あいしてるよ 中編


少し遠くで、敵の足音を聞いていた。



あいしてるよ
〜中編〜



レノが廃ビルに向かっていると知らないケイは、必死で意識を保ち、息を殺していた。もう体は麻痺していて、痛みすら感じない。目を閉じてぼんやりする頭を暗闇に委ねてしまいたいが、そんなことをすればそのままこの世と永遠の別れを告げてしまう。理解しているから、ケイはひたすら足掻いていた。

遠かったはずの足音が近づいてくる。部屋に入られたら絶体絶命だ。ケイは縋る思いで、通信機に入るか入らないか分からないほど小さな声で言った。

「……ピンチ、です」

ツォンからの返事はなかった。変わりに返事が返ってきたのは、恋焦がれたあの人。

『ケイ!?今どこだ!』
「…っ、レノ…!?」

驚きのあまり、少し声が大きくなってしまって、あわててハッと口を噤む。足音が扉の前で止まった。

―――やばい。

確実に部屋に入ってくる。ケイは覚悟を決めて、血に塗れた右手で銃を取った。もう逃げられないと悟ってしまった以上、ここでおちおちやられたらタークスの名折れだ。ケイは小さく深呼吸すると、通信機の向こうにいるレノに告げた。

「……2階、D地点で、まだ、待機中…敵に、気付かれました…応戦、します……っ」

ケイは今にも去っていきそうな意識を必死で保ち、愛銃をギュッと強く握った。そのまま小さく、今にも消え入りそうな声で、最愛の人に言葉を告げる。

出来ることなら生きていたい。でももしかすると、これが最期になるかもしれないから。

「……レノ、昨日は、ごめん、」

続きの言葉を告げるのと、敵が扉を開けるのはほぼ同時だった。


「あいしてるよ」


敵が乱暴に扉を開け、部屋に入って来た。ケイは瓦礫の影から飛び出すと、真っ先に発砲する。乾いた音と共に、ケイの銃から飛び出した鉛の玉が、男の頭を打ち抜いた。

だが同時に、もう1人の男が打った弾丸が、ケイの左脇腹を掠めた。打ち抜いた男の影にもう1人男がいたことに、ケイは気付かなかったのだ。

左脇腹に重なる更なる痛みに、ケイが声にならない悲痛の叫びを上げると、その場に崩れ落ちた。

「このくそアマ…手こずらせやがって!」
「……っふぅ…っ!」
「これで終わりだ!」

男が私に銃を向けると、私は反射的に目を瞑った。


「――――お前がな」


しかし聞きなれた声がすっと耳に入ってきた瞬間、ケイは目を見開いた。見開いた先に映ったのは、崩れ落ちる男の姿と、返り血に染まった愛しい人。ずっと求めていた、恋人が立っていた。

けれど最愛の人は今まで見たことがない位に怒りに満ちていて、その瞳は驚くほどに冷たかった。

彼の冷め切った瞳は何度も見てきたが、ここまで非道な瞳を見たのは初めてだった。今の彼なら、例えそれが女子供であろうと、感情を持たずに淡々と殺せるんだろう。まるで狂った殺人鬼のように。

「……レ、ノ?」

それが怖くなって、目の前にいる人が自分の知らない人のような気がして、ケイは震える声で愛しい人の名前を呼んだ。するとレノは音もなくケイに駆け寄り、その痛ましい体をそっと抱き上げた。ケイの瞳に映るのは、大好きな優しいレノの微笑み。

「遅くなっちまって、ごめんな」
「…レ、ノ…」
「よく頑張った」

泣きたくなった。
当然、安心したのもある。

それよりも、一番会いたい人にようやく会えたのに、麻痺してろくに動かない体と、今にも飛んでいきそうな意識が邪魔をして抱きしめることも叶わない、そんな自分に泣きたくなった。レノはケイの想いを知ってか知らずか、今にも消えてしまいそうなその体を、優しく優しく抱きしめた。

「もう全部終わったぞ、と」
「…うん…」
「後は帰るだけだ。救護班も、もう外で待機してる。すぐに連れて帰る」
「…ん…」
「絶対、生きろ。死んだら殺すぞ、と」

物騒な言葉だと想った。
そして死んだ人間をどうやって殺すのか聞きたくもなった。だけど今にも泣き出しそうなレノの声を聞いたら、なんだかやりきれなくなった。

ケイは小さく、死なないよ、と呟くと、大好きな腕の中で意識を手放した。

薄れゆく意識の中で最後に聞いたのは、悲痛な声で自分の名前を叫ぶレノの声だった。



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