あいしてるよ 前編


『…っ、ツォンさん…っ、すいません……任務失敗、です……』

乱れた呼吸と、申し訳なさそうな枯れた笑い声が通信機から流れた。



あいしてるよ
〜前編〜



ケイはいつも通り任務を遂行していた。それは本日急遽決まったもので、総数10名のとある小さな反神羅組織の完全な壊滅。直接上から与えられたのは、薄っぺらい情報と、分かりづらく無駄が多い作戦。

しかし内容はかなり汚いものな上に、上層部からの命令とあれば動くしかなかった。イリーナは山積みのデスクワーク、ルードはケイと同時刻に他の任務に当たっており、レノはいつ振りだか分からない休暇、ツォンは社長から与えられた機密データの処理に追われていた為、それは自然とケイが担当することになった。

ケイは出来た社員だ。その為『組織10名の壊滅』くらいならば、ケイひとりでもなんとかなるだろうと予想されていた。主任であるツォンも、そう信じて疑わなかった。

けれど、そのケイがしくじった。ケイは滅多にミスをしない。仮にミスを犯しても、そのミスを上手くカバー出来るし、その能力は極めて高い。つまり、この連絡はかなり緊急の事態だということくらい誰でも分かる。ケイの様子も、おかしい。

『…ケイ、報告を』
「…入ってきてた情報…10名、だったけど…20名超え、でした…っ」
『なに…!?』
「多分……上から、送られた情報…間違ってたんだと…っ…思います…」
『クソッ!』

ツォンが珍しく素直に怒りを露にした。送られたタークスはケイ一人、レノとルードは不在、この状況で新人のイリーナを向かわせてもどうにもならない。ましてやツォンが向かったら、全体の状況を判断して指示を出せる人間がいなくなってしまう。

『…ケイ、とりあえず状況を』
「…約、半分は、うまく、殺った…んです、けど……あとは…まだ…っく……現在、なんとか残りを、撒いて…逃走中、です」
『了解、今どこにいる?』
「現在…建物二階の…D地点……っ、一階南にある、非常逃走口に……向かって、ます…あと、およそ……600メートル」
『分かった…怪我は?』
「っは……左脇腹に、一発、左肩に、一発……あとは、かすり傷、です……っ…」
『銃弾を受けた時間のはいつだ』
「もう…10分近く…前、です、」

―――危険。

ツォンの脳内が騒ぎ立てる。背中に冷たい汗が伝った。

『…了解、では今は一旦D地点にある部屋に身を隠せ、すぐに救援を送る。通信機は切るな、いいな』
「了解、お願い、します」

途切れ途切れに何とか言葉を繋ぐケイ。今まで張り詰めていたツォンの声が、少し柔らかくなってケイの耳に入る。名前を呼ばれた。

『ケイ』
「っ…はい」
『死ぬな、なんとしてでも生きろ。もう少しの辛抱だ』
「…了解」

ケイは言われた通り、鉛のように重く痛みの治まらない体をなんとか引き摺り、一番近場にあった部屋に転がり込むと、縋るように扉を閉めた。

廃墟になった、崩れかけた薄暗いビルに、たった1人。死への不安と恐怖に押しつぶされそうになりながらも、必死に生きようと意識を保つ。通信機越しに本部が慌しく動いているのを耳で感じながら、崩れた瓦礫の間に身を潜めて、荒い息を押し殺した。小さくはない体を必死に小さくして身を隠す。

(あぁ…もう災難)

ケイは冷や汗を流しながら、脇腹から溢れる血を少しでも止血しようと右手で必死に押さえつける。思い返せば、昨日から良くないことばかりだった。

昨日は楽しみにしてた数量限定の食堂のランチを食べ損ねるし、残業で定時には帰れないし、本当にくだらない、理由も思い出せないような些細なことでレノと喧嘩した。今日は喧嘩の名残で憂鬱だし、朝からこんな任務を担当しなければならなくなるし、渡された情報が間違っていたお陰で任務は遂行出来そうにないし自分は今にも死にそうだ。

(ほんっとたまんない……)

この任務が終わったら暖かいオフィスに戻って報告書を仕上げて、定時に帰って休暇を貰ってるレノの家に行って仲直りでもしようかと思っていたのに、予定が台無しだ。ケイはもう一度心の中で、ほんっとたまんない、と呟くと、段々目の前が白んで行くのを感じた。

(あぁもうダメダメ!生きるの!生きて帰るのよ!こんなとこでくたばってらんない!)

大量の出血で吐き気と眩暈と痛みに襲われていたが、必死にそれらに耐える。通信機から漏れる緊迫した慌しい音と声が、なんとかケイの意識を繋ぎとめていた。

(早く…誰か来てくれなきゃ……本格的にマズイって…)
『ケイ、聞こえるか』
「…」
『ケイ!応答しろ!』
「…生きて、ます」
『しっかりしろ!意識を手放すな!今救援がそちらに向かっている。まだ身を隠しているな?』
「は、い」
『人の気配は』
「微かに、感じます……でも、まだ、見つかって、ません」
『ならしばらくそのまま身を隠しておけ。危ないと思ったらすぐに連絡するんだ。いいな?』
「りょ、かい」
『ケイ、もう少しだ、頑張れ』

頑張れ、か。
珍しいツォンの励ましに、ケイの表情が少し綻ぶ。

―――生きなきゃ。

そんな意思とは裏腹に、徐々に意識が朦朧としているのは確かなことだった。白んでくる視界に、ふと自身が流した血の色が目に入る。それは鮮烈な、赤。

「…………レノ…」

ふと恋人を思い出した。
喧嘩して、それでもやっぱり愛しくて、今一番泣きつきたくて会いたい人物の名前を、ケイは聞こえないくらいに小さく囁いた。



 ● ●



「目的地まであと1キロ!ダッシュで向かってます!」
『了解。ケイの意識が飛びかけている、急いでくれ』
「はいよ、と!」

轟音を響かせながら、颯爽とバイクで走っているのはレノ。通信機に入る自分の声がバイクの轟音に消されないように、叫ぶようにして声を上げる。

いつぶりかも分からない休暇中、ツォンから連絡が入ったのは自宅のベッドでだらだらと過ごしている時だった。休暇中にツォンから連絡が入るときは、緊急事態のときくらい。ケイと喧嘩していて気分はブルーだったというのに、ツォンから告げられた一言でもうそんなことはどうでもよくなった。

「…レノです、と」
『レノか、休暇中すまない、緊急だ。八番街の東、川辺にある廃ビルに向かってくれ、携帯に場所と廃ビル内部の地図を転送する。急ぎだ』
「…了解」
『頼むぞ、このままではケイが危ない』
「ケイが!?」

レノはベッドから一瞬で飛び起きた。ケイが危ないということは、つまり相当の緊急事態だということ。ともすれば、ケイの命に関わる問題だということ。

『詳しいことは後だ。レノとケイが通信出来るように回線は繋ぐ。少し時間がかかるが、それまで状況はこちらからその都度連絡する』
「お願いします!」
『すまない、頼む』

今までにないくらい早急に準備を済ませたレノは、携帯と通信機と愛用のロッド、そして普段滅多に使わない銃を持って家を飛び出した。不幸中の幸い、とでもいうのだろうか、廃ビルはレノの家からそう遠くない場所にあった。しかし緊急事態ということに変わりはない。もしもケイが死んだら、なんて考えたくもない。

「死ぬなよケイ…!」

レノは愛する恋人を想って、必死にバイクを走らせるのだった。



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