【07:クオイの森にて】

泣いていたエステルが落ち着いた頃、エステルに助けられた男性がお礼を言いに近付いて来て、その後を追うようにケイが助けた少女もケイにお礼を言いにやってきた。ケイが少女に人形を手渡すと、少女は満面の笑みを咲かせながら、何度も母と感謝の言葉を述べては頭を下げて、そしてようやく去って行った。

「みんなが無事で本当に良かった……」
「ねー」

座ったままのエステルがほうっと息を吐く。隣りに腰掛けているケイも、緊張感から解放されてぐーっと伸びをしながら、なんとも呑気な声で同調した。先ほどまでの張り詰めた空気が嘘のようだ。

「結界の外って、凶暴な魔物がたくさんいて、こんなに危険だったんですね」
「あんな大群で来られたら結界がほしくなるな」
「ここに結界魔導器(シルトブラスティア)を設置できないんでしょうか?」
「そりゃ、無理だろ。結界は貴重品だ」
「そうですよね…。今の技術では作り出せませんから。魔導器を生み出した、古代ゲライオス文明の技術がよみがえればいいのに……」

ユーリとエステルの会話を聞きながら、ケイはおすわりをさせたラピードにもたれ掛かっていた。見た目からは想像できないほどの柔らかな毛並みに、心地良さそうに顔を埋めながら、ひどく気だるそうな声を吐く。

「よみがえったところで、帝国が民衆のために譲ってくれるわけないけどね」

ラピードに埋もれながら言ったセリフは随分こもっていたが、ユーリとエステルにはきちんと聞こえていた。エステルが弁解をしようと口を開きかけると、タイミングよく騎士がユーリたちに近付き声をかける。どうやら話を聞かせてくれとのことらしい。ずいぶん目立ってしまったので仕方がないのだが、今ここで騎士団に連れ戻されるわけにはいかなかった。さてどう切り抜けるか、とユーリが考えていると、すぐ近くで誰かが騒いでいる声が聞こえて、ユーリたちと彼らに近付いた騎士は思わず声の方を振りかえる。

そこでは男たちが騎士ともめていたのだが、どうやら閉めた門を開けて自分たちをあの魔物の大群と戦わせろ、と言って聞かないようだ。当然、騎士は危険だからといって通行を許可しない。そんな騎士の態度に腹が立ったのか、男の一人は武器を振って威嚇し、もう一人は鬱憤をここで晴らすと喚いている。騒ぎを聞きつけた騎士たちが集まってきて、ユーリたちに声を駆けてきた騎士もそちらに行ってしまった。

「これだからギルドの連中は!」

騎士は怒ったような困ったような声を上げ、騒ぎを落ち着けようとしているが、よりヒートアップしているようにしか見られない。ユーリたちは困ったように顔を見合わせる。この様子では、ここを通るのは到底できない。

「フレンが向かった花の街ハルルは、この先なのに…」

エステルが困ったように眉を下げる。急ぎたいのはユーリたちも同じなのだが、ここで待っていても埒が明かない。待っている間に騎士に捕まるのも面倒なので、別の道を探すことになった。

男と騎士たちの騒がしい言い争いを横目にそこから離れると、赤い髪をなびかせた女がユーリたちに近付く。胸元がぱっくりと開いたセクシーな服に赤い眼鏡が印象的な女だ。声をかけられて立ち止まると、女はにっこりと商業的な笑みを浮かべながら、ずっしりとした重みのある袋をユーリたちに見せ付ける。

「ねえ、あなたたち。私の下で働かない?報酬は弾むわよ」

見せ付けた袋からはじゃらじゃらと重厚感のある音が響く。それがガルドであることは知れたが、ユーリは興味なさげに女から目を逸らす。完全に無視をしているユーリの真似をしてケイも興味なさげに目をそらすが、彼女の場合はふざけているだけのようだ。

「社長(ボス)に対して失礼だぞ。返事はどうした?」
「名乗りもせずに金で釣るのは失礼って言わないんだな。いや、勉強になったわ」
「なったわ〜」

女の部下らしい男の発言に対して棒読みで返したユーリ。そのユーリの口調や声を真似をして、ケイもそれだけ告げる。そんなケイがおもしろかったらしく、エステルはぷっと思わず吹き出した。

「おまえ!」

掴みかからんばかりの勢いで部下らしき男は叫ぶが、その男をさっと止めたのは社長と呼ばれた赤髪の女だ。女はあごに指を添えてにやりと笑うと、より一層興味が沸いた、と言わんばかりに弾んだ声で言った。

「予想通り面白い子ね。私はギルド『幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)』のカウフマンよ。商売から流通までを仕切らせてもらってるわ」
「ふ〜ん、ギルドね……」

相変わらず興味なさげにユーリが言うと、ズン、と鈍い音が響いて巨大な地鳴りが起こった。どうやら先ほどの魔物の大群が、門に突進を続けているようだ。

「私、今、困ってるのよ。この地響きの元凶のせいで」

カウフマンと名乗った女は、商業的な笑みはそのままに、眉を下げて困った様子を表して見せた。

「あんま想像したくねぇけど、これって魔物の仕業なのか?」
「ええ、平原の主のね」
「平原の主?」

きょとんとして首をかしげるエステルの問いに答えたのはケイだ。

「魔物の大群の親玉だって。この壁を巨大な魔物と勘違いしてるらしくて、こうして時々魔物連れて襲ってくるらしいよ。さっき聞いた話だけど」
「あの群れの親玉って…世の中すげえのがいるな」

ユーリは今も鳴り止まない音を聞きながら、眉を寄せて閉められた門を見つめた。

「あの、どこか別の道から、平原を越えられませんか?先を急いでるんです」
「さあ?平原の主が去るのを、待つしかないんじゃない?」

胸の前で両手を握り締めながら問うエステルに背を向け、カウフマンはわざとらしく言った。ケイはカウフマンの言葉に片眉を吊り上げる。直感で、この女は他の道を知っているな、と悟った。それはユーリも同じだったのだが、焦っても仕方ないと諦めた様子をみせると、エステルが噛み付いた。待っていられないから他の人にも聞いてくる、と言って去ってしまったエステルに対して、やれやれと呆れたように溜め息をついたのはラピードだ。無茶をされても困るからだろう、しぶしぶ、といった様子でエステルの後をのろのろと追っていき、その場に残されたのはユーリとケイの二人だけになってしまった。

「ねぇお姉さん、流通まで取り仕切ってるくせに、別の道ほんとに知らないわけ?」

エステルとラピードが遠ざかると、ケイはジト目でカウフマンを見る。カウフマンはその視線さえ楽しんでいるようで、余裕のある態度を崩さない。

「主さえ去れば、あなたたちを雇って強行突破って作戦があるけど、協力する気は……」
「ないよ」
「でしょうね」

ケイが即答すれば、カウフマンはくすりと笑った。

「護衛がほしいなら、騎士に頼んでくれ」
「冗談はやめてよね。私は帝国の市民権を捨てたギルドの人間よ?自分で生きるって決めて帝国から飛び出したのに、今さら助けてくれはないでしょ。当然、騎士団だって、ギルドの護衛なんてしないわ」

カウフマンの顔から商業的な顔が一瞬消えて、僅かに嫌悪感を覗かせた。先ほど騎士団ともめていた連中もギルドと言われていたところをみると、よっぽどギルドと帝国は相容れない関係らしい。

「へえ、自分が決めたことにはちゃんと筋を通すんだな」
「そのくらいの根性がなきゃ、ギルドなんてやってらんないわ」
「なら、その根性で平原の主もなんとかしてくれ」

ユーリはそれだけ告げて去って行こうとする。ケイもカウフマンとその部下にひらひらと手を振って、ユーリの背中を追いかけると、二人に向かって声がかかる。

「ここから西、クオイの森に行きなさい。その森を抜ければ、平原の向こうに出られるわ」

楽しげにそう言ったカウフマンの口調はまるで何かを試しているようで、困っているユーリたちを助けるつもりで教えたわけではなかったことは見て取れた。

「けど、あんたらはそこを通らない。ってことは、何かお楽しみがあるわけだ」
「察しのいい子は好きよ。先行投資を無駄にしない子は、もっと好きだけど」
「礼は言っとくよ。ありがとな、お姉さん。仕事の話はまた縁があれば」
「じゃあね、お姉さん。バァイ」

ケイは再びひらひらと手を振ると、ユーリと共にその場を後にした。カウフマンもそんな二人の背中を見送るでもなく、部下と共にどこかへ消えた。

ユーリとケイは先に行ってしまったエステルを探そうとしたのだが、探すまでもなくすぐに見つかった。カウフマンと会った場所からそう遠くないところに座っていたのだが、どうやら休んでらしい。ラピードは暇そうに大きな欠伸をこぼしながら、その傍らに座っていた。

声をかければエステルはすぐに振り向いたのだが、サボっていると思われたくなかったのか、ふいっと顔を背けながら、休憩しているだけだと意地を張る。ケイはそんなエステルの態度が気に食わないのか、ふーんとわざとらしく声を上げると、くるりと踵を返しながら言った。

「あらそ。じゃああたしたち、お先に抜け道行かせてもらうわ」

ひらひらと手を振りながらスタスタと歩き始めると、エステルは慌てて立ち上がる。平原を越える道があると知ったことに驚いているようだが、その間にユーリとラピードはさっさとその背中を追って行ってしまう。驚いている暇すら与えてもらえなくて、エステルは必死に彼らの後を走って追いかけた。



デイドン砦を出て西に向かうと、そこには不気味な雰囲気を漂わせる鬱蒼とした森があった。日の光もほとんど通しておらず、妙な静けさの漂う森は随分と薄暗い。ユーリとケイはそんな雰囲気を気にしていないようだが、エステルはなにやら不安げだ。

「この場所にある森って、まさか、クオイの森……?」
「ご名答、よく知ってるな」

恐る恐る口を開いたエステルは、表情を強張らせて目の前の森を見つめながら、重々しく口を開いた。

「クオイに踏み入る者、その身に呪い、ふりかかる、と本で読んだことが……」
「なるほど、それがお楽しみってわけか」
「何が出てくるのかな?おばけ?悪霊?」
「さあな。呪いっていうくらいだから、目には見えないような何かなんじゃねぇの?」

ユーリは怯む様子もなく森へ向かって行き、ケイも妙に楽しげだ。しかしエステルが追ってくる気配がなく、二人はくるりと振り返った。そこにはまだ表情を強張らせたエステルが、胸の前でぎゅっと両手を握り締めている。どうやらこのパーティで唯一怯えているのはエステルだけらしい。

「行かないのか?ま、オレはいいけど、フレンはどうすんの?」

ユーリの試すような口ぶりに、ケイは小さく意地悪だなあと呟くが、自分はそれ以上にエステルに対してはきつく当たっていることを思い返して、人のこと言えないな、と心の中で呟いた。エステルは少し迷った様子を見せたが、きゅっと唇を噛み締めると、まっすぐに二人を見つめる。

「……わかりました。行きましょう!」

意を決したように森に足を踏み入れるエステルだが、若干腰が引けている。真剣な顔に似合わない姿に思わず笑いそうになりながら、ケイは必死で表情を繕った。

森の中は静かで、時折魔物や鳥の声などが響いている。日の光があまり入らないせいか、森の中は少しひんやりとしていて、僅かに湿気た空気で満ちているのだが、森林特有の神聖さは感じられない。分厚い木々で囲まれた空間はまるで異質なもののようで、それに加えて呪いの話まで出ているのだから、気味悪がって誰も近付かないのだろう。そのため森は自然のままの状態で、人の手が加えられた様子もなく、歩ける道をなんとか進むので精一杯だ。

ユーリとラピードはいたって普通に、ケイは目に見えないものを必死に探しながら、エステルは怯えたようにきょろきょろと辺りを見渡しながら、それぞれ進んでいる。ユーリは隣りを歩く楽しげな様子のケイをちらりと見ると、軽く息を吐いた。呪いだとかおばけだとか、そう言ったものにさえ恐れはしない姿は、やはり可愛げがない。もしかすると怖がる姿くらい見れるのでは、と少しでも期待した自分に呆れながら、いろんなものに興味を示しながらきらきらした瞳で歩く幼馴染みを見つめた。子どものように無邪気にはしゃぐ姿は、それはそれで見ていて悪い気はしないのだが、やはりなんとなく寂しい気もした。

そんなことを思いながら歩いていると、突然木々の間からバサバサっと大きな音を立てて、長い羽根を持つ鳥が飛び立った。それと同時に可愛らしい悲鳴を上げながら、エステルは咄嗟にユーリの腕に抱きつく。ケイは驚く様子もなく、大きな鳥が羽ばたく姿に感嘆の声を上げて、それから引っ付く二人を見た。

「ご、ごめんなさい!」

エステルは慌ててユーリの腕から離れ、困ったような照れたような顔でユーリの様子を伺った。ケイはエステルの姿にピンと来たのか、ニヤリと笑ってユーリを見上げる。

「エステルってば、可愛いねぇ」
「はあ?何だよ急に」
「大丈夫よエステル、怖かったらずっとユーリに引っ付いてても」
「こ、怖くなんてないです!」
「強がっちゃって。ユーリさん、エステルさんのこと頼みましたよ〜」

ケイはニヤニヤとしながら二人を見ると、ラピードを連れてさっさと先に行ってしまった。困惑の表情を浮かべるエステルと二人で残されたユーリは、これから面倒なことになりそうだと深い溜め息を吐くのだった。



そうしてしばらく歩いた三人と一匹は、開けた場所に出た。どうやらこの場所は人の手が加わっているらしく、焚き火をするスペースがあり魔物の気配も感じない。休憩所として作られた場所のようだ。しかし他の場所とは違い、何かぞわぞわとする音が僅かに聞こえる。エステルはすっかりこれが呪いだと思っているようで、木の下に埋められた死体が這い上がって道連れにされるのでは、とすごい剣幕でユーリに向かって言葉を投げている。ユーリが呆れた様子でそのセリフを流していると、怯えていたはずのエステルが突然素に戻り、何かを見つけた。

「……あれは?」

エステルが指を差す方を見ると、そこには古く巨大な機械が転がっていた。好奇心旺盛なケイはとことこと駆け寄ると、しゃがみこんでそれを見る。こけまみれで最近使われた様子もないそれは、かなり古いものであることは伺えた。

「これ、魔導器だ」

ケイはペタペタとその魔導器を触る。ユーリも近付いてきて、不思議そうに魔導器らしいそれを見つめた。魔導器は貴重なものだというのに、こんなに巨大な魔導器が誰の手にも渡らず、こんな人気のない森にあるのだから、当然不思議にも思うだろう。

近付いてくる様子がないエステルを振り返ると、訝しげな様子で立ちすくむ姿があった。せっかく休めそうなスペースもあることだし、休憩しようとユーリがエステルに言ったのだが、エステルはその誘いを断る。どうやら怖いところで休むくらいならば、さっさと森を出たいと思っているらしい。

エステルに休むつもりがないのなら先へ進むしかない。ケイは腰を上げて先を行こうとするエステルの後を行こうとするが、ふとエステルの足が止まり、古びた巨大な魔導器のある一点を見つめた。何か気になることでもあったのだろう、導かれるように見つめていた一点に近付き、エステルがそこを覗き込もうとした瞬間だった。眩い光が、そこから湧き出したのだ。

「きゃあっ」
「うわっ」
「わあっ」

突然の出来事に、エステルの可愛らしい悲鳴と、ユーリとケイの可愛くもない悲鳴が響く。突然光が湧き出したのはほんの一瞬のことだったのだが、その瞬間、エステルが何かに押されたかのようにその場にバタリと倒れてしまった。ユーリとケイは慌ててエステルに駆け寄る。

「おい、エステル!」

ユーリは気を失って倒れたエステルに呼びかける。ケイはハッとしてエステルが見つめていた場所を確認する。

まさか、エアル?

心の中で呟くと、ケイは気を失うエステルを見つめた。呼吸は正常なようで、突然の衝撃に驚いてただ気を失ってしまっただけらしい。ユーリは外傷などがないかを確認すると、ひょいっとエステルを抱き上げた。頭を打った様子もないようだ。

「仕方ない、休憩すっか」
「―――そうだね」

ケイはにわかに言葉に詰まったものの、いつも通りにそう言った。ユーリも別に気にしてはいないようで、焚き火が出来る場所に歩いて行く。そんな様子を見つめながら、ケイはユーリに抱かれるエステルを、ひどく冷めた目で睨みつけた。ユーリがケイを振りかえるときにはすっかりいつも通りだったので、当然ケイのそんな姿には、ユーリも気づくことはなかった。



「オエッ、マッズ」

ユーリに手渡されたニアの実をかじったケイは、あまりの苦さに思わず顔をしかめた。ユーリはそんなケイの顔をみてゲラゲラと笑っている。失礼な奴だ、とムッとしながら、ユーリにニアの実を投げ返した。

森はすっかり夜を迎えていて、ホーホーとフクロウが鳴く声が聞こえている。薄暗い森を照らすには月の明かりは弱すぎて、ろくに周囲の様子も分からないため、焚き火を囲んで休憩していた。気を失ってしまったエステルの枕代わりになりながら、ラピードも穏やかに目を閉じているあたり、魔物の気配はないらしい。ケイはユーリの隣りで一つ欠伸をこぼし、空を映さない森の上を見上げた。

「ユーリが変なもん食べさせるから余計おなかすいた」
「じゃ、お詫びになんかご馳走するかな」
「作ってくれんの!?」
「大したもんは出来ねぇぞ、期待すんなよ」
「やったー!さすがユーリ!期待してる!」
「するなって言ったとこだろ」

ユーリは手際よくサンドイッチを作り、ケイに手渡した。ケイはいただきますと手を合わせると、幸せそうにサンドイッチにかぶりつく。手持ちの食材も少ないため、作られたのはシンプルなたまごサンドだったのだが、ケイはおいしそうに顔をほころばせて食べ進め、あっという間に完食してしまった。

「ごちそうさまでした!」
「お粗末さまでした」
「おいしかった!」
「そりゃ良かった」
「ありがとユーリ」

ケイはにっこりと隣のユーリに笑顔を向ける。綺麗だな、と思いながら、ユーリはすぐそこにある笑顔に見とれた。ケイ自身はなぜか自分の容姿をよく思っていないようで、褒められることはおろか、鏡を見ることさえ嫌がる。この美貌を欲しがる女も、この美貌を持った女を手に入れたいと思う男も世の中に腐るほどいるのだろうが、本人は手放せるものなら手放したいと平気で言うのだ。確かに男に狙われやすいということは懸念すべきなのだが、得をすることの方が多いはずなのに、当人はやけに嫌っているのだから信じられない。

ケイは自分から目を離さないユーリをきょとんとした顔で見つめ返すと、不思議そうに首をかしげた。そしてケイも、自分を見つめる目の前の顔に対して、綺麗だな、という感想を抱く。ケイがそっとユーリを頬に触れると、ようやくユーリはハッとした。見とれすぎてぼんやりするなんて、おかしな話である。

「…なにしてんだ?」
「うん?ユーリは綺麗だなと思って」
「男に綺麗はないだろ」
「男に綺麗は最高の褒め言葉だと思うんだけどなあ」

頬に触れていた手を滑らせて、黒く長い髪を一房手に取ると、慈しむようにその髪をすく。普段はがさつで態度もでかいのだが、こういったふとしたときの所作は柔らかく美しい。その上色気を含んだ眼差しで自分の髪を見つめられていることがくすぐったくて、ユーリはズルイなと毎回思わされる。

「…ズルイ女」
「え?なにが?」

試しに声にしてみたって、目の前のびっくりするほど綺麗な女には通用しないのだから困ったものだ。ユーリはぽんっとケイの頭を少しだけなでると、もぞもぞと痒くなる気持ちを振り払うように言った。

「なんでもない。ほら、ケイもちょっと休め」
「あたし馬車で寝てるし、ユーリもちょっとは休んだら?」
「眠くなったら起こすから、それまで寝とけって。次いつ寝れるかもわかんねぇんだから」
「んーそれもそうね。分かった、寝るわ」

素直に聞き入れると、ケイはころんと寝転がって、ユーリの膝に頭を乗せる。

「おやすみユーリ」
「おやすみ」

ケイは目を閉じると、あっという間に寝息を立てて夢の中に旅立った。ユーリは寝顔さえも美しい幼馴染の髪を愛おしそうになでながら、月の見えない森の空を仰いだ。
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