カフェ・オレ


「甘ったるい」

苦い顔をして、ケイが言った。



カフェ・オレ



「…お前が『疲れてるから甘いの淹れてくれ』って言ったんだぞ、と」
「でもレノは私が甘すぎるの嫌いって知ってるでしょ。これ、甘すぎよ」

ケイは一口だけ飲んだカフェオレをテーブルの左側に置くと、ふぅっと軽く息を吐いて煙草に火を点けた。

少し肌寒くなってきた季節の昼下がり。イリーナは珍しく1日休暇で、ルードはランチ、ツォンは会議で抜けているため、タークスのオフィスにはレノとケイの二人きり。

レノがサボるせいで溜まっていく書類は自然と新人であるイリーナに渡っていくため、ここ最近イリーナの地味な疲労は酷いものだった。それを見かねたケイが、イリーナの分のデスクワークをこなすから彼女に休暇を与えてくれないかと、こっそりツォンに頼んだのだ。

そして得られた、約1ヶ月ぶりのイリーナの休暇。当然ケイに回ってくる、膨大な量のデスクワーク。

「あー、ランチ行きたーい」

肺に溜め込んだ煙を吐き出すと、ケイは気だるそうに言った。言い出したのは自分だけれど、まさかここまで処理しなければいけないものがあったのは予想外で、正直少し後悔していた。

「そんなの俺も行きたいぞ、と」
「あんたにそんなこと言う資格なんざないでしょうが、さっさとこの山終わらせなさい」
「…はいよ、と」

膨大な未処理の書類を確認してみれば、それはほとんどレノがサボった結果のもので、これではイリーナの苛々もストレスも収まらないのは当然だった。中には提出期限を切れたものも多々あって、それを見つけた瞬間にケイの怒りが爆発した。

普段はそれなりに温厚で、他人のことはあまり気にせず傍観しているのがケイ。イリーナに仕事をなすりつけるレノのことも、それを見てカリカリするイリーナのことも、ただ「平和だなあ」と言いながら笑って見過ごしているだけだった。それできちんと全ての仕事が終わっていれば何の文句も言わないのだが、今回はそうもいかない。

「それとあとこの山も終わらせなさいよ、ランチ行くのはそれから」
「うげ…絶対ランチの時間に間に合わねぇって…」
「しょーがないでしょーが、あんたが悪いんだから。懲りないんならもうちょっとお説教してあげてもいいけど?」
「…遠慮させていただきますよ、と…」

提出期限が切れてある書類を出しにいくのは当然書類を仕上げたイリーナで、上からの文句や愚痴を言われるのもイリーナ。つまり、レノのミスが後輩であるイリーナに擦り付けられているようなものだった。

これに流石のケイも怒りを露にしたのだ。普段温厚で慰め役の良いお姉さん的な役割を果たしているだけに、その温厚な人間が怒るというのはどれほど恐ろしいことか。

ツォンの雷が落ちるより早く、それとは比べ物にならないほど大きな雷が、ケイによって落とされた。それも、怒ると鬼のようなツォンが怯む程の、大きな雷。

落とされたレノは流石にこたえたのか、いつもは放棄するデスクワークを、ケイの手を借りつつ、淡々とこなしているわけである。それもほとんど自分が溜め込んだものだけに文句が言えない。更にはケイの厳しい監視の目が向けられて、ついでに雑用もさせられている。

「レノ、それ終わったらコーヒー淹れて。ブラック無糖で」
「…さっきカフェオレ淹れただろ」
「甘すぎて飲めないからあげる」
「甘いの淹れてくれって言ったのはケイだぞ、と」
「だから甘すぎるんだってば」

数分前に話したものと同じような内容の会話が行われる。レノはケイの冷めた態度に、渋々従うしかなかった。今やっている分の書類を終わらせると、立ち上がってコーヒーメーカーのスイッチを入れる。ケイの好きなコナ・コーヒーのブラックを淹れてケイの机にそっと置いた。ケイはありがと、と小さく言うと、ブラックのコーヒーを啜りながらカフェオレをレノに手渡した。何気なくレノがそれを口に含む。

「…甘っ…!」
「だから言ったでしょ、甘すぎるって」
「これは飲めないぞ、と」
「ていうか砂糖何個入れたのよ」
「3つ」
「はぁ!?」
「ケイの疲れをちょっとでも癒そうと思って奮発したんだぞ、と」

いたって真面目にレノが言うので、ケイは呆れて溜め息をついた。レノは変なところで天然なのをケイは誰よりもよく知っているので、もうあえて何も言わなかった。

レノの山が2つ終えたら、一緒にランチに行こうと思いながら、ケイは2本目の煙草に火を付けて仕事に戻る。

当のレノはケイの呆れたような溜め息にムッとしながらも、仕方がないのでパソコン画面に向かう。ふと煙草を吸おうと内ポケットから煙草を取り出すが、もう空だった。

(あー、買うの忘れてた)

軽く舌打をすると、ケイの視線が飛んできた。

「どうしたの」
「煙草切れてた」
「じゃああげるわよ、はい」
「お、助かるぞ、と」

ケイが慣れた手つきでソフトケースから煙草を取り出すと、レノにさっと手渡した。レノは嬉しそうにそれを受け取ろうとするが、ケイの顔を見るとふと手を止めた。怪訝に思ってケイが尋ねる。

「何?これ吸えるでしょ?」
「吸えるけど」
「要らないの?」
「欲しい」
「じゃあさっさと受け取って。時間の無駄」
「でも俺はこっちの方が欲しいぞ、と」

悪戯にレノが笑うと、素早くケイの頭に手を回して、唇を奪う。

「ん…っ!?」

ケイが吸っていた煙草の味と、レノが飲んだ強烈に甘いカフェオレの味が、混ざり合って溶けた。角度を変えて何度か噛み付くようなキスを送ると、ケイの鉄建が飛んでくる前にレノは唇を離した。

「ごちそーさん」

ニヤッと笑うと、さー仕事仕事、と呟いて、レノは何事もなかったかのようにパソコンと向き合う。ケイはしてやられた、と一瞬眉を顰めたが、すぐに少しの幸福感に満たされて、それから小さく笑った。

「ねぇレノ」
「なんですかーっと」
「私、結構好きみたい」
「!」

驚いたようにレノがケイを見つめると、今度はケイが悪戯に笑って言った。

「その、甘ったるいの」
「へ?」
「その甘ったるいカフェオレ、結構好き」

てっきり自分のことだと思って振り向いたのであろうレノの素っ頓狂な声を聞いて、ケイはクククッと笑った。そして煙草を一口、目一杯吸うと、今度は素早く自分からレノに口付けた。煙をレノに送りつけると、唇が離れる間際にレノにそっと囁いた。

「…煙草とキスのオマケがあればね」

そう言ってニヤッと笑うと、何事もなかったかのようにパソコンに向かうケイ。少しぽかんとしていたレノだったが、やられた、と呟くと、満更でもなさそうに、また大嫌いなデスクワークを始めた。

珍しく甘ったるいカフェオレの香りに染まったオフィスが、また少し甘く染まった。












*オマケ*

「…ケイちゃーん」
「なに?」
「あまーいキス付きの煙草が欲しいぞ、と」
「その山終わったらランチの予定だから、その後にね」
「…泣きたいぞ、と…」




←prevbacknext→
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -