「三百年ぶりに肉体に宿った気分は?」
「あぁ、悪くない。そして相変わらず美しい曇天の空だ」

肩から大きな薄紫の羽織をかけて、金色の瞳を宿した"姫"は、寝間着の袖口を掴んで口元に添えながら、とても妖しく上品に微笑んだ。


二十、風魔一党


「大蛇様の復活は絶対だ」

とある山中で、白子は冷めた視線で牡丹を見下ろしていた。牡丹は倒れこんでいて、その胸には苦無がぶっすりと刺さっている。痛みに耐えながら、牡丹は信じられないという顔で白子を見上げるばかりだ。

あの後、渓の元から離れた白子は、雑務を終わらせ夜を待ち、曇神社に出向いた。そこには犲の芦屋睦月と牡丹がいたのだが、当然彼らがいることも白子は調査済みだった。牡丹に、宙太郎が見つかったが一人では救出が難しい、と嘘を言い同行するよう頼めば、当然牡丹は宙太郎を助け出すためにと白子に従う。白子は芦屋を置き去りにして牡丹だけを連れ出すと、人気のない山中に連れ込んで、大蛇復活の妨げになるからと、彼女を殺そうとしていた。

牡丹は、三百年前に大蛇が封印されたとき、大蛇が封印のための式術と曇の宝刀を飲み込んでしまった、という何処にも記されていない史実を知っていた。大蛇が消えた後、そこには曇の宝刀だけが残されていたのだが、その宝刀には術が宿っていた。どうやら大蛇の中で融合したらしく、その宝刀があれば大蛇と器が切り離せるという事を仮定していたのだ。しかし、大蛇の復活を望む風魔である白子が、器と大蛇を切り離すことなど許すわけがない。

「おかしいな…心臓を刺したはずだけど、ぎりぎりで避けたか」
「白子殿…!」

牡丹はまだ目の前の状況が信じられないようで、ただ目の前に立つ彼の名を呼ぶことしか出来ない。そんな牡丹の声で白子の心が動かされるわけなどなく、冷めた口調でそこに倒れたままの牡丹を見下すばかりだ。

「目障りだ、お前のおかげで予定が狂いっぱなしなんだよ。ここじゃ誰も通らない、安心して死ね。俺の長年の計画がようやく実ろうとしている」

そう言いながら不適に微笑んで、白子はある方向へ向けて真っ直ぐに視線を投げた。牡丹もその視線の先を見れば、そこにあるのは琵琶湖とそびえ立つ獄門処。そして、その獄門処から外に向かって、水面がゆらゆらと揺れ動いている。それが何かを知ったとき、牡丹の顔は凍りついた。

琵琶湖の中央にそびえ立つ獄門処から、琵琶湖の浜辺に向かって真っ直ぐに紐が伸びており、その紐を伝って竹筒で呼吸をしながら、水中を脱獄する囚人たちの姿があった。愕然とその様子を見つめることしか出来ない牡丹の背中に向かって、白子は不気味な笑みを浮かべながら声をかけた。

「今、あれだけの囚人が脱獄したら、どうなると思う?きっと日本中が混乱するだろうな」
「まさか―――白子殿…貴方が手引きをしたのですか」
「正確にはさせたかな」

牡丹の言葉に、白子はニッと笑みを深めながら右手を掲げる。するとそこへバタバタと大きな鷹が羽ばたいて来た。お行儀良く白子の腕に止まった鷹の足には文が巻きつけられていて、白子はその文を手に取ると鷹を空へと還す。

「外と中に内通者がいれば話は早い」

ぺらりと文を広げながらそう言った白子を見ながら、突然の裏切りがまだ信じられない牡丹は、何故だと訴えることしか出来ない。文を読みながら、白子はなんてことはないという風に答えた。

「風魔一党。何を於いても優先されるべきは"一族"、あんたも知ってるだろう」

白子は文を読んで僅かに眉を吊り上げる。そこには"姫"の目覚めが記されていた。文をそっと閉じながら、白子は相変わらずの貼り付けたような笑みで続ける。

「風魔は代々大蛇様の眷属でね、一族の掟は絶対だ」
「貴様…何時からそんな事を…曇を裏切るのか…?」
「裏切るなど人聞きの悪い。俺は元より一族の事しか考えていないが?」

淡々と告げる白子の言葉に、牡丹はふつふつと怒りが込み上げるのを隠せなかった。信じたくなくたって、風魔が大蛇側である事は、もはや塗り替えられない事実なのだ。痛む体を起こしながら、牡丹は許せないという顔で白子を睨みつける。

「曇の連中の懐に入るのは楽だったよ。一族が絶えたと噂を流し、傷付いた姿を見せればすぐ家族扱いだ。後はあの家系から大蛇様が甦えるのを待つばかり。"頭のいかれた奴等"で助かったよ」

その言葉に、とうとう牡丹の堪忍袋の緒が切れた。胸に突き立てられた苦無を迷わず引き抜いて、それを白子に振りかざす。白子は牡丹の攻撃などあっさりと受け止めて弾き返すと、腰に刺してある短刀を引き抜いて牡丹に向かって反撃した。目で追えないほどの速度で繰り出される攻撃を受け止めきれず、牡丹は再びその場に倒れこむことになった。

―――強いなんてものじゃない。

牡丹はそう思って、痛む体を抱くように白子を見上げる。ゆらりとその場に立つ白子は、いくら風魔とは言え並大抵の強さでは測れない。ふいに頭を過ぎった単語を、牡丹は思わず口にしていた。

「風魔…小太…郎」
「そう、よく分かったな。俺が風魔十代目の頭領だ。俺がいる限り風魔は絶えない」

倒れる牡丹の前にしゃがみこんで、白子はその前髪を乱暴に掴むと、ぐいっと牡丹の頭を持ち上げた。顔を歪める牡丹のことなどお構いなしだ。そしてふと、牡丹の胸元、鎖骨の少し下あたりに、安倍の紋が見えた。白子はすっと目を細めて、冷たい声で言った。

「そうか…おかしいと思ったら人ではなかったか。やはり殺しておいて正解のようだ」
「くっ」

牡丹は白子の手を払いのけると、白子に背を向けその場から逃げ出そうと駆け出した。そんな牡丹の背中目掛けて、白子は苦無を投げつける。投げられた苦無から逃れられないと牡丹が頭を覆って目を瞑ったとき、隻腕の男が颯爽と現れ、牡丹に苦無が刺さる前にそれらを刀で払いのける。すると、驚く牡丹をあっさりと肩に担ぎ上げ、そのままさっさと立ち去ってしまった。

白子はそんな様子を見つめながら、目で合図を送る。するとこの山中のどこに身を潜めていたのか、風魔の忍が次々に姿を表した。

「殺せ、逃がすな」

風魔の長である白子の言葉に、他の風魔たちは一斉に動き出した。ただ一人山中に残った白子は、木々の隙間から見える曇天を仰いで、小さく呟く。

「悪いな、天火」

それと同時に、黒い髪を靡かせる美しい娘の笑顔が脳裏を過ぎり、白子は空を仰いだまま一度目を閉じた。弟からの文で知った"姫"の目覚め。それはつまり、とうとう渓という存在がこの世界から姿を消してしまったということだ。残されたのは、渓であって渓ではない別のもの。小さく息を吐き出してから、白子は再び目を開く。

もうこれで、渓の為に自分を苦しめることもない。

白子は自分に言い聞かせる。力が目覚めてしまった以上、こうなってしまうことは覚悟していた。あとは姫となった渓に、同志として働いてもらうだけだ。少なくとも、同じ立場で同じ場所にいられることは出来るのだから、これ以上は望むまい。そう思いながら、最後に「渓」に弱々しく握られた手のひらを見つめる。ほとんど自我を失った状態でも、ここにいて、と言いながら縋りついてきた姿を思い返して、胸の奥がひりひりと痛い。

見つめていた手のひらをを強く握りしめて拳を作ると、白子は渓がしたのと同じように、その拳をそっと額に合わせる。渓は最後の最後まで、自分の傍にいたいと願ってくれた。もうそれだけで十分だ。白子は寂しげに口元を緩めてから、そっと拳を額から離す。そうして顔を上げた白子に、もう、表情はなかった。



 ● ●



ほぼ同時刻、京都は風魔の軍勢で溢れていた。署を囲むその大勢の風魔を、警官と犲で迎え撃っている。蒼世は最前線で風魔に立ち向かいながら、滅びたはずの風魔が突然襲い掛かって来たことに疑問を感じていた。次々と風魔を薙ぎ倒しながら、中々仕掛けてくる様子のない風魔たちの様子を伺って、蒼世はある一つの答えに辿り着いた。

風魔は犲を狙っているわけではない、これはただの時間稼ぎだ、とすると彼らの目的はただ一つ。そう、大蛇の器だ。

大蛇の器である空丸は、自身が大蛇の器だと気付き、蒼世に自分を殺してくれと懇願しに京都までやって来ていた。しかし、蒼世は空丸を殺さず、自分の目の届く場所で保護していたのだ。主である右大臣、岩倉にに生け捕りにしておけと命じられたからなのだが、その裏で大蛇の人体実験を行っている機関があることまで蒼世は突き止めていた。岩倉は今、病気を患っていて、五年以内に再発する可能性が高いらしい。だからこそ、大蛇の器である空丸は生かしておきたかったのだろう。

それに、蒼世にとっても、もう空丸は愛情を持って接している可愛い弟子だ。簡単に大蛇に身を落とさせるわけにはいかなかった。次々に妨害してくる風魔を蹴散らしつつ、蒼世はせめてまだ空丸が無事であることを願った。



しかし、空丸の元へは確かに不穏な足音が近付いていた。ある一室に匿われていた空丸は、外の慌しい様子に一人そわそわとしていた。この部屋から出るなと蒼世には言われていたのだが、こんなに慌しい音がすると、いてもたってもいられない。こっそり部屋を出ようとしたが、扉にはしっかりと鍵がかけられていて出れそうにもない。困ったように空丸ががちゃがちゃと扉のノブを動かしていると、背後に人の気配がして振り返る。そこには窓のふちに座る見知った横顔の風魔の姿があった。空丸は驚いて、その男に近付いた。

「白子さん?どうしたんですか、何で此処に?何かあったんですか」
「また会ったな」
「え」

近付いた空丸の腹を目掛けて、風魔の男は強烈な一撃をお見舞いした。突然の衝撃に、空丸はがはっと息を吐いてその場に崩れ落ちる。そんな空丸を見ながら、白子に似た顔の風魔の男は、何てことないように言った。

「残念だけど白子じゃない、よく間違えられるがな」

言いながら男は、懐から狐の面を取り出しながら続けた。

「獄門処で随分な啖呵を切ってくれたな。また会えて嬉しいよ、曇空丸」

狐の面を手にとった男の右目が空丸を捕らえた。瞼が焼け右目が露になった男は、空丸の知る白子ではない。獄門処で会った狐の面の男だということを知り、空丸は信じられなくて目を見開いた。血の気が引いていくのを感じながら、空丸は目の前に立つ白子と同じ顔の男―――風魔小太郎に向かって声を荒げる。

「何で此処に…っ、白子さんに化けてんじゃねーよ!」
「化ける理由がないな、この顔は元からだ。奴とは同じ女の腹から出た双子なんでな」

双子の兄弟がいるなんて、空丸は白子の口から一度だって聞いたことはない。信じられない小太郎の言葉に愕然としていると、より一層大きな音が外から鳴り響いた。小太郎は、まだ手こずっているのか、とぼやきながらそこにあった椅子に腰掛ける。

「まさかこの騒ぎ、お前の所為か!」
「安心しろ、一人とて生かす気はない」
「お前なんか白子さんの兄弟なんて認めねえぞ!」

騒ぐ空丸とは対照的に、小太郎は随分と落ち着いている。

「認めるも何も…今回の襲撃を指示したのは奴だ」

あっけらかんと告げられたその言葉に、空丸は一瞬固まった。そしてすぐにまた声を荒げる。

「嘘吐くな!」
「俺の双子の兄にして風魔の頭領だ。奴は風魔の為なら何でもするさ」
「違う!俺の兄貴だっ!!!」

食って掛かる空丸に対しても、相変わらずの様子を崩さない小太郎は、飄々と答える。

「本当に?あいつの何も知らないくせに。双子がいた事も、今まで何人殺してきたかも、夜寝ない事も、定期的に俺に逢っていた事も、今も殺しを続けている事も知らないだろう。あぁ後、お前の両親を殺したのも奴だったな」

信じられない言葉を並べる目の前の男に、空丸はカッとなる。怒りを露にしながら勢い良く小太郎の胸倉を掴んだとき、その行為に苛立った小太郎が、すっと目を細めた。そして向かってきた空丸に手を出しかけたその時、ようやく空丸の見知った姿がその間に割って入る。

「手は出すなと云ったはずだ」

やっと現れた本物の白子に、空丸はほっと息を吐く。安心したように白子という名前を呼ぶが、白子が空丸を振り返ることはない。

「少し生意気でね、へし折りたくなった」
「まったく、中のお方に何かあったらどうする」
「…白子さん?」

何度呼んでも、白子は空丸を振り返らない。同じような顔の風魔の男と、普通に会話を繰り広げるばかりだ。いつもと明らかに違う白子の態度に、空丸の不安は喉元までせり上がる。それがつっかえて、息が苦しい。震える手をそっと白子に伸ばしかけると、ようやく白子は空丸を振り返った。その白子の顔を見ながら、空丸は笑顔に似た表情を作る。

「そいつ変な事云うんです、白子さんが風魔の頭領で、俺の親父達殺したって」

そんな事はないと、空丸は白子に言って欲しかった。なぜなら白子は、その話を聞いて空丸達と一緒にずっと嘆いていたのだから。白子はなんだその事か、とにっこり笑ってみせると、あっさりと空丸の心を打ち砕く。

「本当だよ。それが何だって云うんだ」

伸ばしかけた腕は、その一言で動かなくなった。空丸は、固まったまま、目の前に立つもう一人の兄の姿を、ただ見上げることしか出来ない。

「それより――」

そんな空丸の様子など気にも留めていない白子は、ゆっくりと空丸の前にひざまづく。

「お迎えに上がりました大蛇様」

いつも優しく笑っていたはずの口元から零れ落ちたのは、より空丸を混乱させる言葉だった。大蛇様、白子の口は、確かにそう言ったのだ。

「大蛇って…どう云う事ですか…何で白子さんが……」
「まだこいつの事を優しいお兄様だと思っているのか、おめでたい奴だ」
「大蛇様の前で口が過ぎるぞ」

小馬鹿にするような口調で言った小太郎を、白子はたしなめる。小太郎も兄に言われ、ようやく空丸の前に膝をついた。空丸はもうこれ以上何も聞きたくなくて、天火が名付けた彼の名前を、もう一度叫ぶ。これ以上彼が、遠くに行ってしまわないように。

「白子さん!!」

しかしもう、金城白子には届かなかった。

「失礼しました。私が風魔一族の十代目頭領、風魔小太郎です」
「同じく頭領の風魔小太郎」
「我ら双子、二人で十代目。一族の復興をかけ貴方様に従います。全ては我等が大蛇様の復活の為に」

膝をついて頭を下げる双子を、空丸はただただ呆然と見つめることしか出来ない。嘘だ、嘘だ、とそればかりが頭の中を支配する。

「軍勢は整っています」
「後は大蛇様のご意向に従うのみ」

冷たい笑みを浮かべる白子の顔を見て、空丸は違う、と思った。自分の知る金城白子は、困ったように笑うのが癖で、料理が下手で、いつも自分たちを心配してくれるような優しい男だ。そして、自分の姉のような立場の人を、ひどく大切にしていたはずだ。空丸は咄嗟に彼女の顔が頭に浮かぶ。いつもころころと表情を変えて優しく笑う女性の名前を、白子に向かって投げかけた。

「渓さんは、どうするんですか…!」

空丸の口から吐き出された言葉に、白子は冷たい笑みを浮かべたまま、あぁ、と声を上げた。

「姫ならすでに目覚められました。今はこちらで保護してあります」
「……姫?」
「蛇の信者、唯一大蛇様と契約を交わした眷属。渓という娘の自我はすでに消滅し、中には姫が宿っています。ご安心ください」

蛇の信者、大蛇の眷属、渓の消滅。
白子の口から並べられるのは信じがたい言葉ばかりで、空丸はもう何がなんだか分からない。ずっと、いつか渓と白子が二人で幸せになってくれればいいのにと、三兄弟揃って思っていたのだ。その白子の口から、躊躇いもなく渓の自我が消滅したと吐き出された。そんな言葉、当然空丸に受け入れられるはずがない。

空丸はたまらなくなって、その場から逃げようと駆け出すが、それを妨害したのは小太郎だった。放せと叫ぶ空丸に向かって、小太郎は落ち着いた様子で言う。

「落ち着いて下さい」
「まぁ十年近くも一緒だったんだ、仕方ない」

言いながら、白子は空丸に近付いて、薄ら笑いを浮かべながら冷徹に続ける。

「一番厄介な天火が意外な処で死んでくれて助かったよ。お前も宙太郎も、そして渓も、疑うことを知らない実に良い駒だった。兄弟ごっこも中々楽しめたが時間切れだ。お前はもう、用済みなんだよ空丸」

聞きたくもない言葉の数々に、空丸は耐え切れず、小太郎の腕に取り押さえられたまま泣き出した。そしてそれが、空丸の心を崩壊させ、大蛇の侵食を進める最後の鍵となった。

崩れ落ちた空丸は頭を抱える。その体から、次々と鱗のようなものが浮かび上がってくる。双子は、そんな空丸の様子を眺めていた。白子は薄く笑うと、侵食を進める空丸の前にしゃがみこむ。

「さあ、参りましょう大蛇様」

白子のその言葉を最後に、空丸は意識を手放した。それが、空丸という器が役目を終えた最後の合図だ。白子は空丸を抱えると、小太郎と共に窓から飛び出して、残った風魔たちに撤退の合図を出すと、二人揃って滋賀へと向かうのだった。



 ● ●



そんな様子を、数人の風魔に守られていた"姫"は、遠い滋賀からその金色の目で見ていた。黒く長い髪が夜風にふわりと揺れる。くすくすと上品に笑いながら、袖口を掴んで口元に当てる。姫は金色の目で、一人の風魔を見た。姫と目が合った風魔は、何も言わずに突然そこから走り去った。それは、風魔の長である白子の「姫を守れ」という命令を完全に無視したものだ。長の命令が絶対である風魔にとって、一人の風魔の行動は異常だった。他の風魔たちが驚いていると、姫は凛とした声で告げる。

「騒々しい、騒ぐな」

その声に、風魔たちはすくんで動けなくなった。姫は楽しげに続ける。

「こんな格好では大蛇様にご挨拶も出来ないでしょう。少し召し物の使いとして操っただけだ、すぐに戻る」

姫は目の前に広がる琵琶湖と、そこにそびえ立つ獄門処を眺めながら、上機嫌でそう言った。完全に覚醒した金色の目は、こうして簡単に人を操ることが出来るのだから恐ろしい。さらに、金色の目を携えた姫には、今回風魔という武力もある。逆に、風魔には視界を奪い人を操ることが出来る、姫という大きな戦力がある。

もう、蛇の信者も風魔も、時代の影に怯えることはない。姫は、渓であった女の顔に、渓らしくない笑顔を浮かべながら、小さく呟いた。

「もうすぐお会いできますわ、大蛇様」

静かに告げられた声は、夜の風に乗って、不気味な渦を巻く滋賀の空に溶けた。


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