恋人観察記その2 〜レノside〜


ケイはイイ女だが、別に完璧なわけじゃない。
もちろん、ケイのことは本気で愛してるぞ、と。



恋人観察記その2



定時を過ぎた神羅カンパニーの社内は閑散としていた。それでも静かに慌しく動いているのは、俺たちタークスのオフィス。

タークスの残業なんて、そんな珍しいものでもない。寧ろタークス全員が定時に帰宅出来る方が珍しいくらいだ。ツォンさんの残業なんていつものことだし、デスクワークが出来るケイやイリーナもよく残業している。まあ俺やルードは任務が多いので、オフィスにいないことの方が多かったりするけどな、と。

そんな毎日多忙なタークス。今日の残業メンバーは、幸か不幸か俺とケイの二人。珍しくツォンさんも帰ってしまった。

緊急事態以外なら、いつも真っ先に定時に帰る俺だが、今日は珍しくデスクワークの残業中。あまりに書類を溜め込みすぎて、痺れを切らしたツォンさんにどでかい雷を落とされた。流石に逃げ帰ることも出来ず、今日は大人しく(そして渋々)ここにいる。

「…ケイとのデートがまさかの残業……悲しいぞ、と」
「あんたが悪いんでしょーが。さっさと終わらせてご飯行くわよ」
「ケイー俺もう腹減ったぞ、と」
「この後ご飯行くじゃない」
「もう我慢出来ないー」
「あらそう、じゃあ勝手になんか買ってきなさいよ。私先に帰るから」
「…我慢します」
「それなら無駄口叩いてないでさっさとやっちゃいなさい」

今日はケイと晩飯を食いに行く約束をしてたのに、残業になってしまったわけで。俺が愚図っているのを見かねたケイが、仕方なくこうして手伝ってくれてるのである。

チラリと隣に座るケイを見る。
眉間に皺を寄せながら、不機嫌そうに煙草を燻らせて、手際良く淡々とキーボードを叩いていく。

(…本当に絵になる女だな、と)

眉間に皺を寄せてても、煙草を燻らせても、パソコンに向き合ってても、任務中でも、情事の最中でも、眠っているときも、笑っているときも、必ず絵になる女。その背景がキラキラ輝く宝石だらけだったとしても宝石に負けない程輝けるだろうし、ゴミに溢れた汚い場所だったとしてもその中で影を帯びつつも凛とした存在感を放てるだろう。

それが俺の恋人だというのだから、これが自慢じゃなきゃ何が自慢になるっていうんだ。

それでいてフランクでお高くとまってない。ここがまたいいところ。

その上ケイは優しい。
仕事に関してはかなり厳しいが、褒めるところはちゃんと褒めるし、何かあったら真っ先に手を差し伸べる。今日の残業だって、文句を言いながらもちゃんと丁寧に手伝ってくれる(ま、厳しいけどな、と)。

つまり、ケイはやっぱりイイ女。

しかし、もちろんこんなにイイ女でも、短所ってものは存在する。それは誰よりも、ともすればケイ自身よりも、俺が一番良く理解している。

強気で頑固なくせに本当はマイナス思考。
何でもかんでも一人で背負い込もうとする悪い癖。
本当は繊細なくせに、弱いところを見せたくないからとわざとがさつに振舞うこと。
人に頼ろうとしないところ、無理をしすぎるところ、素直じゃないところ、人見知りしすぎて愛想が悪いところ。
それからいつも言葉が足りなくて誤解を生みやすいところもあるし、未だにいろんなトラウマを引き摺ってしまうところもそうだな。
無意識なんだろうが、自分より他人の感情を優先してしまう部分もれっきとした短所だ。

(まあそこもひっくるめて全部愛しちゃってるんだけどな、と)

そして誰もがケイのことをクールで完璧なレディだと思っているが、実はそうでもない。『タークスの女エース』だなんて周りから言われて、ケイ自身それに応えようと影ながら必死に頑張ってる。完璧じゃなきゃいけないんだと、心のどこかで自分を追い詰めてる。

だけどケイはそんなに心が強いわけじゃないし、タークスっていう衣を剥ぎ取ってしまえばただの女だ。意地や虚勢で何とか持ちこたえてる、ダメなところも多い、弱虫なただの女だ。

もしかしたら、誰よりも一番女らしい女なんだと思う。

実は可愛いものが好きだったり、一番好きな色はピンクだったり、裁縫は得意なのに、料理はそこそこ下手くそだったり、意外と歌が下手くそなとことか、お洒落が好きなとことか、肌に気を使うとことか、案外ロマンティストな思考だったりするとことか、心から安心出来る人間の前だと、もっとふわふわ笑うし、些細なことで拗ねるし、理不尽なことで怒るし、涙を見せたりする。

そういう面を切り取って見てみれば、クールで完璧なレディというより、可愛くてちょっと抜けた普通の女にしか思えない。

そのギャップがあることを知ってるのは、世界でたった一人、俺だけだ。断言できる、俺しかいない。俺だけが知ってる、ケイの姿、ケイの秘密。知ってしまっているからこそ、余計に想いが膨れていく。

(あーもう好きだぞ、と)
「…さっきから何見てるのよ」
「あぁ、気付いてた?」
「当たり前でしょ、さっさとこれ仕上げなさいよ、私だってお腹空いてるんだから」
「…なぁケイ」
「もう何?これ終わらせて早くご飯行きた…「愛してる」
「…は?」

今まで俺を見ようともしなかったケイが、眉間の皺をより一層深くして睨むように俺を見た。

「…あんたバカ?」
「素直な気持ちを表しただけだぞ、と。もう一回言おうか?」
「いえ結構」
「そう怒るなって」

俺がククッと笑いを零すと、ケイは諦めたように溜め息をついた。眉間の皺が消える。

「…やる気ないならもう本気で帰るわよ」
「やるやる!やる気はあるぞ、と」
「じゃあ真面目にやってよ」
「ちょっとやる気の充電してただけ」
「…私を見て?」
「そ」

笑顔で答えれば、ケイの表情も綻ぶ。

「ほんっとバカね」
「ケイの為ならバカにもなるぞ、と」
「お願いだからそれ以上バカにならないで」
「ひでぇなあ」

ケイは笑うと、いきなり俺の腕を引き寄せた。自然とケイの方に寄った俺の唇に、ケイのそれが重なる。コーヒーと煙草が混じった、昔から変わらないキスの味。

唇を離したケイは悪戯っぽく笑うと、俺の額を軽く小突いた。

「やる気の充電、完了したでしょ?」
「…いろーんな意味で」
「スケベ」

ケイはバカにするようにそう言うと、またパソコンに向かい合った。

「早く終わらせてご飯行くわよ、レノの奢りで」
「ご飯の後は、もちろん俺ん家?」
「真っ直ぐ帰るわ」
「…連れないぞ、と」

本気でしょぼくれながらパソコンに向かい合った俺を見て、ケイはおかしそうにクククッと笑うと、耳元でそっと囁いた。

「…あと15分で終わらせれたら、考えてあげる」
「!」

俺のピッチがものすごく上がったのは言うまでもない。

その後どうなったかは、もちろん恋人同士の秘密だぞ、と。




←prevbacknext→
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -