの様子を伺っていると、カロルはあたふたとしながら言った。
「あ、いや、もうちょっと一緒について行こうかなあ」 「なんで?」
ユーリが意地悪く問いただす。
「やっぱ、心細いでしょ?ボクがいないとさ」
胸を張って言う姿は虚勢であることはわかっていたが、ケイはそんなカロルが嫌いになれなかった。自分とは正反対だが、素直に寂しいと言えない気持ちはわからなくはなくて、ケイはふっと笑って言った。
「魔狩りの剣のエースだもんね。頼りになるし、一緒に来てくれると嬉しいなあ」 「へへ、仕方ないなあもう」 「じゃ、みんなでいくか」
こうしてぐだぐだと移動し始めた四人と一匹は、ハルルから東にある学術都市、アスピオに向かうのだった。
一行は東に向かって進み、大きく口を開ける薄暗い洞窟の中に入った。洞窟の中はじめじめとしていて空気もよどんでおり、肌寒ささえ感じられる。薄暗いそこに足を踏み入れ少し歩くと、見えてきたのは華やかさも活気も感じられず、太陽の光が差さない非常に閉鎖的な街だった。陰湿で機械的な雰囲気を漂わせているこの街こそが、学術都市アスピオだ。街の入り口には騎士が二人、門兵として立っていた。街の入り口からは長く続く階段が見えるのだが、その先がどうなっているのかはわからない。陰険な人間が多そうだな、とケイが思っていると、ユーリが口を開いた。
「太陽見れねぇと心までねじくれんのかね、魔核盗むとか」
みんな似たような感想を抱くものなのだな、と感心しながら、街へ入ろうと足を進めると、騎士に止められた。どうやらここは帝国直属の施設のため、一般人が立ち入るには正式に交付された許可証が必要だという。当然、魔核ドロボウを追ってやってきたユーリたちはそんなものは持っていない。どうする?とケイが小声でユーリに尋ねると、ユーリは一歩前に出た。
「中に知り合いがいんだけど、通してもらえない?」 「正規の訪問手続きをしたなら、許可証が渡っているはずだ。その知り合いとやらからな」 「いや、何も聞いてないんだけど。入れないってんなら、呼んできてくんない?」
わざわざ陽の光も差さない陰湿な街に立ち入らなくても、魔核ドロボウさえ捕まえられればいいのだ。許可証がない今、ユーリの判断はもっともだった。
「その知り合いの名は?」 「モルディオ」
ユーリがその名を口にした瞬間、騎士の顔色が一気に変わる。青ざめたような表情で動揺を露にすると、突然声を荒げた。
「モ、モルディオだと!?」 「や、やはり駄目だ。書簡にてやり取りをし、正式に許可証を交付してもらえ」
なぜ騎士たちがここまで拒絶するのかは、ユーリたちにはわかるはずもない。ユーリ、ケイ、エステルの三人が首をかしげていると、眉間にしわを寄せながら拗ねたように声を上げたのはカロルだ。
「ちぇ、融通きかないんだから」
子どもらしい素直な発言だったのだが、騎士は怒ったように持っていた槍を振り上げてカロルを威嚇する。ひゃっと小さい悲鳴をもらしながら、怖がったカロルはユーリの背中に隠れ、自分をすっぽりと隠す背中から僅かに顔を覗かせた。騎士たちは小さく、どうしてあんなやつに、とぶつぶつ呟いている。よっぽどモルディオに会いたくないようだ。その空気を振り切るように、エステルはフレンのことを問い始めた。
「あの、フレンという名の騎士が、訪ねて来ませんでしたか?」 「施設に関する一切は機密事項です。些細なことでも教えられません」 「フレンが来た目的も?」 「もちろんです」
騎士の答えに、ぱあっとエステルは表情を明るくさせた。
「ということは、フレンはここに来たんですね!」 「ワァオ、エステルってば、意外と策士ね」
騎士は慌てて訂正するが、その慌てっぷりを見てもフレンがここに来たのは間違いないらしい。エステルは騎士に伝言を頼もうとするが、伝えてもらえる確証はない。ここで言い合っていても時間の無駄だと判断したユーリは、エステルを止めて一旦アスピオの入り口から離れることにした。騎士から見えないところに身を潜ると、ユーリが口を開く。
「冷静にいこうぜ」 「でも、中にはフレンが……」 「だからこそ冷静にいきましょ。フレンがいるってのは間違いないんだし、焦ってもムダだって」 「ああ、エステルはフレンに会って、オレたちはモルディオのやつから魔導器取り返して、ついでにぶん殴ってやる」 「ひとり十発はかたいね」
ユーリとケイが念願の魔核ドロボウ、モルディオへの願望を口にしていると、カロルがパッと思いついたように言った。
「だったら、他の出入り口でも探さない?」 「それ、採用。ぐるっと回ってみようぜ」 「いざとなれば、壁を越えてやればいいだけだしね〜」
いかにも不可能そうなことをケイが呑気に付け足すと、それは勘弁、といわんばかりにエステルとカロルが顔をしかめた。
そうしてユーリたちは、アスピオの裏手に回ることにした。洞窟を入った左側には、街をぐるりと周回できるような道があり、そこを進んでどこか入れそうな場所を探す。すると、その道の先には扉があった。ガチャガチャとノブを回してみるが、やはりしっかりと鍵はかかっているようだ。
「どうする?蹴破る?」 「さすがに乱暴すぎるな。バレて騒ぎにでもなったら、モルディオ探すどころじゃなくなっちまう」
かといって、『壁を越える』という最終手段に出るのは早すぎる。何か他に入り口らしきものを探すしかないのか、と思っていると、声を上げたのはエステルだった。
「フレンが出てくるのを待ちましょう」 「フレンは出てきたとしても、モルディオは出てこないじゃない」 「出てきたフレンにお願いして中に入れてもらうのはどうです?」 「あいつ、この手の規則にはとことんうるさいからな。頼んでも無駄だって」
あれやこれやとそんなことを言い合っていると、カチャリ、という金属音が聞こえて、三人は同時に扉を振りかえる。三人に向かって、満面の笑みを浮かべるカロルが自慢げに言った。
「開いたよ」 「あら、すごいじゃないカロル」
ケイはパッと顔を明るくしてカロルに近付くと、よしよしと小さな頭をなでた。ユーリは腰に手を当てながら、呆れたようにカロルを見た。
「……おまえのいるギルドって、魔物狩るのが仕事だよな?盗賊ギルドも兼ねてんのかよ」 「え、あ、うん……。まあ、ボクぐらいだよ。こんなことまでやれるのは」 「細かいことはどうだっていいわ。さすが、エースは仕事が早くて助かるね〜」
鍵が開いたのだから入るしかない、とケイは遠慮なくドアノブに手をかける。ユーリもカロルもラピードも後に続くが、憤慨したのはエステルだ。
「だ、だめです!そんなドロボウみたいなこと!フレンを待ちましょう!」
やはりお姫様ともなると、こういうことは許しがたいのだろう。勝手に鍵を開けて勝手に侵入するなんて言語道断だ、と言いたげなエステルは、その場から動く気配はない。そんな彼女を振り返って、ユーリはキッパリと告げる。
「フレンが出てくる偶然に期待できるほど、オレ、我慢強くないんだよ。だいたい、こういうときに法とか規則に縛られんのが嫌でオレ、騎士団辞めたんだし」 「え、でも……」
いまだ躊躇うエステルの姿を見て盛大に溜め息をついたケイは、もう待てなかったのだろう、さっさと扉を開けてしまった。
「んじゃ、エステルはフレン待ってれば?ついでに見張りもよろしく〜」
ひらひらと手を振って扉の中に消えていったケイを、ユーリも気にすることなく追いかける。引き止めるエステルを気にする様子もなく扉の向こうへ行ってしまう三人と一匹の姿を見つめながら、エステルもしばらく悩んだようだが、結局一人で待つのが嫌だったようで、急いでユーリたちの後を追いかけた。
こうしてユーリたちは、モルディオを探すためにアスピオへと侵入するのだった。
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